なんで幻想郷じゃなくて異形郷なの?   作:全智一皆

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「楽園への道は、開かれた」



第五話「技を使いこなす程度の能力」

 

■  ■

 異形郷には碌な食べ物が存在しない。

 何せ、存在するもの達が揃いも揃って異形だからだ。神鳥谷天地という例外を除き、全員が化け物だからだ。

 異形の肉など美味くもない。怪物の肉など食えたものではない。

 反吐が出る程に不味いとも言えるだろう。

 そんな食事に、神鳥谷天地はと言うと―――

「うん、まぁ…美味くはないよ、うん。だからと言って不味い訳じゃないんだけどさ…」

「奢られてる身なんだから、文句言わないでくださいよ」

 傷だらけの体に所々が襤褸々の服を身に纏い、近くには幾つもの刀が突き出た様な黒い体と、大きな口を持った半霊を漂わす四つ腕の少女―――「魂魄妖夢」と共に食事処に来て、文字通り食事を摂っていた。

 顔を青くしながらも、何とか出された食事(人が食えたものではない)を食べる天地に、妖夢は呆れ顔を浮かべながら甘味(これまた普通ではない)を食すのだ。

「いやまぁ、奢られてる身なんだけどさぁ…人間としては、こう…ね?」

「いや、分かりませんよ。というか、貴方の方が食べたいって言ったんじゃないですか」

「仕方ないじゃんか、ここ最近は何も食べてなかったんだから。マリッサに襲われるわ、クソカエルに祟られるわ、魔おうー☆様に殺されるわで大変だったんだぞ?」

「最後のは自業自得ですよね…」

「良いんだよ、別に。嫌いな奴だし」

 焼かれたにも関わらず紫色を保つ肉を箸で摘み、口の中へと放り込む。

 噛めば噛む程に、美味しいのか不味いのか判断しにくい微妙な味が、口の中に広がっていく。

 圧倒的に不味いものか普通に不味いもの、美味いようで美味くないもの、異形郷にはそんな食べ物しかないのだ。

 これを以て、彼の異形郷に対する嫌悪感が再び増した。

「碌な奴も居なければ碌な食べ物もねぇとか…とことん終わってるわ、此処。ま、食べれないものじゃないからマシだけど…はい、ご馳走様でした」

「お粗末様でした。それで、私の頼みは聞いていだけますか?」

「あ? えー…なんだっけ、剣の修行相手になってくれ、だっけ?」

「はい。都合が良い相手は貴方くらいですから」

「なんでだよ。別に刀扱える訳じゃないよ、俺?」

「能力があるから問題ないじゃないですか。『剣術を使う程度の能力』くらい扱えるでしょう?」

 神鳥谷天地の能力―――『ありとあらゆる能力を扱う程度の能力』。

 それは文字通り、ありとあらゆる能力を扱う事が出来るという単純かつ強力な能力である。

 既存の能力は勿論の事、『この世界』には存在しない『能力』も扱う事が出来るというドチートだ。

 彼の能力を以てすれば、達人の如き剣技を扱う事すら造作もないのだ。

 だからこそ、妖夢は彼に練習相手になってくれと頼んだのだ。

「まぁ、出来なくは無いんだけど…お前はそれで良いのか?」

「まぁ、貴方が相手なら殺しても構いませんし」

「おいコラ」

「事実じゃないですか。死んでも死にませんし」

「痛いもんは痛いんだぞ…まぁ良いや。殺す気で来るんだろ?」

「えぇ、まぁ」

 なんてこともない様に、あっさりと答える妖夢。

 箸を皿に置いて立ち上がり、神鳥谷天地は

「オッケ―――じゃ、俺も殺す気で行くから」

 “妖夢の背中に担われていた刀の一本を奪い取っていた”。

「えっ…!? い、いつの間に!?」

「柳生新陰流の奥義、無刀取りだよ。随分と便利な“技”でな、武器を奪い取るには扱いやすい―――あぁ、後な」

 刀を左手に持ち替えると共に、神鳥谷天地は真上を見上げる。

 分かっていた。来る事は、この世界に現れたその時から既に知っていた。

 あまりにも、来る時間が遅かった。あまりにも―――遅過ぎた。

 だから、つい最近までは忘れていた。忘れても良い程度の存在だと、認識出来たから。

「さっきはああ言ったけど、やっぱパスな。面倒事が起きやがった」

 バギッ―――!!!! と、豪快な音と共に天井が破壊され、屈強な肉体を持った“鬼”が降ってきたのだ。

 その場に居た全員が、驚愕した。

「強い奴は――!」

 居ないか。そう言い切ろうとした、直後。

 鬼が降り立つべき場所に立っていた者―――日本刀を携えた男、神鳥谷天地が抜刀した。

「うっせ」

 腰を引き、鞘から銀色の刃金を素早く抜き出して真上へと振り上げる。

 加速した刃金の勢いは止む事を知らず、音速にも達する域を走って鬼の肉体を真下から脳天へ掛けて、豆腐の様に一刀両断してみせた。

 刀という武器を扱うにおいて、最も速く最も強い技は何かと問われれば、それは『抜刀』である。

 其々の流派の奥義や技という訳ではなく、刀という武器に最初から備わっている必殺技。それこそが『抜刀』だ。

 抜刀をする瞬間にこそ、刀に最速が完成する。

 腕を振るう瞬間以上の加速がついたその攻撃は、極めれば目に映る事もなく、眼前の敵を両断する事が可能なのだ。

「ヒュー。スゲェな、のい。楽勝じゃぬぇか」

「fast!」

「無駄口を叩いてる暇はねぇぞ。敵の目的は霊夢の確保だ、マリッサはさっさと行け」

 刀についた血を払いながら、天地は魔理沙の方を見る事もなくそう告げる。

 何故、敵の目的を知っているのか。そんな疑問が彼女に浮かんだが、今はそんな事を聞いている暇は無いとすぐに振り払う。

 博麗霊夢は十分に成長している。だが、敵が彼女を狙っている以上、放置しておく訳にはいかない。

 魔理沙は素直に、本当に珍しく素直に、神鳥谷天地へと感謝を述べた。

「…おう、感謝するせ」

「すんな、気持ち悪い。ただまぁ…事が終わったら、ミスティアに台所貸してくれる様に話してくれよ。それでチャラだ」

 ほら、さっさと行け。そう言わんばかりに、しっしと手を振りながら外へと走る。

 外は阿鼻叫喚。異形に負けず劣らずの機械的な怪物達が銃を乱射し、周囲を破壊し尽くしている。

 だが、そんな光景は見るに値しない。何故なら、神鳥谷天地は既にそれを“識っている”のだから。

「―――」

 一步を踏み出し、“敵との彼我の距離を詰め”、即座に斬り捨てる。

 二歩を踏み出し、再び距離を詰めて切り刻む。

 三歩を踏み出し、また距離を詰めて斬り殺す。

 僅かな一步で、まるで瞬間移動をしたかの様に一瞬で距離を詰め、天地は次々と敵を斬り捨てる。

 『縮地』―――それは仙術の一種であり、地面の距離自体を縮めて移動という特殊な歩法。

 縮地を使えば、小さな一步でもまるで瞬間移動の如き速さと化す。

 離れていようが関係なし。距離そのものを縮めるこの歩法に、そんな事は無意味に等しい。

「侵攻すんの遅過ぎんだろ。もう霊夢ちゃん大人になってるぞ」

 『幻葬狂』―――その世界における鈴仙・優曇華・イナバの能力によって狂ってしまった幻想郷の住人達によって創られた世界。

 楽園とやらを目指して、この異形郷を侵攻し、霊夢を奪い取るというのが目的なのだが…

 如何せん、それがあまりにも遅過ぎた。

 それが始まったのは、まだ霊夢が異形郷に来て間もなく、体も精神も幼かった頃の事であり、覚醒もしていなかった。

 だからこそ奪い取る事が出来た訳なのだが、今はそうではないのだ。

 霊夢は原作と同じくらいには成長しているし、何より―――イレギュラーと言える存在が居る。

「ア? 何ダ、誰ダ、オ前ハ?」

「さぁ、誰だろうな。御宅の天才妖精も知らんだろうさ」

 全身が機械で出来た小柄な存在―――幻葬狂という世界における、魂魄妖夢。

 妖刀に魅入られ、何もかもを斬りたいという欲望に駆られて主すら切り捨てた狂人。

 本来ならば、この異形郷における魂魄妖夢が戦うべきだった相手だ。

「ソウカ! オ前ガ神鳥谷天地ダナ!?」

「知られとるかい…やっぱ幻葬狂のチルノは侮れんな。うわー、啖呵切ったのにすげー恥ずかしいんだけど。つかなんで知ってんの?」

「キリタイ…キリタイキリタイキリタイキリタイキリタイキリタイ!!!! 神鳥谷天地、私ハオ前ヲキリタイ!」

「あーあ、駄目だこりゃ。話しが全然通じねぇよ、まぁ最初から期待してなかったけど」

 はぁ…と、溜息を吐く天地に、機械は遠慮なく飛び掛かった。

 振りは瞬速。伊達に全身が機械と化している訳ではないようだ、素振りが目にも止まらない。

 だが―――今の彼には、そんな事は大して関係ない。

「ま、良いか。どうせ死ぬんだ、俺が殺しても問題無いだろ」

 キィンッ―――甲高い声を上げて、瞬速の刃は鍔によって弾かれた。

 目にも止まらぬ速さで振るわれた二つの刃を、あろう事か彼は鍔を以て弾き返した。

 それも、瞬速以上の速さで。目にも止まらぬ速さ以上の速さで。

 もし―――彼がそれを防御ではなく、攻撃に転じていたら。弾きではなく、抜刀で行っていたら。

 眼前の敵は、呆気なくその体を撫で斬りにされていた事だろう。

「じゃ、さくっと終わらせるか」

 目の色を変えて、天地は攻撃を弾かれて態勢を崩した鉄屑へと斬り掛かる。

 とはいえ、全身が機械である目の前の鉄屑を斬り捨てるのは、中々に容易ではないだろう。

 だが、その為にこそ『能力』というものがある―――『技を使いこなす程度の能力』という、能力がある。

 技。それは剣に限らず、様々な行動に通ずるそれを、使いこなす能力。

 要するに、達人化。その道の素人でありながら、ありとあらゆる技術を使いこなす事が出来る様になるという外法である。

「ふっ」

 天へ振り翳した剣を、真っ直ぐに振り下ろす。

 空を裂き、刃金は鋼鉄の肉体へと拳を振るい、その体の一部へと大きな切り傷を刻んだ。

「キィッ…!!」

 人ならざる者の唸りと共に、二振りの刃が彼の首へと襲い掛かる。

 強烈な一閃によった体が半壊しても尚、鉄屑は戦意ならぬ斬意を失ってはいなかった。

 否、それは単なる執念からくるものだろうか。どちらにせよ、見苦しく醜いものだ。

 無論、そんな執念なぞ知った事かと、神鳥谷天地は腰を僅かに落とし、首切り刃を避けて更に攻め込んだ。

 斬る、斬る、斬る、斬る。鋼鉄の肉体に、刀の重さと技術による速さを活かした連撃を何度も何度も入れ込んで斬り刻む。

 薬丸自顕流―――抜き。

 抜きとは薬丸自顕流にある技の一つであり、抜刀して連撃を叩き込むという単純明快な技だが、そう簡単に出来る技でもない。

 そもそも薬丸自顕流は野太刀の技を元に生み出された剣技であり、野太刀を上手く扱う事が出来なければ初歩にすら至れないのだ。

 だが、今の天地は達人の領域に立つ剣聖。そんな彼にしてみれば、剣を振るう事を前提とする技は全て同じものでしかないのだ。

「―――」

 火花と共に、鉄が散る。肉体を象った鋼鉄が、次々と崩されていく。

 凹み、剥がされ、斬り刻まれ。時間が経てば経つ程に、鉄屑はその命を枯らしていく。

 だが、それに対して神鳥谷天地と彼が振るう刃は一切として疲弊していない。

 汗をかくどころか、呼吸すら乱れていない。寧ろ、余裕綽々といった具合で今も斬り続けている。

 鉄を斬りつけているにも関わらず、刃が少しもこぼれていない。

 それ即ち、超絶技巧の腕。または鬼斧神工。そう例える他にない剣技だ。

 …さて。

 そろそろ―――終わりが見えてきた。

「じゃあな、鉄屑。もう会う事はないだろうよ」

 四肢を粉々にされ、体すら機能しなくなった鉄屑を見下しながら、神鳥谷天地は天高く剣を振り上げる。

 その構えこそ、薩摩最強の剣術「示現流」―――蜻蛉の構え。

「――――――チェストォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 雄叫びと共に振るわれた一閃は、鉄屑の首を跳ねる事なく―――粉々に粉砕した。

 

「さて、次は兎かな」

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