白黒姉妹に灰被り姉さん   作:にわとり肉

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年上の矜持 終幕

 あぶみの腰は弾けた。安堵から上体を急激に倒したのがトリガーとなって、腰の不調は完全な“ぎっくり腰”へと段階を上げ、ついに彼女へ本格的に牙を突き立てたのである。

 和釘をトンカチで打ち付けられているような激痛に、赤縁メガネのレンズを圧力で破りそうなほど目を見開き、あぶみは轟沈。一向にやってこないことを不審がったビワハヤヒデがトレーナー室を訪れるまでの間20分程、トレーニングメニューの上に突っ伏すこととなる。

 その後、やはりか、と怒りつつも悔しそうなビワハヤヒデに担がれ、その姿を衆目に晒しながらトレーナー用の寮へ直行。片付けも何もされていないあぶみの部屋へ踏み入ったビワハヤヒデの手により敷布団に寝かされ、現在に至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 はだけたワイシャツの下の貼り替えた湿布も、シクシクと泣き喚いて機嫌を損ねる腰には効果が薄い。

 潰れたクッションを足に挟み、左半身を下にして寝転がっている、灰を被ったような癖毛をポニーテールにしたあぶみは、ふと、三白眼を上へ向けた。

 流れ落ちる白毛から金色の瞳が、その三白眼を見下ろした。

 

 「……む、どこか苦しいか? 姉さん」

 

 あぶみの枕元に腰を下ろし、静かにトレーニング教本を読んでいた彼女――ビワハヤヒデは、極めて優しげな声で言う。

 そんな彼女から目を離して、今度は殺風景な部屋全体へ目を向けたあぶみは、力なく視線を下ろした。

 

 「……部屋まで片付けてもらってさー、ありがとね」

 

 と、彼女の口から出てきたお礼の言葉に、その実、どことなく不服そうな雰囲気を醸しているのは、姉妹のように長く接してきたビワハヤヒデには筒抜けなのであった。

 彼女の口元に、困ったような笑みが浮かぶ。

 

 「どういたしまして。だが、随分と不満そうだな、姉さん」

 「……あとは一人でも大丈夫だよ」

 

 視線を合わせようとしない大人を見て、ビワハヤヒデは、目を滑らせていた教本を閉じる。

 そして、

 

 「なあ姉さん。君が高校生の時、初めてぎっくり腰になった時のことを覚えているだろう?」

 

 徐に語り始めたビワハヤヒデは、虚空へ回顧の瞳をやり、その下で、あぶみは途端に複雑そうな表情を浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ____姉さんが実家に遊びにきて、いつものように私とブライアンの3人で遊んでいた日だったか。そう、あの公園で、だるまさんが転んだをしていた時だ。

 

 『だるまさんが…… 転んだっ!!』

 『ん!』

 

 君は優しいからな、ブライアンが勢い余って体をぶらしたりしても、かなり甘めに判定してくれていた。……私も? いや、そこはどうでもいいところだ。

 そうして、私たちはあっという間に距離を詰めて、次のターンで確実に姉さんに触れることができるところまで来ることができた。

 それも相まって、あいつの中にいたずら心が芽生えてしまったんだろう。普段アイツが見せない笑顔をしていたから、少し気にしてはいたが、まさか____

 

 『だるまさんがころ____ぶふっ……!!!? 、!?おが、あっ……』

 

 無防備な姉さんの腰目掛け、頭突きを敢行するなんてな。

 

 当時四歳ぐらいだった私でも、その時の姉さんの声に慄いたし、今考えてみると、約14kgの物体に何の用意もない状態で背後から突撃されることになるのだから、むしろよくぎっくり腰で済んだと思えてくる。

 

 ……そして、その後の姉さんだ。

 

 『あははは!! 私の勝ち!!』

 『……!! はは、お前は凄いやつだ……!』

 

 少しは怒ってよかったろうに、脂汗をかきながらブライアンを抱きしめて褒めちぎって、駆け寄った私にも平然と声をかけて、無理やり笑顔を浮かべて……

 しかも、姉さんは痛みを我慢していることを、極力私たちに悟らせないようにしていたのだろう?

 何せ、この話を知ったのは、その日から一週間後ぐらいに、母さんに説教された時だ。二人で謝りに行った時も、姉さんはまるで気にしていない様子だった____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ____愛おしいように語られるビワハヤヒデの回顧に、まるで膨れっ面の子供のようにして聞き耳を立てていたあぶみは、言葉が途切れたと同時に鼻を鳴らすのだった。

 

 「なあ姉さん。私やブライアンはもう随分大きくなったんだ。もうそこまでして見栄を張ること、ないんじゃないのか?

 姉さんのもやもやの正体はそれだろう?」

 「……」

 

 あぶみの後ろで、小さな嘆息がこだまする。しかし、彼女は頑なさを崩すことは無い。

 

 「私は姉さんの助けになれていることを嬉しく思っているよ」

 「そう。私はお前らのお姉ちゃんだ」

 

 だから____と、口を開こうとしたあぶみに先んじ、目を閉じて微笑むビワハヤヒデは、キッパリと言い切った。

 

 「なら、妹のわがままひとつぐらい受け入れてくれ、姉さん」

 「……」

 

 ピクリと肩を揺らしたあぶみは、お揃いの赤縁メガネの下の目を細め、頭のすぐ近くの妹分の気配が、決して揺らぐことが無いと悟ったのであった。

 

 「……門限には帰りなさいよ」

 「あぁ…… あ、そういえば…… 君、夜ご飯とかどうするんだ?」

 「別に、適当にすませば……」 

 「ぎっくり腰とは内臓が原因で起こることもあるのだ。少しはしっかり食べなきゃある……!」

 

 くどくどと蘊蓄を語り始めるビワハヤヒデを見上げて、あぶみは穏やかに口角を緩めるのだった




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