ドラゴンクエスト ダイの大冒険 続伝 人魔天竜の章 作:ありけるみー
それから……の巻
勇者ダイとその仲間たちが大魔王バーンを撃ち倒してより一年の年月が経つ頃。
世界は再び訪れた平穏に心も身体も委ね、休ませていた。
各地に残された魔王軍の爪痕や戦禍、疲弊した人々の心が休まる安寧もこの時であった。
ダイが地上を去ってすぐアバンの使徒たちはダイ捜索の旅に出た。
全てはダイの剣の輝きに一縷の望みを託して――
しかし彼らが世界中を飛び回ってあちこちくまなく探したが、どこにもダイの姿は見当たらなかった。
無論そんなことで友の捜索を諦めるポップではなかったが、仲間の説得もありいつか必ずダイが現れることを信じて待つことに決め、こうして長く続く旅路は終わりを迎えた。
剣の安置された碑石の丘、その近辺にある村にてポップたちは腰を落ち着けることにした。
毎日朝夕交代で碑石周辺の手入れを行っていた。
ポップは手入れされた花やらを持って剣の前に座り込んだ。
彼はいつもそれに話しかける。
内容は他愛のないものばかりで、今日あった出来事だとか、過去の思い出や仲間たちのことについてだとか。
――こうしているといつかひょっこりあいつが帰ってくるかもしれないからさ
友のために奔走し、世界各地をその足で駆け巡りようやく落ち着きを取り戻した男のその目はとても穏やかな色をたたえていた。
来る日も来る日もどれだけ話しかけてもそこにダイが現れることはなかったが、ポップはマァムが言うようにいつまでも辛抱強く待っていることにした。
丘に立ち太陽の光を一身に受けて輝きを放つ剣を見ていると、ポップはつい昨日のことのようにダイがそこにいたことを思い出すことができた。
一通りの手入れと会話が終わりを迎えると、彼は立ち上がっていつもの小屋に戻って行った。
「おかえり。どうだった?」
小屋の中で待っていたのはマァムだった。
マァムは首を横に振ったポップの表情を見て察した。
「でもよ、とりあえず元気にはしてるってよ。今日もな、いろんなことあったんだぜって言ったら『良いな〜オレも早くみんなに会いたいや』だってさ」
「へぇ、ダイったらそんなことを……」
ポップはいかにも明るく楽しげに、悲壮感なく語った。その様子がおかしくてマァムも思わず頬が緩んだ。
もちろん石碑や剣が喋るはずもなく、ましてダイの声を聴いたわけではない。
いつものありきたりな碑石参りに付けた彼のちょっとしたエッセンスだ。
これには毎日あの丘に行く度日に日に悲しげな顔になって落ち込んでいくマァムを、少しでも喜ばせるためだ。
いつか必ず、ダイは私たちのもとに帰ってくるわ。だから私たちはそれを信じて待ちましょう。たとえ何十年―いえ、何百年待つことになったとしても……
しかしそう言うマァム本人が一番つらいことをポップは知っていた。気丈に振舞ってみてはいるが、その言葉を信じ続けることは困難だ。
ただ待つことしかできず、何もすることができない自分たちの無力さをただただ噛み締めていた二カ月だった。
あるいは世界を探し回っていた方がまだ気が晴れたかもしれない。
まだ自分たちが探しきれていないだけなのかもしれない。もしかしたら世界のどこかにいるかもしれない。自分たちが探しに来るのをダイはずっと待っているのかもしれないという希望は、いつまでも胸に残り続けるしこりであった。
そんなマァムを察してか、ポップはいつになく上機嫌に、饒舌に語り続けていた。落ち込んでいても仕方ない。いつまでも悲しんでいてはいけない。それではダイやほかのみんなに不安を与えてしまうかもしれない。
次第にマァムがそう思いいたるようになったのも、ポップのそうした気遣いがあってこそのものだろうか。
長らく続いた団らんの流れを止めてみせたのはマァムであった。
二人だけの食卓にほんの少し緊張感が走る。
ポップはなにかやらかしてしまったか考え、すぐに自分の言動に後悔と冷や汗を覚えた。
しかし当のマァムからはそのような冷たい雰囲気は感じられなかった。
むしろその逆――、なにやら暖かく不思議な、それでいてただならぬ空気感だった。
どうしたのだろうとどぎまぎしながら未だに物言わぬマァムを見詰めていた。
黙りこくっていた両者の静寂を破るように彼女はようやく重い口を開いた。
「ね、ねぇ、ポップ。私がバーンパレスで言ったこと……覚えてる?」
顔を赤らめながらたどたどしくもマァムはそのようなことを口走った。
それを聞いたポップはそんなマァム以上に真っ赤に茹で上がっていた。
忘れるわけねぇだろ……! あ、あんなこと……
実をいうとポップは依然あの時のキス未遂のことを悔やんでいた。彼が言うにはあの時は戦いの最中で一種の興奮状態で完全にハイになっていたとのことで、柄にもないことをやらかしたと今もたまに夢で見るほど後悔しているらしい。本来の彼はそんなからかいさえままならないほどの臆病者なのだ。
マァムが真面目に異性と――それもこれまで最も共に過ごしてきた仲間であるところのポップと向き合うなんてなかなかに勇気のいることだった。
変なところで似た者同士である二人は、そうした空気感に慣れず大粒の汗をかくほどに動揺していた。
こういう時どう出ればいいのか、どう切り出すのが正解なのか、ポップほどの「切れ者」でもそれを教えてくれる辞書は頭に存在していなかった。
普段のおちゃらけた冗談交じりのセクハラとは違う――
ごくいたって真面目な恋愛のシチュエーション。やがて沈黙に耐えかねたポップがようやくその答えを導き出した。
「さ、さーな~?? ななな、なんて言ってたっけなぁ~イマイチ思い出せねえからもっぺんいってみてくれよ」
最悪の回答だった。語尾のところどころ変に高くなった不真面目を絵にかいたようなそのセリフに真摯や誠意のカケラも感じられなかった。
案の定マァムは真っ赤な顔に眉を尖らせて「もう!真剣に言ってるの!!」と大きな声を上げた。
「は、はいぃ……」
タイミングを完全に間違えた男の哀れな道化っぷりだった。
いつものように軽めに逃げられないことはわかっていたつもりだったが、恥ずかしさのあまり余計なことまで口から零れ落ちてしまう。
仕切り直しと言わんばかりに正座をし、ポップは改めてマァムの瞳を覗き込んだ。
この一年でますますその美貌に磨きのかかったマァムだが、武闘家に転身してしまってからはいろいろな意味でポップにとって近寄りがたい存在となってしまっていた。
しかしこうして大戦を終え、長い旅路が幕を閉じ、この小さな二人だけの小屋で自分の帰りを待つマァムを見てみると、ポップはそれまで鳴りを潜めていた男女の意識や自分の羞恥心に火が付きそうになっていた。
これで化粧やめかしの類をしていないというのだから末恐ろしい。こいつ今が一番美人なんじゃないか?
じっとマァムの顔を見詰めていると段々と首から上にかけて今にも蒸気を上げそうなほどに熱を帯びてくるのを感じた。
「もぅ! 黙ってたらわかんないでしょ!」
あまりにも長く見つめられていたためマァムの方も耐えきれなくなって赤く沸騰した。
「もも、もちろんだろ……。忘れられるわけがねぇじゃねえか。一日だって忘れたことは無えよ……」
「うん……。……だ、だからね、ポップ」
次の言葉が互いに飛び交うたびに両者の心臓の音は高鳴っていった。
周囲にその音が聞こえてしまうんじゃないかというくらいに、今にも張り裂ける寸前だった。
木製の机の上にぽたぽたと汗が秒読みのように滴り落ちる。
こんなものがいつまでも続いていてはたまらない。早く早くと次の瞬間を熱望しながらそれに応えるよう鼓動が二人をせかした。
「あ、……あの続き……なんだけどね……」
きた。くるぞ。この先が……!!
覚悟を決めろポップ! あんだけ勇気振り絞って告白したじゃねえか!
あとはその答えを待つだけだろ!
頭ではそう理解しているポップも、いざ「その先」が目の前に迫ってくると緊張と興奮から息を切らせ嫌な汗を流し動揺を隠せなかった。
ええい、しずまりやがれ俺の足!!マァムの答えを聞くまで大人しくしてろ!
震えが止まらない足を何度も強打し、その痛みでどうにか平静を取り戻そうとしていた。
しかし何度やってもそれが治まることはなかった。
切り出したマァムの方もおおよそ似たような感じで、ポップと目が合いそうになるとその度に顔を反らしてしまっていた。
ちょ、直視なんかできねぇよ~!!
今まで会ったどんなモンスターよりも怖え! この先をマァムの口からきくのが怖えよ!
一向に進まない会話としきりに繰り返す深呼吸がいつ終わりを迎えるのか、もし誰かが見ていればいい加減呆れ果てていたであろうその時
「あ、あのね……わ、わたし……ずっと、ず……ずっと考えていたんだけどね……! わ、わたしあなたのこと――」
その言葉の続きを遮ったのはバタンという不躾な扉の開く音だった。
扉の先に立っていたのはまだ幼い少年であった。
完全に二人だけの世界に浸っていた二人はその予想だにしなかった事態に心臓が口から飛び出そうになっていた。
ポップに至っては半分魂が抜けかけていた。
「あんちゃんねえちゃん一体何回ノックしたと思ってんだよ。よーじがあんだから早く出ておくれよ……」
「こ、このガキ!! おおお驚かしやがって!! もうちょっとで死ぬとこだったわ!!」
「わぁ!」
やがてじわじわと現実を取り戻してきたポップが鬼神のごとき形相で少年の胸倉をつかみかかった。
「ちょ、ちょっとよしなさいよポップ! まだ小さい子供なのよ!」
マァムに言われて興奮が解けていったポップは我に返って少年を下した。
少年はおどろいて息を切らしてこそいたものの泣き出すような素振りは見せず、むしろ懐疑的な目で二人を見ていた。
「あんちゃんたち二人で顔真っ赤にして一体何してたの?」
指摘されたことでそれまでのことを思い出しまた二人は頬を紅潮させた。
「な、なんでもいいだろそんなこと――それよりお前こそ何の用事ってやつがあってこんなとこ来たんだよ」
「んとね、なんかね、アリシアばあちゃんが呼んでたよ」
「村長さんが?」
この小さなふもとの村にも一応村長がおり、かろうじて村としての体裁は保っている。
世界を救った勇者の一味としてほぼ永住に近い滞在を認められているが、仮にでも村に住まわせてもらっているポップ達の身からすればどんなものであれ要請は断れないものだった。
「しゃーねー行くか」
いかにも「仕方なく」を装ってポップは椅子から立ち上がったが、内心少しほっとしているようだった。
まるで良い逃げの口実を見つけたというように。
「ねえポップ! ちょっと待ってよ!」
しかしマァムの制止も振り切ってかの大魔道士は逃げ出した。
「もう! ポップったら!!」
それからというものポップはもう脇目もふらず一心不乱に走り出した。
村長のためなどと言い訳しながら本当はどこかへ逃げる算段が欲しかっただけかもしれない。
せっかく平和になったけど……やっぱ俺らにはまだそーゆーの早いかもな……
うんうんと自分に言い聞かせて一人相槌を打っていたところ、間もなく枯れ木のような細い何かに足を躓いた。
「あ痛っ!!」
それまで止まることを知らないほど加速していた大魔道士は頭からきれいにすっ転んだ。
「痛ててて……ちきしょうなんだってんだよバッキャロー! こんなところに木なんて置いて……?」
ポップが見上げた先には枯れ木なんてとんでもないもっと信じられないものがあった。
「よっ」
「しっ……!? 師匠ぉ!?」
ポップの師であり、この世でたった二人しかいないうちの一人、〝元祖〟大魔道士マトリフの姿がそこにはあった。
転んだ痛みなんかまるで忘れてしまい、ポップはその目を丸くするほかなかった。
「なぁんだよ。そんなユーレーでも見ちまったような面しやがって」
「だって……い、いらしていたなら声くらいかけてくださいよ!!」
「いや、なに。お前さんがあんまりにも切羽詰まったよーな顔で走ってくるからな。ちょっとな」
そうして自分がマトリフに足をかけられてすっ転ばされた事実に気付き、再会の感激もどこへやらポップは怒りに身を震わせた。
「こ、このぉ……!」
「ぶわーっはっはっは!! 足元掬われるたぁこのことだなぁ」
「笑い事じゃないっすよ! 打ちどころが悪かったら大怪我してたかもしれねぇんすよ?!」
「だー、もーそうガタガタ抜かすな。ちょっとした年寄りのお茶目心だろーが」
あまりにも調子の良いマトリフのニヤケ顔を見て次第に怒る気すら失せたポップは振りかざしたその拳を収めた。
「ところでよポップ……おめぇ俺が大分前に言った言葉覚えてるか?」
「えっ? なんだってそんな……あ痛!!」
「どーやら打ちどころが悪かったみてぇだな。もっぺん叩きゃ治るだろほれほれ」
「わーっ! わーっ!! 俺は機械じゃないんですよ!! 覚えてますっ! 覚えてますから杖で殴るなーっ!」
ポカポカと好き放題頭を殴られたポップは堪らずマトリフから距離を置いた。
当の本人はケラケラ笑っており、彼の相変わらずのサディストぷりに薄っすらと忘れかけていた記憶を鮮明に思い出した。