江ノ島にひとりが喜多ちゃんと二人で行くだけの話です。

Pixivにあげた奴をこちらでも上げただけです。

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嫉妬心から生まれたすれ違い

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『──次は、下北沢、下北沢です、お降りの方は、お忘れ物なく』

 

 家から約二時間程の場所にある下北沢に通う事になってから一年半が経過した。中学校からの知り合いが一人もいない地域の駅は人が沢山いて暑苦しいけど、知り合いがいない分地元よりかは居心地がよく、片道二時間は掛かるという点を除いてはこれ以上にない場所でもある。

 自分の事を知らない人しか居ないこの街でバンドを組んでからは約一年がたったこの頃、ひとりは上りのエスカレーターに乗って地上階に出る。

 ピッと改札口の読み取り部分に交通カードをタッチして改札口の画面に表示された定期利用の表示を片目に彼女は外に出る。

 冷房が効いていた電車内とは違い改札口の外は、肌が焼けてしまいそうな暑さとプリン状に溶けてしまいそうな程の熱に体が圧倒される。それでも、ひとりは外に出ないといけなかった。それと言うのも彼女はこれから江ノ島に友人であり結束バンドのボーカルを勤めている喜多郁代と行く予定であり、小田急線の跡地にできた駅前の広場で彼女と会う約束している。

 

「喜多ちゃん、来てるかなぁ……」

 

 喜多ちゃんと合流できるか彼女自身、不安になる。

 下北沢は有名な繁華街で人が多い。ずっと、ぼっちだった彼女にとって誰かと会うと言う行為はかなり難易度が高い。本来であればスターリーに集まると言うのも良かったけど、いくら学校記念日で学校がないとは言っても平日の朝からバンドハウスに集まるのは気が引けると言うのと、集合する時間帯はまだスターリーの営業も開始されていないから店前だったとしてもやめてくれと店長に言われてあえなくその手段は使えなくなってしまった事に加えて、喜多ちゃんが絶対に見つけると意気込んでいた為駅前集合になっている。

 

「暑い……」

 

 三十度に近い真夏の暑さにやられて駅の日陰に逃げていたひとりの瞳に、ちらちらと見覚えのある赤い髪が見える。

 人の流れに逆らう様に掻き分けながらも姿を現した喜多ちゃんは、子供が描く太陽の様に真っ赤に燃えている髪の毛を携え、夏の暑さにも負けないキラキラとした表情を浮かべている。

 

「ひとりちゃん、おはよう」

 

「お、おはようございます、喜多ちゃん」

 

 白のイリューデックハットを被り、以前、江ノ島に行った時の様に、黒いレースとその下には絵に描いたような星空の色をしたワンピースを着ている喜多ちゃんは少し視線を逸らす。

 

「えっと、待ったかしら?」

 

「あ、い、いえ、私も、今来たところです」

 

「そっかー、私も今来たところなの」

 

 今来たっと彼女は言ってはいるが、嘘である。

 ひとりと二人っきりでお出掛けができると言う事で、彼女は内心嬉しすぎて約束した日からあまり寝れていない。今日も早く起きた彼女がこの場所に来たのは今から一時間と少し前ではあったが、勿論、そんな話をひとりは知らない。

 

「えへへ、迷惑かけなくてよかったです」

 

「だいじょーぶだよ、絶対にひとりちゃんを見つけるって言ったでしょ」

 

 得意げに笑った喜多ちゃんは、目を細めてひとりの頭の先から足先まで舐め回す様に見る。

 

「それにしても、ひとりちゃんもいつもと違う服装ね」

 

 ひとりの姿はいつもと違っていた。ピンク色のジャージに学校指定のスカートではなく、バイザーが付いている黒い帽子、白いTシャツにデニムの短パンとピンク色のスニーカーと言う彼女にしてはかなり珍しくおしゃれとは言わないものの普段の彼女からは思えない格好をしている。

 

「えへへ、流石に暑いかなぁっと、思いまして、肌が見えるのは、少し気になりますが」

 

 ひとりは少し恥ずかしそうに苦笑いを浮かべる。

 そうとは言ったものの実際はひとりの母親とふたりに喜多ちゃんとの二人きりでお出かけするとバレて無理矢理、着させられた奴ではある。

 

「凄い、いいわよ、ひとりちゃん!」

 

 普段では見れない彼女の格好に喜多ちゃんは興奮し始めポケットから取り出したスマホを使って写真を撮り始める。

 

「え、き、喜多ちゃん、写真は、やめ……」

 

「いやよ! だって、こんなひとりちゃん、そうそうお目に掛かれないじゃん!!」

 

「ひんっ!?」

 

 問答無用で写真を撮っていた喜多ちゃんはとあることに気がついて眉間に皺を寄せてその手を止める。

 いつもはあのジャージを着ているからいいものの、今日の格好的に日焼けをするかもしれない。だけど、ひとりがその事に気づいて塗っているとは到底思えないと言う彼女なりの直感が働いた結果でもある。

 

「……ねぇ、ひとりちゃん、一つ気になったのだけど、日焼け止め塗ってるかしら?」

 

「え、あ、えっと、ぬ、塗って、ない、です」

 

 喜多ちゃんの予想通り彼女は肌が出ている所に日焼け止めを塗っていなかった。理由は二つあって、一つは起きた時間が時間で、下手すると喜多ちゃんとの合流時間を超えてしまうかもしれないと言う不安に駆られて焦っていた。もう一つは喜多ちゃんの想像通り彼女のいつもの格好が格好で日焼け止めという存在を忘れていたと言うのもある。

 

「ふふん、だと思ったわ」

 

 どこか得意げに鼻を鳴らした喜多は自分のポシェットの中から日焼け止めを取り出す。

 

「ほらほら、腕を貸して頂戴、ひとりちゃん」

 

「え、えっ、いや、だい、じょうぶ、です!」

 

「大丈夫じゃないでしょ、日焼けはお肌の天敵なのよ」

 

 ひとりの腕を掴んで引き寄せた喜多ちゃんの体からふわりとしたフロラールの匂いがして来る。

 いつもはしていない香水の匂いにひとりの胸がドキッと高まる音がする。いつもはあまり意識をしない事ではあったが、知っている人が二人だけの空間だからこそ感じた気持ちにひとりは少しドギマギとする。

 

「え、ちょ、ちょっと、待って、こ、心のっ!?」

 

 ひとりが言い終わる前に喜多ちゃんは彼女の腕を、日焼け止めを握っている方の手で撫で回す。

 普段は触れることの無いすべすべとした彼女の指が腕を這わされる。腕を撫で回し、足を撫で回している喜多ちゃんの指の一挙一動が全てが敏感になっている肌を通じて、くすぐったい感覚として背筋を撫でてくる。

 足も塗り終えた喜多ちゃんが首筋に手を差し伸べ、塗り始めたところでひとりは耐えきれなくなる。

 

「これ以上は、や、やめ、喜多ひゃん!?」

 

「っ!?」

 

 変な声が出たひとりの首筋からからパッと手を離した喜多ちゃんは恥ずかしそうに顔を少し赤く染め視線を逸らす。

 

「あ、あはは、ご、ごめんね、ひとりちゃん、その、ベタベタと……」

 

「い、いえ、き、気にしてませんから、だ、大丈夫です」

 

 なんとも言えない空気の中で付き合いたてのカップルかの如くもじもじとしている二人に周りからの生暖かい視線が向けられる。

 

「……あ、あの、そ、そろそろ、江ノ島に、い、行きませんか?」

 

「う、うん、そう、よね、行きましょ!」

 

 キュッとひとりの手を握った喜多ちゃんはその赤い顔を隠すように彼女を連れて改札口に向かうのだった。

 

 ────────

 2

 下北沢から乗った小田急線の片瀬江ノ島行きの電車は、朝と昼間の中間に位置する時間帯と言う事もあってか、自分達の様な平日でも休みの学生か、釣り人か、海外から来た家族連れぐらいしか乗っておらず、パーテーションに体を預けて座れるぐらいには空いてる。

 隣では喜多ちゃんが肩に頭を預けて寝ている。

 まだ、江ノ島についても居ないのにも関わらず、寝てしまっているのは喜多ちゃん曰く、昨日よく寝れなかったらしい。

 

「……寝不足は、美容の天敵って、前、言って、ません、でした?」

 

 電車に揺られている彼女の頰をひとりは静かに触る。

 少し長いまつ毛、目の端にはアイシャドウが、頰には薄らとチークが施されている。この化粧にどのぐらいの時間をかけていたのかは化粧をしていない彼女にはわからない。でも、触れてしまえばすぐに崩れてしまうのではないかと直感的にわかる。

 まるでシルクの布を触るかのようにゆっくりと撫でる。

 どうして喜多ちゃんの頬を触りたくなったのか、それはひとりでもわからなかった。ただ、反射するぐらいに眩しい、真珠の様な彼女の頰を触ってみたかったんだと思う。

 電車の中は冷房が効いていて、天井から吊り下げられている週刊誌のチラシがその風に吹かれて揺れている。時よりその風が吹きつけて来ては、冷えた体をくすぐって来る。

 ガタンッと電車が一際激しく揺れ喜多ちゃんは瞬きを起こして瞼を開け、咄嗟にひとりは手を離す。

 

「ひとり、ちゃん……?」

 

 瞼の奥に隠れていた野原一面に咲き誇る菜の花の様な黄色い瞳で喜多ちゃんは見上げて来る。

 

「あ、す、すみません、喜多ちゃん、起こしてしまいましたか?」

 

「ううん、そんな事はないよ」

 

 起き上がった喜多ちゃんは大きく背伸びをして背もたれに寄りかかる。

 

「今、だいたいどこあたりかしら?」

 

 肩越しに喜多ちゃんは窓の外を見る。

 青空と住宅街が広がっていて、どこにでもある風景に見える。そこからどこかを判断すると言う事は来なれてなければ難しいと言ってもいい。

 

「え、えっと、そうですね、今さっき、くげぬま海岸駅を出た所なので、後もう少しで、着くと思います」

 

「わかったわ、ありがとう、ひとりちゃん」

 

 窓から入って来る太陽の光が喜多ちゃんの頰を照らす。

 

「まさか、本当に、ひとりちゃんと江ノ島に二人だけで行けるとは思っていなかったわ」

 

「そ、そう、ですか?」

 

「うん、ひとりちゃんと二人きりのお出掛けはそうそうできないでしょ」

 

「あーそ、それは、そう、ですね」

 

 基本的にひとりは家でギターの練習しかしない上に、休みの日に友達が居ないと言う事もあってお出掛けをすると言う考えにはいかない。

 

「……まぁ、今日、ひとりちゃんが誘いに乗ってくれなかったら、私まで今日はぼっちだったわ」

 

「……え?」

 

 驚いた表情を浮かべたひとりに向かって喜多ちゃんは小悪魔の様に笑う。

 

「ど、どうして、ですか?」

 

「さぁ、どうしてかしらね、でも、ひとりちゃんとこう言う時間を過ごせるだけで私、嬉しいのよ」

 

 ひとりの太ももの上に乗っていた彼女の手と喜多ちゃんはお互いの指を交互に絡ませ、所謂、恋人繋ぎをする。

 

「え、き、喜多ちゃん?」

 

「もし、あの時にひとりちゃんに誘われなかったらなかったら、こうやって、ひとりちゃんと話せて、ひとりちゃんと一緒に二人だけでお出掛けするなんてできなかったと思うわ」

 

 静かに、けれど、芯のある言葉を喜多ちゃんは口にする。

 自分達の存在はまさに陰と陽のような存在で、クラスの中で言えば本当に対極にいる存在である。何か異常が起こらなければ交わらない二人がこうやってお出掛けするなんてなかった。それこそ、あの公園で虹夏ちゃんに結束バンドに誘われて、喜多ちゃんに声を掛けなければこうやってこう言う関係にはならなかったとは思う。でも、そう言う事を考えると他の二人を誘わずに(今回は誘えなかったわけだけど)、二人だけで行くのはちょっと申し訳ない気分になる。

 

「……やっぱり、虹夏ちゃんやリョウさんがいる日にした方が良かったと思うんですけど」

 

「えーそうとは思わないわ」

 

「え、ど、どうしてですか?」

 

 再び顔を上げた喜多ちゃんとひとりの視線が合う。先程とは違い少し膨れている様子の彼女は小さく口を開く。

 

「……だって、こうやってひとりちゃんを独り占めできる機会なんて、そうそうないからよ」

 

 窓の外で他の列車とすれ違う中、ボソッと喜多ちゃんの口からその言葉が漏れる。嫉妬に満ちた言葉とも捉えられるその言葉を言われた当の本人であるひとりは眉間に皺を寄せて困惑している様子だった。

 それもその筈で、今、他の電車とすれ違った音でひとりの耳に彼女のその言葉は届いてはいなかったからである。

 

「え、えっと、その、あの、喜多ちゃん、今なんて──」

 

『──次は片瀬江ノ島〜、片瀬江ノ島駅〜終点です、お忘れ物がないようお気をつけてください』

 

 ひとりの言葉を遮るように車掌さんのアナウンスが聞こえ、二人を現実に戻してくる。

 

『あっ……』

 

 お互いに見つめ合っていると言う現状は側から見れば付き合っているカップルが見つめ合っているようにしか見えない。

 

「そ、そろそろ着くわね」

 

「そ、そうですね」

 

 お互いにハッとなり頰を赤く染めつつも視線を逸らす。

 不意に電車の速さが段階的に遅くなる。

 窓の外の風景が住宅街から住宅街の中にある終点の片瀬江ノ島の駅のホーム変わり電車が完全に止まる。

 

『片瀬江ノ島駅〜終点です、お忘れ物がないようお気をつけてください』

 

 車掌のアナウンスが再び入り、ひとりの手を握ったままの喜多ちゃんは立ち上がる。

 

「ほ、ほら、着いたし、早く行きましょ!」

 

「え、あ、は、はい!」

 

 開いた電車の扉から入ってくる夏の風に煽られながらもひとり達は電車を出る。

 片瀬江ノ島駅のホームは下北沢から一時間弱いた電車内とは対照的に暑いと感じられる空気と夏の香りが漂りか漂い、生暖かくも少し強い風が吹き込んでくる。

 

「それにしても今日、晴れてよかったね」

 

「そ、そう、ですね」

 

 点字ブロックの上を歩いている喜多ちゃんは天井を見上げ、釣られてひとりも天井を見上げる。ホームを囲っているアーチ状の天井に組み込まれている窓から青い空がのぞいている。

 

「えぇ、これで曇りだったら悲しかったわ」

 

「え、曇ってたらその分過ごし易くないですか?」

 

 暑いのが苦手なひとりにとっては太陽が燦々と輝いている時期は地獄以外の何者でもない。

 

「そんな事言わないの、晴れていた方がいろいろといい事があるのよ」

 

「いい事って、えっと、し、写真映えするとかそう言う事ですか?」

 

 一瞬、呆然とした表情を浮かべた喜多ちゃんは喉を使っておかしそうに笑う。

 

「確かに、それもあるけど」

 

 足を止めた喜多ちゃんはひとりの水色の瞳を覗き込むように見る。

 

「ひとりちゃんのその青い瞳を綺麗に見る為には晴れていた方がいいでしょ?」

 

 バチンッと喜多ちゃんの瞳とひとりの瞳の視線が混じり合う。

 優しくも温かみがある彼女の瞳はまるで宝石のように輝き、しかしながら、決して眩しくはないその瞳は見惚れてしまいひとりは息を呑んで言葉を失う。

 

「……って何言ってるのかしら、私」

 

 喜多ちゃんは頰を真っ赤に染めて視線を逸らす。

 

「ごめんごめん、今のなかった事にして欲しいわ」

 

「い、いえ、その、変なことは言ってません、よ」

 

「そ、そっか、その、早く、改札でよっか」

 

「そ、そうですね」

 

 ドギマギした様子のままホームから歩みを進め、つい数年前に改修されたばかりの竜宮城みたいな見た目の外装をしている改札を抜けると同時にひとりの手から喜多ちゃんの手が離れる。

 先に改札を出た彼女は炎天下の中振り返り後から出たひとりの事を見る。

 

「やっと、江ノ島についたよ、ひとりちゃん!」

 

「そ、そうですね」

 

 駅の目の前は軽い広場になっていてコンビニやハンバーガー屋があって、駅の対面には江ノ島方面に向かう事ができる橋が掛かっている。

 まだ、朝方で人が集まりつつあるからなのか、駅前には団体旅行できたと思われる人達や修学旅行で来たと思われる学生がひしめき合っている。休日や祝日の時のような、あの、人がぎゅうぎゅうにひしめき合っている光景に比べてしまえば、ぱっと見は混んではいないが、平日にしては少し混んでいる。

 

「でも、結構、人いますね」

 

「そうね、想定より多いわね」

 

 特に混んでいる事には気にする様子もなくさっとポシェットの中からスマホを取り出した喜多ちゃんはひとりの腕に抱きついく。

 

「ひとりちゃん、はい、ポーズ!」

 

「え、えっ!?」

 

 内カメになっていたスマホの画面に収まっている二人の写真を一枚撮る。撮れた写真を見て喜多ちゃんは満足気な笑みを浮かべる。

 

「よし、写真も撮れたし、江ノ島に行きましょ」

 

「え、あ、わ、わかりました」

 

 喜多ちゃんに引っ張られる形でひとりは旅行客の合間を縫い駅の対面にある橋に向かう。

 橋の手前にあるハンバーガー屋の垂れ幕に喜多ちゃんの視線が向かう。

 

「あ、ここの、ハンバーガー美味しそうなのよね」

 

「そ、そうですね」

 

「絶対に映えるし、カロリーさえ気にしなければ食べたいわね」

 

 何処か残念そうにしている喜多ちゃんを見てひとりはふっと鼻で笑う。

 

「なら、半分個して食べますか?」

 

「魅力的だけど、今はいいわ、それよりも江ノ島に行きましょう」

 

 ハンバーガー屋の前を通り抜けて二人は海に出る川の上にかけられている橋の上を歩く。

 

「あれ、この後、道路の下を、通っていく、でしたっけ?」

 

「そうよ」

 

 橋の中央にあった彫刻の横を通り抜け、その先にあった片瀬江の島観光案内所の前を通る。その際、案内所の前にあった掲示板に貼られている江ノ島水族館ポスターが喜多ちゃんの目に入る。

 

「江ノ島水族館にも行ってみたいね」

 

「え、きょ、今日行くんですか?」

 

「いえ、流石に今日はやめておきましょ」

 

 案内所の横に階段を降りてちょっとした広場を道路下に向かって二人は歩いていく。

 

「でも、気になるから、水族館には行きたいのよね」

 

 後ろ髪を引かれる気分なのか何処か名残惜しそうに喜多ちゃんは案内所の方に視線を向ける。

 

「で、ですけど、お金が……」

 

「そこがネックよねぇ」

 

 残念そうに喜多ちゃんは肩を落としたが、道路下の通路に入ってすぐに目に入った三つの看板見て、あっと小さく声を漏らす。

 

「そうだ、水族館が駄目なら、ひとりちゃん、今度さ、伊知地先輩達を連れて海水浴行きましょう」

 

 喜多ちゃんが見つけた看板と言うのは江ノ島の海岸に出る為の標識だった。

 道路下の道は三方向に分かれていて、それぞれ江ノ島、東海岸、西海岸に行く事ができるようになっている。そして、江ノ島は観光の他にもこう言う海水浴をする場所としても有名なところである。

 

「え、海水浴、ですか?」

 

「そうよ、ひとりちゃん達とはまだ行ったことないじゃん」

 

「わ、私はいいかなぁ……」

 

「えーそんな事言わないで欲しいわ」

 

 喜多ちゃんは少し口を尖らせる。

 そのまま二人は道路下の十字路を直進していく。少し暗がりだった道路下の通路を抜け、海を横断している江ノ島弁天橋の奥に江ノ島が目前に広がる。青く茂っている木々の中に以前登った江ノ島シーキャンドルがポツンと建っているのが見える。

 

「あ、江ノ島が見えてきましたね」

 

「本当ね」

 

 目を細めた喜多ちゃんは深刻そうな顔をして、何処か上の空と言った感じだった。

 

「どうかしたのですか、喜多ちゃん?」

 

「あ、なんでもないわ、早く行きましょ、ひとりちゃ……」

 

 喜多ちゃんがひとりに視線を戻すと、彼女の顔が、物理的に溶けかけていた。

 

「ちょ、ちょっと溶けてるわよ! ひとりちゃん!!」

 

「そ、そうですか……」

 

「そ、そうよ! 日陰に早くいきましょ!!」

 

 焦った喜多ちゃんにひとりは腕を引かれ江ノ島に向かうのだった。

 

 ──────   ──────

 

 江ノ島弁天橋状で何度も溶けそうになったひとりを介抱しつつも喜多ちゃんは江ノ島に入ってから近くのお土産屋さんに避難させる事に成功させていた。

 

「生き返えります……」

 

 冷房はついていて日が遮られた店内でひとりは天国にいるような表情を浮かべる。

 

「本当に心臓に悪かったわ」

 

「はいぃ、本当に溶けるかと思いましたぁ」

 

 本人も言っている通り、ここに来る橋と途中で溶けてしまいそうになり、冗談抜きにアイスクリームになっていたかもしれなかった。顔は溶けかけ体の皮膚が落ちそうになったりと、人間ではありえない様相になっていたのは間違いはなかった。

 

「……毎回思うけど、ひとりちゃんの体の構造って本当にどうなっているのかしら」

 

 呆れた様子で喜多ちゃんは溜息を吐く。

 

「え、えっと、私の体の構造が、どうかしましたか?」

 

「あ、ううん、なんでもない、独り言だから気にしないで欲しいわ」

 

 ひとりの体の構造は置いておくとして彼女達が今いるこのお店には江ノ島で作られる干物やお菓子、海産物のお土産や手持ちの扇風機の他にキーホルダー系統の商品も置かれている。

 

「あのさ、ひとりちゃん、記念にだからキーホルダー買わない?」

 

「え、あ、いいですよ」

 

 目の前に広がっている白い壁にぶら下がっているキーホルダーを二人は見上げる。

 観光地という事もあってか、お菓子やお酒のつまみ等の食べ物がメインに置かれていて、キーホルダーの数は然程多くはなかった

 それぞれ値段は五百円と結構お手頃で、別の壁に飾られている値段が倍もするコラボ商品に比べると安く感じる。

 今日、ひとりは父親からお土産代も含めた樋口さんを貰っている為、以前よりかは買えるものは多い。だが、それが故に何を買うか決められずにいた。

 

「え、えっと、どれがいい、ですかね……」

 

 ひとりが何を買うか悩んでいる間に喜多ちゃんはその内の一つ、夫婦梟と言う品物で、所謂、ペアルックキーホルダーと言うキーホルダーを手に取る。

 

「ひとりちゃん、これ、どうかしら?」

 

「えっと、その、キーホルダー、ですか?」

 

 喜多ちゃんが手に取ったのは赤とピンク色のビーズで作られた二対梟で、まさに自分と彼女のことを暗示している様にも捉える事はできる。

 確かに、綺麗で可愛いと思う反面、これを買っていいのっと言う困惑に似た感想がひとりの中に生まれる。

 まるで、自分と喜多ちゃんの関係がそう言う関係だと言っている様で変に意識をしてしまいそうになる。

 

「え、えっと、それって、カップルがよく持っているようなキーホルダーですね」

 

「あら、悪かったかしら?」

 

「い、いえ、そう言う事じゃない、です、その、こう言うのって夫婦とかカップルが買うものじゃないんですか?」

 

 一瞬、顔を暗くした喜多ちゃんは目を瞑って鼻で笑う。

 

「大丈夫よ、こう言うのって最近の流行りなのよ」

 

「え、そ、そうなん、ですか?」

 

「そうよ、これを買ってお互いのバックにつけるって結構流行ってるのよ

 

「へ、へぇ、そうなんですね、知らなかったです」

 

 はにかんだひとりを見て、喜多ちゃんのキーホルダーを握る力が強くなる。

 

「うん、そう、たから、ほら、ね、早く買いましょ」

 

「え、あ、は、はい、わ、わかりました」

 

 どこか雰囲気が落ち込んだ様子のまま、キーホルダーがある区画からお会計をしに行こうとした喜多ちゃんの瞳にガラスに貼られていたとあるポスターが目に入り足を止める。

 

「あれ、足を止めてどうかしたんですか、喜多ちゃん?」

 

「……ねぇ、ひとりちゃん、これ乗りましょうよ」

 

 目の前で足を止めた喜多ちゃんに釣られてひとりもガラスに貼られているポスターを見る。ポスターにはべんてん丸号と言う名前が記載されていて、"江ノ島岩山で約六分で行けると書かれている。

 

「え、えっと、べんてん丸号ですか?」

 

「そうね、前はほら、途中で帰っちゃったから、今度はそれより奥行った事ないからいいかなぁって思ったのよね、だから、行ってみたいのよね」

 

 前に結束ロックで来た時は江ノ島サムエル・コッキング園で引き返してしまって、それより先には行っていない。だからこそ、島の奥に行きたがっている喜多ちゃんに対して、特に否定するという考えはなかった。

 

「え、い、いいと、思います」

 

「なら、決まりね、これを買ったらここにいきましょ!」

 

 いつもの調子に戻った喜多ちゃんに連れられてひとりは会計に行くのだった。

 

 ──────  ──────

 

 お土産屋を後にしたひとり達は橋の途中にあるべんてん丸号の乗り口に来ていた。

 この"べんてん丸号"は片道六分という時間で江ノ島の反対側に行けるクルージングと言うもので、以前とは違うルートで行こうってなった結果でもある。

 搭乗口付近の数メートル程ある人の行列ができているのを見てひとりはすこし辟易とした表情を浮かべる。

 

「それで、本当に、乗るのですか?」

 

 ここに戻ってくる途中で買ったアイスを食べた事で形を崩す事なくここにくる事ができたひとりが辟易とした表情を浮かべる。

 

「そうよ、だって、リョウ先輩や伊知地先輩がいたら乗れないと思うわ」

 

「あはは、それは、ありますね」

 

 虹夏は置いておくとしてリョウに関しては常に欠金で、以前、江ノ島エスカーを使った時と同じ様にこの遊覧船に乗る時にお金をせびってくるかもしれない。それにエスカーとは違って必ず乗る必要があるというものでもないので、お金払いたくないから乗りたくないって駄々をこねる可能性もある。

 

「でも、結構な人並んでますね」

 

「いいのよ、どうせすぐに順番は回ってくるわ」

 

 べんてん丸号乗車受付から伸びていた列の最後尾にひとり達は並ぶ。

 人の喧騒が行き交う橋の上、二人の間で会話が消えて行っては戻ってを繰り返している波の音が聞こえてくる。

 夏の匂い、海の匂いが鼻腔をくすぐり風情を感じるが、しかしながら、暑さは健在で天高くにある太陽は容赦なく照らしてきて、数分もしない内に汗が出るのが止まらなくなる。

 

「暑い、です……」

 

「あはは、暑いのは仕方ないよ、ほら、これで拭いたらどうかしら?」

 

 喜多ちゃんがポシェットからスマホと共に取り出したタオルを受け取る。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 受け取ったタオルは白い無地のタオルで汗を拭く為に軽く頰に押し付けると花の香りがしてくる。下北沢の駅で落ち合った時に匂ってきたフローラルな匂いとは別の匂い。まるで、花畑の中にいる様な匂いが鼻の奥をくすぐる。

 スマホの画面を内カメに変えた喜多ちゃんがひとりの腕に抱きつく。

 

「ほらほら、写真撮るわよ、ひとりちゃん」

 

「え、えぇ!?」

 

 画面内に写っている満面な笑みの喜多ちゃんと困惑しているひとりのツーショットを、パシャッと撮る音が鳴る。

 

「撮れた撮れた、ひとりちゃんのロインに今の写真送るわね」

 

「え、あ、は、はい」

 

 流れる様に、ティロンッと言う軽快な音が聞こえて喜多ちゃんからのロインのメッセージがくる。

 ロインの画面にはタオルで汗を拭きながらも不器用に笑う自分と楽しそうに笑う喜多ちゃん、どう考えても対極にいる二人と感じてしまう程の写真とさっき駅前で撮った写真が表示される。

 やっぱりどちらの写真も写っている人がまだ釣り合っている様には見えなくて、どうしてこんな事になってしまったのだろうとひとりは思う。

 

『ねぇ、ひとりちゃん、学校記念日に二人だけで、江ノ島行こう』

 

 ロインのやり取りを遡って喜多ちゃんから送られてきたロインのメッセージを見つける。この話を持ち掛けたのも喜多ちゃんで、学校記念日に夏の思い出として、二人だけで江ノ島に行かないと誘われたのがきっかけだった。ただ、喜多ちゃんと二人きりでお出掛けができる事が嬉しいと思う反面、本当に二人だけでよかったのかと言う不安はひとり自身もある。本当だったら他の人達と行きたかったのではないのか、そんな不安がひとりにはあった。

 

「……あ、あの、ほ、本当に、私と二人で良かったのですか?」

 

「え、何言ってるのかしら、ひとりちゃん」

 

「だって、喜多ちゃんはこういう時、その、黙って待っているのはあまり、好きじゃなさそうですし、その、二人でいるよりかは大人数でいる方が楽しい、ですよね?」

 

「ふふふ、確かにひとりちゃんからそういうイメージを持たれるのはわかっているわ」

 

 太陽に照らされている喜多ちゃんはうすら笑みを浮かべ、イリューデックハットの鍔を少し潰しながらもひとりの耳元に口を近づける。

 

「……でもね、今日は、ひとりちゃんを独占したいって思ったから、ここに連れてきたんだよ」

 

「え?」

 

 ミーンミンミンミンッと蝉の音が嫌にうるさく聞こえてくる。

 真横を車が通って風が吹き上がり喜多ちゃんの赤い髪を攫う。笑みを浮かべている彼女から聞こえた真夏の聞き間違えとも言える様な言葉は、彼女の熱っている頰が如実に現実だと思い知らせてくる。そして、いくら鈍感なひとりでも今の喜多ちゃんの言葉の意味はわかる。

 

「あ、あの、喜多ちゃん、それは……」

 

「ほら、水飲まないと溶けちゃうし、熱中症になるわよ」

 

 まるで何事もなかった様に振る舞う喜多ちゃんから差し出された飲みかけの水を受け取る。

 

「え、あ、ありがとうございます」

 

「あ、そうそう、それと、これ、さっきのキーホルダーよ」

 

 喜多ちゃんは腕に下げていた袋から取り出した二対の梟のキーホルダーの赤色の方をひとりに差し出す。

 

「え、あ、ありがとうございますって、ど、どうして、私が赤色なんですか?」

 

「それは、あれよ、お互いのイメージカラーをつける事で私達の運気を上げる為よ」

 

「そ、そうですか」

 

「そうよ、ほら、バックにつけましょう」

 

 言われるがまま、それぞれひとりはショルダーバックに、喜多ちゃんはポシェットにつける。

 

「えへへ、ひとりちゃんとお揃いになったわね」

 

 ポシェットの肩にかける紐に結びつけたピンク色の梟を見て喜多ちゃんは嬉しそうに笑う。

 

「そ、そう、ですね」

 

 その様子を見てひとり自身、彼女に聞きたい事はあったものの聞けるような雰囲気ではなくなってしまう。

 

「──次のお客様、何名様ですか?」

 

 いつの間にか列の先頭にいてべんてん丸号の受付している人に声をかけられる。

 

「あ、二名です」

 

「二名様であれば、八百円になります」

 

「じゃ、千円からお願いします」

 

「それでは二百円のお返しです」

 

 喜多ちゃんがポケットから取り出した財布から取り出した千円を受け取った受付の人は代わりに二百円を彼女に渡す。

 

「ありがとうございます」

 

 受け取ったその二百円を喜多ちゃんは財布の中にしまう。流れる様な仕草で

 

「え、あ、あの、き、喜多ちゃん、私の、お金は……」

 

「いいわよ、このぐらいのお金なら奢りでも構わないわ」

 

「え、あ、そ、そうですか、あ、ありがとう、ございます」

 

「ふふ、どういたしまして、さぁ、早く乗るわよ、ひとりちゃん」

 

「あ、は、はい!」

 

 受付の横にあったスロープを降りて、その先に停まっていた船に乗り込む。定員的にあと二人が限界だったらしく船の座席の空いていた所に二人が座ったタイミングで船が発進する。

 

「丁度、私たちで満席だったわね」

 

「そ、そうですね」

 

 揺れ始めた船の上で喜多ちゃんは江ノ島の方に視線を向ける。無言で見つめているその横顔はどこかの西洋画か、出てきたのかと疑う程にとても綺麗でつい見惚れてしまう。

 

「そんなにジロジロ見てきて、どうかしたの、ひとりちゃん?」

 

「あ、い、いえ、その、喜多ちゃんの横顔が綺麗すぎて見惚れてました」

 

 ボンッと喜多ちゃんの顔が真っ赤に染まる。

 

「ひ、ひとりちゃん、は、恥ずかしくなるからあまり、そう言う事言わないで欲しいわ」

 

「ご、ごめんなさい、つい……」

 

 少ししょんぼりとしたひとりに喜多ちゃんは目を細める。

 

「……でも、その言葉を言ってくれたのは嬉しいわよ、ひとりちゃん」

 

 海風に攫われた髪をイリューデックハットごと抑えている喜多ちゃんが見せた少し憂いのある笑みは綺麗だった。

 

 ──────

 3

 べんてん丸号で半周した先にあったのは簡易的な港と波が打ちつける岩場だった。江ノ島の表側とは違って、お店も何もないただの赤い手すりのある橋と岩場が広がっている。

 

「へぇ、ここが江ノ島の反対側なのね」

 

「そう、ですけど、凄い、風ですね」

 

 建物も風を遮る様な木々も無いせいで暴風と言ってもいい程の風が二人を襲う。吹き飛ばされそうになった各々の帽子を抑えつつも喜多ちゃんは少し苦笑いを浮かべる。

 

「そうわね、帽子が吹き飛ばされそうだわ」

 

 周囲を見渡した喜多ちゃんは目線の先に少し出っ張っている岩場があるのを見つける。

 青い海に少し広めに出ている岩場は人もあまり居ないこの時間帯で写真を撮るのは持ってこいの場所でもある。

 

「ねぇねぇ、ひとりちゃん」

 

「なんですか、喜多ちゃん」

 

「これから、私の事を撮ってくれないかしら?」

 

「え、い、いいですけど」

 

 一つ返事で返したひとりに喜多ちゃんは笑みを返して走っていく。

 子供のように駆け出した喜多ちゃんは岩場の上で振り返る。背景にある青い空と海も相まって、ひとりでもわかるぐらいに映えているのがわかる。

 

「早く撮ってよ、ひとりちゃん」

 

「わ、わかりました!」

 

 ショルダーバッグからスマホを取り出して画面の中に喜多ちゃんを捉える。

 カメラが向いた事で気合いが入ったのか喜多ちゃんは満面の笑みを浮かべる。

 無意識にタップして撮った写真に写っている喜多ちゃんはどれもこれもカメラ目線で、美しい一枚と言う言葉が似合う。

 中には完全に雑誌モデル並みの物まであって本当に喜多ちゃんは写真映えするなぁ……と言う感想がひとりの頭の中に浮かぶ。

 

「ねぇ、撮れたかしら?」

 

「はい、撮れました、じゃ、ロインで……」

 

「いいわ、ロインで送らなくて」

 

 キッパリと喜多ちゃんは拒否をする。

 

「え、ど、どうして、ですか?」

 

「だって、その写真に写っている私って、ひとりちゃんにだけ見て欲しい、私、なのよ」

 

 くるっと回って手を後ろに組んだ喜多ちゃんは恥ずかしそうに歯に噛む。

 ブワッと風が吹く。本物の風じゃない、想像上の風。夏の色。空想の風によってもたらされた赤い花びらは頰を掠める。柔らかくも儚さのあるそれは見惚れてしまっても

 

『でもね、今日は、ひとりちゃんを独占したいって思ったから、ここに連れてきたんだよ』

 

 ひとりの頭の中にべんてん丸号に乗る前に喜多ちゃんが言っていた言葉が過る。

 

「あ、あの、喜多ちゃん……」

 

「あ、や、やばっ!?」

 

 切羽詰まったような声が聞こえ慌ててひとりは喜多ちゃんの方に視線を戻す。

 目線の先には足を滑らせたのか岩場のバランスを崩しイリューデックハットを抑えながらも彼女が海に落ちそうになっているのが目に入る。

 

「喜多ちゃん!?」

 

 ヤバいと感じた時には足は動いていて、引き篭もっていて遅いはずの足は自分の予想を遥かに超えた速さで動き、ギリギリ落ちそうになった喜多ちゃんの手を掴み引き寄せ、彼女の顔と肉薄する。

 

「だ、大丈夫、ですか?」

 

 少し頰を真っ赤にした喜多ちゃんは恥ずかしそうに視線を逸らす。

 

「う、うん、だ、大丈夫、よ」

 

「よかった、です」

 

 喜多ちゃんから離れたひとりは安堵して岩場に座る。

 あわや一大事になる一歩手前で救えた事に、未だに心臓がバクバクなっているひとりの隣に喜多ちゃんは座る。

 

「あ、あははは、ご、ごめんね、ひとりちゃん」

 

「い、いえ、そ、そんな謝る必要はありません」

 

「そう言ってくれるだけでも助かるわ、でも、その、ね、今撮った写真はひとりちゃんだけにしか見せたくないって言うのは、本心、なのよ」

 

「っ!?」

 

 ひとりの肩に喜多ちゃんは頭を添える。

 

「どうしてって思うかもしれないけど、そうしたいって、あの青い海と空を見てそう思ったのよね」

 

 目前に広がる青い空と青い海。地平線は世界の中に溶け込み、ピュールルルルルルルルルルッとトンビの鳴き声が聞こえてくる。

 

「あ、あの、喜多ちゃん」

 

「なにかしら、ひとりちゃん?」

 

 空のように青い瞳と宝石のような黄色い瞳が混じり合う。

 二人だけの空間。言葉が消失した一時の空白。

 ぐぅ〜っと言う腹の音がひとりのお腹から聞こえてくる。

 

「ぷっ、あははははは」

 

「あ、す、すみません」

 

「いいわよ、もうお昼時には早いけど、行きましょ」

 

 腕に抱きついた喜多ちゃんに引っ張られる様に立ち上がったひとりは、そのまま彼女に引きづられる様にして江ノ島中心に行ける階段に向かう。

 

「結構、階段、ありますね」

 

「そうね」

 

 赤い手すりのある橋に登る為の登り切りその先に見えたかなりの傾斜がある階段を見てひとりの顔が少し青くなる。

 

「あ、あの、本当にあそこの階段を登るのですか?」

 

「そうなるわね」

 

 苦笑いを浮かべた喜多ちゃんと共に登っていき、公共トイレの前横切り岩場を切り開いて作られたと思われる平たい階段を登ってる。

 

「あ、あの、これ、やっぱり、戻ってべんてん丸号に……」

 

「あーあの、ルートって一方通行のようなのよね」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「うん、そうなの」

 

 申し訳なさそうに喜多ちゃんはひとりから視線を逸らす。

 べんてん丸号は片道六分で江ノ島の反対側に行ける代わりに岩場から弁天橋にある港に行く道はない。だから、この傾斜がキツくなっていっている階段を登っていかないといけないのである。

 

「そ、そんなぁ、き、喜多ちゃん、け、結構きつい、です」

 

「ごめん、こんな急だとは思ってなかった……わ……」

 

 稚児ヶ淵と松尾芭蕉の句碑を曲がった先の光景を見て喜多ちゃんの顔が青くなる。

 江ノ島や中心部に向かって登っていく階段は奥に行けば行くほど、傾斜が直角に迫ってきていてひとりが登れるかどうか問われると正直不安でしかない。

 

「ご、ごめん、ひとりちゃん」

 

「え?」

 

 喜多ちゃんの後を追いかけるように階段を登ってきたひとりの顔がさらに青くなる。

 

「こ、これ、う、嘘、ですよね」

 

「ご、ごめんね、ひとりちゃん」

 

 絶望しているひとりにどう声を掛けたらいいのか分からず周囲を見渡した喜多ちゃんはとある物を見つける。

 

「ほ、ほら、あ、あそこ、お店あるし、あそこで食べましょ、ね、ひとりちゃん!」

 

 喜多ちゃんが指を刺したのは定休日という看板を下げているパンケーキ屋の隣、S字の奥の曲がり角の一歩手前にあるしらす丼のお店だった。

 

 ──────  ──────

 

 不幸中の幸いな事に昼間の平日という事で、べんてん丸号で来る人以外の人達は岩場まで来ておらず、そこまで待つ事なく店内に入ることができた。

 

「階段が、急、です……」

 

 店の奥の対面の席にひとりは机に突っ伏して、その正面に座った喜多ちゃんは苦笑いを浮かべる。既に二人はいくら丼と釜揚げしらす丼を頼んでいて、それが来るのを待っていた。

 

「ここまで、急だとは思わなかったわ、本当にごめんなさい」

 

 以前行った時は江ノ島サムエル・コッキング園という江ノ島の中心部分までで、それ以降のルートがどうなっていたのか一切知らなかったという点においては喜多ちゃん自身も落ち度はあった。

 瀕死状態のひとりは顔を上げる。

 

「喜多ちゃんが、悪い訳じゃない、ですから、大丈夫です」

 

「もーこれに関しては確認不足していた私の落ち度なんだから、そんなに優しい言葉掛けられたら困っちゃうわ」

 

 複雑な笑みを浮かべ流し目で彼女はひとりの事を見る。

 

「まぁ、そこがひとりちゃんの良いところなんだけどね」

 

 憂いた彼女の瞳はひとりの事を捉えている。その瞳の中で彼女がどう思っているかなんて、ひとりには分からない。ただ、どうしてもあの言葉が気になってしまう。

 

「あの、喜多ちゃん」

 

「どうかしたのひとりちゃん?」 

 

「あの、さっきの、言葉、どう言う意味ですか?」

 

「さっきの言葉ってなにかしら?」

 

「え、えっと、私の事を独占したいと言う、奴です」

 

 驚いたように目を瞬かせた喜多ちゃんはフッと鼻で笑う。

 

「覚えてたんだ、嬉しいわ」

 

 机の上に肘を乗せた喜多ちゃんは視線を窓の外に向ける。

 

「ねぇ、ひとりちゃん、あの言葉は私の本心か、本心じゃないか、どっち思う?」

 

「え?」

 

「だから、私がひとりちゃんの事を独占したいって、本気で思っていると思う?」

 

 そう問われてしまうと答えに困ってしまう。

 少なからず、輝いている彼女に惹かれている部分はあるとひとりも感じてはいる。だからこそ、もしその言葉が喜多ちゃんの本心であれば嬉しいと思ってしまう。けど、それがぬか喜びだった時が怖いとひとりは思う。

 目の前にいるのは本当の陽キャで自分とは真反対の存在。こちらを揶揄うために言ってるかもしれない。だけど、喜多ちゃんなら言葉通りだと信じたい自分がいる。

 

「私は──」

 

「──釜揚げしらす丼といくら丼です」

 

 ひとりの言葉を遮って店員がお盆に二つ乗っていた丼をそれぞれ、ひとりの前に釜揚げしらす丼、喜多ちゃんの目の前にいくら丼を置く。

 食事を目の前に置かれてキョトンとお互いの事を見た二人は同時に吹き出す。

 

「ふふ、その話はまた後でいい?」

 

「そ、そうですね」

 

 話がそれてくれた事でひとりは心の底では少し安堵していた。

 もし、このまま話を続けられて答えを出せたかと言うと否、彼女には少し難しい話である。下手を打って関係が悪化する事を危惧してしまう可能性もあるし、彼女自身、喜多ちゃんに対する気持ちを素直に言って良いのかと言う不安があった。

 

「ひとりちゃんのしらす丼、美味しそうね」

 

「え、えへへ、そう、ですか、喜多ちゃんのいくら丼も美味しそうです」

 

 いくら丼に視線を向けて目を細めた喜多ちゃんは少し寂しそうな安堵したような表情を浮かべる。

 

「……えぇ、そうね」

 

「……喜多ちゃん?」

 

 不意にひとりは違和感を感じる。

 いつもだったらスマホを取り出して写真を撮っているのにも関わらず、喜多ちゃんはいくら丼を見ているだけで何か行動を起こそうとする素振りも見せていないのである。

 

「あ、あの、写真撮らないんですか?」

 

「え、あ、わ、忘れてたわ!!」

 

「えへへ、喜多ちゃんでも、忘れる事あるの、ですね」

 

「ま、まぁ、そう言う日もあるわ」

 

 ポシェットの中からスマホを取り出した彼女はいくら丼の写真を撮る。しかし、一枚だけ撮ってすぐにスマホをポシェットの中にしまう。

 いくら丼を一掬いをしてひとりに差し出す。

 

「ほら、食べる?」

 

「え、い、良いんですか?」

 

「うん、ほら、あーん」

 

「え、あ、あーん」

 

 パクッと蓮華の上に乗っているいくら丼をひとりは食べる。

 美味しさを感じる前に、恥ずかしさが勝ってしまいあまり味を感じることができなかった。

 

「美味しい?」

 

「お、美味しいです」

 

「よかった、ほら、ひとりちゃんも」

 

「え、あ、は、はい」

 

 言われるがままひとりはしらす丼を掬った蓮華を差し出すと、喜多ちゃんは体を乗り出して食べる。

 

「ふふ、美味しいわ、ありがとう、ひとりちゃん」

 

 ニッコリと笑った喜多ちゃんは、何かを思い出したのか、あっと声を漏らす。

 

「そうだわ、これ食べ終わったら行きたい場所あるのだけど、行って良いかしら?」

 

「え、い、良いですけど」

 

「本当! ありがとう、ひとりちゃん」

 

 青空が見える窓の下、嬉しそうに喜多ちゃんはいくら丼を、それを見て笑ったひとりはしらす丼を食べ始めるのだった。

 

 ──────   ──────

 

 少し早い昼食を食べ終えた二人は少しお店で休憩させてもらった後、そのまま崖に沿って作られている階段を登り、その先にあった江ノ島神社の龍宮前にあった江ノ島を横切っている参道から横に抜ける道を歩いていた。

 

「あ、あの、後どのぐらいで、着くのですか……」

 

「あと、もう少しだから頑張って、ひとりちゃん」

 

 傾斜のキツい階段を走破して体力の殆どを使い切ってしまったひとりにとっては少し傾斜になっている道でも厳しい道のりと化している。

 

「ほ、本当にこの先に喜多ちゃんが行きたい場所があるんですか?」

 

「うん、あるから、もう少し頑張ってひとりちゃん」

 

 木々に囲まれた山道とも捉える事ができる平たい階段を一歩一歩登っているひとりの横を歩いている喜多ちゃんは彼女を励ます。

 

「あと、どのぐらい、歩くんですか……」

 

「後もう少し……あ、ついたわよ」

 

 道が終わり視界が一気に広がる。山の頂上なのか、周囲を見渡せることができる高台と、その上に鐘が一つ置いてありその周囲には大量の絵馬がぶら下がっている柵があるのが見える。

 目の前にある鐘を見てひとりは首を傾げる。

 

「あ、あの、ここが、喜多ちゃんが、来たいって、言っていた場所ですか?」

 

「そうよ、二人で一緒に鳴らすと幸せになる鐘よ」

 

 鐘の下に立った喜多ちゃんは鐘からぶら下がっている紐を手に取る。

 

「ほら、一緒に鳴らしましょ」

 

「え、あ、は、はい」

 

 喜多ちゃんに急かされてひとりも紐を持ち、一緒に紐を揺らす。

 キ──ンッと高くも低くもない独特な音が山に鳴り響く。

 

「あ、あの、これで良いんですか?」

 

「うん、一応、目的は達成したかな、ねぇ、ひとりちゃん、さっきしらす丼のお店でした話の続きして良いかしら?」

 

 しらす丼のお店でした話という言葉に反応してひとりの顔が少し緊張したものに変わる。

 

「別にそんな緊張しなくて良いわよ、だって、私の我儘なんだもの」

 

 一歩前に出た喜多ちゃんは遠い目で空を見上げる。

 

「もし、あの言葉が本心だったらひとりちゃんはどう思う?」

 

「そこまで思ってもらえて嬉しいと思ってしまいます」

 

「そう、私ね、最近、ひとりちゃんの事を考えると胸がドキドキするようになっちゃったの」

 

 何か自分の大きな感情を伝えようとしている少女のように視線を逸らしながら喜多ちゃんは視線を逸らす。

 

「どうしてかなって、ずっと思って思ってたんだけど、多分この気持ちは本当だと思う、だから、ひとりちゃん……」

 

 それ以上は駄目とひとりの頭の中で警鐘が鳴る。

 

「す、すみません、ちょ、ちょっと、お腹が痛くなったのでお、お手洗いに行かせてください!」

 

「え?」

 

 一瞬キョトンとした顔になった喜多ちゃんはおかしそうに笑う。

 

「……わかったわ、ごめんね、少し唐突すぎたわね」

 

 青空を背景に喜多ちゃんは寂しそうな笑みを浮かべるのだった。

 

 ──────

 4

 喜多ちゃんから逃げてしまった。

 きっとあの言葉の先を聞いてしまえば自分達の関係が変わってしまうと感じてとっさについた嘘からひとりは龍宮の先にあった奥津宮の近くにあるトイレにの洗面台前にいる。

 

「本当に、喜多ちゃんは……」

 

 外に喜多ちゃんを待たせている。最低限のすることはしたから本来は出ても良い。でも、その勇気が出てこない。きっと、合流してしまえばあの話の続きをされてどの道答えを出さないといけない。

 

『でもね、今日は、貴女を独占したいって、思ったから、ここに来たんだよ』

 

「もし、あの言葉が、本気……だったら……」

 

 嬉しいと思ってしまう自分がやっぱりいる。

 喜多ちゃんにそこまで思われているのならそれに答えないといけないし、自分自身少なからず、喜多ちゃんに対してそれなりに特別な感情は持っているのは実感していた。陽キャでありながらずっと気にかけてくれた。そこに関しては陽キャさながらの当たりの良さが関係しているのかもしれない。でも、もし、あの言葉が本心ならきちんと返さないといけない。

 

「勇気を、出さないと……」

 

 勇気。そんな言葉自分には似合わないと思っていた。でも、今ここで、出さなければきっと何も変わらない。

 

「私は……」

 

 鏡に写っている自分の顔は少し不安な表情を浮かべている。これから喜多ちゃんとの関係が変わってしまうかもしれないし、そのままになるかもしれない。けれど、ここで怖気付いてはいけない事もわかっている。

 ひとりは目を瞑り首を縦に振る。

 

「……よし」

 

 不安から早くなる心臓の音を抑えつつひとりは洗面台から離れて歩いてお手洗い所から外に出る。

 お手洗いから参道に合流地点の角でスマホを弄っている喜多ちゃんがいるのを見つける。

 

「あ、喜多……ちゃ……ん……」

 

 しかし、次の瞬間、ひとりの瞳に映った光景は見た事ない程に弛んでいる表情の喜多ちゃんだった。

 一体、誰とどういうやりとりをスマホでしているのかは分からない。けど、その表情は完全に恋する少女で、ズギンッと自分の心が痛くなるのを感じる。

 

「あぁ、やっぱり、私の思い違い、ですね……」

 

 スマホに集中している喜多ちゃんに背を向けたひとりの足先は自然と来た方向へと向かうのだった。

 

 ──────   ──────

 

 喜多ちゃんからまたも逃げてきたひとりは岩場にある江の島の岩谷に続く赤い手すりの橋の途中で赤い手すりに体を預けている。強く吹きつけてくる風にピンク色の髪を揺らしながらも彼女はショルダーバッグから取り外した梟のキーホルダーを眺める。

 

「……私の、勘違い」

 

 頭の中に浮かぶのはスマホの画面を見て喜多ちゃんが嬉しそうにしているあの表情だった。

 独占したいっていうのもただの建前で、ただ、私をこの場に止めるためだけの建前であって本心じゃない。きっと、そうだ、さっき鐘の前で言っていた言葉はあのまま続けて、こちらを嘲笑うための嘘だったかもしれない。でなければ、自分の前じ見せないあんな顔を自分の知らない所で見せるはずは無い。だからきっと、私はただの当て馬に過ぎないんだっと言う負のループがひとりの中でぐるぐると回っている。

 

「私は……」

 

 考えれば考えるほどそこのない沼に引き込まれていく感覚が体を襲う。

 嫌だと体が拒否反応を起こしている。好きな人に裏切られたような、失恋をしたような、苦しい気持ちが込み上げてきてひとりの目の端から透明な涙が流れる。

 

「……どうすれば良いですか」

 

 泣くなんて柄じゃないとは思う。けど、苦しかった吐き出したかったこの気持ちはきっと

 

「──ひとりちゃん!! ひとりちゃーん!!」

 

 風に飛ばされないようイリューデックハットを抑えながらも必死の様相で喜多ちゃんが駆け寄ってくる。

 

「なんで、なんで、何も言わないで何処かに行っちゃう……え、ひとり、ちゃん、どうして、泣いて、いるのかしら?」

 

「その、やっぱり、私の事は、どうでもよかったんですね」

 

「え?」

 

「ごめんなさい、喜多ちゃん」

 

 驚いた表情を浮かべている喜多ちゃんの横を涙を止めたひとりは通り抜けようとする……が、しかし、その手を喜多ちゃんは握る。

 

「待って! ひとりちゃん、何か勘違いしているわ!」

 

「勘違いって、喜多ちゃんが本命をここに連れて来るための、予行練習として私を使ったんですよね?」

 

「そんな事はないの、訳がわらないの、どうして、そんなこと言うのか!!」

 

「だって、見てしまったんです」

 

 振り返ったひとりはイリューデックハットの鍔を避けて彼女に肉薄する。

 

「お手洗いの前で喜多ちゃんが、嬉しそうに、私の前で、見せないような、顔をしてスマホを弄っているのを見てしまったんです」

 

「え……」

 

「だから、もう、私は、用済みですよ、ね」

 

 再び背中を向けて歩き出そうとしたひとりを喜多ちゃんは腕を引いて引き留める。

 

「待って違う、それは違うの、確かに、私はずっと、ひとりちゃんをひとりちゃんを騙してわ」

 

「やっぱり、そう……」

 

「違う、江ノ島に来てから私が望むようにひとりちゃんが何も知らない事をいい事にして、騙したのよ、夫婦梟とか、幸せになる鐘とか、全部、適当に言っていたの、それに、スマホは、ただ、伊知地先輩と連絡を取り合っていただけなの!」

 

「じゃ、虹夏ちゃんと後で行く予定だったんですか!?」

 

 もう一度振り返ったひとりに喜多ちゃんは首を横に振る。

 

「違うそうじゃないの、ひとりちゃんと二人で江ノ島に行けた事を自慢しただけなのよ!」

 

 子供のように地団駄を踏んだ喜多ちゃんは鼻を啜る。

 

「それに独占したいって気持ちも、全部、本当に本心なのよ、ひとりちゃんと出会ってからひとりちゃんがどんどん他の人と仲良くなっていって、それが嬉しかった、けど、ひとりちゃんが離れていくのを感じていると心が嫉妬しちゃって、どうしようもできなくて、だから、今日江ノ島に行こうってひとりちゃんを誘ったのよ」

 

 全部そう、全部そこから始まっていた。

 初めはちょっとしたモヤモヤだったのが、時間が過ぎていくにつれて大きくなっていき、気づいた時には大きくなっていたその気持ちが嫉妬だと気がついたからこそ、喜多ちゃんはひとりを江ノ島に誘ったのである。

 

「本当に私の勝手な嫉妬と願望でひとりちゃんを振り回して、卑怯なことしかしなかったから、ひとりちゃんが勘違いしたのよ」

 

「き、喜多、ちゃん?」

 

 悔しそうに下唇を噛んだ彼女はイリューデックハットの鍔で少し顔を隠しつつも目を伏せる。

 

「私、最低な女かもしれないわ、ひとりちゃん……」

 

 限界を迎えたのか彼女は大粒の涙を、その綺麗な瞳から流し始める。

 その光景を見てひとりは、自分が謝っていたことに気がつく。

 喜多ちゃんは最初っから本心で居たのにも関わらず、何も聞かずにあの表情だけを見て勝手に自分が勘違いしただけなのだと。

 

「……そんな事ありません」

 

 ひとりはイリューデックハットを落とさないように彼女を引き寄せ、その赤い髪が海風に抵抗するように靡く。

 

「私も喜多ちゃんが、本当に嫉妬して、思ってくれた事が、嬉しかった、です」

 

「え?」

 

 この観光の途中で、喜多ちゃんがどこか上の空だったり、写真を受け取らなかったり、写真を撮らなかったり、少し様子がおかしかったのも、全てひとりの中で合点がいった。

 

「私も、喜多ちゃんに、その、少なからず好意を、ほの、寄せていたのは、変わりはありませんから、そんな卑下するような事を言わないでください」

 

 それがひとりの本心だった。勘違いや心のすれ違いを起こしてしまったけど、この言葉は心の底から放った言葉である。

 

「そっか、そうだったのね……」

 

 ひとりに縋るように抱きついている喜多ちゃんは泣きながらも笑みを浮かべる。

 

「……両思いだったんだのね、私達」

 

 ギュッと抱きつく力を強くした喜多ちゃんはひとりの耳に口を添える。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──好きだよ、ひとりちゃん」

 

 

 

「はい、私も、です」

 

 

 

 

 

 

 

 ひとりから離れた喜多ちゃんは笑顔を浮かべる。

 海風に吹かれている貴女の笑顔はとても輝いていた。

 

 ──────

 5

 江ノ島に行った翌日、二人はスターリーでリョウと虹夏と合流してバンドの練習をしていた。そうとは言っても、練習に身が入らず江ノ島についての話題で持ちきりだった。

 

「それで、どうだったの、ぼっちとの二人旅行は」

 

「とても楽しかったですよ!」

 

 スマホ保存してある写真をリョウと虹夏に見せて喜多ちゃんは楽しそうに話をしている。

 

「あーもー、二人だけでずるいよー、私もいきたかったよー」

 

「なら、今度は全員で海水浴にも行きましょう!」

 

「あ、それいいかも!!」

 

 喜多ちゃんの意見に虹夏も乗る。しかし、リョウは乗る気がないのか渋い顔になる。

 

「私はいい、暑いから行かない」

 

「そんなこと言わないでください、結束バンドで行きましょうよ」

 

 リョウを説得をしていた喜多ちゃんは部屋の隅でスマホを片手にギターを弄っていたひとりの前に立つ。

 

「ね、ひとりちゃん?」

 

「え、何が、ですか?」

 

 ギターに集中していたひとりは顔を上げて首を傾げる。そんな彼女に喜多ちゃんは苦笑いを浮かべる。

 

「だから、今度は海水浴に行こうって話をしてるのだけど……」

 

「そうですね、それは、良いと思いますよ、喜多ちゃん」

 

 視線を合わせた二人は満面な笑みを浮かべる。

 二人が持っているスマホに梟のキーホルダーは静かに、それでいて、お互いの事を見守っているのだった。

 

 ──FIN


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