「ほい。乳酸菌」
ハローモールの外れにある小さな公園で俺は青柳から自販機で買ったばかりのキンキンに冷えた乳酸菌ソーダを手渡された。
ブランコにすべり台と最低限の遊具しかない幼児向けの公園のベンチに2人で腰掛ける。
得意げな顔でいる彼女を見て面白くなかった俺は、適当に缶を受け取るとプルトックを開けてひとくちグビっと飲み込んだ。
「んー。おいしい。暦上じゃ秋だけど、まだまだこの暑さは終わりそうにないねー」
「おい。早く吐け。おまえ、実行委員長に話したな」
美味しそうに飲む乳酸菌ソーダから青柳は口を離す。
今回のお出かけの真意を知ってるのは俺を除けば彼女だけ。
それなのに。
清野のあの最後に言った文言からして、俺が清野に彼女の消しゴムの秘密を見てしまったことがバレたと見て間違いない。
あれ程釘を刺したと言うのに、青柳はしゃべったということだ。
「その前に。あなたに謝りたいことがあります」
「ほう。認めるんだな。話したこと」
「ううん。言ってない」
なに。
どういうことだ?
言ってないだと?
清野に本当に言ってないというのなら彼女のあの決心の言葉なんなんだ。
「私…あなたのこと騙して遊んでました」
「はあ?」
彼女が謝る理由とは。
青柳は申し訳なさそうに。
されど口角を上げながら遡ること3日前の出来事を話し出した。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
清野の追求を躱すために出かける予定を取り付けた後。
いきなり巻き込んだことで酷くご立腹になった青柳を連れ、下校していた俺は他の生徒の姿がいない事を確認すると、後ろを歩く青柳に振り返り素早く頭を下げた。
「さてどういう訳か説明してもらおうか青柳祐己くん?」
「すまない!これには深い訳が…」
「訳?」
「ああ。あの、これは実行委員長の消しゴムを拾ったことが起因してて」
「はい?消しゴム?」
「俺、見たんだ」
「…何を?」
「彼女が…消しゴムを使って森戸に呪いを施してるのを…!」
「…。はあ⁉︎」
「間違いない。妹も同じことしていたのをこの目で見たんだから」
いつだったか、夏前辺りのころ。
俺は清野が消しゴムに彫っていた文字と同様なものを妹の部屋で見たことがある。
そのとき、いつものように家で夕飯の支度をしていた俺は、自室で宿題する上の妹を呼んでいた。
『おーい
普段なら素直に出てくるはずなのに、この時だけはいつまで経っても出てくる気配がなかった。それに返事もない。
ご飯やおかずの盛り付け終えてもなお出てくる様子はなかったことに痺れを切らした俺は、足に縋って甘えてくる下の妹の
『おい侑奈。夕飯だぞ』
『ちょっとお
いきなり開けたからか侑奈は机で作業していた手を慌てて止めた。
それも何かを隠すように身体で覆おうとする。
しかしそんな努力も虚しく、弾かれた消しゴムが俺の足元まで転がってきた。
フィルムを剥がしたばかりの真新しい消しゴム。
慌てる侑奈に払い上げた消しゴムを手渡すと、勢いよく取り上げて背中に回して隠してしまった。
『おい侑奈。まだ新品の消しゴムに落書きなんてするなよ』
『見た⁉︎ なに書いてあるか見ちゃったよね⁉︎』
『見たよ。それがどうした』
わかりやすいほど絶望した表情を顔に出す7歳児。
それもそのはず。手渡した消しゴムはケースが剥がされ剥き出しになっており、そこにはでっかく『SHINE ようすけくん』と彫られていたからだ。
こんなもの家族に見られたら恥ずかしさから目も向けられなくなる。
『最悪…見られちゃったらおまじないの効果ないじゃん…』
『あのな侑奈。こんなこと言うのも変だが、せめて彫るならもっとマシな言葉を…』
『お兄嫌い!早く出てって!』
あのとき見えた『死ね』という文字を見ても、俺らただ子供のよくやるちょっとしたおふざけだと思ってた。
実際、俺も小学生になったころは汚い言葉とかわざと言ってふざけてたし。
「そのときはどうにか妹を宥めて事なきを得たんだが…まさかあの真面目な実行委員長までやってたとなると、もしかしたらあの呪いの儀式は本物なんじゃないかと思って…」
移動教室で拾った清野の消しゴムには『SHINE 森戸昌広』と名前が彫られていた事実。
そのことを先ほどから頭を傾けて聞いている青柳に細かく説明していたのだが、ようやく理解したのか彼女の表情が晴れていく。
「それでせめてもの償いとしてプレゼントをしようと考えたんだ」
「なんで…消しゴムの中見ただけでそこまでするのよ」
「だってそれは…見たのがバレたら呪いの対象が俺に向けられるかもしれないだろ。丑の刻参りだって見たら呪いの現場見たら殺されるって言うし」
「…プッ。」
「ん?」
人が真面目に話しているというのに。
今笑わなかったか?
いやそんな訳ないよな。
「なるほどそういうことなのね。フフッ」
勘違いじゃなかった。
コイツ下を向いて顔を見られないように…あからさまに笑ってる。
「わかった。そういうことなら協力してあげる。自分が呪われることになったらそれはそれで怖いもんね」
「ああ。助かるよ。でも青柳。念の為聞きたいんだが…なんでそんな可笑しそうなんだ?」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「あの時私はあなたから消しゴムの詳細を聞いて、おまじないのことを勘違いしてることに気づいた。無知のせいで勘違いして勝手に巻き込みやがってって…。腹立った私は報復として乗せられたふりして無駄金払うあなたをこの目で見届けようと思ったんだ」
「お前…性格悪すぎだろ」
「アンタには言われとうないわ」
まるっきり悪気のない微笑みをこちらに見せてくる。
無駄金払うところって…。
正気じゃない。
いやその前に。
今青柳は重要なことをさらっと言わなかったか。
「ちょっと待て」
「ん?なあに?」
「じゃああの消しゴムのおまじないって…呪いじゃないのか⁉︎」
「そうだよ。あのおまじないは恋愛成就のおまじない。あなたが見たのは清野さんの憎んでる人じゃなくて、好きな人の名前だよ」
「なんと…」
「清野さん妹いるって言ってたし、そこから聞いたのかも。恋愛初心者の清野さんにとっては藁にも縋る思いで試したんじゃないかな」
こんな。
こんな衝撃的なことがあるだろうか。
まさか自分が勘違いしていて、あまつさえ清野の想い人を知ってしまっていたことになるなんて。
「でも安心して。さっきも言ったように清野さんには伝えてないから」
「それならそうと早く言ってくれればよかったのに…」
「惜しかったなぁ。まさかあのバレッタ、自分で買うと言い出すとは思わなかった…」
俺の声など届いていないのか青柳は宙を見上げた。
気づけば空もだいぶ日が傾き、暗くなっている。
今日1日の出来事が全て無意味なことだったとは。
それまでの労力と心労は筆舌に尽くし難いほど大きなものだったというのに。
最初から必要なかった。
全て水の泡。
彼女は気づいていなかった。
ただ黙って渡していたらそれで解決していただなんて。
そんなこと。
いったいどこで気づきようか。
「何も落ち込むことはないよ。あんたのおかげで今度はちゃんとしたアプローチしようと決めたんだってさ。そういう意味では清野さんの背中を押してあげたことになるんだし、そんな卑下することないって」
ベンチに座ってから結構な時間が経っていたのか、暗くなっていく空から視線を戻した青柳は、ショックのあまり動けなくなっていた俺の肩を叩くと帰路につくため、駅の改札へ進むよう促した。
ーーーーーーーーーー
週が明けた月曜日の放課後。
図書室にてもはや恒例となった青柳との勉強会にて、俺は彼女から後日談としてショッピングでの清野とのやりとりを一部聞かせてもらった。
それまで接点のなかった2人の距離があの時近くなっていた真相もこの時知ることになる。
そして今回話してくれたのは、報復に燃えていた青柳が俺に真実を話そうと思ったきっかけ。
当初は俺に真実を伝える気はなく、生涯笑いものにするつもりだったらしい。
あの八方美人。
やっぱ性格最悪だ。
出来るだけ聞いたまま詳細に話すよう努めるが、あまり構えないで聞いて欲しい。
これは広いショッピングモールを右往左往してへばった俺がお手洗いで席を外していたときの話だ。
お昼を食べてから2時間ほど経ったP.M.2:00過ぎごろ。
俺の3度目のお手洗い退席によってみたび2人きりになった青柳と清野は、店舗に立ち並ぶ冬物のアイテムを吟味していた。
今年のトレンドとカラーを抑えたアイテムを店前に存分に押し出されている商品を見終えた2人は店の奥側へ。
その店のブランドオリジナルのアイテムを見ていた時のこと。
「これなんかどうかな。清野さんの好みにピッタリ合いそうだけど」
「どれどれ?うわーかわいい!でもこれはちょっと値段が張るなあ。すこし予算を超えちゃうよ」
他生徒との交流に消極的な青柳とはいえ、報復のためそれなりに清野へのプレゼントをしっかり吟味する。
そんな彼女に清野はすこし様子を伺いながらも青柳へと距離を詰めてきたそうだ。
「ねえ。青柳さん」
「なに?」
「青柳さんってさ、好きな人が出来たらどうやって告白する?」
「へ⁉︎」
清野にそう問われたときすぐさま俺が拾った消しゴムのことが頭によぎったらしい。
俺が消しゴムの中身を見たことがバレたのか。
真相は俺から間接的に知ったことになったとはいえ、とにかく上手く回避しようと頭をグルグル回したと言っていた。
「さあどうだろうね。実際そうなってみないとわからないよ」
「またまたあ。青柳さんほどの美人さんなら誰でもOKするって」
「…。そうかな」
「そうだよー。私なんてずーっと本読んで1人でいたからさ。知識こそ増えても実践なんてしたことないし。せめて琴里ちゃんくらい誰とでもお話しできるくらい明るければよかったんだけど」
「…。」
「…私ね。森戸くんのこと好きなんだ」
親友の小林にも言えない話を清野は青柳に打ち明けた。
親しい間柄ほど話せない話題も第三者となれば案外話しやすい時もある。
もしかしたらトップモデルの青柳ならなにか答えをくれるかも。
ただそう考えたのかもしれない。
「そうなんだ」
「うん。文化祭の時、実行委員になって一緒に仕事していたらいつのまにか。それからずーっと森戸くんのこと目で追ってた」
俺を除き、あまり学校にいない青柳でもこの学年で誰が人気者なのかは多少知っていた。
当然森戸というクラスメイトのことも。
日に焼けた小麦色の肌に誰にでも分け隔てなく接することができるサッカー部のレギュラー部員。
容姿も相まって砕けた性格の彼に恋に落ちるのも大きく頷ける。
「あんなに人を好きになったのは初めてだった。どうにか自分の気持ちを伝えようにも、森戸くんの周りにはいつもキラキラした人たちばかりいた。彼に彼女がいないっていことは聞こえてくる会話から知ってたけど、そんな森戸くんに気がありそうな子も私と違って明るくて可愛い子ばかりで。自分に自信がなくて勝ち目なんてないと思った」
「それで、おまじないに頼ったんだ」
「うん」
そんな矢先だったそうだ。
おまじないをした消しゴムを落としてしまったのは。
「消しゴムを見つけたと青柳くんに言われたときは、おまじないのことバレたかもしれないと思った。他の人に見られたらその想いは報われないって言われてたけど、そんなことよりも高校生にもなっておまじないをしてるって事がバレるのが恥ずかしかった。きっとバカにされる。そう思った」
「なるほどね。でも彼、そういう人じゃないでしょ?」
「うん。今日1日で痛感した。青柳くんって凄いんだなって思えた。最初はただ怖い人かと思ってたけど、ただ人付き合いに不器用なだけで優しい人なんだなって」
「うんうん」
「だからかな。それに気づいたあの日は朝からずっとモヤモヤしてた。おまじないの事を気にしすぎて青柳くんに拾ってくれたお礼言えてないなって。だからずっと様子伺って声かけるタイミングを探してたんだけど…気づいたら放課後になっちゃって」
あの日とは俺が清野をショッピングに誘った日。
そういうことか、とここまで話を聞いて俺は合点が言った。
やはりあの時点で清野には俺がおまじないを見てしまったことは知られてなかったようだ。
その日ずっと清野から向けられる視線から俺はバレてしまったのだと思い込んでいたけれど、むしよ俺が勘違いからショッピングのお誘いをしたせいで、見られたことを知ったそうだ。
「恥ずかしかったよ〜!お誘い受けたあの時はまだ気づかなかったんだけど、お家に帰って思い返したらやっぱバレてたんだって気づいてさ。顔から火が出るって表現がこういうことなんだって1人部屋で悶々としてた…」
顔を真っ赤にして打ち明ける清野は、相槌を打つ青柳に促されるように話を続ける。
「お誘いを受けたとき多分青柳さんに声かけてたのもきっと青柳くんなりの気遣いなんだろうなって思った。青柳さんほどこんな時うってつけの人はいないもん。だからこうしてお礼を言いたかった。あえて黙ってくれていてありがとうって」
幸か不幸か、三者それぞれ掛け合わされた思惑に対しその中の清野が都合良く解釈していた事実に俺も含め、青柳も胸を撫で下ろした反面青柳に頭を下げる彼女を見て罪悪感を覚えたという。
だから嫌々口裏を合わせていた話もこの時だけは素直に受け入れられたらしい。
「頭をあげてよ。私はただ力を貸してって頼まれただけ。お礼なら私にじゃなくて彼に言わなきゃ」
「そ、そうだよね。結局あの時も言えなかったから、今度こそ伝えないと」
「そうそう」
「そうと決まれば買い物再開。森戸くんを振り向かせるために清野さんをコーディネートしてあげなきゃ」
俺がトイレから戻ってきたのはそれから程なくしてかららしい。
その時の俺は2人を見て感じた距離感の近さと、何故か青柳からトイレが近いことを揶揄された。
俺はそんな彼女がクラスメイトと楽しそうに買い物する姿を見て単純に嬉しかったし、そうした青柳から受けた揶揄いもきっと心から楽しんでくれてる思いからきたものだと思う。
その時はただそれだけ感じてた。
呑気なもんだ。
まさか俺が席を外していた間にそんな会話があったなんて。
昨日登校したとき、清野の髪にはハローモールで買ったバレッタが留められていた。
下ろしていた髪が可愛らしいバレッタで纏められており、いつもより大人びた雰囲気を醸し出している。
1番に食いついたのは小林だったが、遠巻きに男女グループで話したいた森戸がそれとなく清野を眺めていたのを俺は見逃さなかった。
青柳の言う通り、あの買い物で清野は大きく変わったのだろう。
もしかしたら清野の恋も大きく動き出す…のかもしれない。
何はともあれ今回の騒動はこれで一件落着。
さて、そろそろ2限の準備をしないと。
次は現代文だ。