ドラゴンクエスト ダイの大冒険 続伝 人魔天竜の章 作:ありけるみー
かくして地上の各国には新たなる難敵ザウロ出現の報が告げられた。
会議後自国に戻り席を外していた国々にもその旨は伝えられ、やがて国王を介して国民から領土全てに行き渡っていった。
大魔王バーンとその魔王軍の脅威が去ったばかりの地上にとって、それは余りにも酷な一報であった。
そんな事態を告げられる側はもちろん、告げる側も心が痛んだ。
誰でも夢であって欲しいと願っていた。特にザウロの脅威を拝んでいない国民にとっては尚のこと信じがたい事実だった。
しかし国王たちは怯まなかった。自分よりも若いポップやマァムらアバンの使徒たちが再び平和に向かって立ち上がっているのだ。
国を治める自分たちが恐れをなしていては申し訳が立たない。
目の当たりにした戦力差は絶望的なれど、彼らに諦観の意思はなかった。
「我らが力を合わせれば必ずやれる! あの大魔王の企みをも退けることができたのだ! 邪神なる竜に人間の底力を見せつけてやろうではないか!!」
四大国はもちろん――今やすっかり元気を取り戻したレオナが率いるパプニカもまた同じ意思を持っていた。
彼女は帰国するとすぐにパプニカ王家の歴史書などを片っ端から集め出した。
「ひ、姫さま。一体何を……!」
「私には私のできることを――アバン様が仰っておられたように、まずは天界に繋がる方法を探します。そこにダイくんが……希望の勇者が捕えられてるかもしれないの」
「ダイ様が……!」
アポロやマリンたちはほどなくしてレオナから現状の話を聞いた。
賢人たちはそれに関する伝説や言い伝えの類を国中ひっくり返して調べ尽くしていた。
天よりおわすもの――パプニカの神は遥か天海の彼方より地上に舞い降りて人間たちを見守っていったという。
レオナが見つけたのは王国に古くから伝わる御伽噺のようなものだった。
彼女はおろかパプニカに生きる民なら誰しも一度は耳にしたことがある、児童が就寝前に聞かされる絵本にもなっているほどのものだ。
賢人たちも流石にこれを参考にするにはあまりにも……と言った具合で、神を信仰する者たちからしても半分作り話や子供騙しに近い方便の類であると流していた。
「いえ。もしこの言い伝えが単なる御伽話などではなく事実だったとしたら――」
「まさか……!」
老賢人やアポロたちは首を傾げたが、レオナは構わず続けた。
「テランにも今を生きる人たちが思いもよらなかった竜伝説が眠っていたのです。そしてそれは現実のものとなって私たちの前に現れました。今はそれがどんなに荒唐無稽に思えるものでも、安易に切り捨てるのは得策ではありません。彼らの伝説に相当するものが、古びた歴史が埃を被って沈んでいるかもしれないわ」
「ふむ……そういう事でしたら……」
パプニカの老賢人の一人が城の本棚に手をかけ、その奥にある取っ手を引いた。
「な、なんですこの揺れは――」
すると周囲が揺れ始め、本棚が動き出すとやがて石造りの階段が見える隙間のようなものが現れた。
「姫様、皆さまもどうぞこちらへ……」
賢人の手招きする先は薄暗く湿っぽい、螺旋階段が続く息苦しい空間であった。
ちょっとでも気を抜くと服の裾を引きずってしまいそうなほど狭く、レオナより大柄な人間は横ばいになって蟹歩きしながら降りていった。
「我がパプニカの王国にこのような場所があっただなんて……」
火を灯したランタンを掲げ、レオナが感慨深げに呟いた。
「そういえば聞いたことがあります。なんでも姫様よりも前の前の、そのまた以前の昔にかつてこの国には罪を犯した罪人を閉じ込めるための地下牢があったとか……」
アポロが恐る恐る進んでいきながら話した。
「当時の刑はまさに過酷そのもので、三日三晩……場合によっては一月以上もの間ろくに食事も取らせず地下空洞の続く牢獄に鎖で繋ぎ止め、しばらく陽の光を拝むことはなかったと……」
それを聞いてマリンも震え上がった。
アポロも先代から話を伺っただけに過ぎなかったが、実際にこのような場所を拝むとその恐ろしさから唾を飲んでいた。
「……とはいえ、これが余りにも非人道的なものであるとして、やがて刑と共に地下牢は使われなくなり、その存在も微かに残る『パプニカ王国罪の歴史』にその名を悪名として轟かせるばかりだったとか――名は確か」
「『太陽を奪われし大地』……でしたかなアポロ殿」
先頭を歩く老賢人が彼に先んじて答えを言った。
レオナは驚愕した。そんな話は生まれてから一度も聞いたことがなかったのだ。
「ご存知なさらないのも無理はない。アポロ殿の仰るようにここはかつてその残虐さ故にとうの昔に封印され王国とは隔絶された遺跡なのですから……」
「遺跡ですって?」
やがて長く続く狭苦しい螺旋階段は終わりを迎え、一行は広々とした空間に降り立った。
「こ、これは――」
そこに広がっていたのは巨大な壁画であった。
四面全てが岩肌の壁で覆われ、あちこちには今にも崩れて落ちそうなひび割れと蜘蛛の巣が張り巡らされており、時の流れを感じずにはいられない場所だった。
しかしレオナたちが目を奪われたのは正面に広がる大きな壁画であった。
壁のあちこちには松明の火が吊るされており、遥か地下深くの薄暗い世界にいてその全貌がはっきりと拝めるほどだった。
アポロは開いた口が塞がらなかった。
「なんと……! 古のパプニカに在りし地下牢とは、このような神聖な遺跡であったのか……!!」
「左様、太陽の賢者アポロよ。その昔パプニカに連れられた罪人はここで神に向かって懺悔し罪を悔い改め、そして祈りを捧げて戻ってきたのじゃ。パプニカに生まれ出るものすべてはパプニカの神に依るもの。神に許しを乞い、その身を委ねることで罪の穢れを取り除き、清き生命は神と繋がりやがて神の座す天に還っていくのだと言われてきたのじゃ」
壁画に描かれていたのはそのパプニカの神と思わしき絶対者と彼の下で跪き頭を下げている民だった。
「なるほど……まさしくここは神に通ずる魂の祭壇……」
「牢獄だなんて言うもんだから、私てっきりもっとおぞましいものを想像してたわ」
マリンがほっと一息ついたように、咎人を閉じ込めて戒めるにしてはどことなく聖なる雰囲気が立ち込めるこの空間は見る人に穏やかさを取り戻させてくれる神秘的な場所であった。
壁画の隣には掠れてはいるが白色で古代パプニカ語が刻まれていた。
『神が人を赦す刻、人は翼を取り戻すだろう』
「どういう意味かしらこれ……」
なんとなく意味を読み取ったレオナが不思議そうに見つめていた。
さらに近くで壁画を眺めてみると、彼女の脳裏に新たな疑問が湧いて出た。
「そういえばこの画――パプニカ神に許しを乞うて祈りを捧げているってのは分かるんだけど、この神の手のひらから落とされているこの火の玉みたいなのは何かしら?」
見ると創造主の手から確かに赤色の円状のものが人間に向かって落とされている。
その矢を受けている地からは木や草花などの植物の画が広がっていた。
「それは始まりの賢者……今でいうアポロ殿の立場におられ、またかつてパプニカ三賢人と呼ばれた者たちの創始者であったとされておる」
アポロやマリンにウィンの三賢人は目を丸くして壁画を見つめていた。
「パプニカに伝わる三人の賢者……『太陽』、『海』そして『風』……これらは全て古より神がパプニカの民に与えたとされる恵みであり、これらに因んで我が国ではその資質を持つ知恵ある賢者たちに与えられる通称だと知られておりますが……。元々この三賢人はこちらに描かれておられる一人だけだったのですじゃ」
新たに発覚した王国の新伝承に一同がざわめく。
現三賢人やレオナでさえもその事は初耳だった。
「名をカムイ様といい――かつてはパプニカ神の代理人、神の遣い、預言者など様々な通り名で呼ばれ崇められておりましたが……たった一つ共通するのが『大空の賢者』様でございます」
「大空の……」
「賢者……」
老賢人は壁画を眺め、手にした灯火の明かりを画の賢者に向けて言った。
「古来では太陽と大空は同一のものであるとされ、壁画にもこのように太陽を示すものとして描かれております。しかしこの大空の賢者様が三つの恵みに分かれ、時が経つにつれ太陽とそれらは人々の認識から切り離されていきました」
「そんなことが……ということはこの始まりの賢者たる大空のカムイ様には天に昇る術がお有りになったのかもしれませんね……」
「うむ……。事実大空の賢者様には人ならざる力があり、その聖名にもなっているように空を自在に駆け巡っておったとされています。姫様のお探しになる天に通ずる方法というのも、ここに来れば何か分かるやもしれぬと思い……古の門をこうして開いてみた次第でございます」
「しかし……大空の賢者様は既に三つに分かれ、私たち三賢者たちの祖先も既に時と共に失われているのであれば……」
アポロが苦々しい表情で語った。
「……いえ、まだ方法はあるかもしれないわ」
三賢人の中央に立つようにしてレオナが言った。
「良い? 大空の賢者様が力を三つに分けたというのなら、私たちはその逆をすれば良いのよ。――つまりアポロ、マリン、ウィンの三人が力を合わせて儀式を行えば……」
「なるほど……!」
「大空の賢者様の力が復活なさるかも……!!」
アポロたち三賢者たちは早速互いに囲い込んでいった。
足元を見ると丁度その神話に準えたように太陽、海、風のシンボルを示すような円が描かれていた。
そしてその真ん中にあるのが恐らくパプニカの神を意味するものであるとレオナたちは踏んでいた。
それぞれが配置につくと、レオナが合図した。
「では三賢者のみんな。真ん中の神に向かって瞑想し、祈りの力を高めてみて下さい」
「わかりました」
儀式のあては至って単純なものだった。
パプニカにおいて三賢者を定める時の儀式と似たような感じで、アバンのしるしがそれぞれの力に対応する色の光を示したように、彼らにも各賢者に由来する三つの色が存在する。
アポロが真っ赤に燃える赤で、マリンが海を称える青色、そしてウィンが新緑を運ぶ風を思わせる緑色だった。
彼らが祈りを始めるとやがてその光の色を帯びていき、遺跡もそれに共鳴するように何かが起こり始めていた。
「い、今こそ三賢人の力が一つに…………!!」
――と、そんな儀式の時であった。
「た、大変です!! レオナ姫に賢者のみなさん!!」
一人の兵士が階段を転げ落ちながらやってきた。
「何事であるか!」
三人は即座に儀式を中断して兵士の側に寄った。
「た……大変なのです……し、城が……城の中に……」
「まさか……魔物!?」
レオナが腰に下げたナイフを手に取ると、兵士は首を横に振った。
「ち、違います……し……し……死人が……死者が動き出して城の中に攻めてきたのです!!」
「な、なんですって!?」
兵士の口から告げられた支離滅裂な狂言に一同が顔を歪めた。