なんで幻想郷じゃなくて異形郷なの?   作:全智一皆

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第二話「ありとあらゆるものが逆鱗に触れる程度の能力」

 

■  ■

 魔法の森(異形郷)にて東風谷早苗(通称サナエサン)を撃退してから数時間が経過していた頃。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ………っ、はっ……はっ……う゛ぉえ」

 神鳥谷天地は、完全に疲弊していた。

 誰が見ても分かる程に明らかに、疲れ切っていた。

 異形の東風谷早苗。サナエサン。彼女の能力はあまりにも厄介が過ぎる上、人間の精神を何処までも追い詰める害悪極まった力だ。

 祟り。本当の意味で限りない悪夢を見せ続ける力は、祟られた対象が死んで尚も続くという、最悪中の最悪。

 彼はその相手と何時間も戦い続け、その果てに撃退した。苦戦に苦戦を重ねて、何とか葬ったのだ。

 だが、それが何を意味するのか? 彼女と何時間も戦い続けたという結果が、いったい彼にとって何をもたらしたのか?

 彼は何時間もの間―――『自殺を行って楽になろうと思う程に、相手の精神を追い詰める悪夢』と戦い続けたのだ。

 彼は人間だ。幾度も死んではいるものの、その種族は確かな人間だ。

 『絶望を覆す程度の能力』を使用してはいたものの、しかしその発動には彼自身が絶望しなければならない訳で。

 要するに、悪夢を受け入れて味合わなければならないという事であり、幻想郷の住人すら自殺を選ぶような悪夢を見続ければ、精神が疲弊するのも無理はない。

「はぁ……キッツ。途中で何度か吐き出しちまった。やっぱ気持ちわりぃわ、あのカエル野郎…」

「わかるよ」

「分かるよなぁ…妖精のお前にも分かるんだもんな。…なんで居んだよ?」

「わかるよぉ」

「お前が分かっても俺が分からんわ。お前って霧の湖住みだったよね?」

「ん」

「お前もかよ。え、なんでお前も居んの?」

「値!」

「⑨もかよ…でも大妖精居ないのな。え、マジでお前ら何で此処に居る訳?」

 魔法の森はその性質上、魔法使いなどが好んで住む場所であり、妖精はおろか妖怪すらもあまり住み着かない場所だ。

 そんな場所に、彼が知っている妖精達が集まっている。それだけで、十分に怪しいのだ。

 それが原作であるならいざ知らず、この世界は異形郷。物騒な奴しか居ないから尚更である。

「はぁ…ふーん。なるほど、あのホワイトドラゴンとブラックドラゴンから逃げて来たと。あいつ等もよく飽きねぇな。春来て無ぇのに春ですよー言うのもそうだけど」

「わかるよ…」

「わかるよの台詞だけなのに疲労感が伝わってくる…俺もだいぶ分かる様になってきた訳か…うわー、ないわー。自分で言ってなんだけど、ないわー」

「ん!」

「いや、ありじゃねぇんだよ。俺がないつってんだわ。異形郷じゃなくて幻想郷に行きてーんだよ、俺は」

「√?」

「良くない。こんな世界で人間のまま生きていけってか? この世界で人間のまま生きてたら、それこそ死にまくるわ。俺は異形にもなりたくねぇし、死にたくもねぇんだよ」

 神鳥谷天地という前世の名で、再び生を受けたのに。

 自分が好きな世界で、生活出来ると思っていたのに。

 現実は、何とも非常なもので。何とも残酷で、無残な世界で。

 受け取った能力が便利かつ強力だったから生き残れているものの、もしそうでなかったなら―――神鳥谷天地は、もう既にこの世界から去っている事だろう。

「ん…」

「はぁ…? 寂しいって何だよ。お前、俺を何度殺したよ? そんな奴が今更寂しいって何、そんなツンデレ流行らねぇよ」

「分かるよ!」

「あっそ。だとしても、お前らに寂しがられても全く嬉しかねぇよ…何度殺されたと思ってん」

 だ。そこまで言い切ろうとした瞬間

 

「ハァァァァァァァルゥゥゥゥゥゥゥゥデェェェェェェェェスゥゥゥゥゥゥゥゥヨォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 木々を薙ぎ倒す騒々しい音と共に、そんな珍しい咆哮を上げながら白い肌の巨大な生物が―――ドラゴンが、彼らの目の前に現れたのだ。

「ほーら、こうやって面倒事を持ってくるから―――お前らが嫌いなんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 果てしない怒りから来る怒号が、森全体に響き渡る。鋭い気迫が、妖精達を気圧させる。

 『ありとあらゆる能力を扱う程度の能力』を持つ神鳥谷天地が扱う能力の一つ―――『ありとあらゆるものが逆鱗に触れる程度の能力』。

 それは文字通り、ありとあらゆる出来事、物体が彼の逆鱗に触れ、怒り狂うという能力である。

 これだけを聞けば、別に強くも何ともない能力だと思うのだろうが、この能力の真の強さはそこではない。

 逆鱗。それは伝説上の神獣である竜の81枚の鱗のうち、顎の下にあって1枚だけ逆さに生えているとされる鱗のこと。

 その逆鱗を触られると竜は怒り狂い、その触れた人間を焼き殺すのだと言う。

 この能力の恐ろしい点は、『逆鱗に触れられて怒り狂うに相応しい力を得る』という点である。

 それはつまり、ある意味での勝利の確定。逆鱗に触れられて怒り狂うに相応しい力とは、伝承通りになぞるのであれば、即ち相手を殺し得る力の事である。

「毎度毎度、春でもないのに春だ春だ喧しいんだよ、このクソトカゲがァァァァァァッッッ!!!!」

 相手が誰であろうが、遠慮無し。

 その巨体に、その竜に臆する事なく、神鳥谷天地は足の筋が切れんばかりの力を込めて地を蹴り馬鹿正直に走り出す。

 下ろしていた右腕を上げ、出血するだろうと誰もが見て分かる程の力で拳を形作る。

 事実として、手のひらを刃か何かで切られた時のような激しい流血が溢れて、地面に落ちていった。

 加速する。鈍い動きから神速の領域まで、刹那の時を以て加速する。

 怒りに身を任せた彼には、肉体的負荷の意味でも精神的意味でも『容赦』が無い。

 文字通り“全力”で―――殺しに掛かる。

「オラァッッッッ!!!!!」

 全力で、竜の巨体に向かって拳を振り抜く。

 まさしく地面を抉る勢いで、怒りから来る全力を込めた拳が春の白竜へと襲い掛かった。

 ガゴッッッッ、バギュッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 硬い鱗は果物の様に潰され、瞬速の拳は肉を叩き貫いて、鮮やかな血を腐った森へと息吹かせる。

 同時に、神鳥谷天地の骨が砕け散る。限界を無視した力を込めた代償は、決して安いものではない。

 だが―――砕け散った瞬間、“まるで何事もなかった”かの様に骨は再生した。

「フッッッ!!!」

 鱗を砕かれ、肉を抉られ悲痛な咆哮を上げる春の黒竜に、怒り狂う人間は容赦なく追撃を叩き込む。

 がら空きとなった胸元まで近付いて、地面を蹴った脚が―――神速に至った膝蹴りが、鱗ごとその心臓を押し潰す。

 ブチュ、と肉々しい音と共に、バギッッ……と、骨が砕ける。

 竜と人。その両者の骨が砕け散り、

「ガァァァァァァァァァァッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「――――――――――――」

 人間の荒い絶叫が上がる。

 竜の喧しい咆哮が止む。

 だが、まだ息の根は止まっていない。黒竜の息は、黒竜の心臓は、まだ動いている。まだ動いてしまっている…!

「殺す…今ここで、本当の意味でテメェを殺してやるよぉッッ!!!! テメェがこれから殺すであろう(原作の)妖精達の弔いを、俺がしてやる!」

 はい、ここで勘違い現象が発生。もといアンジャッシュ現象の発生だ。

 妖精達の弔い=私達を想っている、それ即ち神鳥谷天地はツンデレという構成の出来上がりである。

 妖精達は胸を打たれた。悪態をつきながらも、自分達を想い、竜に怒るその姿に。

 勘違いされてしまった本人である彼からしてみれば、何とも不本意な話しである。

「死に曝せ、このクソトカゲェェェェェェェェェェェェッッッッッッッッ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 全力に全力を込めた一撃と雄叫びが、魔法の森の霧を晴らした。

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