『御乗車ありがとうございます〜。まもなく美濃洗〜美濃洗〜。お出口左側です〜』
来てしまった。
ついにここまで。
俺はひとつ大きく深呼吸をして、重たい腰を上げた。
土曜日。時刻は午前9:30を回った頃。
俺は電車を降りて改札に続く階段を降りていた。
せっかくの休日だと言うのにどうして俺は出かけているんだ。
きっかけは青柳舞香からの1通のメールだ。
『明日AM10:00にクスノキモール集合』
突然のお誘い。
しかも青柳舞香の方から。
色々聞きたいことが溢れるのを抑えながら俺は詳細を伺う文を入力していた最中、彼女からまた新たなメールが届いた。
『もし誘いを断ったらボコボコにするから』
全てを抑圧するような重たい一言。
俺はそれからなにも返信できずモヤモヤする気持ちを抱えながら、今日を迎えた
あー。
とても嫌だ。
クラスメイトと出かけることもボコボコにされるのも。
いい加減腹を括らないと。
どれだけ嫌がっていても目的地はどんどん近づいているのだから…。
さすが話題のショッピングモールがある最寄駅。
先ほどから目に入る駅の利用客の数が半端じゃない。
家族連れ、婦人同士の集まり、カップル等々。
歩いている殆どの老若男女様々な団体がショッピングモールに吸い込まれているようだ。
その迎え入れる箱となるショッピングモールの姿はここからでも確認できるほど存在感を放っていた。
とても大きく、そして高い。
そうして流れゆく人の川を眺めていると、改札の奥からまた新しい人波がやってきた。
その後ろから姿を現したのは青柳舞香。
活気だつ空気の中でただひとり不貞腐れた顔している。
そして改札を通ると俺に気付きぶっきらぼうに声を掛けてきた。
顔には眉間に皺がより、笑顔ひとつない。
けれどもそれはそれで絵になってしまってるのだから、流石トップモデルというところか。
改めて同じ世界の人間ではないなと思い知らされる。
「おはよう。私服姿初めて見たが…さすがだな。センスというかスタイル含め、周りの子たちとは訳が違う」
「普段言わないこと言って機嫌でも取ってるつもり?生憎だけど、そんなとってつけたような言葉じゃ全く響かないから」
「別にそういうつもりで言ったわけじゃ…おっ。来たぞ」
重い空気に耐えかねた俺に救いの手が差し出されたのか、小走りで改札にやってくる清野が現れた。
フリフリとした白いワンピースに、肩から下げられた小麦色の小さなポシェット。
学校で見る清野のイメージ通りの清楚な衣装で登場した彼女は長いストラップを両手で握り、おはようと息を荒げてやってきた。
「ごめん2人とも!早めに駅に着いたからお手洗行こうと思ったらさ。思いの外混んでて…」
「いや。俺らもちょうど来たところだから、そんな待ってないぞ」
「……。」
「ほんと?それならよかったぁ。あっ、青柳さんおはよう。ありがとうね。私のためにこうして時間作ってもらって」
「いや、私は別に…」
おっと。
清野には今回俺と青柳2人からお誘いしたことになっている。
特に口裏合わせもしていない。
訳もわからず巻き込まれた青柳にその話題を深掘りされたらボロが出てしまうのは時間の問題。
ここは穏便に会話の舵を取らなければ。
「じ、じゃあ、早速だけどはやく向かおうとするか。けっこう人が多いし、混雑するかもしれないしな」
こうして俺らはショッピングモールへと歩き出した。
人波に身を任せるように談笑しながら歩き出すことおよそ5分ほど。
繋いできた会話も次第に口数が少なくなり模索していた俺に飛び込んできたのは、目に見えて大きくなるショッピングモールの存在感。
あれ。
さっきまであんな小さかったのに。
ここまで大きかったか?
「すごーい。ハローモールってこんなに大きかったんだ〜」
初めて生で見るショッピングモールに感動している清野の傍ら、俺はとてつもない焦燥感に襲われていた。
もしかしたら俺はとんでもなく大きな計算違いをしていたのかもしれない。
たかが買い物。2時間有れば済むだろうと。
しかしこの広さ。
とても2時間で見周れるような規模じゃない。
「よし。清野さんの好みや傾向は話しててだいぶわかったから、次はどんなお店があるかだな…。私が選んでいくから2人は着いてきて」
「ありがとう青柳さん!お店見ただけでわかるなんてすごいよ!」
詰めが甘かった。
案の定店の数が尋常じゃない。
果たして…夕方までに清野にプレゼントを見つけることができるのだろうか。
ーーーーーーーーーー
「いただきます!」
つ、疲れた…!
まさか午前中だけでこんなにも体力を消耗するなんて…。
あっという間に1時間過ぎて俺たちは今ハローモールのフードコートにいた。
テーブルに突っ伏している俺とは対照的に、2人は番号札と引き換えに手にしたうどんを美味しそうに啜っている。
「青柳くんどうしたの?うどん食べないの?」
どこからそんな元気がでるのか、純粋な目でもぐもぐさせながら聞いてくる清野。
淡々と麺を啜る青柳もそうだが、この2人スタミナおばけか。
フードコートにはうどんの他にも、空腹のお腹にはガツンとくるステーキや思わず舌鼓を打ちそうな海鮮丼、マイナーなところではもんじゃやイタリアンなどその種類は多種多様で豊富なラインナップとなっていた。
初めてみる光景に俺だけでなく、清野も恍惚な表情を浮かべていたが、
そんな俺らに青柳が後ろからポンっと一括した。
『楽しそうに選んでるところ悪いけど、食べるなら量が少なくてあっさりしてるものにして。早い時間であまりお腹空いていないだろうから、あまり入らないだろうけど』
なんて何故か具体的な指示があったこともあり、肩を落としながらも俺たちは仲良くあったかいうどんをチョイスした。
青柳曰く、このうどんのチェーン店は都内でも有名なお店らしい。
お店の名前は…見てないな。
ヘトヘトでそれどころじゃなかった。
「う〜ん!これ美味しい!あんなに早く出来たのに近所で食べる定食屋さんと同じくらい美味しいよ!」
「ほら…。麺伸びちゃうから早くあなたも食べたら?」
「おう…」
重い身体を起こして、箸を掴み口に運ぶ。
おお。
しこしことした食感をしていて、とても食べやすい。それにじんわりとした濃いめのツユが相まって、とても喉越しが良く美味しかった。
「ごちそうさまでした!美味しかった〜。あまり食べられないと思っていたけど、これからまだ食べられちゃいそう」
無事完食して席を立つ俺たち3人は、混み始めたフードコートを後にして再びファッション街へと赴いた。
前を歩く青柳と清野は連立するお店を見て回っている。
その距離は朝よりもどこか近くなっているように感じた。
「それでー何処から回るの?ここにはたくさんお店があるから、片っ端から入っていく?」
「ううん。全部周る必要ないよ。ここに来るまでの会話で清野さんの好みと傾向から似合いそうな大まかなジャンルは絞れたから。まずはそうだな…あそこのお店から入ろっか」
青柳の言う通りハローモールは膨大な立地と広さをもつショッピングモールだ。
ファッション以外にも雑貨やコスメ、食品、家具などその数は尋常じゃない。
片っ端から回って見つけるとなれば、それはとてつもない時間と労力を伴うだろう。
しかし、驚いた。
青柳がもう清野に見合うファッションの傾向を定めていたなんて。
そもそもいったいいつそんな話をしていたんだ。
全く覚えていない。
こうして昼飯を終えて買い物を再開した俺たちは人気の少なくなったファッション街を散策し始めた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「どう?ここなら良いアイテム見つかったんじゃない?」
「うーん。ここも違うかなあ」
「そう…じゃあ次ね」
買い物を再開して3時間ほど経った。
あれからちょこちょこ小休憩を挟みつつお店を見て回ってるが、清野はまだお目に掛かるものに出会えていないのか、未だに決めあぐねていた。
タイムリミットもあと1時間ほど。
そろそろ絞っていかないと苦しくなってきたころ、別のお店に向かう道中で、清野は青柳がピックアップしたお店とは別のジュエリーショップを眺めていることに気づいた。
歩んでいた足を止め、見惚れ始めた清野を見て俺は気づかず先をいく青柳に近づくと、小さな声で呼び止めた。
「お、おい青柳…」
「なに。ちょっとほっといて。今清野さんに見合うアイテムをもう一度見繕ってるんだから…」
「あれ。見てみろ」
少しの問答を挟み、ようやく気がついた青柳が俺が指差す方を振り返る。
そして清野が佇む店を見て目を見開いた青柳は、俺を差し置いて清野の方へと駆け出して行った。
ーーーーーーーーーー
「青柳さん。青柳くん。今日は誘ってくれてありがとう。おかげでいい買い物ができたよ」
「それならよかった。これで少しでも罪滅ぼしができたなら…でもほんとによかったのか?元々、俺がお詫びとしてプレゼントする体だったのに。なにも自分で買うなんて」
「いいのいいの。さっきも言ったけど、青柳くんが青柳さんと買い物できる機会を設けてくれただけで私には充分なことだよ。これ以上願ったらバチがあたっちゃうよ」
「そ、そうか」
「うん。青柳さんのおかげで私は回りくどい事はせず、正々堂々と正面から取り組む勇気が出たし」
「…。へ?」
「青柳くんも。改めて、今日は誘ってくれてありがとう。それじゃあ私行くね!また学校で!バイバイ!」
「バイバーイ」
「ちょ、ちょっと実行委員長⁉︎」
まだ日が傾き始める前のP.M4:00過ぎ。
買い物を終えた俺たちは別れの時間を迎えた清野と駅の改札で別れた。
満足げな顔して行く清野であったが、反対に俺は全くそんなことはなかった。
清野の機嫌を取るための今回の計画がまさか逆効果?
どうして。
それに去り際の青柳から勇気をもらえたと言っていたが。
いったい清野は青柳とどんな話をしてたんだ?
「さて。私たちも帰りますか?」
「待て青柳。説明してもらうぞ。一切合切。これはいったいどういう事だ」
「ふふ。そうなるよねー。まあアンタのその顔見れて、とりあえずは満足かな」
ルンルンな顔でスキップする青柳に吐き気を催しつつも俺は何か隠している彼女の後を着いていくため、渋々後を追うことにした。