なんで幻想郷じゃなくて異形郷なの?   作:全智一皆

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第十六話「ありとあらゆる能力を扱う程度の能力」

 

■  ■

 幻想郷は、平和だった。

 だが、その平和は儚く、或いは脆く崩れ去った。

 ある日、突如として現れた『異形』なる存在。それによって、少なくはあるが被害が出た。怪我人は多く、決して少ないとは言えなかった。

 だが、それでも抑えられた方だった。たった一人の人間の活躍にして、被害は最小限に抑えられたのだ。

 紅魔館での戦闘は、無事に終了した。これで第一次幻想破壊は収まった―――神鳥谷天地はそう思っていた。幻葬狂のチルノもまた、そう思っていた。

 だが、それは最悪な形で裏切られた。

 

『終わって直ぐで申し訳ないけど、また反応だよ。白玉楼だ』

「白玉楼…だと…!? みょんみょんとゆゆ様が居る所じゃねぇか!」

『そうだね、君の推しが居る場所だ。この反応は―――魔理沙だ』

「…………マジ?」

『マジ』

「――――――」

 

 顔を覆い、天を仰ぐ。それと一緒に、まるで鉛の様に重たい溜め息が長く溢れる。

 頭痛がする。内側から鈍器でがんがんと振り翳されているかの様な、鋭い痛みが走る。

 そして―――

 

「巫山戯んなよ――――――あんのクソ魔女がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 喉が裂かれんばかりの怒号を、壊れかけの館全体に轟かせる。

 異形郷の最高戦力の一人にして神鳥谷天地が最も警戒する異形。神鳥谷天地と似た様に、様々な能力を扱う事が出来る唯一無二の存在。

 『大現実付き』―――オールリアリティ。ないものをあるものにする力。其処に『有る』存在は決して否定出来ない。

 元となった能力も厄介極まりなかったが、それをアレンジしたこの能力もまた厄介極まりない。

 

「あー…取り敢えず行かないとな。妖夢と幽々子様が危ない」

『今の所、生体反応はロストしていない。大丈夫だとは思うが、危険なのは確かだね』

「だよな。それじゃ、俺行くから!」

「あ、ちょっと!」

 

 壊れかけの館の壁に背を預けていたメイドに、眩しい笑顔を向けて神鳥谷天地は空を舞う。

 呼び止めても、振り向かない。ただ大声で、「紅茶美味しかったですー!」とだけ感想を残すだけだ。

 名前も知らない彼。紅魔館を守った彼。

 誰かは知らない。知らないが―――恩人だ。

 

「いつか御礼をしなければ…」

 

 残念ながら、それは決して叶わない。

 何故ならば――――――本日を以て、神鳥谷天地はこの幻想郷から去るのだから。あらゆる異形を一掃して。

 その地雷を踏み抜かれて。

 

 

 

 

「夜ぉ、待っでたじぇ?」

 

 のっぺりとした顔の魔女が話し掛ける。けれど、神鳥谷天地はその言葉に耳を傾けない。自動的に入ってくるその言葉を、右から左へと聞き流す。

 白玉楼。冥界に存在する大きな屋敷であり、魂魄妖夢と西行寺幽々子が住んでいた場所。

 妖夢が剣を振るう庭。幽々子が団子を食べてお茶を啜る縁側。そして聳え立つ西行妖。東方Projectという作品を知るのであれば知らぬ者は居ない場所だ。

 其処に、異形が立っている。見るも悍ましい異形が立っている。醜いだけの化け物が堂々と地に足を付けて立っている。かの聖地に、敵が立っているのだ。

 それだけで、憤りが収まらない。怒りが込み上げる。憎しみが溢れてしまう。どうやっても止まりそうにない。

 

(だが―――どうしてか冷静さを保っている自分が居る。人の気配が、存在そのものの気配がまるで感じられないこの場所に彼奴だけが立っている……分かりたくない。分かりたくないのに、頭はそれを理解する。理解しているが、聴いてみなければ分からない)

「妖夢と幽々子様は何処だ」

「幽々子ハ異ねぇな。あ、べもみょん実ゃんナラiるぜ?」

 

 ほらよ。そう言って、魔女が投げたのは―――

 

 リボンが付いた小さな肉塊だった。どく、どく、と脈動する小さな肉塊。掌に収まってしまう程に小さく、しかし生きている事を理解させられてしまう生物のような何か。

 

『い、生きているのか…? この状態で……なら、まさか、あの生体反応は―――』

「切るぞ」

『なっ、待』

 

 インカムが“消滅”する。

 はぁ…と、小さな息が溢れる。冷えて、冷えて、冷えて、冷えて。頭がどんどんと冷えていくのに、しかしこの体はまるで炎で熱せられているかの様に熱くなっていく。

 掌に置いたその肉塊を、神鳥谷天地は優しく抱き締めて“安全な空間”へと仕舞い込む。

 そして―――踏み抜かれた地雷の様に、その感情を爆発させる。

 

「『過程を飛ばす程度の能力』」

 

 ドゴッッッッ、バギッッッッッッッッッッ!!!!!

 一歩を踏み出したその瞬間、魔女の顔面へと全力が解き放たれた拳が振り抜かれる。

 のっぺりとした顔面を凹ませ、衝撃によって吹き飛んだ魔女に“追い着くまでの過程”を省略して追い抜き、“蹴りを穿つまでの動作”を省略して蹴りを穿つ。

 過程を飛ばす程度の能力――――――この能力の強みは、動作の過程を省略する事が出来る事にこそあるが、決してそれだけではない。

 それは、動作から結果に至るまでに発生する“力”までは省略されない事。

 例えば、走る為に必要な過程を省略しても、その走りによって発生した“加速”は消えないのだ。

 

「ぐぎゃあぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙っっっっっっっっっっっっっっっっ!?!?!?!?!!?!?!?!?!?!?!?」

 

 故に、彼の攻撃には全て重みがある。加速と重さが一気に詰め込まれた殴打と脚撃。

 まるで錨で殴られたかの様な想像を絶する“激痛”が、マリッサを襲った。

 

(痛いッ!? 渡が、このマリッサ様ga、激痛を感じでびるッ――――――!?)

「『感覚を操る程度の能力』」

(ナニモ見えない、臭ワにゃい、聴こえ何い、!)

 

 視覚・聴覚・嗅覚・味覚・痛覚。我々が言う、或いは知る所の“五感”。それらを自由自在に操る事が出来る能力。

 操ったのは、五感の全て。

 視覚・聴覚・嗅覚・味覚の四つを消失させ、痛覚だけを残して操っている。

 基本的に感覚が死に絶えている異形にも痛覚は存在するが、異形には痛みなどというそれは大した障害にはならない。

 それが一騎当千の強さを持った異形であるならば尚更の事である。が、それは“普通の感覚”であればの話しだ。

 神鳥谷天地は痛覚を操り、極限にまで痛覚を上げた。数字で表すならば、1から100―――ではなく999まで。文字通り、上限まで痛覚を上げたのだ。

 

(これが神鳥谷天地の『地雷』…! “ありとあらゆる能力を扱う程度の能力”の覚醒―――!)

 

 ―――勘違いも甚だしい。

 『ありとあらゆる能力を扱う程度の能力』。それは、彼が異形郷へと転生する際に得た特典である。

 この能力の強みは、『この世界』に存在する能力から『この世界』に存在しない能力まで、文字通り『ありとあらゆる能力』を扱う事が出来る事にある。だが、言ってしまえばそれだけでしかなく、決して覚醒などしない。

 元から数値がカンストしているのだから、それ以上の上昇などする訳がないのだ。

 覚醒なんてしないのだから、一度に二つの能力は扱えない。使用者である神鳥谷天地が進化する訳でもない。

 これは、単なる能力の切り替えである。一つの能力を発動した瞬間に次の能力へと切り替えているという、ただそれだけの事なのだ。

 そして、能力を切り替えても能力に付随する副産物は消えないというバグを利用した戦闘。

 

「『ありとあらゆるものを切断する程度の能力』」

 

 キンッ―――。

 魔女の首が飛ぶ。魔女の四肢が飛ぶ。綺麗に、醜い肉塊が空を舞って地に落ちる。

 

「ぐぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッッッッッッッッッッッッッ「黙れ」――――――――――――――――――――――――――――」

 

 舌が切り落とされる。喉が斬り裂かれる。ぼとぼと、ぼたぼたと、切り裂かれた場所から赤色が溢れて落ちる。

 冷徹。ただひたすらに、冷徹。これまでの様に雄叫びを上げるでもなく、静かに声を荒げるでもなく―――とにかく、冷たかった。

 

「何も喋るな。何もするな。ただ大人しく殺されろ。何度も、何度も、何度も、死に続けろ。害虫と呼ぶ事すらも生温い存在には生きている価値なんてないだろ。妖夢と幽々子様の仇になるだけ有難く思えよ、本当ならお前みたいな雑草は仇にしてやる事すらも勿体無いが―――そうでもしなきゃ俺のこの感情が収まらねぇんだよ。何なんだ、なぁ何なんだよ、お前は。お前達は。いや、聞くのも野暮だな。人様の世界を踏み荒らし、食い荒らし、壊し尽くし、殺し尽くし、終わったら、はいおしまいで捨て去るカス野郎だよな、そうでしかないよな。お前達はそんなものだ、そういう“在り方”を定められて生まれて来たんだ。決して変わらないし変えられない、元から変えるつもりなんざありはしねぇがな。何回か殺されただけで逝けると思うなよ。テメェは、いや異形全員、何億でも何兆でも殺してやる。それが那由他の彼方に至ったとしても殺し続けてやる………あぁ、そうしてやるとも。そうしなきゃいけないんだ。そうじゃなきゃ誰も報われない、これから先の幻想郷すらもが報われない」

 

 異形郷だけではない。異形郷に近しい幻想郷は、まだ多く存在する。

 敵は多い。幻想郷をその度に守らなければならない。誰一人として死者を出さない様に。

 遅かったのだ。間違っていたのだ。幻想郷に侵略されてから狩るのでは、あまりにも遅過ぎたのだ。

 

「(妖夢と幽々子が死んだのは)俺の所為だ……ごめんな。全部、俺が―――」

「―、―――」

「喋んなったろ……頼むから(出来る限り手間を省きたい)、何もすんなよ」

 

 こんな時でも、こんなに憎しみが籠もっている時でも、彼を不幸にする勘違いは発生する。

 無論、彼はそれに気付かない。

 この世界は、神鳥谷天地に優しくないらしい。

 

「『特化する程度の能力』」

 

 そんな事を知ることもなく。

 冷たい拳が、振るわれた。




第一次幻想防衛―――結果。
死亡者―――二名。
負傷者―――数十名。
生存者―――幻想郷の住民殆ど。

死亡者が出た為―――防衛失敗。
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