主人公が鈍感(←理由あり)過ぎて、全然進展しないじゃないか!   作:true177

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020 射的屋

 未帆は、射的の屋台付近で一人ポツン。亮平の気配を透明な触覚で感じ取っていたらしく、正面から待ち構えてられていた。遠くから映える浴衣も良い風景である。

 

 「おかえりー、りょうへ……い。大丈夫? 血が手に着いてるけど、チョコレートでも食べ過ぎた?」

 

 手の甲についていた血は、男の顔面をぶん殴ったときに出た鼻血が付いたものだろう。早く戻ろう、早く戻ろうとして洗い流すなりふき取るなりに思考が届かなかった。

 

 「あー、これは……。実は、トイレで鼻血だしちゃってさ。鼻血が止まったあとに血が付いてないか確認して、ちゃんと洗ったはずなんだけどなあ……」

 

 この言い訳なら、時間が長くかかったことも『鼻血が止まるのに時間がかかった』ということで済ませられる。手に血がついてしまったというのも違和感がない。

 

 少し間があいて、未帆の視線が血の付いている手から亮平の顔まで上がってきた。

 

 「ふーん。洗ったら取れそうなものだと思っちゃうけど……」

 

 そこを突かれると少し苦しい。石鹸で洗えば理論上は血を含めた汚れは落ちるはずなのだ。特に洗いにくい場所でもなければ。

 

 空白の時間中にどうしていたかの話は亮平側不利なので、こじつけでもいいから話題を変えたい。

 

 「……未帆、射的でもしにいかないか?」

 「横岳くんのところ? ……一回もしたことないから、確かにいいかも」

 

 人の注意力を受け流すポイントは、興味のある分野を釣り竿から垂らすことである。二つの物事を同時並行で行える人間は、ごく一部しかいないのだ。

 ひとまず、これで取り繕いは完了しただろう。一大任務を終了し、胸をなでおろしつつ屋台の列に並んだ。

 

 昨日の初め頃より屋台の運営の仕方が分かってきているらしく、客がスムーズに回っていた。流石に横岳一人でやっているわけではなく、どこからか引っ張ってきたであろう同い年ぐらいの男子二人がせっせと地面に落ちたコルクの弾拾いをしていた。

 

 「はい、次の人。お金は前払い……って、お前か。何しに来たんだ?」

 

 途中で亮平だということに気付いた横岳は、見るからに怪訝になった。

 

 「そんな嫌な顔して……。大丈夫だ、無料(タダ)で射的しに来たんじゃないからよ。もちろん、無料(タダ)でやらせてもらえるならそれに越したことはないけども」

 

 横岳の表情がいつものイジリの目に戻る。

 

 「最初からそのつもりなら別にいい。全く、誰がお前相手に無料(タダ)にするかよ」

 

 亮平は、横岳の中ではもう『守銭奴』認定されてしまっていそうだ。

 

 「そこまで言わなくてもいいじゃん、横岳くん? 亮平もああ言ってるんだし」

 

 未帆が耐えられないとばかりに亮平の前に出てくる。未帆も、亮平がケチだとは認めていたはずなのだが。

 

 「西森さん、居たの……。後ろに隠れられると分からないな……」

 

 (気付いてなかったのかよ!)

 

 横岳の目が少し泳ぎかけ、すぐに元の位置に戻った。亮平一人が屋台に乗り込んできたものだと思っていたらしい。

 

 「さっきのは『霧嶋一人だけなら』っていう話で、霧嶋以外にも居るのなら話が変わって……」

 「なんで変わるんだ」

 

 人によって対応を変えてしまうのは、それは大問題ではなかろうか。

 

 「いや、霧嶋はどこまでも楽な方、楽な方へと流れるだけで、そのくせ毎回別の手段でやられてるから今回だけでもきちんと払ってもらおうかと思ってさ。おい霧嶋、お前過去に何回俺に便乗して金払わなかったんだ?」

 

 滅多にない横岳の動揺ぶりが見られるのかと思いきや、ブーメラン返しされた。全急所に正確に突き刺されている。

 

 「ええっと、何回でしょうね? してたとしても一、二回ぐらい……」

 「嘘はいけないよ霧嶋くーん。二桁に乗るぐらいはあるだろ?」

 

 亮平と横岳以外は知らないことなのでごまかしたいが、これは無理そうだ。

 

 さらに、背後からも横岳への援護射撃が飛んでくる。

 

 「その曖昧にする言い方、絶対何か隠してる。亮平は、自分がやってない時ははっきりと否定するもん」

 

 だてに亮平の発言を何百回、何千回と聞いているだけのことはある。

 

 「お金を払わなかったことはないから! これは事実だから」

 「それまがいのことをたくさんやってるんじゃないか。割り勘したのに分量が7:3になるとか、奇数個あるものは必ず多くとるようにするとか……」

 

 『後者は別に割り勘したわけでもないのだから趣旨に反しているのでは』と亮平は思う。

 

 そもそも、割り勘をしたときに7:3になってたら、相手に均等にしてもらうように頼めばいいだけの話ではないだろうか。そこで拒絶されて初めて言える事である。

 

 「……それは金を払わなかった類いのことじゃなくて、ただケチだっていうだけのことじゃなくてよ?」

 「そう言われればそうだなー。ま、霧嶋がケチなことぐらいはみんな分かってるだろうからいいんじゃないか?」

 

 後ろで未帆もうんうんとうなずいている。二面楚歌状態だ。左右は壁に塞がれている。

 

 「あのなー、ケチとは言っても種類があるだろ。金払わなのは犯罪だし。俺は、小技が効くだけのケチなんだよ。つまり、マシな方の部類ってことだ」

 「なるほどー……ってなるわけないだろ! 小技を効かせてる時点でそれはもうただのケチだろ。勝手に部類分けされても困る」

 「そもそも、今まで言われたことで文句を言われたこと、ほとんどなかったんだからな! そこらへん、忘れないように」

 

 横岳に何回もクリーンヒットをぶちかまされながらも、必死についていく。諦めの悪さも、『霧嶋亮平』の内の一つだ。

 

 「……どこまで粘ってくるつもりなんだ? 負けはもうすぐそこだって分かってるだろ」

 「それが俺なんだよ」

 

 しぶとく食らいついていく、それが個性なのだ。

 

 「……もういい加減にしろ。今こんな話で盛り上がるわけにもいかないだろ」

 

 横岳も疲れてきたのか、話題を転換する方向に作戦を変えた。これは、逃げたといってもいい。たたみこむ絶好のチャンスだ。

 

 なおも亮平が事実をねじ伏せようとしていた時、強力電流が背中を走り抜けた。何度も受けたことがあるこの感触。この馬鹿力の持ち主は、未帆だ。

 

 「ストップーーー! 折角、横岳くんが終わらそうとしてるのに……」

 

 未帆を守ろうと動く亮平にとって、我を失うことほど恥ず事は無い。未帆の方が、よほど冷静に行動出来ている。主役を完全無視して己を優先した者の、下されるべき天罰が下された。

 

 「……こが、りょ……ころな……どね……」

 

 溜め込んだ未帆の独り言は、途切れ途切れにしか聞き取れなかった。

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