ドラゴンクエスト ダイの大冒険 続伝 人魔天竜の章   作:ありけるみー

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ヒュンケル・エイミ編です。


光の兆しの巻

 ベンガーナの最南端、その近辺にかつて栄えていたある王国が存在していた。

 しかし1人の竜の怒りを買い、今やそこには王国であった影も形も、文字通り跡形もない。

 ヒュンケルとエイミが目指していたのはそこにあると言われる「奇跡の泉」であった。

 (ドラゴン)の騎士バランが傷を癒すために立ち寄ったとされる場所で、エイミは藁にもすがる思いでそこに到達した。

 全てはヒュンケルの傷を治すため。

 1年前、ヒュンケルはラーハルトと共にダイ捜索の旅に出ていたが、それを途中で断念せざるを得ないほどだった。

 見かねて着いてきていたエイミは彼の足となるように歩き、あちこちで傷に効く薬を持ってきていた。

 だが彼女の献身も虚しく、ヒュンケルは歩行もままならないほどに肉体をすり減らしていた。

 

「無理をするな。どうせ貴様のことだ。這ってでも着いていこうとするのだろうがこの際だ言わせてもらう。ロクに動けない足手まといにこれ以上同行されてはかなわん。オレは1人でもダイ様を見つけてみせる。お前はそこでただ指でも咥えて見ているがいい」

 

 勿論ラーハルトが本心からこのようなことを言ったわけでは無く、その目は友の復活を待ち望んでいるものだった。

 ヒュンケルも彼の思いを汲んで旅路からは一旦離脱した。

「すまないなエイミ……毎日毎日俺などのために……」

 エイミは勢いよく首を横に振って笑顔で答えた。

「もう絶対アナタに無理なんてさせないわ。これからはいつでも私を頼って」

 エイミもパプニカから抜け出す時、きちんと王女や神官たちに話をつけてきた。彼女の跡を継ぎ新たなる風の賢者となったのはウィンだった。

 中には惜しんで反対するものもいたが、彼女の決意は固かった。

 

 私アナタのためならどんなことだってするわ

 

 髪をばっさりと切り落とし、祝福を受けた法衣を脱ぎ去ってアポロや神官たちに手渡した。

「皆さん、本日までたいへんお世話になりました。今の私があるのもひとえに皆様のご鞭撻(べんたつ)、ご指導の賜物でありまた敬愛する我が祖国パプニカとそこに生きる国民のご厚意によるものであること感謝の言葉もございません。同時にそんな皆様と神を裏切り『パプニカ王国風の賢者エイミ』から一人の女性に戻る愚かな私をお許しください。皆様が私めにお与えくださったたくさんのかけがえのないものは決して無駄にはいたしません。私の信ずる道の確かな(いしずえ)とさせていただきます」

 

「行くのね」

 レオナはエイミを見ていた。

 彼女のその目から、一人の男性が浮かんでいることは言葉にしなくとも分かりきっていた。

 

 たとえ地獄でも冥府でも、彼がいるのならどこへだって構わない。

 この一生を何があっても添い遂げる。

 

 彼女の並々ならぬ覚悟と決意のこもった瞳がそう訴えかけていることは、誰の目にも明らかだった。

 だからもう何者も彼女を止めるものはいなかった。

 

 いってらっしゃい、エイミ。

 

 別れの言葉は不要だった。

 見送った彼女が完全に見えなくなってから、レオナは肩の力を抜いた。

 

「あーあ、これでまたひとつ国が退屈になっちゃったなー」

 ため息とともに伸びをした姫君に、アポロはハッとなって慌てふためいた。

「姫様、まさかとは思いますがご自分も勇者様を探しに行かれるなどとは仰りませんでしょうな!?」

「バーカ。そんなことできるわけないでしょ。これから荒廃気味な国を復興しながらまとめていかなきゃならないのよ? そんなヒマないわよ」

 しかしレオナがそう言っても周りの神官はまるっきり信じていなかった。

「これまでのことがあるしなぁ……」

「何度気球を持ち逃げされたことか……」

「止めてと申して素直に聞き入れる姫であろうものか!」

「なぁにそこでひそひそいってるのかしらぁ~?」

 小言を漏らす神官たちを追いかけまわしご立腹の姫君を前に、その場の全員が笑い出した。

 

 なによ。みんなで笑いのネタにしちゃって。

 エイミィ~? あんたヒュンケルをとっ捕まえてくるまで帰ってくんじゃないわよ~……!!

 

 そんなこともあってか、エイミは今一人の女としてなんのしがらみもなくヒュンケルに尽くしていた。

 自身に向けられた一切の掛け値無い無償の愛。

 しかしマァムのそれとはまた異なり、いわゆる異性としての愛情であった。

 ヒュンケル自身、一度は彼女の思いを遠ざけるように戦いの中にその身を投じていたが、長きにわたる自身の闇の確執や魔王軍との戦いを終え、ようやくその気持ちに向き合い始めていた。

 戦いの中で生きる――否、生きられない生粋の戦士である自分が人並みの愛を受け止めていいはずがない。

 まして自分は人間たちにとって忌むべき存在。罪そのものでありその手は血で汚れ過ぎている。

 しかし自身が滅ぼした王国の人そのものであるエイミから尽くし、愛され庇護を受けることで彼の中に渦巻いていた災禍の念は安らいでいった。

 無論犯した罪が消えるわけでも、失われたものの哀しみが忘れられるものではないということはヒュンケルにもわかっていた。

 しかしエイミに介抱されている間中ずっと――

 

 哀しみを憎しみで返していてはいつまでも憎しみやそれを生み出す争いはなくならない。

 アナタが魔王軍として行ったことは消えることのないもので、国民が何と言ってアナタを非難しようとも私はアナタを(ゆる)します。たとえほかのだれもがアナタを赦さなくても、私だけはどんなことがあってもアナタの味方――ずっと一緒です。

 それでもアナタの中の罪の意識が消えないのなら、人々の哀しみや憎しみが晴れないというのであれば、私がアナタの分の痛みを受けます。

 共に贖罪(しょくざい)の旅路を歩みましょう。

 地獄の果てまでもついていきましょう。

 どんなに辛いことが待ち受けていようとも、私はアナタと進んでいきます。

 

 言葉には出さなくてもそんな彼女の想いがヒュンケルにはひしひしと伝わってきていた。

 人を愛する資格などないと誰も寄せ付けない一人旅の多い生涯であったが、それこそ彼女に対する誠意の欠く傲慢なのではないか。

 ヒュンケルはそう思い始めていたのだ。

 ならばこれから自分が彼女にできることは、そんな彼女の一途な想いに応えてやることだろう。 

 そう考えた彼はエイミに対して徐々に心を開いていった。

 傷こそ中々回復には至らなかったものの、彼の心は癒されていった。

 しかしエイミは、未だ肩を借りてでしか歩行がままならないヒュンケルを(うれ)い頭を悩ませていた。

 そこで彼女が聞き及んだのが奇跡の泉のことだった。

 その伝承についてはヒュンケルも覚えがあり、二人で向かうことにしたのだ。

 回復が見込めるとは思っていなかったが、エイミは今できることがあるのならそれがどんな夢物語でも御伽噺(おとぎばなし)であってもやり遂げてみたかった。

 三日とかからず二人は奇跡の泉にたどり着いた。

 エイミはヒュンケルを横たわらせ、泉の水を汲みひたすら彼の口に注いでいった。

 また、時には泉に浸かり沐浴のようなことで水を染み込ませていった。

 こうして彼らはしばらくの間、この泉で骨を休めることにしたのだった。

 

 そうこうして一週間が経とうというある日、エイミはなにやら物音がするので少し出てみた。

「誰!?」

 そこに立っていたのは二人のよく知る人物であった。

「あなたは……ラーハルト!?」

 互いに最後に姿を見せてから約数か月以来となる、久方ぶりの再会だった。

 思いがけぬ友の出現にヒュンケルも体を引きずりながら顔を出した。

「なぜお前がここに……」

「ここはダイ様の母君であり、バラン様が唯一愛したただ一人の女性、ソアラ様が眠っておられる場所なのだ」

 感慨深けにラーハルトはそう答えた。

 彼の手には確かに花束が握られており、墓参りに来たことが窺い知れるものだった。

「ダイは……まだ見つかっていないのか」

「八方手は尽くしているのだが……未だその足取りすら掴めぬというのが実情だ。くっ……! 全く自分が忌まわしい! ダイ様をお守りすると誓っておきながら!」

「……いや、それでよかったのかもしれんな」

 焦燥感から苛立ちを隠せないラーハルトに対して、ヒュンケルは思いの外冷静に答えを返した。

 ラーハルトの答えを薄々勘付いていたとでも言うように。

「ダイは……あいつは地上に留まることを良しとしなかったのだ」

「どういうことだ?」

「レオナ姫から聞かされた話なのだが、ダイはバーンとの戦いが終われば自分は潔く身を引くと言っていたそうだ。強大過ぎる自身の力は人間たちにとって新たなる災いの種にしかならない……と。大魔王の脅威が去り人類がようやく手にしたかねてよりの平穏を崩してしまわぬようにと考えたのだろう」

「なんと……ダイ様がそのようなことを……」

 それを語るヒュンケルは寂しげながらもどこか誇らしげであった。

 初めて会った時の小さき勇者の姿からは想像もつかないほどダイは大きな存在となっていた。

 ラーハルトはそんな伝聞だけであってもダイの人となりやその通りに行動しそうなことが手に取るようにわかった。

 同時にそれまでの疑問が点と線になり繋がって、ヒュンケル同様妙に納得してしまった様子だった。

 

 もちろんそれを知っていたエイミもまた複雑な表情を浮かべていた。

 そしてその際には、以前マトリフの元に修行を付けてもらおうと頼み込んだ時も、ダイは人間というものを知った上で守りたいと言っていたことも思い出していた。

 姫がいつも得意げに語る小さな勇者は、本当に信頼できる素晴らしい人間であったとその時は痛感するばかりだった。

 勇気に知恵、そして力。

 その全てと正しき心を持つ彼こそこの世界になくてはならない存在で、アバンの使徒だけでなくみんなが必死で探す必要があるほどの人だと。

 みんなの中でダイはまさしく太陽のような存在であった。

 またラーハルトは器の違いを痛感せざるを得なかった。

 憎しみに身をやつし、血で血を洗うことは簡単なこと。

 いがみあい互いに争いあうそれは人間同士でさえ起こりうる事。

 まして人でないものであれば尚の事。

 種としての差、力の差、埋め難い生物としての溝。共存を望むものに立ちはだかる険しく非情な壁。

 それを恨む事なく、拒む事なく受け入れる。

 育て親を討たれ、人を憎み一度は正義を憎んだヒュンケル。

 人のエゴと人間の悪意の狭間に飲まれ、自身もその怨恨災禍の一部となったラーハルト。

 そしてラーハルトの上に立ち、人を憎み共に滅ぼそうとしたダイの父バラン。

 そんな彼らが成し遂げられなかったことを為そうとしているのだから。

「波瀾万丈の出生から苦難相次ぐ旅路の末にようやく巡り会えた心から信ずる仲間たちとの別れ……身を裂くようなことであろう。何よりも得難いダイ様にとっての『平穏』……。それを自ら放棄せねばならぬほどの固くも重い苦渋の決断……。それでいてなお真に守るべきは人間にあるとし、天より人々の守り人と成る道を選んだというのか……!」

 ラーハルトはただただ感服し涙を流すばかりだった。

 ダイが持つそれほどまでに深く、底の知れぬほどの人間への「愛」。

 それは亡き母ソアラの意志を継ぐ確固たる信念でもあった。

 そして彼が今流している涙もまたひとつの「愛」である。

 主君の為。決して亡き自身の上官バランの頼みだからではなく、真に仕えるべき自身の(あるじ)として定めたもののため。

「ならばオレはそのダイ様が守らんとした人間たちを守っていくことにしよう」

 決意新たにラーハルトは立ち上がり、魔槍を握りしめた。

 ヒュンケルは何も言わずそんな彼を見つめていた。

 言葉は不要。

 彼もラーハルトと全く同じ心情だった。

 

 ダイよ……我が生涯最高の仲間であり、かけがえのない友よ……。もし本当にお前が太陽となり俺たちを見守ってくれているのならば……どうか共に勝ち得たこの平穏が、ずっといつまでも続くことを願っていて欲しい……。

 もう二度と相まみえることが叶わぬ運命であるというのなら……

 

「これからも俺たちを照らす光であってくれ……!」

 ヒュンケルは立ち上がって飛び立つラーハルトを見送っていた。

 天の彼方より照らされる陽の光がヒュンケルに注ぎ込まれると、それに呼応するように彼の全身が光の闘気を帯びて輝き始めた。

 

 それは希望満ち溢れる明日に向かって前に進もうとする彼の復活の兆しであった。

 

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