白黒姉妹に灰被り姉さん   作:にわとり肉

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梅濡らす雨 終幕

 翌日。シトシトと雨が降り続け、落ちるところまで落ちている雰囲気の中、時計の針の音と雨の音しか無い、殺風景なトレーナー室である。

 

 「やっぱこれよなあ」

 

 ま、面白かったなあ、と、あぶみは気だるげに呟きながら、自身の灰を被ったような銀髪を弄る。その髪は、昨日とは打って変わり、というよりも、元通りに、うねって捻れて広がった、サラサラのサの文字もないものに様変わりしているのであった。

 というのも、彼女に関しては、可愛い妹分――ビワハヤヒデに臨床試験もしていない薬を使わせられないと、自らをテストベッドにしたに過ぎなかったのであって、直毛に対する想いは無いに等しい。

 薬の余波か、平年よりも髪の広がりが抑えられた状態なので、梅雨以外の平時の髪型である、長髪を後ろで一纏めにした髪型にできるのは僥倖だった。彼女にとってはそのぐらいの印象なのであった。

 

 それよりも、今の彼女の関心は、机の上の資料でもなくココアシガレットでもなく、単に可愛い妹分が喜んで飛びついてくることなのであった。

 しかし、

 

 「……」

 

 デスクチェアの背もたれに腹側をつけて寄りかかり、抱きしめるようにしているあぶみは、退屈そうな視線を、ふと、壁にかけられた備え付けの時計へ向ける。

 時刻は午前9時半である。

 

 (いつもならとっくに来てるだろうになぁ)

 

 さらに、スラックスのポケットからスマホを取り出し、LANEを開くも、“髪の毛どうなった?”とのあぶみの質問をしてから一時間、既読がつく気配はなく、あらゆる連絡手段を講じても()()()()()()()のが現状なのであった。残された手段といえば、自分が直接栗東寮へ出向くぐらいである。

 

 では、彼女が何故、その手段を講じないのかというと、

 

 (ま、多分いろんな髪型試してんだろ…… なんせ、今までできなかった髪型、大体全部できるってことだしなあ)

 

 と、希望的観測に溺れているからなのであった。

 

 しかし、()()に関しては、彼女がこうなるのも無理はない。これは、ビワハヤヒデの“一つのことに熱中し、周りが見えなくなりがちな性質”を、10年以上も近くでみていたが故に、心に生まれた油断なのだから。

 また、子供を疑わない本人の気質故に、アグネスタキオンの薬品管理に疑問を持たなかったのも、今回の悲劇の要因と言えるだろう。

 

 

 

 

 

  

 

 

 事態急変は突然訪れた。

 

 「たぁーいへんだぁぁぁあ!!!!」

 「うわぁぁっ!!!?」

 

 トレーナー室に二人分の爆音が響き渡る。椅子ごともんどり打って転けたあぶみは、外れるのでは無いかと思わせる勢いで開いた扉の方を、ずれた眼鏡ごしに、白黒した瞳で見た。

 そこに立っていたのは、右頬に絆創膏をつけ、黒髪の前髪を赤いピンで留めてわけた、快活明朗な雰囲気のウマ娘。

 

 「えっと…… 何かようで? ウイニングチケットさん?」

 

 そのウマ娘――ウイニングチケットは、翠色の毛が生えた耳を逆立て、

 

 「うえーっ!? なんでアタシの名前知ってるのー!?」

 「トレーナーで知らない人いないんじゃないの……?」

 

 よっこらせ、と腰に手を添えながら立ち上がったあぶみは、忙しなく足踏みをしているウイニングチケットへ歩み寄る。

 

 「それで、何の用なのよ? 何かただならん感じだけども____」

 「ぁあああ!!!!! そうだそうだハヤヒデのトレーナーさん!!!」

 

 拡声機でも使っているのかと見まごう轟音を正面から受け、思わずたじろぐあぶみの骨ばった手を取り、ウイニングチケットは眉尻を下げ、目尻に涙を溜め、

 

 「ハヤヒデが、ハヤヒデが大変なことにぃぃぃ!!!!」

 

 わんわんと泣き出した彼女をよそに、あぶみの表情は、僅かに引き締まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウイニングチケットに肩ごと腕を引っこ抜かれるようなパワーで引っ張られながら、雨の中栗東寮へ赴き、寮母の付き添いも増え、階段を登り廊下を駆け抜け、ようやっとビワハヤヒデの部屋前までたどり着くと、そこには、一人のウマ娘がスマホをいじって待っていた。

 

 「ぜぇ、はぁ、君は、確か――ナリタタイシン、だったっけか、ふう」

 「ふん」

 

 膝に手をつき、肩で息をするあぶみを鋭い碧眼で見下した少女――ナリタタイシンは、腕を組んで無愛想に鼻を鳴らした。

 

 「ぜぇ……」

 

 嫌にオーラを放っているように見える扉へ相対し、ようやく息が整ったあぶみは、三者三様の瞳が、まるで背中を押すように自身を見つめていることに気づく。

 

 「……入るよー?」

 

 ドアノブに手をかけ、恐る恐る捻り、ゆっくりと引いていくあぶみは、ただならぬ雰囲気に思わず唾を飲む。

 そして、

 

 「……!!!」

 

 開け放たれた扉の奥。それを見て、あぶみは顔から表情を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そ、その声は姉…… トレーナーくんか!!」

 

 くぐもった声が、毛の中から聞こえてきた。

 それは、あぶみの二十年強の人生経験をもってしても、全く未知の光景であった。

 

 「……」

 

 思わず頭を抱えるのも無理は無かった。

 

 扉を開けた先には廊下が一本、その奥にリビングルーム兼寝室が置かれている。

 しかし、本来部屋への入り口があるはずのそこには、まるで蓋がされているように、ベージュがかった白毛の壁が形成されていたのである。

 再び、くぐもった苦しそうな声が壁の向こうから聞こえてくる。

 

 「トレーナー君のいう通りにやったんだ!! なのにこんなことに……!! と、とにかく息苦しいわ動けないわで大変なんだ! オペラオー君なんか声も出せて____」

 

 なるほど、部屋の中が髪の毛で埋め尽くされて動けないとなれば、スマホも固定電話も使いようが無い。一周回って冷静に働くようになった脳でそう片付けたあぶみは、すぐさま後ろを振り向く。

 すると、すでに3人のウマ娘は、両手に毛刈り用のバリカンを持ち、準備万端といった様子であった。

 

 「……協力、してくれる?」

 

 寮母は無言で頷き、ウイニングチケットとナリタタイシンは、無言で毛刈り用バリカンをあぶみへ突き出してきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ____これが、後にあぶみがビワハヤヒデとナリタブライアンと酒を酌み交わす際、度々話のタネにされる、“ビワハヤヒデ救出大作戦”の始まりである。

 

 本件に深く関わった学園の問題児にして、マッドサイエンティスト(本人は認めていない)――アグネスタキオンは、こう供述している。

 

 『いや、本来私の研究スペースは他人が踏み入ることを想定していないし、薬の管理にしても“私が判別できれば”問題ないのだから、取り違えの一つや二つ起こっても仕方がないだろ? だから私に非はないよ。

 ……ん? なんであんなことに? うーん、あれは身体構造の強化を目的とした薬品の失敗作だったのだが、それが毛髪の成長に凄まじい効能を示したのかもしれないねえ。

 むむ? そうはならないだろうって? うん。ウマ娘の神秘ってやつだねえ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビワハヤヒデが、アグネスタキオンに対して少しのトラウマを抱くことになったのは、もはや言うまでも無いだろう。

 そして、ことの発端たるあぶみが、臍を曲げたビワハヤヒデへの誠意として、フィリピン・ミンダナオ島産、標高1000m以上の超高地で栽培された世界最高級のプレミアムバナナを購入することになるのも、また必然である。

 さらに余談だが、とある片耳に青いメンコをつけたウマ娘が、事案後数日間にわたり、ビワハヤヒデのことを残念がっているように見つめていたとのことだが、真相は謎に包まれている。




 次回からちゃんと話進めていきます

 ちょっとお気に入り登録とか高評価とか来まくっててビビってます。多くの読者に楽しんでいただけてるなら執筆冥利につきます。繰り返しになりますが、本当にありがとうございます。

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