『んじゃ、気楽に行きましょうや』
あぶみとビワハヤヒデの電撃契約から、既に2週間が経過していた。飄々としていてだらしない雰囲気のあぶみではあるが、トレーニングに対しては実直かつ堅実で、まずは基礎を丁寧に、というビワハヤヒデとの結論に則って、順調に進み始めていた。
しかし、例えば、ウマ娘達が汗水を流して駆け抜けている練習用コースへ二人で赴き、うねった白髪靡かせ走るビワハヤヒデを見守っている時である。
『あなたがビワハヤヒデのトレーナーですか』
『……私がビワのトレーナーですが?』
内ラチに前のめりになって寄りかかっていたあぶみの後ろから声が上がり、振り返れば、そこにいたのは、名も知らぬ女性。後から聞いたところによると、案の定、あの場に居たトレーナーということである。
こうやって急に話しかけられる用事といえば、あぶみの頭の中には一つしか無かった。
『なんです? あなたも私がビワのトレーナーしてるの気に入らないクチですか?』
『……そ____』
『私たちは双方納得の上で契約してんですよ。それを外野にとやかく言われる筋合いないでしょ?』
ビワハヤヒデ曰く、この話を吹っ掛けられた時のあぶみの顔は、腐海が詰まった炊飯器を開けた時のようだという。
ともかく、ところ構わず文句を言いにくるトレーナー達に、あぶみは頭を悩ませているのだった。
ある日、その日は学校が休みで、トレーニングも休みの日であったため、“
「あ、もしもし? いやぁ最近連絡よこせてなくてごめんなあ? 寂しくなかった?」
「……別に」
____はいなかった。
やりっぱなりの資料を放り投げ、デスクチェアに深く座り込んで長い足を組み、耳に当てたスマホへ嬉々として話しかけるあぶみに、電話の相手はぶっきらぼうに返すが、その声色は弾んでいた。
「そっちはどうだ、ブライアン」
あぶみの問いかけに、相手――ナリタブライアンは、不貞腐れたように、
「退屈だ。姉貴もアンタもそっちに行ってしまったし、その辺の奴らは歯ごたえのかけらもないしな」
「お前がフリーダムすぎて推薦枠取れなかったからでしょうが……」
ナリタブライアンは、しっかりもので理屈屋の姉とは違い、やりたいことをやりたい時にやりたいようにやる、極度のマイペースさを備えていた。余談だが、『いつも私たちを全力で肯定し、一切合切否定しなかった
そのマイペースさとレースジャンキーさは相当で、学校をサボるのは当然のこと、草レースに乗り込んでは年上をボコボコにのし、果てには不良ウマ娘の溜まり場に単身乗り込み、当然のように全ての不良を置き去りにする走りを見せ、一帯の不良を舎弟にする(本人は鬱陶しがってるしそれをやってるつもりもない)偉業を達成していたのである。
その結果、不良とつるんでいると見做され、トレセン学園への推薦枠を取り消されたのだから全く笑えないが。
「あんまりやんちゃするなよ? 後野菜食え」
電話の相手からの返答はなかった。
「……それよりも、聞いたぞ。アンタ今面倒なことになってるらしいじゃないか」
露骨な話題の転換をしたブライアンを想像して微笑みながら、あぶみはあっけらかんと言った。
「あぁ、ほっときゃなんとかなるよ」
すると、電話の向こうでブライアンがため息をついたのを、あぶみは聞き逃さなかった。
「さっさと実績叩き出して黙らせておけ。私はうるさいのは嫌いだ」
「お前も来りゃいやでもうるさくなるよ、姉妹揃って優秀なんだから」
その後、およそ一時間に渡り、二人の会話は続けられるのだった。
しかし、担当を受け持つことになったばかりのあぶみには、なれない仕事の山が待ち受けているのである。
「ほら、流石に出さなきゃやばいのが溜まってんのよ。ここらで切るよ」
「……」
「ブライアン?」
静かになったスマホに集中していると、末の妹分は、徐に、
「……また、姉貴と帰ってこい」
「なんだ、やっぱ寂しいんじゃん」
そんなあぶみの茶化しに、ブライアンは反応を示さなかった。しばらくして、電話は彼女の方から切られたのだった。
電話が切れ、真っ暗になったスマホの画面を眺めていたあぶみは、灰を被ったような頭を掻き、
「やる気出た!」
と、鼻息荒くし、一人きりのトレーナー室で力強くいうのだった。
一話が複数に分かれてる奴、まとめて欲しい?
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して欲しい
-
どっちでも
-
して欲しくない