ドラゴンクエスト ダイの大冒険 続伝 人魔天竜の章   作:ありけるみー

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不器用な師弟の巻

「随分と遅かったようだな」

「す、すみません」

 食事の支度を済ませ、遅れた分を必死で取り戻そうとノヴァは務めた。

 パンに野菜の入ったスープを提供し、ロンに振舞った。

 両腕の自由が効かないので最初はノヴァが口元まで食事を運んでいた。

 しかしすぐ後になって「そんなみっともない真似を続けられるか」とロンが怒鳴ったことで現在は犬食いのように碗に啜り食う形となった。

 今の方が余程みっともない……と思っていたが最近ではそれも様になってきたようで、以前のようにスープ類などを机上に散らさず食べられるようになっていた。

「突っ立ってるくらいなら座ったらどうだ」

「えっ……あ、はい!」

 ノヴァは意外だった。

 それまでは勝手に座ろうものなら火のように怒鳴られて食事は1人隠れて食べていたノヴァが今初めてロンと食卓を共にすることが許されたのだ。

 熱々出来立てのスープを木のスプーンで口に放り込むと、ロンから話しかけられた。

「もう嫌気がさして逃げ出したのかと思ったよ」

「まさか!」ノヴァは立ち上がって叫んだ。

「まだ師匠から教わってないことが山のようにありますし……なによりボクはまだ師匠の両腕になれていない! やめるなんてとんでもない!」

「どうだか」

 スープを一通り吸い尽くし、乱暴にパンを(かじ)りながらロンはふんぞり返った。

 

「剣もまともに打てない腰抜けのことだ。ま、辞めたければいつでも勝手に辞めてくれて構わないからな」

「誰が! 目的を達成するまでボクは死んだってここを離れませんからね!」

「その意気だ」

 するとロンは嬉しそうに微笑むと食事を終えて立ち上がった。

「あの……師匠……?」

 ノヴァがまるで面食らっているとロンが外へ出て言った。

「来い。もう一度剣の打ち方を教えてやる」

「は……はいっ!」

 ノヴァはたまらず嬉しくなり、食事の手を止めて真っ先にロンの元に向かった。

 一度機嫌を損ねたロンがもう一度教えてくれることなんて滅多になかった。

 が、それと同時にノヴァにあるひとつの無体な疑問が浮かび上がった。

 

 ……この人、もしかしてお腹空いてご立腹だったのでは……?

 

「何してる。とっとと道具を持ってきやがれ」

「はい!!」

 

 そうして再び数週間の時が過ぎた。

 ノヴァは次第にロンから怒られることが少なくなった。

 ……が、それと同時に教えを受けることも減っていった。

 あの小難しい師匠が一体どうしたものかとノヴァがひっそりと窓から覗いてみると、ロンの両腕が少しづつ戻っており度々剣を握ろうと練習をしている風景が目に入った。

 そのことにノヴァは大層ショックを受けた。

 自分がいつまでも至らないばかりに、ついに師匠は不出来な弟子に見切りをつけたのではないかと考えるようになったのだ。

 焦った彼はこれまで以上に熱を込めて鍛錬、剣の修行に取り組んだ。

 まるでに何かに取り憑かれているように決死なそれは、誰の目から見ても鬼気迫るものがあった。

 実際彼は3日続けて睡眠を行わないこともあり、食事すらまともに取らなくなり残された時間全てを鍛治鍛錬に注ぎ込んでいた。

 ロンはそんなノヴァを止めることも労うこともしなかったが、彼が何を思ってそうしているかは手に取るようにわかっていた。

 しかし分かっていたからといっても敢えて何一つ自分の思いは伝えず、いつも通り馬車馬のようにノヴァをこき使っていた。

 ところがそんなロンの無茶振りにもとうとうノヴァの方が付いてくるようになり、今やロンが怒鳴り始める前に仕事が終わっていることが当たり前となった。

 尤もそれはノヴァの身を削るような執念によるものだったので、案の定というか彼はすぐに無理がたたって倒れ込んでしまった。

 薄暗い暗闇の中で彼はあるものを見た。

 

 なんだ……あの光は……。

 それにここは……?

 起き上がって彼が暗闇の中で見たものはなんと両腕の完治したロンの姿であった。

 彼は自身の愛刀・星皇剣を握りしめ、かの技――星皇十字剣を成功させていた。

 眩いばかりの光の中でロンは嬉しそうに高笑いしていた。

 

「し、師匠……?」

 その大層ご満悦な様に最早ノヴァの姿は微塵も映っていなかった。

 やがて彼はノヴァに振り向くこともなく光の彼方に向かって歩き出していった。

「ま、待ってください師匠!! ボクはまだやれます! この手も、この足も――いやあなたに拾っていただいたこの生命全てをかけてもいい!! だからどうかボクを――」

 走り出したノヴァだが、どれだけ速く追いつこうとしてもロンとの差は縮まらなかった。

 むしろ前へ進もうとすればするほど足元が闇に掬われていくような感覚に陥り、とうもう自分ではどうすることもできずに飲み込まれていった。

 

「見捨てないでくれーっ!!」

 

 彼が叫ぶとそこはすでに暗闇ではなかった。

 額からは大量の汗が飛び散り、背中には冷たい不快な感覚が走っていた。

 切らした息を整えながら眩暈のする視界を抑えつつ、ようやく自分が悪夢から目覚めたことを自覚した。

「はぁ……はぁ……ふ、ふふ……なんて夢だ……!」

 早くなる脈と鼓動を落ち着かせつつ、周囲を見渡すとそこには光も闇もロンも何もいなかった。

 そこはどこかの家のようで、暖かい空気と火の優しい橙色に包まれていた。

 どう見てもそこはロンのいたいつもの小屋ではなく、自身の上にも洋風の柄が入った暖かい羽毛の布団がかけられていた。

 何故自分はこんなところにいるのか――

 そもそも自分はどうなってしまったのか――

 色々疑問に思っていたことを払拭したのは、次の瞬間であった。

「あ、あの……大丈夫ですかノヴァ様……」

「キミは……あの時の……」

 横たわるノヴァのすぐ真隣に座っていたのはかのガーゴイルから襲われた少女だった。

 あの時となんら変わらない黒髪に真珠色の唇をたたえ、心配そうな顔色で彼を見つめていた。

 そうか。ここは彼女の家なのか。ということは彼女に助けられたのだな……ボクは。

 状況が飲み込めたことでまだ少しチカチカする頭を抑えて身体をベッドに預けて横になった。

 少女が心配そうに覗き込んだ。

「ずっとうなされていたんですよ……。お水を替えようとした時に叫んでおられたので心配しました。もう少しでお医者様を呼ぶところだったわ」

 ついさっきの動揺を一部始終目撃されていたかと思うと気恥ずかしさが込み上げてきて、北の勇者は赤面した。

「そうか……キミが助けてくれたのか……」

「麓で貴方が倒れていたのを見つけて思わず……すみません、余計なことでしたよね」

「いや……そんなことはない。今度はボクがキミに助けられた。ありがとう」

「い、いえ! 私には生命(いのち)を救われたご恩がありますから……! これくらいは当たり前ですわ」

 ノヴァに礼を言われると少女の頬は赤く染まった。

「そういえば……まだちゃんと自己紹介してなかったね、ボクはノヴァ。キミは?」

「あっ、す、すみません。まず私が名乗るのが礼儀でした……! 私はスペラ。ランカークス村の外れに住んでいますわ」

「そうなんだ」

 ノヴァは辺りにあるものを改めて見まわした。

 穏やかな雰囲気ではあるが、布製品はどれもこれも刺繍や銘柄が入った質の良いものばかりだった。

 暖炉の装飾も豪華な赤煉瓦で出来ており、スペラが王家とはいかなくても良家に生まれ育った小綺麗な令嬢であることを察した。

 それは先ほどからの自分に向けた態度や言葉遣い、気品溢れる上品な佇まいからも窺うことができた。

 両親に大切に育てられてきたのだろう。

 以前どこかで読んだ書物に人に優しくできる人間は、まず人から愛され優しくされることを覚えた人間なのだとあったがそれは誠に真実であろう。

 この時から何となくスペラに親近感を抱いたノヴァは、一宿一飯の礼をした後も何度か関わることになった。

 どうやらノヴァがどこに向かうかまで見透かされていたようで、とうとういつものロンが待つ作業場にまでついてきてしまった。

 そんな彼女を無理に追い返すことを良しとせず、仕方なくノヴァはロンに見つからぬようひっそりと彼女と密会するようになった。

 また次第にやつれていったノヴァに対して、彼女は無理をしないよう声をかけたが、その言葉が真に届くことはなかった。

 というより――頭でわかっていてもノヴァにはその手を、その足を止めることなどできなかった。

 

 一刻も早く伝説の武器を打てるようにならないと――

 

 さもなくばあの時の悪夢が現実のものとなってしまう。

 そうした焦燥感からノヴァは作業に駆り立てられるも、焦りから生まれるものが必ずしも毎回良い結果になるとは限らなかった。

「だめだだめだ! まるでなっちゃいねぇ!」

 今日なんかは特にその傾向が強い日であり、ノヴァ自身も思うようにならないことは分かっていた。

 加えて今日はロンの機嫌がすこぶる悪く、耐えかねたロンがとうとう怒りを露わにした。

「もういい! その腑抜けがモノになるまでしばらく頭冷やせ! 今日はもう俺の前に顔を出すんじゃねぇ! ムカムカしてきやがる!!」

 そう言うとロンはそれまでの修行を投げ出し、バタンと木製のドアを勢いよく足で閉めた。

 打ちひしがれるノヴァにスペラがそっと寄り添ってきた。

「厳しいお師匠様なのね」

 スペラは飲み物や手製の弁当を持ってノヴァの元にやって来た。

 彼からロンの事など聞いていくうちに、日々の進歩について語り合うほどの仲になっていた。

「いや。未熟な自分が悪いんだ」

 ノヴァは首を横に振った。

「それに師匠は口ではああ言っちゃいるが、本気で見捨てたわけじゃない。叱ってくれるのはきっと『お前の力はこんなものじゃないだろ、もっとできるはずだ。だからオレを失望させるな』って意味なんだと思う。絶対にボクが星皇剣を完成させられるって期待してくれているんだ。その期待をボクは裏切るわけにはいかない。だから一日でも早く剣を完成させて師匠に届けたいんだ」

「信頼してるのね……お師匠様を……」

 そう嬉しそうに語るノヴァの目にスペラは一種の危うさを見ていた。

 まるでそう――本当に生命でも投げ出し賭けてしまうような愚直さ。一度そうと決めたら真っ直ぐにしか進めない危うさを――

 

 実際その通りだった。

 今の彼にはロンの望む――彼の満足する武器を作る事とその剣を継承することしか無かった。

 一刻でも惜しいから。短い人の一生の間にどこまで成し遂げられるか。

 ロンにとっては吹けば飛ぶような歳月でも、ノヴァにとってはそれが一生だ。

 もう一つ常に気掛かりだったのがロンの両腕の完治具合についてだ。

 以前ロンから聞いた話では過去に一度打った星皇十字剣で両腕を治すのに費やした歳月は70年近くも必要だったそうだ。

 ところが最近ではむしろそれよりも遥かに早い速度でその腕は回復の兆しを見せつつあった。

 だからノヴァは焦る他なかった。両腕が治って仕舞えば足手纏いな自分などもう必要ない――と、自分を捨ててどこか遠くに行ってしまうのではないか、と。

 早く良くなって欲しいと思う反面、自分が極められるまでの間ずっと今のままでいて欲しいと願ってしまう二律背反した感情にノヴァは日に日に苦しめられていった。

 

「女連れで剣を作ろうって奴は気楽で良いな」

 ある時ロンの口からこぼれ出した。

「な……!スペラは関係ありません! 必ずや師匠の納得のいく剣を作ってみせます!だから…!」

 しかしノヴァの必死の弁明も虚しく、師匠はただ机を蹴り飛ばすばかりだった。

「俺は人間と違うと言ったろ! 今までどんな甘ったれに育てられてきたかは知らねえが、一切容赦はしねぇからな! 覚悟しておけ!!」

「はい!!」

 ロンは全てを察していたがそれでも厳しく指導するしかなかった。

 本当は親身になって手取り足取り教えてやりたいのに、それができないことから口だけでもせめて熱意を、

 剣を振るえなくともせめて言葉だけでもいいから自分の思いを――教えを説きたいとロン自身はそう考えていた。

 ノヴァにはそれが痛いほど伝わっていた。

 自分のために生命をかけてくれ、一人前にしてくれようとする熱意と恩義に報いるべく彼はまた修行を続ける。

 スペラはそんな彼らの姿を見て、ただ応援し続けることしかできなかった。

 この三者が行き着く先の未来、

 それが果たしてどんなものになるのか。

 少なくともまだこの時点では誰も分かる由もなかった――

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