白黒姉妹に灰被り姉さん   作:にわとり肉

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燻る闘志に油を注ぐは____

 「おつかれ〜」

 

 予想外の興奮冷めやらぬ人の群れが、熱気の尾を引いて練習用コースを去る中、ココアシガレットの甘味を噛み締めた灰被りの髪の女、あぶみは、二人のウマ娘を出迎えた。

 片や、負けた悔しさからか、自尊心が砕けたからか、次は負けないと決意をしたからか。口をとんがらせて、しかし、鼈甲色の瞳に力強い眼光を湛えていた。

 片や、当たり前の勝利を手にした退屈からか、何も変化のなかったことへの失望からか。そんな目で、あぶみを見上げていた。

 しかし、あぶみは何をいうこともなく、まず、二人のウマ娘――ヒシアマゾンとナリタブライアンの湿った頭に手を置いた。二人もまた、その手を受け入れるように耳を倒した。

 

 「ま、二人ともよく頑張ったと思うよ」

 「……っ」

 「ふん」

 

 わしゃわしゃと頭を撫でたあぶみから、俯いた二人の子供の顔は見えなかった。

 その時、あぶみの視界の端から、なされるがままになっていたナリタブライアンの側に近寄る小さな影が一つ。

 

 「()()()()()()()()っ!」

 

 まるで、初恋の相手に声をかけたかのような声色で、栃栗毛の髪をした彼女――サクラローレルは、嬉々としてナリタブライアンの手を両手で取る。

 その時、彼女の頭に乗せた手に、わずかな震えが走ったことをあぶみは見逃さなかった。

 二人の頭から手を離すと、ナリタブライアンの目を見開いた表情がよく見えた。

 

 「すごい、とっても強いのね、ブライアンちゃん」

 「……」

 

 小さな耳をはためかせ、尻尾を左右に振り、興奮気味に語る少女の姿に何故()()()()()()()のか。ナリタブライアンはわからなかった。

 

 「ふふ…… 初めてなの、こんな感覚。今はあなたに勝つことはできない。でもね、私、いつかブライアンちゃんと走りたくなったの。そして、勝ちたい」

 「……そうか」

 

 レース前までは儚げなようで結構おてんばな雰囲気だったのが、今は熱に浮かされたように頬を薄く染め、桃の花弁で彩られた瞳を揺らしている。

 

 「ちょっと待った! ブライアンをタイマンでぶっ倒すのはこのアタシ、ヒシアマ姉さんだよ!!」

 「()()のは私です!」

 

 (たった一回のレースで、こんだけ人の心を動かすか)

 

 あぶみは、二人の諍いを一歩引いたところで眺めているナリタブライアンを見る。すると、視線に気づいたのか、困ったような呆れたような様子でぱたぱたとそばへ駆け寄ってくる。

 

 「オイ…… アイツら止められないのか」

 「いーんじゃないの、挑んでくる奴が増えるっていうのは」

 

 ムガー!! と威嚇しムキになっているヒシアマゾンに、毅然とした薔薇のような笑顔でガンと譲らないサクラローレル。二人が向いている方向にいるのはナリタブライアンである。

 彼女達が炎に群がり、燃え尽きる蛾なのか、炎を猛らせる風となるのかは、まだ誰にもわからない。

 ナリタブライアンの姉貴分としては、炎を掻き消すほどの暴風であってくれと願うのは当然であった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 「おい」

 

 ふと、聞き覚えのある声をあぶみは感じた。男らしく、安心感を感じるような声色であった。

 今だけは、聞こえてほしくない声であった。

 

 「……よーしお前ら、まだまだ周りたりな」

 

 瞬間、彼女は右肩にドンと衝撃が走って、確かな重みを覚えるのだった。視線をそこへやると、あるのは無骨な手。

 顔だけを振り向かせると、彼女の後ろに佇んでいたのは、警備中との腕章を筋肉質な上腕に巻いた男――あぶみの先輩であった。

 くたびれているようなあぶみの目が、さらに面倒くさそうに細められた。

 しかし、その表情はすぐさま()()に染まることとなる。

 

 「……へ?」

 

 彼の隣。そこに一人のウマ娘が立っていたのである。

 

 「……なんで()()()()がここに?」

 「業務がひと段落し、無為徒食としていたところにトレーナー君が通りかかり、()()()()を聞かされたものだからね。()()()()()()()()()()()()のさ」

 

 鹿毛を豊かに伸ばし、前髪に白い流星を一筋走らせた、常人ならざる風格を醸すウマ娘――シンボリルドルフその人の言葉には、あぶみも思わず苦しそうな表情を禁じ得ないのだった。

 

 ____トレセン学園生徒会長にして無敗の7冠ウマ娘、皇帝と名指しされるシンボリルドルフ。この場にそれを知らない者は居ない。仲良く喧嘩をしていたサクラローレルとヒシアマゾンも、一様にシンボリルドルフの紫の瞳に釘付けとなっていた。

 

 無論、ナリタブライアンの金色の瞳もである。

 

 「……」

 

 小さく燻らせていた感情、そこへシンボリルドルフという存在が油を注ぐ。

 満たされない渇望。叶わない願望。それが()()()()まできている。

 

 「……オイ」

 

 ナリタブライアンは脚を上げ、シンボリルドルフへ一歩進んだ。

 大人がやいのやいのと言い争う中、ウマ娘を第一に想っているシンボリルドルフが、一人の少女の激情に気づかないはずが無かった。

 

 「……君は、ナリタブライアンだったな。先程のレースでの一騎当千の活躍は見させてもらったよ____」

 

 瞬間、シンボリルドルフは、ナリタブライアンの煌めく瞳の中に炎を見た。

 

 「アンタなら、私のことがわかっているんだろ」

 

 同じ熱さを、彼女は知っている。

 

 二人の周りに音は消えていた。人も疎になった練習用コースのスタンドの真ん中で、あいも変わらず叱られ続けるあぶみのひねくれた弁明や、ナリタブライアンの一挙手一投足に敏感になっている二人の少女の熱視線も掻き消されていた。

 その中、シンボリルドルフは、まるで飢え渇いた肉食獣を前にした気分になっていた。

 

 「……なぁ、アンタなら、満たせるのか?」

 

 ____この、底なしの渇きを。

 

 一人のウマ娘の少女。彼女の切望に、シンボリルドルフという()()()()()が気付かぬはずもない。

 

 「ふむ…… トレーナー君」

 「わかったら金輪際…… ん? どうしたルドルフ」

 

 青筋を幾重にも立て、後輩への説教を終わらせようとしていた彼女のトレーナーが振り向くと、その表情は、瞬時に疑問に包まれた。

 何故、今彼女が()()()()をしているのか。

 

 「今からナリタブライアンと()()()()()()()と思う。問題は無いかい?」

 「え?」

 

 「……」

 

 感情を無くしたような表情を浮かべる彼の側で、背を丸くして居た堪れない表情をしていた彼女、あぶみの金色の鈍い眼光が、同じ瞳の色をしたナリタブライアンへ向けられる。

 そして、二人の視線が今、交差した。

 念を押すように睨んでくる妹分に、彼女は微笑んで返した。

一話が複数に分かれてる奴、まとめて欲しい?

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