シーフの孫   作:迷宮の迷子

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承認欲求

再び時は遡る。

一人の少年がいた。

剣術の名家の長男。筆頭は水神と名乗り彼の祖母だ。

不幸にも彼の父母に剣の才はなく、

門下生は彼が水神の名を継ぐことを期待していた。

 

幸いにも彼は凡人では無かった。

また努力を惜しむ事をせずひたすら精進した。

同年代の中では突出した才能と努力、

このまま行けば彼は水神の名を継げるのでは。

皆はそう期待した。

 

しかし、彼にとっての不幸は、彼の両親が彼の才を測る物差しを持っていなかった事だ。

彼の努力を褒めるべき両親は、彼がどのくらい強いのかが分からなかったのである。

それでも努力は評価できたはずだ。

両親だって当初は努力し、残念ながら水神に届かなかったのだから。

しかし、こちらでは水神という目標結果が邪魔をした。

努力だけでは水神にはなれないからだ。

結果として彼はだれにも評価されずに少年期を終えた。

では皆が彼を疎んじていたか、それは否である。

祖母は後継者を指名する責務から彼を褒め称えることはできなかった。

唯一祖父だけが彼を慈しんだ。

訓練の場を見守り、笑顔さえ浮かべて見守っていたのである。

しかし、笑顔だけでは彼にその気持ちは届かなかったのである。

 

そこに第二の不幸が降りかかる。

妹の生誕と、それを引き換えにした母の死、

盗賊相手に殉職した父の死である。

両親を知らぬ娘を祖母は愛した。

 

 

それとは別に祖母は彼の努力を評価し、このまま努力を続ければ水神の名を継がせるつもりだった。そう、彼が、三十の声を聞くまで努力してくれれば水神レイダルの名を継がせるつもりだったのである。

その為、孫娘には過度の期待をかけていなかった。

彼女は家の名誉を守るのでなく、平凡な女性の幸せを掴んでもらうつもりだったのだ。

無論、お稽古事のつもりで水神流を教えた。

水神流は護身術としても有効だからだ。

故に彼女は例の事件が起きるまで「流れ」以外を学んでいない。

彼は面白くなかった。

妹の受けている言葉のうち、いくつかが彼に向いていれば、結果は変わったかもしれない。

彼は彼女に対し剣を振るった。

本来なら愚行であり、代償としてささやかな勝利の高揚感が得られたのだろう。

対価としては当然見合うものではないが。

 

しかし、偶然か、天賦の差か、はたまた幼き娘の単純な防衛本能なのか。彼の剣は妹の流れによってかわされてしまった。

結果として水神流に彼の居場所は無くなった。

 

だが彼はそこで折れなかった。水神流を倒せる剣として、剣神流剣聖の名で開かれた道場の門を叩いたのである。

 

彼は今までの水神流時代の努力で瞬く間に道場内で頭角を表した。

わずか一年、彼が上級の称号を得るのに要した時間である。

無論、過去の貯金がものを言ったのだ。

 

こうなれば自分は剣神流で名を上げてやる。彼はそう考えた。

幸い、妹のところに最近来た少年が北神流と水神流を学んでいる。

置き土産として奴を血祭りにでもし、剣の聖地に行くつもりだった。彼にとってクルーエルの名は既に不要だったのである。

そして、またもや彼がしてやりたかったこと。祖父母に自分の強さを見せつける事はできなかった。

 

保護者たる祖父母はこの責任として彼を放逐するか、殺すかしか責任を取るすべを持たなかったのである。

結果として彼は剣の聖地に送られた。奇しくも彼の望みは叶ったのである。

実は彼は聖地に来てわずか一年で剣聖の名を受けている。

やはり努力は彼を裏切らず、才能がそれを助けたのである。

二十歳には剣王になってやる。

彼は初めて具体的な目標を持った。

 

しかし、またもや彼に不幸が訪れる。

剣王を指名できるのは剣神だけだったのだ。

 

剣神ジノ・ブリッツ

七大列強にして、真の剣神。求めるものを得るために努力し、そして求めるものを得たことによって剣神の名を押し付けられたもの。

彼によっての欲求はうちに向けるもの。己が欲するものを得る事が優先で他人の評価など気にしない。

史上最弱の剣神と言われようが平気だ。

では、彼は?

彼は他人の評価を、己の欲求としたのだ。

些細ながら永久に交わらない価値観。

妹の誕生日に剣王になった自分を見せつけたい。

しかし、彼の欲求はジノにとっては当たり前の言葉で微塵にされた。

「剣王?なりたければどうぞ。」

彼は絶望した。彼はジノに認められ剣王になりたかったのだ。

またもや彼は認めてもらえなかった。

 

絶望した夜、夢の中に神が現れた。

神は彼の努力を全肯定してくれた。

そして神は彼に手段を与えた。

だれかが許可して得られる名誉ではなく

誰もが彼をそう呼ばないといけない地位を得る方法を。

列強二位の座を手に入れる方法をだ。

彼は神の罠に堕ちたのだ。

 

まず、神の計略通り剣神が道場にいる時を狙い、

ジノの妻を

息子を

娘を斬り殺した。

無論、妻は元剣王だ。互角と言える。

しかし既に引退して久しい。

息子も娘も剣神流の剣士だ。

彼等が連携のうまい北神流なら結果は少し変わったかもしれない。

しかし個人技を優先する彼らは各個撃破された。

 

彼は自らの家のエンブレム、水神流の紋章を残して去った。

当然聖地で水神流出身は自分しかいない。これで犯人は彼だとわかるはずだ。

同時に彼は強さと評価を求めるが、決して戦闘狂ではない。

怒り狂ったジノの相手などゴメンだ。

彼は家族を生贄にし、大陸を東へと向かい、ビヘイリル王国に向かった。

彼は無事逃げ通せたのだ。

 

ジノはこの惨劇に言葉を失った。

ジノにとって、家族が、いやニナが全てだった。

もし、殺されたのが息子と娘だけなら、彼は万が一にも暴走を止めたかもしれない。

しかし、彼はニナを狙ったのだ。

ジノが取った行動は神が予想したとおりだった。

 

 

 

惨劇の時、水神流の道場にいたのはイゾルテ、ドーガとセイジの家族、そしてエリスだけだった。

そこにジノは強襲をかけた。目的はギルの居場所を抑えること。万が一にも居ない場合はクルーエルの名を持つものを世から抹消することだ。

 

移動は魔法陣を使った。万が一のためにルーデウスが構築した転移魔法陣ネットワークが裏目にでた形になる。

魔法陣から水神流の道場を目指すジノを見て、誰も不思議には思わなかった。

彼は無表情で且つ狂気のようなものは一切感じられなかったという。

あたかも旧来の友の家を訪ねたようにしか感じられなかったそうだ。

 

それは道場に入っても同じだった。

同じ剣術に係わるものにとって、剣神ジノ・ブリッツは天上人に等しい。

門番はなんの警戒もなく、中に招き入れたという。

 

皆と再会するさいも然り、ドーガもエリスもイゾルテでさえ、警戒を解き招き入れたという。

その中で唯一、予感を察知し警戒の声をあげようとしたものがいた。

セシル・ヌーカディア

セイジの祖母で生粋のシーフ。

「お待ちなさいな!」

彼女が叫ぶのと同時にジノは、ドーガを一刀両断にしてしまった。

「ジノ、一体何を・・・」この状況で迂闊にも機能停止してしまったのが水神レイダだった。

ジノの激昂は間違いなく孫のギルに起因している。

その罪悪感がわずかの時間、しかし達人にとっては致命的な猶予を相手に与えることになる。

 

その場を挽回すべくセシルが動いた。

「あっちに行く順番は守りなさいな!」

腹に炸裂弾を抱え、ジノにしがみついた。

目的は自爆。

盗賊やアサシンを生業としていた彼女ならではの覚悟と装備だった。

同時に左右から父と母が、剣を持ち挑みかかる。どちらかが届けばいい。

しかし、三人の覚悟も決意も無慈悲なまでに通用しなかった。

ジノの剣一閃で三人はその場に倒れ伏した。

 

しかし、この一瞬の間は、レイダを正気に戻すには十分な時間だった。

 

『剥奪剣界』

 

彼女の祖母が編み出し、彼女が引き継いだ世界で二人しか使えない奥義。

戦闘だけでなく、戦場を支配する奥義。

しかし、今回に関して言えば間違いなく悪手だった。

もしドーガが健在なら良かったかもしれない。

 

「いいよ、腕の一本くらいなら。クルーエルの名を持つものを、世の中から消しされるなら。あげるよ、イゾルテ。」

 

水神流の最高奥義すら彼の足止めにすらならなかった。

 

「エリス、逃げなさい!」

水神レイダ・リイアが最後に残した言葉である。

 

しかし、エリスは逃げなかった。

逃げるわけには行かなかった。

 

彼女とセシリア、セイジに深い縁があるわけではない。

つい先日知り合っただけの関係。

でも、エリスにとって、二人は他人ではない。

しかし、息子でも娘でもない。

 

エリスにとって二人は若い日のルーデウスと自分なのだ。

それだけでも二人を守る価値はある。

 

それに

 

ルーデウスを巻き込みたくない!

ここで止める!

 

 

 

 

 

 




承認欲求、自分の価値を外に求めるか、己に求めるか。
ちょっと難しそうかもですが、皆さんはどうですか?
ちなみに岡田斗司夫の動画あたりでこの話は出てきます。

私は実はジノではなくてギルです。
自分が納得できれば、周りの意見なんてどうでもいい。
とは考えられないキャラです。
ジノの考え方は憧れると同時に無理なんですね。
だから読んでくれてる人がいる。それだけで嬉しくて連投しちゃうんですね。
6日で十二話なんてペースで。

シーフの孫はいかがでしたか。

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  • もっと続きが読みたかった。続編あるよね?
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