ぐずついた天候が続いた梅雨が明け、七月も中旬。ジリジリと照りつける日差しの下、青々と茂る木々に蝉が張り付き必死な求愛を叫び、陽炎がゆらめく、情熱的な夏が始まりを告げる。
連日の晴天にトレセン学園を取り巻く沈んでいた雰囲気は吹き飛び、耳障りなほどの蝉の鳴き声を吹き飛ばして、ウマ娘達は鬱憤を晴らすかのように芝を駆けるのであった。
そんなある日、灰を被ったような癖毛をポニーテールにし、半袖のワイシャツに衣替えした彼女――
しかし、彼女の纏う雰囲気には、とても食事中とは思えない鬼気迫るものがあったのである。
(まずい……)
これは、今彼女がすすっているカップラーメンに対する感想ではない。眉間に皺を寄せているのも、頬を膨らませ、神妙に咀嚼しているのも、決してカップラーメンのせいではない。むしろ、彼女はそういった塩っけと油っぽさが悪目立ちする即席系の食べ物が好物である。
では、なぜ彼女はこんな、何かに怯えているような表情をしているのか。
(……)
徐に、あぶみは片手を腰に添えた。女性らしさと痩せすぎを合わせた腰は、まるで小動物かのように小刻みに震えていた。
____その日の朝、トレーナー用の寮にて。殺風景な自室の真ん中に敷かれた布団の上で、彼女は目を覚ました。
『くぁあ……』
寝汗でじっとりと貼り付く薄いTシャツ一枚、下はパンツ一枚であったあぶみは、ボサボサ頭を掻きむしって不快感を隠さずにあくびをし、蹴飛ばされた布団をよそに、当たり前に身体を起こそうとした。
そうして、いつも通り楽しい毎日が始まる。
その筈であった。
『ゔふっ……!?』
汚い悲鳴が、狭い部屋に上がった。
上半身を起こそうと力を込めた瞬間、彼女の腰は軋み音をたて、そして、じんわりと熱のように伝播する痛みを持って、起きあがろうとするあぶみに反旗を翻したのである。
彼女はこの感覚をよく知っていた。
(
図太い彼女でさえ堪えた、徹夜上等のデスクワークと、時には実演を自らの体で行うトレーニングの監督を往復する日々。それは、彼女の痩せギスで貧弱な身体を着実に蝕んでいた。
そのダメージの累積は、姿勢の悪さが祟り、腰に表出してきた、ということである。一応湿布を貼ってみたものの、そんな小細工で止められるものではないのは、
____その時、こんこんとドアをノックする音が、あぶみの耳にはっきりと響き渡る。その瞬間、彼女の強張った表情は、不自然に解け、いつものやる気のなさそうな表情に戻った。
「こんにちは姉さ…… 」
扉を開き、開口一番、上に赤いジャージ、下は体操着のままにした、少しベージュがかった白い癖毛を豊かに伸ばしたウマ娘――ビワハヤヒデは、じっと間抜け面を晒すあぶみを見つめ、たちどころに表情を顰める。
「姉さん。私が記憶している限り、君はここ一週間ほどカップ麺を欠かさず食べている気がするが」
「ビワは真似しちゃだめよ」
と、平静を装った裏で、一人の愚か者は頭を働かせ続けていた。
視線を右下へ落とすと、そこには油染みが点々と跳ねた練習用のメニューの紙切れが置いてある。今日はゲートの練習にコーナリング等、外でのトレーニングが主。ビワハヤヒデと彼女二人で綿密に組み上げたものである。
(少しでも変な動きすれば私の腰は爆発する…… なんなら現在進行形でじんわりきてる。そんな状態でビワのトレーニングの補助をしてみろ……
だが、自主トレーニングにするにも理由が“ぎっくり腰になりそうだから”は格好がつかなすぎる……!!)
「タキオン先輩に弁当を作っているのだから、その時に一緒に自分の分も作れば良いじゃないか……」
「かえすことばもない」
「……」
そう言いつつ、頭を抱えている彼女の目の前で大量の油が浮かんだ汁を飲み干したあぶみは、満足そうにため息をついた。その様はまさしく間抜けそのもので、裏のしょうもない頭の回転はおくびにも出ていない。
突き刺してくるような視線を一身に受けながら、あぶみはやけに背筋を伸ばして姿勢を良くし、
「ふー、よし。今日は外でゲート練のおさらいやらなんやらだ。なんだかんだ、予定してる新バ戦まで時間は無いが…… ま。気楽にやろうや」
「……あぁ」
胡乱そうな表情を浮かべたビワハヤヒデは、渋々、といった様子を揺れた尻尾にのせ、虚飾にまみれたあぶみの目をじっと見つめていた。
「先外行って準備体操でもしてて」
「……」
にこやかに微笑むあぶみとは対照的に、豊満な胸の下で腕を組んだビワハヤヒデの視線は冷たい。
頬の引き攣りを必死に抑えているあぶみの背筋に、冷たさと痺れる痛みが走る。
「……何か隠し事があるわけじゃないな?」
「お前に何隠そうってのよ」
じーわじーわと魂を燃やしている蝉が、オンボロクーラーの駆動音が、あぶみの内心を焦らせる。理屈屋で、一度気になり出したことはとことん追求したがるビワハヤヒデとこの手の話題は、とことん相性が悪いことを、十年来の仲の彼女は身に染みて理解していたのである。
そして、その付き合いが功を奏したのだろう。
「……」
一点の曇りのない金色の瞳は、彼女が完全にあぶみへ背を向けるまで、片時も離されることはなかった。
しかし、ビワハヤヒデは、確かに踵を返したのである。
「……!! っだぁは……」
扉が閉められ、足音が遠ざかっていく音に聞き耳を立てていた彼女は、音が完全に喧騒に混じった瞬間、大きくため息をついて、
前方のデスクへ勢いよく上体を倒した。
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