学校からの帰り道。
帰宅ルートから少し外れ、商店街へ向かう。
目的は今日の夕食と明日の弁当の食材の買い物。
まずは野菜。青果店だ。
朝出てくる時に見た冷蔵庫の中身を頭の中に再現し、組み立てた買い物リストを再度チェックする。
必要なものは何か。
余計なものを買わず、消費が早い食材を有機的に使い、無駄な出費を出さない。
脳だけでなく、身体にまで染み込んだこのルーティンが今の俺のマイブーム。
3人分の食事をいかに効率よくかつ高い質を出せるかがとても大切なのだ。
あっ…そうだ。
今日はあの人が帰って来てるから4人分の献立を考えないと。
買い物リストの食材を4人分へ調整し直し、再計算。
うん。
これなら残っている食材を合わせて、無駄なく人数分用意できるだろう。
「おじさんこんにちは。半玉キャベツと、にんじん2本。それから大根1本にじゃがいも6個ください」
「いらっしゃい祐己くん!今日も上手な買い物するね〜」
青果店について早速お目当てのものをチェック。
店前に並べられた野菜を眺めて、必要なものだけピックアップする。
来る日によって仕入れられている品種や値段は変わっている。
たまに思いもよらない掘り出し物に出会う事があるから、誘惑に負けないよう気をつけねば。
意図せず刺激してくるこの衝撃は俺のセンサーを贅沢に惑わしてくる。
目移りしない…目移りしない。
会計を済ませた。
あとは袋に野菜を詰めてもらうだけ。
だから大人しく待てばいい。
でも、もし掘り出し物があったら…。
見るだけで買わないなんだからそれくらいいよな。
チラッと物色してすぐにそれはあった。
なに。
今日はオクラが1パック100円?
この価格は衝撃的破格だ。
どうする。
買ってしまうか。
いや、ダメだ。
煩悩を保て俺。
そんなお得な野菜の誘惑に戦っているところに背後から賑やかな声が聞こえてくる。
いつもなら平穏なはずの書店だがやけに騒がしい。
下校途中の女子高生たちが次々と書店へと群がっていた。
「はいお待たせ。あとおつりね」
「あ…。ありがとうございます」
「今日騒がしいよね向かいの本屋さん。気になってたでしょ」
おじさんから声をかけられお釣りを受け取る。
そこまで気になっていたわけではないが、食い入るよう顔に見えたのだろうか。
「ええ。まあ」
「そりゃ当然だよ。だって今日は紫吹市が産んだ我らのアイドル、MAIKAちゃんが表紙の雑誌の発売日だもん」
MAIKA…。
なるほど。
今日は青柳舞香がモデルを務める雑誌の発売日なのか。
「祐己くんの学校に通ってるんでしょMAIKAちゃん!どうよ学校での彼女は?」
「いや全く。彼女全然学校いないんで関わりとかないし」
「そうかあ。芸能人だしそりゃ仕事なら都会に出ちゃうよな。せっかく同級生で有名人がいるってのにねえ。すごいもったいねえ。俺なら興奮して勉強どころじゃなくなっちまうね」
がっはっはと腕を組んでおじさんは豪快に笑う。
笑い声も一緒に大きく飛び出したお腹もたぷたぷと揺れていた。
「じゃあまたね祐己くん。また妹ちゃんたちといっしょにおいでよ」
「はい。いつもありがとうございます」
大きく膨らんだレジ袋をかけ直し、俺は店を後にする。
次へ向かう精肉店を目指して商店街の中をを突き進む。
途中、沢山の制服を着た高校生たちとすれ違いながら。
人気モデルMAIKA。
本名、青柳舞香。
弱冠15歳でモデルデビューを果たし、その端正な顔立ちとスラっとした高い身長とスタイルから絶大な支持を得るティーン世代のカリスマ。
地元がここの彼女はティーン世代に留まらず、小さな子供からお年寄りまで知っている紫吹市みんなが知る有名人だ。
「あっ。」
「……。」
「おはよう祐己《ゆうき》。見てよほら。舞香ちゃん出てる」
「……。」
朝起きてリビングに出ると既に起きていた母親がテレビを見ていた。
ニュース番組で取り上げられているエンタメ情報。
内容は来年春に公開される映画の話だった。
『今作が演技初挑戦であるMAIKAさんですが、現場ではどのように過ごされましたか?』
『そうですね。とにかく主人公であるサヤカに貪欲に向き合いました。彼女はどのような思いで恋人に思いを告げたのか。そのために他の共演者の方に演技の指導や表情の作り方を教えてもらいました』
「流石ブレイク中のモデルさん。堂々たる態度。
インタビュアーからの質問に堂々と応えるMAIKA。
学校では見たことない凛々しくて大人っぽい彼女。
そんな姿を映すテレビを流し見した後、俺は洗面所へ足を進める。
母親の視線を背中に感じながら蛇口を捻り、顔を洗う。
「どう?同じ学校のクラスメイトとして見る『芸能人 青柳舞香』は?」
「どうって別に。何も思わない」
「何も思わないことないでしょ。だって人気モデルよ?」
「ああ。知ってる」
顔を洗い、洗顔も済ませて台所へ。
トースターに食パンを一枚入れてつまみを捻ると、出来上がりまでの時間の間で冷蔵庫から牛乳を取り出し、コップに注ぐ。
「もう。相変わらず無愛想なんだから。それじゃあ母さんまた東京に戻るから。いつも申し訳ないけど、侑奈たちの面倒よろしくね」
「ああ」
「それと、時折婆ちゃんの方も様子見てあげて。本人はああ言ってるけど、ずっと家に1人だし。本当なら私が行ってあげたいんだけど…」
「わかった」
「そう。じゃあ…」
行ってきますと家を出る母親を視線で見送ると、俺は出来上がったトーストとコップに注いだ牛乳をダイニングテーブルまで持って行った。
時刻はAM5:40。
パパッと朝食を食べ終えると使った食器とシンクに置いてある母親の食器を洗うため、キッチンのスポンジに洗剤をつけて泡立てた。
母親の言葉が頭の中で再生される。
『テレビで活躍する大注目の芸能人』が『同じ高校のクラスメイト』か。
もうそれほどまで成長したのか。
モデルデビューしてもうすぐ1年。
ということは屋上のあの事件からも1年経つと言うことになる。
あの時の心の傷、身体の傷は癒えているのだろうか。
画面に映っていた彼女な姿を思い浮かべ、その真理に思いを馳せる。
ふと時計を見ると思いの外時間が進んでいることに気がついた。
慌てて食器を洗い終えると、ゴミのまとめと洗濯物に取り掛かる。
あれよあれよと追われている間に侑奈たちの起きる時間へ。
襖が開いて出てきたのは1番下の
「お兄ちゃんおはよう」
「夕姫おはよう」
家中のゴミをまとめ終えた後、洗濯が終わった衣類をカゴの中へ移す。
洗面所から物干し竿が置いてある縁側に向かう最中、テーブルに置いていた携帯電話か震えているのが聞こえた。
一瞬寄った意識を引き戻し、テキパキと目の前の家事をこなしてゆく。
途中、侑奈が起きてきたり、夕姫の分の朝食を用意したり。
家事を終え自分の学校の準備をしだす頃には侑奈が学校へ向かう時間となっていた。
「いってきます!」
「いってらっしゃい」
黄色い帽子とランドセルを背負った侑奈を見送り、自身の身仕度の時間に。
シャツに腕を通し、ネクタイを結んで制服を着る。
全身が映る姿見で身だしなみに乱れがないかチェックした後、一息吐いてメガネをかけた。
「…よし」
「お兄ちゃん準備できたー」
「おう。じゃあ保育園いくか」
「やー!」
ーーーーーーーーーー
自由奔放に動き回る夕姫に骨を折られながらなんとか保育園まで送り届けて1人となる時間。
目的地目指し登校していると、俺は朝携帯が鳴っていたことを思い出した。
開いてみると画面に数十件のメールの通知が。
どれもすべて、数少ないアドレス帳に登録された人物から送られたものだった。
念の為センターに問い合わせて未受信のものがないかチェックしてから、溜まっていたメールに目を通す。
数十件と言っても最初のメール以外は返信を促す催促メールだったため、俺は1番最初にきたメールの返信ボタンを押して内容を考えることにした。
こういうとき変に頭が固まって気難しい。
ただの返信に悪戦苦闘しつつ、なんとか送信して携帯をしまった。
「暑い…」
もう9月も終わると言うのにまだまだジメジメとした暑さが無くならない。
夏休みが明けて学校生活も折り返し。
長そうで短い高校生活も終わりが近づいているのだと思うとなんとなく哀愁を感じるものがあるな。
額にうっすらと汗をかきながら登校する生徒たちの波に紛れて歩いていると、自分の通う学校の門が近づいてきた。
生徒で入り乱れる場所で一際異彩を放つ人物がひとり。
生徒指導の敷島先生が、誰よりも元気よく挨拶をしていた。
「おはよう『青柳』」
「おはようございます。敷島先生」
生活指導である敷島先生が校門へ入っていく生徒たちに挨拶している
「珍しいなお前が遅刻せずに登校するとは。でも相変わらず怖い顔をしてるぞ」
「今日は珍しく親が家にいたもんで。敷島先生こそ。相変わらず死んだ顔してますよ」
「うるさい。社会を生きる大人にはな、いろいろと抱える問題が山のようにあるんだよ」
いつもの朝のいつものやりとり。
今や恒例となった掛け合いを終えて、ぺこっとお辞儀し、正面玄関に向かおうとすると、敷島先生がこちらにグイッと近づいてきた。
普段は見せない動き。
少し驚き、膠着していると先生は周りに聞こえないように自身の手を口元に寄せ、こちらに耳打ちをしてきた。
「アイツの分の授業プリント、色んな教科の先生から受け取ってまとめてある。ここ最近忙しいみたいで学校来れてないようだから、お前がまた家まで届けてやってくれないか?」
「えっ、また俺ですか」
「ああ、そうだ。他の誰でもないお前への頼みだ」
「他の人でいいじゃないですか。相手は超有名人の青柳舞香だし?むしろ行きたいって立候補するクラスメイトは大勢いるでしょ」
「それが出来て苦労しないのはお前が1番よく知ってるだろうが。いいか?『芸能人 青柳舞香』に他のクラスメイトが会ってみろ。事態はたちまち騒ぎになり事が荒立つ。それにアイツは『あの一件』以来、お前にしか心を開いていない。そういう意味でも『クラスメイト 青柳舞香』として会えるのは他を探してもお前だけなんだよ。わかったか」
「…。はいはい」
「あのなあ。お前はもうちょっと大事な役回りを担っているという自覚をだな……」
「あ。あそこのチャリ、ヘルメットしてない」
「なに?…あ!おい!お前ら何してる!止まれ!」
なんだかめんどくさくなりそうな危険を察知し、俺は生活指導の目を掻い潜って先程から校内に入っていく違反者を身代わりに差し出した。
猛スピードで入ってくるノーヘル自転車たちに向かって敷島先生が取り締まりに行く姿を見送り、俺は改めて正面玄関へと歩き出す。
背中から敷島先生の怒号が聞こえてくる中、上履きに履き替え、教室を目指す。
また青柳舞香へのおつかいか。
大事な役回りと言われてもな。
自分が買ってでた役じゃないし。
もう何度目か、こうして敷島先生に頼まれるのもお決まりとなってきた気がする。
彼女が東京によく行くようになったのがここ最近。
仕事の時は土日や午後授業を休んで行くことが多かったのだが、今や数日休んで東京に行くことが多くなった。
学校へ顔を見せる回数が次第と少なくなってきた彼女。
本人曰く学校が定める最低出席日数は必ず出るとのことだったが…ほんとに大丈夫なんだろうか。
「わたし、モデルになりたい」
ボロボロだった彼女が俺の目をまっすぐ観て宣言した『あの日』から約1年半。
売れっ子になれたらいいなと当時恥ずかしがりながら語っていた彼女だったが、まさかこれほどまで人気になるとは。
そうか。
もうあれからもうそんな月日が経ったのか。
時間が過ぎるのはあっという間だな。
階段を登り教室のある2階にたどり着いたタイミングで、ポケットに入れていた携帯電話が震えた。
あたりを見回し、先生がいないことを確認する。
廊下には騒がしい同級生しかいない。
壁に寄りゆっくりと携帯を開くと、画面には新着メールを知らせる通知が届いていた。
『今日の夜そっち帰る。明日からまた通うからよろしく』
中身を開くと、そこには飾り気のない単調の文章が。
余計なことは添えず、ただ要件だけが書いてあるだけ。
送信主は青柳舞香だった。
有名人になってもこういうまっすぐな所は変わらないな。
俺はすぐに了解の意と先程の敷島先生の話を打ち込み返信した。
教室に入り、自分の席に着くタイミングでまたバイブが鳴る。
まさかと思いながら確認すると、送り主はやはり青柳舞香だった。
先程返信してから1分も絶っていない。
とんでもない即レスだ。
『ありがと。じゃあ明日。放課後いつもの図書館で』
放課後のいつもの図書館。
その場所あの日。
俺と彼女が知り合った、きっかけとなった場所。
『了解』
親指を素早く動かし、送信する。
送信完了画面を見つめながら、俺は明日の事を考えていた。
仕事で休んでからおよそ10日ぶりの登校。
今度はどれほどこっちにいれるのやら。
物思いにふけていると始業を知らせるチャイムが聞こえた。
一気に現実に戻り、携帯をしまう。
そして慌ててスクールバッグの中身を机の中に入れていると、先ほど顔を合わせた担任である敷島先生が出席簿を持って現れた。
「おはよう。ほらお前ら全員席付け。出欠とるぞー」
席についていないクラスメイトたちが慌ただしく自分の先へと戻る。
教室全体を見回し、無事生徒が着席したのを確認すると敷島先生は教卓に出席簿を広げて、点呼を始める。
「青柳」
「はい」
「なんだか新鮮だな。お前が点呼の時間にいるなんて」
「うっす」
俺の名前が最初に呼ばれる。
アイツが居ないせいで俺が1番目となる出欠確認。
流れ作業の出欠確認を聞きながら頬杖をつき、目の前の空席を見て俺はまたぼーっとする。
また今日も1日。
変わらぬ日常が始まる。
あ、冷蔵庫の牛乳のストック確認するの忘れた。
今日帰りスーパーで夕飯の材料買うついで買っとくか。