決戦の地へ続くくすんだ赤い地面を歩くウマ娘達の足音で、阪神レース場の地下バ道の重厚な雰囲気は最高潮に達していた。
ある者は、微笑むことで薄氷のベールの下に緊張を隠し、ある者は、緊張を紛らわせるように小走りに出口へ赴く。そんな彼女達の共通認識は、“このレースで1着を獲る”。ただ一つだけである。
そして、彼女――ビワハヤヒデもまた、背筋が震え、口が渇くような雰囲気の一本道を進んでいた。
その時、彼女の隣についてくる人影が一人。
「……正直、私には君に突っかかられる理由がわからない」
薄いベージュの癖っ毛の彼女は、そのウマ娘に目もくれず、前だけを見据えてそうこぼした。
「あなた方が気に入らない以外の理由、要ります?」
ビワハヤヒデの隣を歩くウマ娘――ピローブロックの声は、強張って固まっていた。
「私を不愉快にさせるあなたも、あなたのトレーナーも、嫌いだから潰すんです。正々堂々レースでね」
「私はともかくとして、……トレーナー君は関係ないだろう」
少し眉を釣ったビワハヤヒデを、風にさざめくボブカットの彼女は見上げる。その顔は、張り詰めた無表情であった。
金色の瞳を隣へやったビワハヤヒデは、すぐに、光を湛えて口を開け、近づいてきた出口に目をやった。
ふう、と一つため息が、硬い足音の中に溶ける。
「……トレーナー君がバカにされているようなのは癪だし、そうだな…… ここは一つ、宣言しておこうか」
「宣言……?」
訝しげなピローブロックの目前に敢えて立ち塞がり、光差し込む出口をバックに立ったビワハヤヒデは、赤縁メガネの中央を指で押す。
そして、冷たく燃え盛る瞳を、目の前の少女へ向けた。
「このレース、確実と言っていい。序盤から最終コーナーにかけて団子状に詰まったレース展開をしていくだろう。私は先行気味に、そして、君は私の前目に行く」
逆光で見えない表情の中、ただ一つ、メガネのレンズが白く輝く。
「最終コーナーを過ぎ、最後の直線に入った時、私は一気に集団から抜け出し____」
ビワハヤヒデは、淡々と、まるで“事実”を語るかのように、こう締めくくった。
「____2着に10バ身以上の差をつけ、1着になる。……つまり、このレース、私が勝つ」
「……」
時を待たず、静かになった地下バ道に、一つの笑い声が響き渡る。
「……何を言い出すかと思えば、あなたはそういう能力でも持ってると?」
ピローブロックの嘲笑に対して、ビワハヤヒデの表情は一部の揺らぎも見せない。
胸の下に腕をやり、片手をメガネのつるに添えたビワハヤヒデは、無機質に、
「このレースに出場する全てのウマ娘の情報…… 本人の気質、走りの癖、担当トレーナーの指導内容、レースの方針。そこに、私の情報とレース場の特色、……レースに関わる情報を集約、精査し、今日のコンディションを持って、もっともありえる展開を合理的に予測したまでだ。……私とトレーナー君、二人で解いた、“勝利の方程式” ということさ」
薄く悪意を持って微笑んでいたピローブロックの口元が、歯がくだけんばかりに食いしばられる。
「随分な宣戦布告ですね。もしくは、それで諦めてくれってことですか?」
「……所詮は予測だ。だが、私はこの予測を現実にして見せるつもりだよ。それに、ここにはレースを放棄するような奴はいない」
そう言い、ビワハヤヒデは胸の前で手を握り、好戦的に笑みを浮かべる。それが、ピローブロックの不愉快さを加速度的に上昇させる。
「……あなたのそれを聞いて、私がそれ通りに動くとでも?」
「聞いたとして、君は戦術を変えることはできないさ。
何故なら、公式のレースに一度も出走経験がない君も私も、ここの空気に呑まれてしまっているのだからな。そんな状況下、土壇場で別のやり方を打つのは悪手だ」
教鞭を振るうかのように語るビワハヤヒデを、射殺さんとばかりに睨みつけ、しかし、不意に彼女の食いしばられた口は、不気味に笑みを湛える。
「……はぁ」
それは、舌戦の終わりを告げるゴングであった。
立ち塞がるビワハヤヒデの横を抜け、通り抜け様に立ち止まり、ピローブロックは口を開く。
「壊してやりますよ、そんな方程式」
末尾を震わせ、そう言い切った少女は、光の奥へと歩み進んで行く。
暗がりに顔を向け、俯いたまま立ち尽くしたビワハヤヒデは、苦虫を噛み潰したような笑みを浮かべていた。
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