白黒姉妹に灰被り姉さん   作:にわとり肉

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梅濡らす雨 その2

 再び日を跨ぎ、少しの晴れ間も虚しく、天候はぐずついてしまっていた。ビワハヤヒデはいつも通り、神話の生物かと見間違えるほど猛った白髪に悪戦苦闘し、それでもなお平時よりも広がったままの髪を背負い、トレーナー室へ赴いた。

 

 「おはよう____」

 

 と、トレーナー室の扉を開け、デスクに肘をついて座っているであろう自身のトレーナーへ目を向けた、

 その瞬間である。

 

 「おはようビワ」

 

 さらり、と滑らかな銀髪が空を舞うのを、ビワハヤヒデの金色の瞳は、間違いなく捉えていた。赤縁メガネを取り、ゴシゴシ目を擦ってもう一度凝視しても、半開きになった窓から入り込む冷風にのって、カーテンが靡くように、銀髪は輝きを湛え、しなやかに靡いていたのである。

 

 「な、あ、……」

 

 大きな両耳をはためかせながら、ビワハヤヒデは自身の顔の側面に垂れてくる髪を無意識に掴んだ。帰ってくる感触は、サラサラとは正反対のふわふわ。

 目の前に立つ人も、そうであったはずなのに。

 

 「姉、さん……」

 

 見慣れたやせぎすな長身、腐った三白眼、お揃いの赤縁メガネ。それらは全て、彼女の知るところの“三河屋(みかわや) あぶみ”を表している。

 しかし、彼女の髪の毛は、ビワハヤヒデのそれとは控えめとはいえ、捻じ曲がってうねってふんわり広がっていた筈。

 

 「どうしたビワ? 早く入ってこいよ」

 

 それが何故、彼女の髪はシルクが如く真っ直ぐ、しなやかになって、水が流れるようにまとまっている?

 刹那、ビワハヤヒデはかつてないほどの好スタートを見せた。

 

 「姉、さんっ!!!」

 「どわあっ」

 

 気づいた頃には、あぶみの軽い身体は壁に押し付けられていたのだった。

 見下げると、すぐそばには、ビワハヤヒデの、羨ましそうで悲しそうで、怒ってそうな表情があった。耳は引き攣っていた。

 

 「うおお」

 

 呆気に取られていたあぶみの身体が、ビワハヤヒデが引っ張り上げたワイシャツと一緒に持ち上がる。

 

 「説明!! あるんだろうな!? その髪!!!」

 「落ち着け、落ち着けって…… 服にシワがよるでしょうが」

 

 ギリギリと生地を引き裂かんばかりに握りしめてくるビワハヤヒデを宥めた彼女は、眉間に皺を寄せて鼻息を荒くしている妹分に、事の経緯を話し始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は昨日まで遡る。

 悪ガキが悪巧みを思いついたかのような笑顔を浮かべながら、あぶみが足早に向かったのは、現在は使用されていない寂れた教室――旧理科準備室。

 そこの引き戸を2回叩くと、不気味で気だるげな声で返事が返ってきた。

 

 『失礼しまーす。よっ、タキオン』

 『君ねえ、まだ弁当箱は空じゃないよ』

 『いやいやそういうことじゃないのよ』

 

 旧理科準備室の中は、元の面影はほとんどなく、固く閉ざされた部屋の中は、謎の実験資料の束、蛍光色の液体が湧き立つフラスコ、試験管、ウマ娘の人体模型……と、悪の科学者の実験室のようになっていて、また、ちょうど半分に区切られた向こう側には、不可思議な絵が額縁に入れられていたり、壁に夢心地な絵が走っていたり、傍の棚にはアンティーク調のティーカップや小皿がしまわれていたり、それまた不思議な空間が広がっている。

 その半分、研究室のようになった場所の主――アグネスタキオンは、平日の午前中にも関わらず、白衣を身につけ、両手には怪しげな試験管を持っているのだった。

 

 アグネスタキオンとあぶみの関係は、前者が旧理科準備室の入り口付近で空腹に負け倒れ込んでいたのを、サブトレーナー時代の後者が発見してから続いている。

 

 『じゃー何のようだい。見ての通り私は崇高なる目的を達成するために日夜研究で忙しいんだ、邪魔しないでほしいねえ』

 『私みたいな癖毛を治す薬を作ってほしいんだけども』

 『君の耳は腐って落ちてるようだねえ』

 

 妖しげな光に取り憑かれた瞳に鋭く見つめられても、あぶみの腐った三白眼は揺るがない。

 ハァ、とため息をついたアグネスタキオンは、床に散らばった資料を踏まないように気をつけながら椅子を引っ張り出し、どっかり腰掛け、踏み入ってきたあぶみを見上げる。

 

 『君は何やら、私のことを青い猫型ロボットか何かと勘違いしているようだけどねえ、私の目的はあくまでも“ウマ娘の限界”を突破することであって、遅滞は最小限に____』

 『明日の弁当は唐揚げを増やそうかなぁ』

 『うーーーーーーーーーーーん……』

 

 回転軸のついたチェアの上でぐるぐる回り、両の手の人差し指で頭を差しながら唸り始めた栗毛の少女を、あいも変わらず、あぶみは悪ガキのような笑みで見下ろしていた。

 結局、唐揚げ+ハンバーグ、今日一日はモルモットとして実験に協力、で完全に折れたアグネスタキオンは、“研究も行き詰まってたし息抜きに”と、自分を納得させ、大人の策略に乗っかることにしたのであった。

 

 『大体、君は自分の髪型に頓着する人ではないと思っていたけどねえ、どういう心変わりだい?』

 『どちらかというと妹分のためよ』

 『……へー』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は現在へ戻る。

 

 「昨日やけに()()()()()ように見えたのはそういうことだったのか…… いや、輝くというのがもうよくわからないしそもそもアグネスタキオン先輩と交友があったことが驚きなのだが諸々全て一旦置いておこう……」

 

 被りを振って息を入れ、ビワハヤヒデは、改めてデスクに置かれた小さな小瓶を見た。涼しげな青色を呈したその液体は、何か煌めいた物質が対流しているような雰囲気を醸していた。

 

 「シャンプーに混ぜて使えってさ。そうすりゃ、翌日には効果が出てこの通り」

 

 サラサラヘアーを見せつけられ、思わず唾を飲み込み、嚥下音を鳴らすビワハヤヒデ。その手は、すでに小瓶を取りあげていた。

 そんな彼女を見上げるあぶみの顔は、小さな子供を安心させるような、穏やかな笑みが咲いていた。

 

 「ま、いい加減髪の毛のことで悩むのもアレだろ。使ってくれや」

 

 さて、とあぶみはグッと背伸びをし、ポケットからココアシガレットの箱を取り出す。

 

 「何にせよまずはトレーニングよ。行くぞビワ」

 

 ビワハヤヒデは、かつてないほど上機嫌に耳をふり、跳ねるように、大好きな姉貴分の後を追う。

 

 「あぁっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あれ、何で失敗作がないのかねぇ……?」




 あと一話続きます。あぶみはタキオンについて“ほっといたら死にそう”と思ってます

 総合日間ランキング33位に載っていました。沢山の方に読んでもらえているようで感謝の気持ちでいっぱいです! ありがとうございます!!

一話が複数に分かれてる奴、まとめて欲しい?

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