白黒姉妹に灰被り姉さん   作:にわとり肉

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 ブライアンがチラリと出ているのでブライアンの話です


ある一つの解

 「……」

 

 すぐ近くの割れんばかりの歓声は、今のビワハヤヒデには入ってきていなかった。ただ、耳の奥底で鼓動が聞こえ、ヒューヒューと息が喉を乾かす不愉快さ、地下から込み上げてくるような熱気だけが、放心した彼女の体に感覚として生きていた。

 

 『只今順位が確定いたしました____』

 「っ……」

 

 アナウンスと共に、咄嗟に振り向いたビワハヤヒデは、巨大なスクリーンに映された着順表を視界に収める。そこには、やはり自身が大差をつけ勝利したという結果があった。

 そして、2着に入線していたのは、一度はバ群に埋もれながらも、最終的に3着に対し4バ身の差をつけたウマ娘。

 最終直線の数十秒間、確実にレースを掌握していたウマ娘。

 

 「ピローブロック……」

 

 とめどなく汗が流れるのも構わず、噛み締めるようにその名を呟いた彼女は、重々しく俯き、目を閉じた。

 白髪に隠された眉間には深く皺がより、観客席に背を向けていなければ、沸点を超えた会場全体の雰囲気に水を差すことになるのは明白である。

 普段ならそんな配慮など容易い彼女が、こうして立ち尽くし、歯を食いしばって回顧しているのは、無論、最終直線で感じた総毛立つような強烈なプレッシャーに、バ群から蘇ってきた栗毛のウマ娘の姿。

 自分を真っ直ぐ射程に捉え、食い破らんと迫る鬼の姿。

 

 (()()は、なんだったんだ……!)

 

 汗で重く湿った体操着がそよ風にあたり、彼女の加熱した思考を覚まそうとするが、所詮は身体の熱を持っていくだけ。観客席の有象無象は、実況は、すべては彼女の思考を妨げるには弱すぎる。

 

 唯一、彼女が思考を切るとするならば。

 

 「ビワー!!!」

 「……!」

 

 目の色を変え、瞬時に顔を上げたビワハヤヒデは、汗を置き去りにして振り返った。身長が女性にしては高く、鈍色の髪を持つその人は、人の群れの中においても存在感を失っていなかった。

 拡声器のようにして片手を口に添え、片や肉の細い腕を上へ伸ばし、手を振るその人――あぶみの、自慢げないつもの笑顔を見て、彼女の煮詰まった脳は急速に冷えていく。

 思わず一歩、また一歩と足を前へ運び、あぶみへと駆け寄るビワハヤヒデの表情は、あぶみに近づくにつれて険がとれ、色が戻っていく。

 

 「(ねえ)____」

 

 外ラチを華麗に飛び越え、観客席の手すりまで来たビワハヤヒデは、荒ぶる尻尾に高揚感を隠さず、あぶみへ声をかけようとし、

 

 「……」

 

 しかし、途中で立ち止まる。

 

 「ん」

 

 何故ならば、眼前のあぶみは、両腕を広げて胸を開けていたのである。

 まるで、言外に飛び込んで来いと訴えかけているような雰囲気に、わいわいと労いの言葉をかける観客の顔、あぶみの傍らで手すりに寄りかかる妹の背中、とキョロキョロと様子を伺い、

 

 「あっ」

 

 再びごちゃごちゃと考える頭を振り切るように、彼女の足は前に進んだ。身を乗り出したあぶみの細腕が伸び、汗で冷たい両肩を掴んで引っ張ったのである。

 目を白黒させたのも束の間、

 

 「わぶっ」

 

 彼女の頭はあぶみの胸に押し付けられ、細腕は肩の後ろで包み込むように窄まる。つまり、ビワハヤヒデはあぶみに抱き止められる形になったのである。

 

 すると、柔軟剤と甘い香りが少女の鼻腔に漂って、否応なしに、彼女の胸中に郷愁の念を湧き上がらせる。

 

 「優勝おめでとう」

 

 草レースで、妹との一騎打ちで、いや、何をするにも、それを成し遂げた時に、あぶみは必ずビワハヤヒデを抱きしめた。無論それは彼女の妹も同様である。

 

 「……」

 

 母親とはまた違う温もり。全てを預け、心を傾けることができそうな、ともすれば危うい温もり。そして、ここ最近はすっかり感じていなかった温もりに、手持ち無沙汰であった両手が、自然とあぶみの方へ伸びていく。

 そして、ゆっくりと銀髪の下をくぐるように伸びた腕で、ビワハヤヒデはあぶみに抱きしめ返した。肋のしなやかな硬さが腕に伝わる感覚は、また懐かしい感触であった。

 

 「……ふん」

 

 そんな2人の隣で1人、金色の瞳を虚空に向け、紫がかった黒髪を弄りながら口をとんがらせているウマ娘がいたのは、もはや言うまでも無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、観客の注目が熱く抱擁を交わす2人に移り行く中、芝の上に寝転び続けるウマ娘がいることも忘れてはならない。

 陽光を湛えた瞳に映る空は、濃い青空が広がり、雲ひとつなく、どこまでも澄み渡っているようであった。

 じくじくと脈打つように痛む両脚に、全身を粘度の高い水槽に沈めたかのような重怠さが、絶え間なく少女の体を蝕む。しかし、余裕ぶっていた笑みで隠されていた彼女の表情は、まさしく上空の如し澄んだ笑顔に変わっていた。

 

 ____負けた。

 

 栗毛の少女――ピローブロックの呟きは、誰に訊かれることもなく、そよ風に揺れる芝の流れに乗って消えていく。




 次回ちゃんと書きます。許し亭許して……

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