白黒姉妹に灰被り姉さん   作:にわとり肉

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勝利の方程式 終幕

 『ビワハヤヒデ! 君と私でトゥインクルシリーズの頂点を掴もうじゃないか!!』

 

 四月のあの日。私のトレーナーの関心は(ビワハヤヒデ)に奪われた。たまたま近くを通りかかった私は、見てしまったんだ。まるで初恋の相手に告白でもするかのように、君にスカウトを持ち掛ける私のトレーナーの姿を。

 ここのトレーナーは、何も専属トレーナーだけなわけではない。チームを持って複数人のウマ娘を受け持つトレーナーもザラだし、学園としてもそれを推奨している。私のトレーナーはそれなりに経験を積んだ人だし、普通にあり得ることだ。道理において、トレーナーは何も間違ったことをしていない。そんなことわかっている。

 でも、でも、私にはわかるんだ。トレーナーが君に向けていた視線は、情熱的にギラついていた。心の底からの執念を感じた。私なんか、蚊帳の外に追いやったような、そんなふうに感じた。

 ただ君が大人数のトレーナーに囲まれているだけなら良かったろうに、その中に私のトレーナーがいたんだから、激しく嫉妬してしまうのも仕方ないだろう。

 

 私のトレーナーなのに。

 

 でも、ここで君が私のトレーナーと契約してくれるなら、まだ溜飲が下がったんだ。

 でも、君は____

 

 『お待たせ、ビワ』

 『遅いよ、(ねえ)____ ……トレーナー君』

 

 なんで、あんな新人トレーナーなんかに靡いたんだ。

 あの人の心は君に奪われたままなのに。あの日から、トレーナーはちょっと熱が削がれたような感じなんだ。君に見せていたあの瞳を、トレーナーは私に見せてくれなくなったんだ。

 惨めだった。

 

 だから、私は君を叩き潰したくなった。

 

 トレーナーの心を奪った君を、トレーナーを悲しませた君たちを潰して、全部元通りにするんだ。トレーナーを取り返すんだ。

 そう思っていたのに。だから()()()()()()()()()()頑張ってきたのに。

 

 「ハァっ……ハァっ……!!!」

 

 君は私を追い越していく。白く大きな君の背中に追いつけない。勢いが増していく君と反比例して、私の脚は、プールに浸かっているみたいに重たい。

 

 ……

 

 君の宣言を聞く前からわかっていたんだよ。

 

 君は強い。

 多分、君と同世代のウマ娘の中でも、きっと頭一つ二つも抜けて強いウマ娘なんだ。生徒会長やオグリさん、他にもたくさんいるシニア級の怪物達にボロ雑巾のようにのされても、決して諦めない、負けを晒すことを恐れない、勝ちへの執念を持つ“怪物”なんだ。

 そして、君のトレーナーだって、見ていたから知っている。とても優しくて、君を想っていて、君をわかっているからこそ、目を背けたくなるようなトレーニングを組める覚悟もあって、“良い”トレーナーなんだ。

 

 私が君達に八つ当たりをしているだけなんだ。本当は、ただ私が君より弱いだけだった。それだけの話だ。

 

 「ぜぇ、ぜぇ……」

 

 最終直線、前が塞がっていく。口が乾いて息が入ってこない。君は、さらに前に行く。

 

 虚飾はすべて剥がれた。今ここにいるのは、君に追いつけずに終わるピローブロック。

 じゃあ、諦めよう。力を抜こう。そうすれば楽になる。

 

 ……

 

 「ハァっ……ハァっ……ッ!!」

 

  できない。できるわけがない。私だってウマ娘の端くれだ。一度仕掛けた勝負を捨てたくない。恥の上塗りをしたくない。

 

 負けたくない。

 

 だから、精一杯、いや、限界なんてかなぐり捨てる。全力で君を倒しに行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (“理外”の怪物でもなければ、完璧な論理を崩すことなど出来はしない)

 

 残り400M、煌めく白茶の髪をはためかせ疾走するビワハヤヒデに追い縋るウマ娘達は、ズルズルとその距離を離して行っていた。

 汗の浮き出てきた彼女の表情は、あいも変わらず冷静沈着。思考の余裕すらも生まれていた。

 ふと、彼女は左側に高速で流れていく観客席に瞳を向ける。ちぎれて見えはしないが、そこには彼女のトレーナー――あぶみと、妹――ナリタブライアンがいる。

 

 (……見ていろブライアン、例えお前の力であっても____)

 

 その瞬間、

 

 「……!?」

 

 まるで背後から首に手をかけられたかのような重圧がビワハヤヒデを襲う。

 脚色は衰えないも、彼女の冷静さが、ここで初めて崩落した。

 血相を変えたビワハヤヒデの大きな耳に、何かが聞こえる。後方から、どこどこと地面を揺らす足音の中から。バ群の中から。

 

 ()()()()()()()が。

 

 背後を振り返ると、遠くに見えるバ群の中から、ある一人のウマ娘が突出しているのが見えた。

 

 (()()()()()()()……!?)

 

 ビワハヤヒデがその隣を抜けていった時、彼女は歯が砕けんばかりに食いしばられて、乳酸の溜まった腕を必死に動かしてもがいているような状態であった筈。

 それが、今の彼女はどうだろう。汗で頬に張り付いた表情は鬼気迫り、覚束なかった脚の回転は短距離レースと見間違うほど素早く、何よりも、ひしひしと伝わる重苦しい雰囲気。

 それが彼女に、いや、レースに参加している全てのウマ娘に想起させる感情は単純明快。

 

 (負ける……!!!!)

 

 ビワハヤヒデの耳が急に引き絞られる。残り300M、セーフティーリードは6〜7バ身。はたからならば、誰がどう見ても、このレースの勝者は彼女と思える差である。

 しかし、ビワハヤヒデは逃げるようにギアを上げ、再度加速を始める。

 

 「ッ……!!」

 

 残り200M。以前差は縮まらず、逃げるビワハヤヒデを、目から妖しき残光を引くようなピローブロックが、後方を置き去りにして猛追する。

 残り100M、やはり差が縮まることはない。ビワハヤヒデのスピードは緩まる気配を見せず、また、尋常ならざるピローブロックも同様である。

 

 「ッ……!!」

 

 刹那、ビワハヤヒデは思わず隣を横目にした。

 無論、そこに誰がいるはずもなかった。そうであってくれとビワハヤヒデは念じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『勝ったのは4番ビワハヤヒデッ!! 大差をつけられ2着には1番人気のピローブロック____』

 

 顔を見合わせ喜ぶ者、拳を突き上げる者と、さらにボルテージの増した観客席から、あぶみとブライアンは、芝の上で膝に手をつき項垂れる、白い毛玉のようなビワハヤヒデを見つめていた。

 

 「まさかピローブロックがあんな脚持ってるとはなあ…… 明らかに普通じゃなかったけど」

 「限界を超えて追いつけなかったなら、それまでのウマ娘ってことだろ」

 

 容赦ないの。と、あぶみはのんびりと呟く。

 ようやく息が入ったか、上体を起こしたビワハヤヒデから気だるげな視線をずらすと、そこには、2着に食い込んだピローブロックが、今にも死にそうに胸を上下させながら寝転がっていた。




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 次回はブライアンとあぶみの話

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