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幻葬狂の敵を呆気なく屠りながら、神鳥谷天地は思考を巡らせる。
幻葬狂が来るのは、本来ならば異形郷の博麗霊夢が幼い頃。まだ覚醒しておらず、実力が未熟な時を狙って奴らは現れた。
だが、今はそうではない。霊夢も異形としての実力を上げ、原作においては十六夜咲夜を殺すにまで至っている。
何故、来るのが遅かったのか。その理由が、神鳥谷天地には分からずにいた。
「訳分からねぇんだよな…でも、俺の事を向こうは知ってた。本来なら居ない筈の俺を、名前まで知っていた。それも分からん…いや、それすらチルノの領分か。IQ200の天才は伊達じゃねぇな」
幻葬狂のチルノは、原作や異形郷のチルノ達とは違い比べ物にならない程の天才だ。
IQ200以上の天才にして、彼女達が乗る船を創り上げたのも彼女らしい。
幻葬狂の中では一番マトモであり、狂気に落ちてこそいるがまだ正気を保てている方だ。
「…よし、仲間にすっか。マトモな奴があと一人くらいは欲しかったところだ、丁度良いや」
ブチッと、果物を潰す様に幻葬狂の兎の頭を強く踏み潰し、天地はチルノを仲間にする為にはどうしたものかと画策し始める。
幻葬狂のチルノは味方にして損のない存在だ。比較的マトモな上に、その頭脳は利用価値がある。
彼女は船を創り、狂人達を異形郷に招いたという間接的な被害こそもたらした。
だが、それだけだ。他の狂人達の様に、異形郷そのものへ実害をもたらしたという訳ではない。
その点を鑑みれば、八雲紫からも多少の赦しが得られる筈だ。
何より、捕えるのが天地なのだ。それだけで、彼女を黙らせるには十分。
「多分、マッドシップに居座ってるだろうし…ん? となるとあれか。霊夢は態と誘拐させた方が色々と楽だったか? うわー、失敗した」
「HERP!」
「あ? んだよ、お前まだ終わってねぇのか…」
心の底から面倒くさい。そう言わずとも分かる程の感情を漏らしながら、天地は鈴仙の敵へと目を移す。
幻葬狂という世界を創り出した張本人。狂気を伝染させ、さらには月を乗っ取った支配者。
幻葬狂における鈴仙・優曇華院・イナバその人。
「ぐぁはは! まさかこうも早くターゲットに会えるとはな!」
「へ?」
「我々の狙いは博麗霊夢ではなく貴様だと言っているのだ、神鳥谷天地!」
「motherfucker」
「EXACTRY!」
予想外の言葉に(想像もしたくなかった)面食らい、つい暴言が出てしまう。
霊夢ではなく自分が狙い? 何故? どういう経緯でそうなった?
いや、今はそんな事はどうでもいい。本当に、心の底からどうでもいい事だ。
問題なのは―――否、問題など無いか。
それはとても―――嬉しい誤算だ。
「あっそ。了解した、なら俺は投降しよう」
「WHY!」
「ほう?」
船を探す手前が省けた。態々こんな無駄に広い世界を調べなくて良いのは重畳だと、彼は判断したのだ。
叫ぶ鈴仙を無視し、彼は幻葬狂の鈴仙の元へと自ら歩き出した。
「意外だな。抵抗すると思っていたが」
「する意味が無くなったからな。ほら、さっさと連れて行ってくれよ。あと、出来れば他の奴らも撤収させてもらえねぇ?」
「なんだ、やはり味方の命は惜しいか?」
「な訳ないだろ、気持ち悪い。ただ単に、(後が面倒になるから)嫌なだけだ」
「それは惜しいと思っているからではないのか…ふん、まぁ良い。では、連行させてもらおう」
「天地さん!」
「TENCHI!」
妖夢が叫ぶ。鈴仙が叫ぶ。
だが、神鳥谷天地は振り返らない。
「来んな。てめーの事だけ考えてろ」
それだけを言い残して、神鳥谷天地は狂気の兎と共に消え去った。
場所と時間は変わり、異形郷におけるマヨヒガへと移る。時間は、彼女が死ぬ少し前の事だ。
散らかった部屋の真ん中で、椅子に腰を下ろして体を休めるのは、この異形郷における賢者、八雲紫。
そして、その隣に立つのは彼女の式神である八雲藍。彼女もまた、異形郷における八雲藍である。
「私はね、藍。彼はやっぱり異形郷に染まりつつあると思っているわ」
「彼が聞いたら酷く嫌がるであろうお言葉ですね…」
「ふふ、確かにね。けれど、事実だから仕方ないわ」
嫌がるどころの話しではない。声を荒げて気持ち悪いと言う事間違いなしである。
だが、彼女がそう思うのにも確かな理由があった。
彼が引き起こすアンジャッシュ現象からの不確定なものだったが、今日の出来事から遂に確信する事が出来た。
「彼が異形郷を嫌っているならば、彼女達に乗じて此処を滅ぼせた。けれど、彼はそれをしなかった」
「…確かに」
「自分から身柄を引き渡し、さらには敵を撤収させる様に言ってくれた。これだけで、十分に染まりつつあるとは思わない?」
「…思います」
と、彼女達は勝手に話しを進めているけれど。
それが事実であるかどうかを問うたとして。
果たして、その答えは――――――神鳥谷天地のみが知る。
「まさか生贄となる事を受け入れるとは。いったいどういうつもりだ、神鳥谷天地」
「神様が創る楽園の生贄に選ばれて感謝の極み…とでも答えれば良いのかな、この場合は」
マッドシップ、その甲板にて。博麗霊夢は、拘束された神鳥谷天地の腹を探っていた。
神鳥谷天地。本来ならば異形郷には存在しなかった筈の人間。完全なるイレギュラー。
彼が持つ『ありとあらゆる能力を扱う程度の能力』があれば、楽園への道は呆気なく切り開かれる。
だが、それ故に警戒していた。楽園への道を呆気なく切り開く事が出来る力を持つからこそ、最重要警戒対象として見ていた。
にも関わらず―――結果は、彼が自ら生贄になると言い出したのだ。
「……何故、撤収する様に言った?」
「はい?」
「貴様は異形郷を嫌っているのだろう? ならば、我々を撤収させなければ異形郷を滅ぼす事が出来た筈だ。何故、それをしなかった?」
「…おいおい。お前さ、それマジで言ってんの?」
冗談キツイぞ、と。嘲笑う様な笑みを浮かべて、天地は断言する。
「確かに、アンタ等の襲撃に乗じれば異形郷は壊せたかもな。だがな、アンタは一つ勘違いしてるぜ――――――
彼奴等を殺していいのは、あの世界を壊していいのは、俺だけなんだよ」
「……!?」
見開かれた目と、神鳥谷天地から放たれる狂気に霊夢が後退る。
その場に居る全員が戦闘態勢に入るが、天地は構わず続ける。
「俺が壊さなきゃ意味ねぇんだよ、俺が殺さなきゃ意味ねぇんだよ。ありとあらゆる手段を用いて、あの世界のありとあらゆる全てを殺戮し尽くすのは、俺だ。俺だけが異形郷を壊して良いんだ。他人と協力? 駄目だね、駄目に決まってる。そんなのは論外だ。それは『原作』の皆も例外じゃないんだ。彼女達に見るに絶えない醜悪を曝す訳にはいかないんだよ。俺は異形郷を壊す為に、異形郷を壊そうとするお前達を殺しに来たんだ。誰が何と言おうと関係ない、誰が何をしようと関係ない―――異形郷は、俺が壊す。必ずだ。この役目を、誰かにやらせてたまるか。
醜悪のまま、この穢れた世界で逝ね」
そう言い放った瞬間、眩い閃光が神鳥谷天地を包み込む。
滅光魔法。幻葬狂の博麗霊夢が使用する魔法であり、ありとあらゆるものを滅する光の魔法。
それは異形に絶大なるダメージを与え、不死身であるとされた異形魔理沙すらも致命傷を負う程の威力がある。
だが―――無意味。
「眩しいだけだな」
光は神鳥谷天地を傷付ける事なく、呆気なく霧散する。
光の発散。一点集中であれ波状であれ、その光は一個人に対して向けられたものであり、必ず塊がある。
であれば、その光の攻撃を発散してみるとどうなるか?
答えは簡単―――何も無かったかの様に、光は消えてなくなる。
「私が行くわ〜」
「待てよ、オカマ野郎。アイツは私がやる」
二人の狂人が、武器を構えて天地の方へと飛び掛かる。
一人はメイドの格好をした男、一人は大鎌を持った魔女。どちらも彼が知る本物とは掛け離れている。
故に、躊躇はない。
メイドの双剣は素早く、まるで自分の時間を速めているかの様な速度だ。まるで目に追えない。
魔女の大鎌はリーチが長く、下手な避け方をすれば一瞬で首を狩られる。
神鳥谷天地は思考し、すぐに答えを出した。行動を以て、それを示す。
右手を前に出し、握り締めて
「これが本当の、キュッとしてドカーン」
開いた。
その次の瞬間―――男と魔女の肉体が、まるで針で突かれた風船の様に破裂した。
血潮が撒き散らされ、肉片が空を舞う。だが、汚い雨は彼の体を濡らす事はなく、触れる瞬間に発散して消え失せる。
『収束と発散を操る程度の能力』―――それが、今回の神鳥谷天地が操る能力である。
相手の体内の空気や血液全てを一点に収束し、爆発させる様に発散させる。
そうすれば、肉体は簡単に破裂して、相手は死ぬ。
あまりにも簡単で、それでいて実に恐ろしい。何故ならば、その攻撃は決して目に見えるものではなく、また自分でどうにかする事すら叶わないのだ。
まさしく、不可視の攻撃。回避不可能な、永遠と続く初見殺しだ。
「ほら、次だ次。楽園とやらに行きたいんだろ? だが、まぁ甘ったるい考えだ――――――他者を犠牲にするばかりで、てめぇの犠牲は無しで楽園になろうなんざ、馬鹿の考え方だぜ」
でなきゃ、あんな世界みたいになっちまうぞ。