ちょうど真上に陣取った太陽から、身を焼くような日差しが降り注ぐ中、地下バ道から姿を現したビワハヤヒデは、ざわめきが鳴り止む気配の見えない観客席へ、否応なしに目を向けた。
観客席にいる老若男女が向ける視線は、全てにおいて期待の視線である。しかし、その期待はウマ娘達を押し潰しかねない重いもの。観客を煽る実況も合間って、向正面半ばのスタート位置へ駆けていく青いウマ娘達の表情に堅さが入るのは仕方のないことで、それは、羊毛のような癖っ毛を豊かに伸ばした恵体の彼女であっても例外ではない。
「……!」
そんな彼女の表情がわずかに揺らぐ。
彼女の金色の瞳の先、熱気のこもった人混みの中に立っていたのは、陽光に照らされ鈍く光る銀髪をひとまとめにした、長身の痩せた女性。
そして、その人――
ビワハヤヒデの目が、彼女達を見間違う筈は無かった。
「なっ……!」
思わず駆け出して、外ラチを飛び越え、ビワハヤヒデはその人達のもとへたどり着く。すると、よっ、という軽い掛け声と、ブスッとした鼻息が彼女を出迎える。
「お前、きていたのか……」
「こいつ寂しくて来ちゃったぶふっ……!!」
肘鉄が肋に突き刺さり、情けなく手すりに倒れ込んだあぶみをよそに、涼しい顔をした少女――ナリタブライアンは、目の前の尊敬すべき姉を見据える。
「将来、アンタとぶつかり合うんだからな。だから、直接確かめにきた」
好戦的に笑うナリタブライアンは、腕を組み、
「姉貴とあぶみ姉さんが作った“方程式”が、ぶっ壊しがいのあるものかどうか、をな」
それを聞いた瞬間、ビワハヤヒデは両手を強く握りしめた。それは、怒りや恐怖から来るものではない。
純然たる闘志。ただそれだけである。
最強の姉妹に言葉は不要であった。金色の眼光がぶつかり合い、互いに頷くだけで十分なのである。
「ま、肩の力抜いて」
すると、いつのまにか復活したあぶみが身を乗り出し、ビワハヤヒデの両肩に手を置く。そして、彼女と同じメガネの下の目に優しさを込める。
「ほれ、気楽に行ってこいや」
「……あぁ。行ってくる」
ビワハヤヒデは、程よく緊張した、闘志溢れる笑みを持って二人に踵を返し、軽い動きで向正面の鈍色のゲートへ駆けていくのだった。
____その側で、同じように話し合うトレーナーとウマ娘があった。
「ピロー、一番人気だからって油断はするな、そして、気圧されないように。自分の走りを貫くんだ」
「……はいっ」
茶色のボブカットを揺らして、――ピローブロックも、ビワハヤヒデの後を追うように駆け出す。
ふと彼女は、軽く流して走るビワハヤヒデの、普通のウマ娘よりも大きく見える後ろ姿を見やった。
彼女は見てしまっていたのである。
彼女のトレーナーが、ビワハヤヒデの方を惚けたように見ていたのを。
ウマ娘はゲートを嫌う傾向にある。真っ暗な檻に閉じ込められたような感覚、閉塞感、孤独感、開いた瞬間に出なければならないというプレッシャー、理由は様々であるが、ゲートに関しては、回数を重ねるごとに慣れていくしか、苦手を克服する手は無いと言っていい。
つまり、
その中、ビワハヤヒデは一人、左右からガシャガシャと音が聴こえるゲートの中でも呼吸を乱さない余裕を見せていた。
(練習の賜物だな)
暗がりのゲートの前に広がるのは、そよ風で波立つ芝。左右を見れば、必死に自分を落ち着けようとするウマ娘達の横顔が映る。たまに目が合うと、気まずそうに向こうから目を逸らしてくる。
そして、外側の奥の方のゲートへ目を向けると、彼女を目の敵にする栗毛の少女が、険しい面持ちでゲートに収まるのが見えた。
「すぅ……ふっ」
レースの始まりは目前。必要のない部分は脱力し、腰を高く持って上体を落としたビワハヤヒデは、耳をピンと立て、その時を待つ。
用務員の足音が遠ざかり、いよいよ周囲には風の音以外物音が消え去る。
とくん、とくん、と鼓動が熱く高まり続ける。
乾き続ける口内を、舌を動かして湿潤に保つ。
今か、今か、と前に行きたがる本能を理性で抑えつける。
構えた手足が痺れる。
目の前が、開かれる____
____ガゴッ……!!!
「どわあぁ!? 待ってええぇぇ……」
1枠1番のゲートの中で燻っていたウマ娘の悲鳴をバックに、総勢14名の少女達は、芝を抉り飛ばしながら、口を開いたゲートから一斉に前へ殺到。
「ふっ……!!」
果敢に先陣を切りに行ったのは、六番のウマ娘に、大外枠から期待に答えるかのように、涼しげな表情で駆けるピローブロックである。
ビワハヤヒデは、体操着姿のウマ娘達に揉まれるように、しかし、様子を伺うように道中を駆け抜けていく。
(流石に、君も素直に行かざるを得ないだろ……!)
上下に揺れるウマ娘の壁の奥、先頭を行くピローブロックは、強風を受けているかのような感覚に負けず、定期的にビワハヤヒデの方へ視線を向けていた。
(距離を稼いでおかないと……!!)
1600Mの道程は長いようで短い。第三コーナーに差し掛かった段階で、展開は“勝利の方程式”通りに、先頭がつまりにつまった混戦状態となっている。
慣れないコーナリングに悪戦苦闘するウマ娘達の流れに従い、虎視眈々と機会を伺うビワハヤヒデに比べ、ピローブロックは3番手程に位置を下げ、やはりビワハヤヒデを気にするようにしていた。
「はぁっ、はぁっ」
先頭で風を受け止め続け、尚且つ後方に気が散っている彼女は、前の二人のように息が上がり始めている。
しかし、
「ふっ、ふっ……」
白銀に煌めく長髪が美しく靡くビワハヤヒデは、涼しい表情に力を込め、少しずつ進出を始めていた。
気合いでついてくるウマ娘もいるが、ビワハヤヒデのそれは溜めた力を解放しているだけ。脚の運び、腕の振り、どれをとっても乱れは無い。
そして、600Mのハロン棒を通過、第四コーナーに差し掛かった、
その時。
「はあっ……! はぁっ!!」
「……!」
ビワハヤヒデの巨大な影が、ピローブロックの空いた外側に迫る____
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次回でこの話は終幕です。
一話が複数に分かれてる奴、まとめて欲しい?
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して欲しくない