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惨たらしい怪物ばかりが存在する異形郷だが、そんな場所にも美しい場所がある。
美しい花々が咲き誇る花園、輝かしい向日葵が咲き誇る花畑。
風見幽香という、異形郷に存在する異形達の中でもトップレベルの強さを誇っている異形が統べる場所。
そこは危険地帯も等しい場所でこそあるが、同時に異形郷という醜悪な世界の中で唯一無二の美しさは誇っている場所でもある。
「あぁ―――素晴らしい。それ以外の言葉が見当たらない…」
それに感動する心を持った異形など、指で数える程度のものなのだが、生憎と彼は異形ではない。
神鳥谷天地にとって、この花園は異形郷からあまりにもかけ離れていた。
それはまさしく楽園の如き美しさを誇る、ある意味で一つの世界であると。そう感じざるを得なかった。
それはもう、感動のあまり涙を流してしまう程に。
「ふふっ…相変わらず大袈裟ね。貴方、来る度にそうなってるわよ?」
「仕方ないだろ…俺の周りが馬鹿ばっかなんだから。此処は綺麗だから良いわぁ…心が浄化される」
花達が咲き誇る地面に居座って、神鳥谷天地はこの場所は心地が良いとリラックスする。
(本当、隙だらけね。いつもの警戒心がまるで無い)
風見幽香は、呆れ果てていた。
神鳥谷天地は、普段から『この世界の誰もが敵』と言わんばかりの警戒心を剥き出しにして生きている。
この世界に、この異形郷に味方なんて居ない。味方なんて作ってはいけない。
いつかは殺す相手ばかり。いつか、自分が愛する世界を壊そうとする者達に気を許す訳がない。
だが、今はどうか。
今の彼は、剥き出しにしていた警戒心を最初からしていなかったの如く、解いてゆったりとしている。
これなら殺せる。今なら、簡単に仕留める事が出来る。
「本当、良い場所だ。異形郷で安心出来るのは此処だけだわー」
「安心してて良いのかしら? 私がいつ、貴方を殺すのかも分からないのよ?」
「殺されても問題ねぇしなー、俺。それに、アンタなら(そういう事しないし)大丈夫だろ」
「…? どういう事よ」
「単に、アンタの事を信用してるんだ。風見幽香という存在(の特徴)を、俺は信じてる」
風見幽香は花の妖怪。花を操り、花を愛でる大いなる妖怪。
それは、それだけは、どの世界においても決して変わる事はない。
例えそれが、『幻想郷』という本来の世界からかけ離れた世界観に変わっていたとしても。
「風見幽香」という妖怪の在り方は、『花を愛している』。それを一貫している。
第六幻想侵攻の際に多くの妖精を殺めた彼女も、この異形郷においては花を愛で、無邪気な子供を可愛がる一人の女だった。
故に、神鳥谷天地は風見幽香という妖怪を信用しているのだ。
花があるこの場所で、無闇は殺生などしない。この美しい世界を自ら汚す様な事など、絶対にしない。
そう確信しているのだ。
「そ、そう。甘い考えね」
「かもな。でも事実だからなー」
はい、またでたアンジャッシュ現象。
言っておくが、彼はあくまでも風見幽香という妖怪の事を信用しているのであって、異形の風見幽香本人を信頼している訳ではない。
先も言った通り、彼はこの世界の誰もを味方として見てはいない。全員が敵でしかない。
何度も何度も繰り返すが、彼が愛したのは神々が見放した異形郷などではなく、神々が恋した幻想郷だ。
この世界を愛する事は、決してないのだ。勘違いなど、してはならないのだ。
「お、やっはりね。言ったろ、霊夢。コイツは此処に居るッて」
「カチカチカチカチ」
「よし、早く帰れさっさと帰れ。せっかく落ち着けてたのに、お前らの所為で台無しだ」
突如の来客―――もとい、霧雨魔理沙と博麗霊夢の登場だ。
神鳥谷天地は嫌悪感を包み隠さず解き放って、顔を顰めた。あと大きな溜息も吐いた。
「そう嫌な顔ふんなよ。長い付き合いだロ?」
「不本意ながら、だ。誰が自分からお前らと関わるか」
「カチカチカチ」
「だーかーらー、普通に喋れって! お前のそれうるせぇよ!」
「ふふっ、懐かしいわね。昔はよくそれで泣いてたわよね」
「泣き虫だったはらな、霊夢わ」
「その度に、俺は紫さんに殺され掛けた。マジで巫山戯んな…あーあ、思い出したくもない記憶を思い出した。もういいや、俺は寝る」
起こしたらぶった切るからな。そう言い残して、天地は花達に包まれる様に倒れ込んだ。
そんな子供っぽい様子に、幽香はくすりと笑みを浮かべた。
「ぶった切る、なんて物騒ね。という事はあれかしら、『ありとあらゆるものを切断する程度の能力』なのかしらね?」
懐かしむ様に、思い出す。
その能力と―――神鳥谷天地と戦った日の事を。
それは、その殺し合いは、今日と同じく雲一つない晴れ空の下で行われた。
「太い根だな。伐採してやるよ」
「やれるものなら、やってみなさい」
蔓の様な太く鋭い根が、まるで弾丸の様に真っ直ぐ彼の方へと飛んでいく。
それは四肢を掴み、引き千切ろうとする凶器。
捕まってしまえば、抜け出す事はおろか足掻く事すら叶わないだろう。
だが、そんな蔓に臆する事なく、神鳥谷天地は正々堂々、真っ直ぐに駆け出した。
蔓が四肢へと手を伸ばした瞬間―――それら全てが、斬り捨てられた。
「ふぅん…それが貴方の能力なのね」
「さぁな。リグルの仇に教える事なんざ、なんもねぇよ」
更に数を増し、囲む様に襲い掛かる無数の蔓達。
槍の如き鋭さを持ったそれらは、先の様な拘束具などではない。確かな殺意を乗せて敵を貫く武器そのものだ。
だが―――墜ちる。
深緑の槍全てが、一振りの手刀によって呆気なく斬り落とされて地に墜ちる。
距離が縮まる。憎悪を膨らませて立ち向かってくる青年との距離が、どんどん短くなっていく。
蔓が向かう。だが、斬り落とされる。
槍が向かう。だが、斬り捨てられる。
棘が向かう。だが、斬り殺される。
放つ攻撃の全てが、脆くも斬り落とされ、斬り捨てられ、斬り殺されて、それ以上は続かない。
『ありとあらゆるものを切断する程度の能力』。それが、当時の神鳥谷天地が扱っていた能力だ。
ある意味では、フランドール・スカーレットが持っている『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』と酷似している能力でもある。
それ即ち―――万物を斬り捨てる最高の刃である。
「妖怪なら妖怪らしく、怪物なら怪物らしく、人間に殺されろ。いつだって、化け物を殺すのは人間だ」
「あら、面白い事を言うのね。ならこう返してあげるわ―――化け物を殺すのが人間である様に、人間を殺すのも化け物なのよ?」
「―――確かに面白いな。心底、笑えねぇよ」
殺意の籠もった眼が貫く。
究極の刃を宿した手足が、最強の妖怪へと突っ込んだ。