主人公が鈍感(←理由あり)過ぎて、全然進展しないじゃないか!   作:true177

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025 回帰(夏祭り編終)

 亮平の抽選結果は、全敗北。連敗に連敗を重ね、光はついに現れなかった。人の世は、想像以上に薄情なものである。

 

 失意に暮れるまもなく、亮平は汗を垂らして机を移動させていた。

 

 「この折り畳み机、ここに重ねとけばいいのか?」

 「それでいい。だた、崩れるような形には置くなよー」

 

 未帆たちと解散後、亮平は横岳の屋台の片づけを手伝って……、いや手伝わされている。もっとも、原因は亮平の行い(故意ではないとはいえ)にあるのだが、それは永遠に闇の向こう側へ封じ込めておくことにする。

 

 横岳以外にも一人か二人、屋台を一緒に運営していた同級生の男子がいたのだが、その男子たちには横岳が『先に帰っててもいい』といって帰らせたそうだ。ただでさえ大変そうな片付け、亮平が男子何人分の力になると見込まれているのだか。せいぜい力になるとしても1.5人分ぐらいだろう。

 

 (それなら、先に男子たちを帰らすなよ……)

 

 横岳が見込み違いをしているのか、それとも意図的に亮平の仕事量を増やそうとしているのか。本人に直接聞いてもはぐらかされるだろうから、横岳には聞いていない。大方後者だとは思うのだが、真相は分からない。

 

 そして、その片付けもようやく終わるといった段階までやってきた。骨組みをすべて折りたたんで地面に綺麗に並べておけば、人の撤収後に学校側が片付けるとかなんとか。とりあえず、この大きくて物騒な直径が長い、金属の棒を運ぶといった重労働からは逃れられそうだ。

 

 「よし、これで一通り片付けないといけないものは片付いたか。……霧嶋、ご苦労さん」

 

 そこは『お疲れさん』ではないのか。上司とか上の方の偉い人に言われるならともかく、同級に『ご苦労さん』は敬語だの文法だの的に間違っている気がしないでもない。亮平が国語が苦手なのが、ここで欠点として出てしまう。

 

 亮平が些細な言葉遣いの仕方に没頭していると、客は既に大方退場しているにも関わらず、場内アナウンスが響き渡った。

 

 『えー、屋台運営者の皆さまに連絡です。この東成中学校グラウンドは、午後9時40分にて貸出を終了します。よって、その時間までに、学校側から屋台を借りている場合は事前にお知らせしたとおりに、外部から持ち込んだ場合はすべて持ち帰っていただくようよろしくお願いします。もう一度繰り返します……』

 

 どどのつまり、早く出ていけということだろう。事後処理が遅くなって本部の人の帰宅時間が異様に伸びるのも避けたいだろうから、当然の処置と言える。

 

 横岳はすでに校門へと歩み始めていた。しかし、亮平には一緒に帰る気などさらさらない。一緒に帰ったところで、いじくりまわされて翻弄されっるのがオチだ。想像しただけでその姿が思い浮かんでくる。この習慣が良いか悪いかはさておき、日頃のネガティブなことだけイメージトレーニングの努力の結晶だろう。

 

 横岳の姿が見えなくなったのを見計らって、亮平も校門に向かい始める。既にほとんど人影は見えず、本部テントと撤収中の屋台に確認されるくらいだ。

 

 (夏祭りはみんな楽しかったって言うけど、とてもそれどころじゃなかった気が……)

 

 思い返せば、この夏祭りは8月の頭から始まっていた。横岳に射的の屋台に参加するように頼まれ、そこに未帆と澪がついてきて……。二人を封じ込めるのにいっぱいいっぱいになって、疲れ果てた。

 

 次は夏祭り初日。射的の発射音が怖いという『なぜ君は手伝いなんかに立候補したんだ』ぐらいの訳の分からなさの未帆、中に頑丈な鉄板入れてた的がたまたま混じっていたために起こった悲劇、ネコババ事件。最後は眠気も相まって、未帆にもたれながら帰ったのを覚えている。

 

 澪も近くにいただけに、後々衝突してそうな予感がするが、亮平が被害を直接的にも間接的にも被らないのならば勝手に衝突しておいてほしい。自己中心であまりよろしくない思考だとは自身でも思うが、変にストレスを溜められて、亮平に奴当たられても困る。人間だれしも、やっぱり自分の身が一番かわいいのだ。

 

 そして夏祭り二日目。未帆に振り回され、裏から闇に引きずり込まれそうになり……。なんやかんやで、亮平のフリータイムは密度の濃いものになったと思う。

 

 そういえば、かき氷のシロップをなぜ亮平はギブアップせずに無理やり飲み切ったのか。『残す=もったいない』という方程式は原則正しいのだが、何事にも例外はある。100人くらいに街頭アンケートを取ってみたとして、99人は『例外』だと回答するであろう。残りの1人は、シロップを目の前にして『捨てる』という選択肢を亡き者とした亮平である。

 

 (未帆、夏祭りはちゃんと楽しんでくれたのかな?)

 

 正直なところだと、物事が複雑に絡み合いすぎてよく分からない。ただ、間違いなくどんよりして沈んだ顔より、見ていて元気が出るような笑顔を見せる回数の方は多かった。それは動かない事実だ。

 

 「ちょっと、通れないので道をどいてくれませんか?」

 

 背後から声がかかった。屋台の骨組みを重たそうに抱えている男性二人組だった。幅が広くないと通れなさそうな感じはする。すみません、と平常時の応対をしてできるだけ端による。

 道路は所々に闇がかかっていて、だからこそ街灯で照らされている部分が眩しく見える。歩道も状況はほとんど同じだ。街灯のない路地だけが、夜に溶けていく。誰かが隠れていたとしても気付かれないぐらいに。

 

 (八条の奴ら、路地裏とかに隠れてるかもしれないな……)

 

 いきなり八条学園が出てきて、思考がいったん止まった。『暗い→不意打ち』から連想してしまったのだ。

 

 (相手がラフプレーオンリーだから、どこかに潜んでるって可能性も十分あるよな……)

 

 未帆と一緒に居たときに襲われたことを思い出す。八条のやつらは、未帆という本来関係のない第三者、『カタギ』がいるのも関わらずに襲撃してきた。もし、末端がしでかしたことだとしても、亮平はそれを許すことは絶対にできない。自分だけが被害を被るだけなら逃げようが反撃しようが亮平の自由だ。だが、身近な人にまでに危害が及ぶとなれば話は別だ。逃げるという選択肢は消え去る。

 

 あの小五の一学期、自分たちが弱かったばっかりに友佳が危険にさらされた。幸いにも友佳は軽傷ですんだが、もし相手が暴発して致命傷となるような一撃を友佳に与えられていたら……。亮平は力の無さに嘆き、引きこもっていたかもしれない。今日のような未帆や横岳との時間を過ごすことはなかったかもしれない。

 

 強くないと誰も守れない。『平和』という名の偽りでは何も救えない。世の中は理不尽だらけだ。愛や平和だのを掲げていても、本物の暴力にはかなわない。誰かを守るということは、力がある者以外は使ってはならないのだ。

 

 できるなら、未帆を自分事に巻き込みたくはない。しかし、常時離れているわけにもいかない。そのバランスの中で、きっと無意識に未帆を遠ざけるようにしてしまっているのだろう。

 

 (でも、それでもいい)

 

 たった自分一人の犠牲で助かるのなら、進んで生贄にでも何にでもなる。とにかく、自らのことによって他者が危害を加えられてはならない。

 

 亮平は、街灯の付いている道を外れ、住宅地の路地へと入った。暗くて物が見えずらい。僅か1,2メートル先ですら何があるか分からない。警戒レベルを最大にして、帰宅路を歩んでいく。

 

 十字路に差し掛かった時、横の道路から誰かが走ってくる音がした。全身の毛が逆立つような感覚に襲われる。

 

 (予想はしてたけども……。本当にやってくるとは)

 

 八条の奴らは、亮平がこの事態を想定していないとでも思ったのだろうか。戦闘態勢に入る用意は常に万端だ。亮平は音のした方をにらみ、いつでも相手を攻撃できるような体勢を取る。

 

 「りょうへ……い?」

 

 その聞き覚えのある声の主は、おびえたように二、三歩退いた。

 

 「未、帆……? 先に帰ったはずじゃ……」

 

 横岳に首根っこをつかまれて引きずられていくとき、確かに未帆は影島さんと一緒に帰っていった。今ここにいるのはおかしい。

 

 「……ちょっと驚かしてみようと思っただけ。『いいシチュエーションだったからどっきり仕掛けてみました』的な?」

 

 無理やり口角を上げる未帆。ただ、その顔は無理やり作られているような気がした。

 

 (俺が物音ひとつも聞き逃すまいとそこら中にアンテナを張っているときにそれをされたら、多少なりとも威嚇しちゃうじゃないかよ)

 

 なぜドッキリを仕掛けるにしても今なんだ、未帆サン。仮に無警戒だったとしても、暗闇からいきなり誰かが自分めがけて走ってきたら怖いだろう。

 

 「……それは誰でも同じ反応になるとオモウノデスガ」

 

 何が何でも、亮平は、一瞬だけでも攻撃姿勢を未帆に対して取ってしまったことを追及されたくなかった。

 

 亮平は、戦闘態勢に入った姿を基本誰にも見せたことはない。横岳にも、もちろん未帆にも。友佳は知っているだろうが、むやみやたらに口外することはしないだろう。

 

 亮平が警戒モードを身近な人には見られたくなかった理由。一つ、怖がらせてしまう事。二つ、亮平自身が同情や協力をされたくないこと。特に、二つ目が大きい。

 

 「……でも、私が出てきたときの亮平の表情、尋常じゃないくらい怖かったよ?」

 

 やはり来た。『驚いて不審者と勘違いした』では済まされないだろう。二、三歩後さずりするぐらいだったのだ。よほど険しい表情だったのだろう。

 

 「幽霊かな、と思って……」

 

 弁解せざるを得ない。が、我ながらヘタ過ぎる言い訳である。小学生一年生でももっと良い言い訳を思いつくだろう。

 

 「それだったら、もっと亮平がおびえててないとおかしい。……それに、なんか殺気っていうか、冷気っていうか、明らかに何かおかしかったよ、亮平?」

 

 ……空気が重たい。未帆が心配してくれているのは分かるが、今はそれすら鬱陶しい。何も尋ねないでほしい。

 

 「……それ以上、聞かないでほしい」

 

 「……」

 

 亮平の発言の背後に位置する巨大な『何か』を読み取ったのか、未帆はそれ以上のことを聞いてこなかった。

 

 「それより、こんな時間まで真っ暗闇の路地に隠れてた、って……。危なくないと思わない? 不審者とか犯罪者とかがほっつき歩いてたらどうするつもりだったんだよ? 守ってくれる人も、助けてくれる仲間もいなくて、自分の身を守れる?」

 

 自分のことを棚上げしたせいなのか、口調がいつもよりも強くなってしまった。疑問符連発でもともと語尾が上がって高圧的に聞こえるというのに。

 

 「……ごめん。やっぱ、ダメだよね。こんな時間に、こんなことして……」

 

 案の定、未帆を萎縮させてしまった。もちろんいけないことなのは事実なのだが、上から抑え込むような形で認めさせてしまっては、相手が傷ついても文句は言えない。

 

 「とりあえず、もう帰ろうか」

 

 このまま未帆を放っておくわけにもいかない。というか、ここから一人で帰らせたくない。八条の奴らがこの先待ち伏せている可能性も、無いわけではないのだ。もしもその凶刃の矛先が未帆に向こうものなら。そこから先は考えたくもない。

 

 「う、うん」

 

 未帆が大人しい。自分がやったことがどういうことかが分かったのか、いつもより比較的攻撃性が無い。

 

 いつもなら未帆を無意識にも意図的にも避けようとする亮平。しかし、今この時ばかりは自分から未帆を近づけた。右腕で未帆を亮平の体の方に寄せる。未帆の束ねられていないストレートの髪がわずかに揺れる。

 

 「!!!」

 

 ボヤーっとしていたらしい未帆が、大きく目を見開いて亮平の顔の方に向けた。未帆も、いつもの亮平と態度が変わっていることに気付いたのだろう。

 

 昨日は未帆に連れて帰ってもらった。なら今日は、亮平がする番だ。亮平は、何事もなかったかのように目線を逸らし、そのまま未帆を右に抱えたままゆっくりと、足を踏み出していることを入念に確認しているかのように一歩ずつ、明かり一つない路地を進んでいく。

 

 (未帆が、どうしても大切なんだ)

 

 横岳や澪、友佳が大切ではないかと言われると、そうではない。ただ、恐らく一番長くそばにいて、そして気を許せる存在である未帆だからこその特別な気持ちはあると思っている。普通の人になら間違っても言えないようなことも、未帆になら安心して打ち解けることが出来る。

 

 胸のあたりに、重い物がもたれかかったような感触がした。そっと下を見ると、未帆が亮平の胸を枕のようにしていた。飼い主に懐いている猫が膝の上でくつろぎだすように、未帆も亮平に完全に身を任せていた。

 

 「未帆、寝るなよー」

 「……うん、分かった……」

 

 この状態が永遠に続けばいいのに、未帆がそばにいる事の安心感と未帆のほのかな温かみを感じられるこの状態が続けばいいのに。そう願う間にも時は過ぎ、着々と二人の帰路の分岐点へと迫っていく。現実は有限、至福の時はいつまでも続かない。

 

 この世の摂理が、全て壊れてしまえばいい。現実世界に中々戻って来れない亮平であった。

 

 

 

 

 -----翌朝-----

 

 

 

 

 亮平は、いつも通りの朝を迎えていた。朝食を食べ、普段着に着替え、受験勉強も程々にゲームに熱中する。一昨日と昨日の盛り上がりが嘘のように、心には冷静さが戻っている。それでも、昨日の夜のことはまだ、頭から離れない。未帆と別れるときのやりとりが、何度もフラッシュバックする。

 

----------

 

 『亮平、そ、その……。突然なんだけど、いい?』

 

 なんだろうか、いきなり。静観して、続きを待つ。

 

 『……私は、りょ、亮平が……』

 

 ここまで聞こえた亮平の脳内は、その後の外部からの刺激を全て感知しないことを決定した。

 

 『す……。いや、すごいって思ったよ? 射的で机の脚を壊しちゃったし、シロップ全部飲んじゃうし、番号は全部掠らないし……』

 

 未帆は最初、聞き取りづらいくぐもった声で、その次からいきなり早口でまくし立てていた。言い切った後には愛想笑いを向けていた。

 

 『それ、本当にすごいと思ってるのかけなしてるのか、はっきりしないな……』

 『そ、そうだよね……。……最後一つ聞いてもいいかな?』

 

 当然のごとく、『YES』と答える。

 

 『……わ、私の浴衣姿、どうだった? ……形容詞とかで具体的に』

 

 『形容詞で』なんて条件を付けなくても、この問いに対しての亮平のアンサーは一つしかなかった。『似合ってて、とってもかわいいと思う』の一言だ。客観的に見て、ということなのだが、わざわざ言う必要も無いと思った。

 

 『本当に?』

 

 本当だ。ここでお世辞なんか言う必要がどこにある?

 

 『……ありがと。じゃ、また次だね』

 

 そうなるよな。

 

 『バイバイ!』

 

 未帆は少し寂しそうで、それでも悟られまいとするかのように思いっきり腕ごと左右に振っていた。未帆の気持ちは亮平も同じだ。まだ右腕にも未帆の温かみは残っていた。

 

----------

 

 

 (……ちょっと深く入り込み過ぎたな。これ以上浸ると現実逃避するかもしれないし、一旦戻ってこよう)

 

 亮平が記憶世界から現実世界に戻ってきたとき、家の固定電話が鳴った。一番近くにいたのが亮平だったので、亮平が受話器を取る。

 

 「もしもしー」

 「澪? なにか用事か?」

 

 声主は、澪だった。ただ、澪が亮平に電話をかけてくること自体、良い予感はしない。

 

 「……昨日の夜、西森さんとどうたらこうたらしてた?」

 

 (『どうたらこうたら』って言われたら、肯定していいのか否定していいのか分からないじゃないかよ!)

 

 何故、こうも速く情報が届いてしまうのか。誰かに監視でもされていたのではないかと思うくらい、澪が勘づくのは早い。

 

 「どうたらこうたら、とは?」

 「しらばっくれないで! 一昨日みたいなことを、昨日は亮平くんがしてたって聞いたよ?」

 

 (あ、これは言い訳で何とか逃げ切るしかないな。また板挟みで圧死したくはないし)

 

 こうして、亮平のいつもの非日常は始まっていく。

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