なんで幻想郷じゃなくて異形郷なの?   作:全智一皆

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それは
 まさに
  奇怪な
   跡の
    ような


第一章「絶望を覆す程度の能力」

 

 

 

■  ■

 異形郷の住人は、その名前の通り『異形』しか住んでいない。

 幻想郷の住人とそっくりな者も居れば、姿形も全く異なる者も居る。

 否、『者』という言葉は正しくない。異形という時点で、もうそれは人ではないのだ。怪物、化け物といった類にしか当てはまらない恐ろしい形をした存在ばかりだ。

 だが、それは一人の例外を除いてだ。神鳥谷天地という、たった一人の例外はちゃんと人間の形を持っている。

 というか人間だ。彼は異形ではない。此処とは別の世界から流れてきた漂流物なのだから、異形である訳がない。

 この幻想郷に限らず、どの幻想郷においても彼はイレギュラーとも言える存在なのだ。そして、だからこそ彼には異形と呼べる存在が居ない。

 それは此処では大変珍しい。それに興味を引かれて彼に出会う者も多く、霧雨魔理沙はその最初の一人だった。

「お前あ敵か? それとも味形かあ?」

「今は敵じゃない。けど味方でもない。敵と味方の境界線に立っているとでも思ってくれよ、マリッサ」

「いや、それじぁ答えに為ってねぇそ。どっちにしろ、味方じゃねぇってぇコトだな」

「まぁ、そうだな。確かにその通りだ。お前達の味方になるなんて、死んでも御免だよ」

 

「じゃあシネよ?」

 僅かに、風が揺れた。

 女はその細い腕を、彼の首を斬り落としてやろうという確かな殺意で振るった。

 剣の如き細腕は瞬速にも達し、誰の目にも映らぬ不可視の攻撃と成った。

 そして、その剣腕は見事に彼の首、その真ん中を捉え、肌を裂き、肉を斬り、骨を断ち、綺麗な血飛沫を噴水の様に漏らしながら、地面に叩きつけられたボールの様に―――空高く飛び跳ねた。

 にも、関わらず。

「―――」

 彼は動いた。死人であるにも関わらず、死人と成り果てたにも関わらず、首を跳ねられた瞬間に動き出した。

 左腕を上げ、自分の首を跳ねた剣の如き細腕を握り潰す勢いで握り締めて捕える。

 グジュ、バギッ―――と、肉々しい音が鳴ると共に、力強い圧迫によって皮膚と血筋が弾け、筋肉は潰れ、骨は砕け、もう使い物にもならなくなる。

 そうした瞬間、彼女が振り抜いた剣腕に違わぬ速度で真っ黒な顔面へと拳を叩き込む。

 振り抜かれた拳が、女の顔面を凹ませる。だが、彼の首が跳ねられた様に鮮血は溢れない。

 だが―――腕は別だ。

 ブチッ、と。殴られた衝撃で、握り潰された細い腕が肘辺りから引き離され、流れ行く居場所を無くした血管からはドバドバと濁った血が溢れる。

 されど、霧雨魔理沙は特別痛がる事もなく、

「容赦ねぇな、御前。女の顔面なくるとは、どおんな精神してんだあ?」

 と、平然としていた。

 対する神鳥谷天地は、空高く跳んで、自由落下の法則に逆らわず落ちてきた自身の首を普通に掴み取り―――元合った場所へと“くっつけた”。

「おいおい、ヲイヲイ。なんだぁてめぇ、今度は妹紅の能力か?」

「違う。あんな便利な能力じゃないさ―――これはただ『絶望を覆す程度の能力』だ」

「めっちゃ厨二病だな」

「言うな! 自分でも思ってたんだから言うな!」

「自覚はあんのか…で? それとオマエが生き孵った事はどおう繋がるんだ?」

「自分が死ぬという『絶望』を覆せば『生きる』。自分は相手より弱いという『絶望』を覆せば『強くなる』。そんな単純な話しだ」

「正邪みたいな能力だな」

「まぁ、確かに。だが、強い事に変わりはないぞ―――これで祟りからも免れた」

「マヂかよ。サナエサンの祟りする覆すのかお」

「あぁ―――それが絶無の望みだからこそ」願いは叶う

 絶望など幾らでもある。相手が最強の異形であるならば、尚更。

 特に、東方異形郷は『恐怖』による『絶望』が主だ。あの世界には一筋の光、希望など欠片も無いのだ。

 だが―――だからこそ、都合が良い。

「とはいえ、俺が絶望しなきゃ意味無いからな……絶望するまでだいぶ時間掛かった。気持ちわりぃ…」

「あー…お疲れさん」

「労いをくれるくらいなら、あのカエル野郎をどうにかしてくれよ…」

「メンド」

「三文字が片付けんなよ、移すぞ」

「マジで病めろ、コロスぜ」

「さっき死んだけどな」

「笑えねぇいブラックジュークだせ」

「殺したのお前だけどな?」

「生き返ッてるからナシでぜ」

「図太い精神してやがらぁ―――だがな、俺が気に食わねぇん」

 

 それは

 

「…………………………………」

「あーあ、ドンマイ」

 

 まさに

「クソ…」

 奇怪な

「あの、あの……」

 跡の

「くそ、くそっ、くそっ…」

 ような

「クソカエルがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 怨嗟の籠もった怒号が、暗闇と化した魔法使いの森に響き渡る。

「きゃはは!「きゃははは!!「きゃはははは!!!!「きゃははははは!!!!!「きゃはははははは!!!!!!」

 カエルが笑う。汚く笑う。高らかに笑う。嘲笑う。

 カエル顔の学生が笑う。男が笑う。女が笑う。皆が笑う。けらけらと、けらけらと、汚く嘲笑う。

 だが

「何がきゃははだ、馬鹿らしい! 女はともかく男まできゃはは言うなよ、気持ち悪いわ!」

 神鳥谷天地は、恐れなかった。

「…………………」

「黙んな! んでもって俺を見るな、その泥と墨汁を煮詰めまくったみたいな穢れた目で! マジで! マ・ジ・で! 本当に気持ち悪いなテメェは、あ゛ぁ!?」

 声を荒らげながら、神鳥谷天地は悪夢の怪人達に向かって拳を振るう。

 霧雨魔理沙との戦闘で『絶望を覆した』その膂力から放たれる一撃は―――悪夢であろうと、否、悪夢だからこそ、一切の容赦なく粉砕する。

「ぎょ」

 腑抜けた声が鳴ると共に、振り抜かれた拳がカエルの頭を粉々に破壊する。それはもう果物の如く。

 汚い鮮血と肉塊の破片が飛び散って、雨の様に降り注ぐ。

 死臭が漂う。吐瀉物のような香りが天地の吐き気を催す―――のではなく、憤りを増す。

「臭ぇよ! やっぱどこまでいってもカエルはカエルだ、マジで臭ぇ!」

「そんで悪夢の趣味が悪い! いやまぁ、悪夢だから胸糞悪い夢で当たり前なんだろうがよ! だが限度があるだろ! つか俺は信者殺してねぇだろうが! なのに何故祟られてんの!? 祟る相手の判断も碌につかねぇとか頭湧いてんのか!? 異形だから!」

 それはまさに奇怪な跡のような。

「飽きねぇな」

 殴る。壊す。蹴る。崩す。

 血、血、血。死、死、死。

 けれど、けれども、恐怖はない。

 それはまるで奇怪な跡のような。

「相変わらず――気色悪い」

 恐れは、ない。

 奇跡と奇怪。奇怪と奇跡。どちらも似ていて、どちらも違う。

 奇怪なり、奇怪、奇怪なり。それはまさに奇怪な跡。決して奇跡などではない、奇怪な現実。

 悪夢、祟り。死んでも終わらない永久の祟り、永遠の悪夢。死ねど死ねども終わらない。終わる訳がない東風谷の祟り。

 あぁ、その光景こそまさしく―――奇怪な跡。

「知るかよ、そんな事。誰がテメェなんぞに祟られるか。俺はテメェの信者を殺した憶えなんざ無ぇぞ―――カエル女」

 鋭い眼光で、神鳥谷天地は“ソレ”を睨む。

 細い体。襤褸々の巫女服。長い髪。二個の眼球も無い目、前歯だけがある縦に伸びた大きな黒い口。

 それこそ異形。それこそ幽霊。恐ろしき存在、奇怪なる化け物。

 東風谷早苗。この世界における、異形郷という世界における、守矢神社の巫女を務める少女、東風谷早苗本人。

 現実離れした容姿に、狂気的で奇怪そのものな容姿に、しかし神鳥谷天地は怯える事も恐れる事もなく、堂々と吐き捨てる。

「何を理由に俺を祟るのかは知らねぇが、こっちとしては最悪の迷惑だ。さっさと止めろ、気分が悪くなってくる」

「――――――」それはまさに奇怪な跡のような

「何も無い。何も起こっていない」それが絶無の望みだからこそ

 奇怪な跡の絶望を、覆す。死んでも続く祟りは、本来ならどうにもならない。

 だが、どうにもならない『絶望』だからこそ覆す。

 カエル顔の学生も、もう出て来ない。

 血の氾濫は起きてない。

 友人や家族の顔面が気持ち悪くなって食べようとしてくる事もない。

 そもそも彼には、この世界に碌な友人も家族も居ない。

 あぁ―――何も無い。

「気持ち悪い―――あぁ、本当に気持ちわりぃなテメェは! 異形ってのはどうしてこうもクソ野郎が多いかね!?」

 声を荒らげて―――再び、殴り掛かった。

 終わらぬ祟りを、覆す為に。

 

 

 




それが
 絶無の
  望み
   だから
    願いは
     叶う
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