ドラゴンクエスト ダイの大冒険 続伝 人魔天竜の章 作:ありけるみー
アバンに連れられてポップは皆が集まる城のとある一画にたどり着いた。
そこにはメルルやナバラも居た。
「雲行きが怪しくなってきたの」
割れた窓の隙間から天を仰いだナバラが呟いた。
彼女が述べていたのが天気のことだけでないことは、一同の顔色を見れば一目瞭然だった。
皆打ちひしがれて静まり返っていた。
やがて黙りこくっていたクルテマッカ王が口を開いた。
「ナバラ殿よ。そなたはあの竜の騎士ザウロのことを知っておったのじゃな?」
「知っていた……などではなく、今しがた知ったばかり……というのが正解じゃろうな」
「……ナバラさん、もう一度私たちにもお話願えませんか、テランにて代々語り継がれてきたという竜伝説について……」
彼女は竜の伝説について語り始めた。
「わしらが一度この城に招かれた後、わしと国王はテランに戻り、もう一度竜の騎士様の伝承について洗い出そうとしたのじゃ。それは遥か古の昔に葬られた闇の記憶じゃった。あれこれ調べとるうちにわしらは湖の底に沈められし二対の古ぼけた石板を見つけたのじゃ。ひとつは竜の騎士様と聖母竜様のものじゃ。そしてもう一つというのが――」
「……終焉竜とその眷属、竜の断罪者のものだった。というわけですね?」
アバンが続きを言い終わると、彼女は「いかにも」と答えた。
「もともと一つのものであったであろう石板は綺麗に真っ二つに割れておっての。それが何を暗示するものか、この時のわしには分からなんだわ。何せこれまでずっと国をあげ信仰しておった竜の騎士様が二人も存在していたこと、しかもその片方はそれを狩るものだったなど、理解が追いつくはずもあるまいて。……わしが見て背筋を凍らせたのはその内容じゃ」
伝承によれば始まりと終わりの神竜――ふたつのものは互いに決して交わることのない存在。
聖母竜が生命を与えるものなら終焉竜は生命を終わらせるもの。光と闇。表裏一体の存在だった。
創造なくして破壊はあり得ず、破壊なくして創造もまたあり得なかった。
本来聖母も終焉も、どちらの竜も表にでてくるような存在に非ず。竜の騎士地上を去る時、この世に安寧と平穏がもたらされると約束されよう。
されど竜の騎士――神より生まれ出でしその者、それすなわち世界の理にあらず。
理が乱されれば世界に歪みが生じ、歪みは穢れに変わる。
この世の穢れ溜まりし時、聖なる竜もまた穢れに身を蝕み、対となる終わりの竜はその邪気を吸い強大化していくだろう。
これらの調和が崩れれば聖なる竜沈み、やがて終焉の竜眷属を率いて世界を破滅へと導かん。
遠く彼方の世界にいる終焉竜は唸り声を上げて士気を高めていた。
「荒れ果てた地上で大いなる闇の力が増大し、闇が我に引き寄せられ、光を司る聖母竜はその身に穢れを抱え込み消滅した。今や神竜の力の根源は我にあり!! 世界を蝕み続ける忌々しき生命すべてと諸悪の根源たる神々に裁きを下してやろう……!!」
激しい怒りと憎しみを掲げる竜の瞳がどす黒い血のような赤に染まり、辺り一面に雷光一閃を放っていた。
その余波が地上に届くと、アバンの眼鏡を光で反射させていた。
「なるほど……強大化しつつある魔に対抗せんと竜の騎士が力をつければつけるほどこの世の理を乱し、聖と魔のバランスが保てなくなるというわけですね」
「左様。大魔王バーンや冥竜王ヴェルザー。そのいずれも並みならぬ強大な力を持ち、世を乱すものであった。それを打ち滅ぼさんとする竜の騎士様たちもまた、絶大な力を持って立ち向かった。度重なる魔の出現でこの世の理が大きく乱れ、聖なる竜が力を失ったとしてもなんらおかしくはあるまい」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。それじゃあまるでダイやバランのせいで終焉竜が現れたみたいじゃねぇか!!」
「みたい――ではなく事実そのとおりなのじゃ。なぜ我らテランの民が代々竜の騎士を拝み、奉るのか。それは古来より竜の騎士様が地に降り立った時、そのお方が生み出す
「……それは一体どういう意味ですか」
「元々わしらの祖先は自然を愛し、自然と共に生きる民族じゃった。ある時竜の騎士様が今でいうテランにあたる国に降り立ち、悪しきものを滅ぼしたそのとき、彼らはその様子を『天よりの厄災』と称し、その後地殻変動や台風などが飛来したために、それをこの世ならざるものに理を破壊されたことに対する自然の怒りだと断じて、畏れ崇めて遺跡を作ったという。また、その時に聖なる竜と交信し、竜の騎士様が遺した爪痕や歪みから生じる穢れを浄化する術を会得したというのじゃ」
「じゃあそれが出来りゃ再び聖なる竜は蘇って、今度は終焉竜が大人しくなるんじゃねぇか?」
しかしナバラは頷かなかった。
「最早手遅れじゃろうな……。既に邪悪なる竜が動き出してしまった以上……。くっ、すまぬ……! すまなかった皆の衆……!! わしがもっと早くこのことに気づいておれば……いや、そもそもわしらが浄化の儀式を忘れ去っていなければこのようなことにはならんだ……! 全てはこの不甲斐ない老ぼれの失態じゃ……」
ナバラは床に頭を擦り付け、震え声で謝罪していた。
「頭を上げてくださいナバラさん。あなた方テランの民が尽力して古き文献を探し出してくれたからこそ、やっと全ての謎が紐解かれたのです。それに数百――いや、数千年以上に渡る果てしない時の流れの全てを把握するなんて生涯百年も満たぬ我々人類の手には余ります。これは誰かが悪いという問題でも、何かをしなければならなかったと後悔するような問題でもありません。どうかご自分を責めないで。むしろ考えるべきなのはこれからどうするか、です」
アバンが優しく語りかけた。
彼の言う通り、誰かがどうにかできた問題ではなかった。
「そうだぜ。……それより気になるのはその儀式って奴だな。あ、いやもう手遅れだってのは分かってるけどさ。これ以上被害が広がらねーように何とかできねえかなってさ」
ポップもナバラに寄り添って言った。
後悔と自責の念が消えるものではなかったが、彼女は顔をあげて口を開いた。
「……古より天の声を聞き、天に選ばれし生娘がテランのほとりで祈りを捧げ、自然に対する感謝の念を聖なる竜に送るというものじゃ。これには竜の騎士様に対する謝礼と荒れ果てた自然に向けて怒りを鎮めるための懺悔の意味も兼ねておった。また儀式を行うものは竜の巫女と呼ばれており、彼女が人と竜と自然の調停者となっておったようじゃ。……もっともその伝承にまつわる石板や歴史書は全て壊されておったがの」
「壊されていた?」
「まるで何者かが真実を覆い隠すように二対の竜に関わる伝承や歴史の類はその部分のみを削り取られており、今やほとんど残っておらんかった。今語った部分はかろうじて復元に成功したものを国中総出でどうにか解読したほんの僅かな一部に過ぎん」
それを行ったものも――何故行ったのかもわからなかったが、アバンの語った通り、竜の騎士も先代テランにも気の遠くなるほど果てしなく長い長い歴史があり、少し遡るだけでも墓場をひっくり返しても足りないほどだった。
「……とにかくその儀式って奴をテランに戻って始めてみねぇかな。もしかしたら何かあいつらに対抗するための手がかりが見つかるかもしれねぇしよ」
「確かにそれもあり得なくはないかもしれません……問題は儀式の始動役であるその竜の巫女をどうするか、ですが……」
「あの……! その儀式、私にやらせてもらえないでしょうか!」
突然メルルが彼らの前に現れた。
「メルル……! もう大丈夫なのか?」
「ええ、ポップさんのベホマが効いたみたいです……! おばあちゃん、お願いします。どうか私に竜の巫女を務めさせてください!」
「そうだよ! メルルには凄え占いの力もあるんだし……その天に選ばれしものってやつに相応しいんじゃねぇか?」
ポップも必死で後押しした。彼はザウロに対抗する手段と――ダイに繋がる手がかりが何としてでも欲しかった。
とはいえ、メルルに対する評価は本心からくるものだった。
「ふむ……確かにメルルは穢れを知らぬ生娘だし……巫女にはまさにうってうけの存在じゃが……。これは現代のテランにおいて葬られたいわば禁忌にも近い儀式じゃ。何が起こるかはこのわしにも誰にも分からん。お前たちの望む成果は得られぬやもしれぬし、或いは今以上に恐ろしい災いが訪れるやも知れぬ……それでもやるというのか?」
「構いません。私、戦いではポップさんたちの役に立てませんから。今少しでも皆さんのためにできることがあるなら、この身を惜しむつもりはありません」
メルルは決意を込めた黒水晶の如き瞳を大きく開いていた。
ポップもそんな彼女の横に立って親指を向けた。
「大丈夫だって、俺も付いていくから。何があってもメルルには指一本触れさせやしねぇよ」
「ポップさん……!」
二人の意思が固まったところで、ポップはルーラの準備に取り掛かった。
そこにマァムが飛び込んできた。
「ちょ、ちょっと待ってよポップ! これからテランに行くんでしょ?」
「あぁ。なんでも大昔にテランでやってたっていう竜の儀式があるんだとよ。メルルが巫女さんってのをやって竜に呼びかけるんだよ」
「それなら私も行くわ!」
「お、――おいマァム……!」
マァムはメルルがいる方とは反対側のポップの左端にくっついた。
ポップはたじろいだが、彼女の意思は堅かった。
「私もダイに繋がる手がかりがあるなら見てみたいの。前は修行中でテランには行けなかったし……。そ・れ・に、旦那様にもしも間違いがあったら祟るに祟れないし……ね」
「バカ! お前こんな時に何言ってんだ! 今は真面目な時だぞ!」
「どうかしら。あなたってすーぐ周りの雰囲気に流されちゃうんだから。なんやかんやあって結局――なんてこともあり得るし」
周りに流されるがポップにとってはその通り過ぎて図星だった。
マァムに服ごと脇腹をつねられ、文字通り二つの意味で痛いところを突かれていた。
「……ったく。まぁ良いけどよ……。お前連れると一人分重いからまたルーラの位置しくじるかもな――っ痛!!」
「あら何か言ったかしら?」
「ぐっ……お前は……! ええいっ、どうなってもしらねーぞ! ルーラ!」
ポップとメルルとマァムの三人はカール城から飛び立ち、暗雲立ち込める雲の隙間を突き抜けていった。
「やれやれ……前途多難じゃな」
ナバラが呆れて言った。
「全くです」
アバンもそれに頷いた。
ともあれ、一時でも一同の間に平和な空気が流れたのはこの絶望のどん底にいて、ほんの少しだが明るい気持ちを取り戻してくれるものだった。
「さてと……。優秀な弟子たちに任せてばかりにもいられません。我々は我々でやらねばならぬことをやりましょう」
「やらねばならぬこと……」
「勇者ダイの救出……そのために天に通ずる道を探すことです」