なんで幻想郷じゃなくて異形郷なの?   作:全智一皆

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第七話「熱を操る程度の能力」

 

■  ■

「やっと見付けた。無駄に広い船だから時間掛かったわ」

「―――やっぱり、そうなるのか」

 

 ガチャ…と、開かれた扉の向こうからは彼女が予想していた通りの人物が現れた。

 幻葬狂の船に乗っていた乗組員達ではなく、また博麗霊夢でもなく。

 彼女達が標的としていた存在、本来ならば存在しなかった筈のイレギュラー。

 『ありとあらゆる能力を扱う程度の能力』を持った人間―――神鳥谷天地。

 

「初めまして、神鳥谷天地。と言っても、君は私の事を既に知っているか」

「まぁ、一応。IQ200の天才⑨様」

「………その⑨という渾名も、君が来た外の世界における私―――いや、本来の私の事を指すんだろうね」

「…そこまで分かってるのか。うわー、頭が良いチルノとか本当に違和感すげー」

「褒め言葉として受け取っておくよ」

 

 最初から分かりきっていた様に、チルノは冷静だった。否、事実として分かっていた。

 彼女達が敗北する事を。神鳥谷天地が、幻葬狂の実力者達を呆気なく殺害する事を。

 最初から意味が無かった。最初から敗北は決まっていた。

 神鳥谷天地というイレギュラーの存在を知り、その能力を理解した時から既に、チルノは自陣の勝利を諦めていた。

 極めつけとして―――ついさっき、彼の狂気を垣間見た。

 

「それで…私はどうやって殺されるのかな。もう敗けたんだ、考える事すら諦めたよ……

 

教えてよ、神鳥谷天地。あたいは、どうやって死ぬの?」

 

 諦意を込めた虚ろな目で、チルノは神鳥谷天地へと問い掛ける。

 もうそこには、幻葬狂の船を作り上げた天才としての威厳も、桁外れな知能を持った天才としての自信も無かった。

 楽園への道は閉ざされた。希望の光は絶望の闇へと落とされた。

 考える意味も考えられない。何をしたところで、どうしようもない。そんな諦観ばかりが、彼女の頭を埋め尽くす。

 口調も過去のもの…否、チルノ本来の子供らしい口調へと変わっていた。

 死への恐怖はある。だが、涙は流れない。涙を流してもどうにもならないと、分かっているから。

 チルノはただ、待つ事しか出来ないのだ。

 神鳥谷天地が死を宣告するのを。自分の死が訪れるその瞬間を、静かに。

 そして―――その時は来た。

 

「え、殺さないけど。寧ろ仲間になって欲しくて来たんだけど」

「は―――?」

 

 絶望が瓦解し、腑抜けた声が漏れた。

 

「な……仲間? あたいを?」

「おぉ、俺の知ってるチルノの口調だ。うんうん、やっぱそっちの方が良いな。チルノの一人称はあたいじゃないとな」

 

 うんうんと首を縦に振って、愛しい妖精の可愛さを別人を以て再確認しながら、天地は地面に座り込む。

 彼女は確かに彼の知る本物ではない。狂気を孕んでこそいるものの、それでもチルノという妖精に変わりはない。

 世界が違っても、彼女は氷の妖精チルノであるという事を、彼は改めて認識した。

 まぁ、そんな原作愛に関しては兎も角。

 

「見てたか聞いてたか知らねぇけど、俺は最終的に異形郷をぶっ壊すつもりでな。一人で出来なくはないんだけど、やっぱ保険が欲しいんだよ」

「保険…能力が対策された時の?」

「そ。俺の能力は確かに万能だが、其々の能力自体に対処法が無い訳でもないし、同時に二つの能力を使える訳じゃないから」

「…あぁ、なるほど。武器が欲しいんだね」

「正解。此処は碌な武器ないし、かといって武器に関連する能力を選ぶと、俺自身は人間の体のままだからな。攻撃防げなかったら終わりなんだよね」

 

 『ありとあらゆる能力を扱う程度の能力』は確かに強力で、自由性もある万能を絵に書いた様な能力だ。

 しかし、そこに決して弱点が無いという訳ではない。

 二つの能力を使う事は出来ないし、それに加えて扱う能力によっては彼自身が最弱にもなるというリスクがある。

 絶望を覆す程度の能力や、ありとあらゆるものが逆鱗に触れる程度の能力、不可思議を操る程度の能力は彼自身も強化する能力だった為、死ぬ事はなかった。

 だが、ありとあらゆるものを切断する程度の能力や技を使いこなす程度の能力は彼自身を強化する訳ではない。

 つまり、異形からの攻撃を受けてしまえば神鳥谷天地は呆気なく死ぬという事。

 彼にとって、それは望ましくない。少なくとも、この異形郷を破壊するまで死ぬ事は出来ない。

 あと、どうせ死ぬなら原作キャラに囲まれて死にたい(天地)。

 

「後はまぁ…俺以外の常人が欲しいからかな」

「…あたいは、貴方を常人とは思わないけど」

「え」

「異形よりはマシな精神性なんだろうけど、その本質は奴らよりも恐ろしく映ったよ」

 

 神鳥谷天地が見せた、必ずや異形郷を破壊するという執着心は、もはや狂気の域だった。

 あまりにも恐ろしく、あまりにも悍ましいその狂気を孕む男を、果たして常人であると言ってしまって良いものなのだろうか?

 否、決して良いものではない。こんな存在がマトモである訳がない。

 異形郷を壊す為に、異形郷を壊そうとした幻葬狂を殺した男に、正常性など皆無だ。

 

「いやいや! 俺、普通! 異常じゃないヨ!」

「普通の人間は君の様に、憎悪する世界に極論的な執着をしないよ。だから、少なくとも普通ではないかな」

「んなバカな!?」

「寧ろ、自分をそこまで常人だと思っていた事にあたいは驚きだよ」

 

 呆れる様に苦笑するチルノに、彼は項垂れる様にして見て分かる程に落ち込んだ。

 なんという事だ…今まで普通だったというのに、ついぞ奴らに染まってしまったという訳なのか…

 

「いや、そうだ! これも全部アイツ等が悪い! 全ては異形郷の所為にしようそうしよう!」

「典型的な現実逃避だね」

 

 そうだ、全ては異形郷が悪い。自分がこうなってしまったのは、全て異形郷という世界の所為だ。

 即ち、異形郷の住人全員が悪いという事である。まぁ仕方ないよね。

 

「うるせぇ! 認めたくねぇんだよ! はぁ……それで?」

「なに?」

「どうなの? 仲間になるかならないか。ならないならそれで良いけど、なった方がメリットあるぞ?」

 

 改めて問われ、チルノは思考を巡らせ始める。その天才的な頭脳を以て、彼の仲間になるメリットとデメリットを思考する。

 まず、彼が味方になってくれる事。このメリットが、何よりも大きいと言えるのではないだろうか。

 異形郷という残酷な世界において、神鳥谷天地が味方になるというのは非常にありがたい事だ。

 彼が味方になるというだけで、生活は潤うし護衛もされる。自分がすべきなのは武器の調達のみ。

 では大きなデメリットは何だ。考え、思いつく限りで最悪なデメリット。

 それは―――異形郷の住人と関わらなければならなくなる、という事だ。

 異常が服を着て歩いているのと全く変わらない様な奴らが跋扈する異形郷に住むという事は、必然的に彼女達とも関わらなければならなくなる。

 住む場所が神鳥谷天地の家であるというなら、尚の事。

 何と言っても、彼は必ず騒動に巻き込まれるというある種の不運の持ち主なのだから。

 メリットとデメリットが、天秤に乗せても十分に釣り合ってしまう均等さだ。これでは指し図るのが難しい。

 だが、一人で異形郷に行くと仮定した場合―――自分は三分足らずで殺されるだろう。

 武器を持った凶悪な妖精達。しかも、それは何度でも復活するという厄介な性質を持つ。

 奴らと相対しただけで、死は確定する。そんな世界だ。

 そんな世界に差し込んだ、一筋の光―――それが、神鳥谷天地なのだ。

 考えて、考えて、考えて、考えて。

 考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて―――――――――――――――結論は出た。

 

「分かった。あたいは君の仲間になろう」

「よっしゃ! これでマトモな奴ゲットだオラァ!」

 

 神鳥谷天地は チルノ(幻葬狂)を 仲間にした。

 

「ちなみに聞くんだけど、もしならないって答えたらあたいどうなってた?」

「『熱を操る程度の能力』で、俺への感情の熱を上げて仲間にするつもりだった」

「うわぁ…」

「まぁ良いじゃん、結局はしてないし。…さて、仲間も手に入れた訳ですし―――

 

この船、燃やすかね」

「…へ?」

 

 神鳥谷天地がそう宣言した瞬間、幻葬狂の船全体があっという間に赫色に包まれた。

 『熱を操る程度の能力』―――それは文字通り、熱そのものを操作する能力。

 物質の熱、空間の熱、さらには精神の熱など応用が効き、簡単に言えば熱に関する全ての事象を操る事が出来るのと変わらない。

 別の作品の名称を出すとするなら―――

 

「要するに“煉 合能力者”という訳だな」

「何それ…」

「炎炎ノ消防隊」

「知らないよ…というか、あたい達はこれ大丈夫なの?」

「さぁ?」

「え」

「この能力、別に空を飛ぶ訳じゃないから。森羅みたいなのも出来るは出来るけど、だいぶ難しいんだよなー」

 

 困った困った。そう暢気に言う彼に、

 

「バカじゃないの?」

 

 と、天才チルノはそう言った。

 あのチルノにバカって言われた…神鳥谷天地はまた肩を落とした。

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