あぶみ達が校内アナウンスに耳を傾けていた時と同じくして、ぞろぞろと大衆がうごめく、普段ウマ娘達が青い汗を流す練習用コースへ向かう道を、白い毛の塊が移動していた。
その白い毛の塊には、それまたモコモコな耳がぴょこっと生えていて、毛の下では、赤縁のメガネをかけた端正な顔立ちが俯き加減になり、少しだけ影を落としていた。
そんな彼女を囲む二人のウマ娘の表情には、隠しきれない苦笑いが表出していた。
「ハヤヒデ〜元気だしなよお! 在庫全てが売り切れるのは想定外だったけどさあ」
「自業自得でしょ。商売の戦略に乗っ取って〜とかやっちゃうから」
「でも、これで出し物の賞は頂きだね!」
頬に絆創膏を貼った、蛍光緑の毛が生えた耳を動かす元気っ子――ウイニングチケットの必死の慰めと、小柄な体格を猫背にし、目つきの悪い青い瞳で空を眺め、皮肉っぽく毒を吐く――ナリタタイシンに挟まれる、一見毛の塊のようなウマ娘――ビワハヤヒデは、一層肩を落としてため息を吐く。
「本当なら今頃両手にバナナだったろうに……」
しかし、いくら嘆こうにも、彼女の両手は空っぽであった。
これが、在庫完売で出店を畳んだ後から延々と続いているのであれば、困ったような視線と面倒臭そうな視線が、ビワハヤヒデの雲海のような頭の上を交差するのも無理はない。
「……もー、いい加減切り替えなよお、次は妹さんのレースなんでしょ?」
「むぅう……」
後ろに回り込み、肩をぐらぐら揺らしてくるウイニングチケットを退け、ビワハヤヒデは渋々といった様子で顔を上げる。
その金色の瞳から、バナナへの未練はたち消えていた。
代わりに彼女の瞳の奥底に灯ったのは、幼き日々の思い出。
あの新バ戦以来、定期的にフラッシュバックする、信頼する姉貴分と一緒に克服したはずの恐怖。
「……そうだな」
「ハヤヒデの妹さんなんだからいっぱい応援しないとー!!!」
と、わいわいと薄く雲をひいた青い天井に手を伸ばして騒ぐウイニングチケットに、どこか複雑そうに前を見据えるビワハヤヒデ。そして、彼女達を静観するナリタタイシンの3人は、練習用コースの敷地の目前に迫っていた。
『さぁさぁ! 聖蹄祭恒例、来年からトレセン学園に入学するかもしれない若き子供達が鎬を削る特別レース!! “ちびっ子レース”の時間がやってまいりました
ッッッ!!!! 実況は私――サクラバクシンオーと、ナリタトップロードさんでお送りい・た・し・ますッッッ!!!!』
『お願いしますっ!』
「おー、人選ミスもいいとこだろこれ……」
生徒会は何やってんの、と一人ごちるあぶみの側で、サクラローレルは桃色の模様が入った瞳に尊敬を込め、声を漏らしているのだった。
『はい! え、えーと、このレースは、事前に出走票を提出してくれた13、13歳以下のウマ娘から……無、作為に選出された10人の子達で行われる____』
原稿に目を通しているのか疑いたくなる、拙いにも程があるアナウンスが鳴り響くここ練習用コースの第一トラックは、最大2200mからなるコースがいく層も重なるように作られており、外から数えて三番目の芝コースに、出走予定の子供達は足を踏み入れていた。
スタートは向正面の終わり際、第3コーナーを目前にしたところから始まるは、1000mという一瞬の勝負である。各々走りやすい格好に着替え済みの子供達は、落ち着かない様子で芝を踏みつけてみたり、準備体操をしたりして発走時刻を待っていた。
また、コースのスタンドに押し寄せた観客の中には、あぶみも含めたトレーナーも多く足を運んでいる。スカウトの目星とはいかないまでも、有望なウマ娘がいるかもしれないと期待を抱くのは、もはや職業病と言えるだろう。
____そんな、さまざまな思索の入り乱れる会場、その観客席の、1番コース側の手すりに両手を乗せるサクラローレルは、なんとなしにこう呟く。
「誰が勝つんでしょう……」
「ブライアンが勝つよ」
ハッと顔をあげると、ぎゅっと目を窄め手を日避けにして額に当て、向正面のスタート位置を眺めるあぶみの横顔が見えた。
「断言できるんですか?」
「身内贔屓かつヒシアマちゃんとブライアンの体つきを比べてみた結果よ。信用しなくていいよ」
と、あぶみは平坦に言う。そして、手を下げて目をぱちぱちとした彼女は、両手を組み、手のひらを青空へ向けるようにして背筋を伸ばしながら声を漏らす。
「アイツ、ますます渇いちゃいそうだなあ…… 何かしでかさないと良いけどねぇ」
「……」
サクラローレルは、自分の身体が引き締まるように感じ、深呼吸のあと、少し強張った表情を芝へ戻すのだった。
それは、ともすればあぶみへの信頼の現れであった。
「アンタ、随分余裕そうじゃないか」
嵐の前の静けさということか、晩秋を告げるこそばゆい冷風が、広大なコースの重なりを一手に眺望できる第3コーナー付近に集った10人のウマ娘を柔らかく包み込んでいた。
本番と何ら代わりない武骨なゲートが足を転がして登場したのを、一人距離を置いて見ていた、艶やかな黒髪を後ろでまとめた少女――ナリタブライアンは、肩に置かれた褐色の手を見て、その手の主へ目をやる。
「でも、あんまり余裕ぶっこいてると、足元掬われるよ! ……特にアタシとかにね」
「……そうだな」
紺色の髪を僅かに揺らし、好戦的に歯を覗かせる――ヒシアマゾンから目を逸らし、他のウマ娘達へ目をやったナリタブライアンは、ふと、過去の情景が脳裏をよぎって見えた。
それは、歳上だろうと不良だろうと何だろうと、ことレースにおいて負けることなど無かった、過去の自分。
(……お前らには期待してもいいのか?)
じっとりと値踏みをする怪物の視線に気づく者は、彼女から一歩引いた位置にいるヒシアマゾンを除き、誰も居なかった。
____そして。
『あっすごい!! すごく、すごく差をつけて
一度火のついた本能を冷ますのは、骨が折れるものである。
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