僕の嫌いな一番星 作:アクア幸せになれbot
昔はそれなりに仲が良かった、のだと思う。
一般的なきょうだい関係というものはよく分からないけど──これまたそれなりに仲の良い友人知人に聞いてみてもそうだった──あのクソッタレな毒親の下に産まれてきてしまったために、自然とお互いを必要とし合っていたから。
物心がついた頃から影も形も知らないチチオヤと、毎日ふらりとどこかへと姿を消しては深夜にアルコールと甘ったるい香水の混ざった嫌な臭いと共に毎度知らない男と共に帰ってくるハハオヤ。四六時中酒を呑んでは気に入らないことがあればすぐに物に当たり散らし、特に酷い時には僕たちにまで暴力を振るった。お腹が空いたと言っても当然のように無視されるし、怒鳴り声のすぐ後に食器が大きな音を立てて辺り一面に散乱し、片付けきれなかった破片で足裏が傷だらけになったこともあれば、グラスの破片が珍しく用意された夕飯の白米に混入して、それに気付けなかった姉が口内を怪我したことも。
学校に呼びつけて道徳の教科書でも読ませれば少しはまともになるだろうかと何度も思った。悪いことをしちゃいけませんだとか、他人を思いやる心を持ちましょうだとか、そんな当たり前だと思うようなことさえ禄に出来ない人だったから。
その学校でも僕らは半ば鼻つまみ者だった。身なりはいつも汚くて体は擦り傷や痣だらけ。服のサイズもまばらでランドセルだってどこから拾ってきたのか何十年も使い古したようなボロ。授業はちゃんと受けていたつもりだけど、明らかに異質な姉弟をクラスメイトはおろか先生たちでさえも関わるのを避けていた。なかにはそういうのに真面目な先生もいて、どうにかしようとしてくれていたようだけど、あの親モドキは外面だけは良かったのかのらりくらりと追求を躱してはその度に追い返してしまったのだ。そうしているうちにその先生も何も言ってこなくなった。そんな小学校生活だったから唯一の楽しみは気にせずにお腹いっぱいにまで食べられる給食だけ。
こんな環境だったから、もはや唯一の家族と言ってもいい姉とはそれなりに良好な関係を築いていたのだ。下手糞ながら怪我の手当てをするのだって僕たちだけだし、家に残された僅かに残された食料を分け合ってなんとか生きてきた。それでも子供特有の我が儘やら何やらで物の取り合いや喧嘩もしたし、数日間に渡って口を利かない時もあった。だから「それなり」。まあ、そんな状態がずっと続いてはいつ死んでもおかしくない日常だったから仲直りもそれなりに早かったのだけど。
親の「愛」を知ることのないままに育ち、あのちっぽけなアパートの一室が全てだった僕たちだったけど、姉との間には確かに「愛」は存在していたのだと。
──そう思っていた。
☆ふたりなら、きっと大丈夫だよね
あのロクデナシが僕たちの元に戻ってくることは二度となかった。
あの時の記憶はいまでも鮮明に覚えている。その日母は朝になっても帰宅しなかった。それが初めてのことでもなかったからただ珍しいね、と姉と会話して腐りかけのパンとヒビ割れたコップの水を両手に朝食を摂っていると、突然玄関の呼び出しベルがなった。酔っ払いが帰ってきたのだと思って機嫌を損ねないためにすぐに玄関の扉を開けると、そこには母の姿はなく、代わりにいつも家賃の催促に来る小太りの大家のおじさんと立派なスーツを着込んだ男の人が眼の前に立っていた。
僕の名前と奥にいた姉の存在を確認するや否や、外に連れ出されると同時に別の数人の大人たちがアパートの中に入っていった。アパートの前で隣の姉が呆けているなか、手持ち無沙汰で正直暇を持て余していた僕はふと横にいる人に視線を向けてみた。大家のおじさんは僕たちを横目で見ていて、僕の視線に気付くとすぐに部屋の中の観察に戻って、暫くするとまた僕たちを見る。気まずそうにしながらもどこかホッとしているようだった。そして「やっとか」と本当に小さな声で呟いた。
当時はまだ小学校低学年で何がなんだかさっぱり分からなかったけれども、どうやらロクデナシがケーサツにタイホされたということだけはなんとなく理解できた。今だからこそ言えることだけど、あれだけ好き放題やって生きてきた代償というか末路が窃盗罪の現行犯とは我が肉親ながらなんとも虚しいというか哀れというか……
そうこうしているうちに
本当は同じところに行く筈だったらしいけど、施設の入所者数の問題で別々にならざるを得なかったようだった。姉は泣いて嫌がったけど、僕たちでどうこうできることでもなく、少し遠いけど県内だし、一生会えなくなるわけじゃないと何故か僕が説得することになったものの、最後には文字通り泣く泣く受け入れていた。
数々の約束を取り付けられて始まった新生活。受け入れ先の職員さんや子どもたちともそれなりに仲良くすることができ、転校先にもそれなりの友達ができてあの地獄みたいな生活とは打って変わって快適な毎日だった。それは姉の方も同じだったようで、約束の週に一度の電話で楽しそうに語る姉の声を聞いて僕は心の底から良かったと思えた。
だけど、その週一の交流を繰り返していく度に僕は姉から妙な違和感を覚え始めた。
☆楽しそうで良かった
嘘は嫌いだ。嘘は人を傷付けるだけだから。
母親は嘘吐きだった。
「もうすぐお金が入るから我慢しなさい」とか「後でしてあげるから」とか、果てには「愛してる」だとか薄っぺらい言葉を並べて僕たちを平気な顔をして騙そうとしてきた。
姉はそんな言葉にも救いを見出していたのか一々喜んでは裏切られてを繰り返した。そんな姉の様子を見て到底母の言葉や母のこと自体も信じることが出来なくなり、気付けばこんな捻くれた性格になってしまった。
だからあの母親のことは今でも心底嫌いだし、嘘そのものも嫌いだ。
だからあの親未満を反面教師にしようと思った。自分はあんな嘘吐きには絶対にならない、本当のことだけを言って正直に生きていこうと心に誓った。
きっとそれは姉も同じだと思っていた。あれだけ騙されてきたのだからきっとそうなんだと信じていた。
あれから数ヶ月経って姉と久々に会うことになった。電話越しに声は聞いていたけど、あれだけ毎日一緒にいたからただ会うってだけでなんだか変な気分になった。
駅前のショッピングモール。付き添いで来てくれた職員さんと待っていると、駅の方から姉が脇目も振らずに全力で走ってきて僕を抱きしめた。
抱きつかれて思い切り頭をワシャワシャと撫でられる。人目も気にしないでまるで溺愛している飼い犬にするかのように撫で回されるものだから嬉しさよりも気恥ずかしさが勝った。
職員さんが苦笑いしながらも微笑ましく見守るなか、手を繋いでモールの中を歩き回った。これが似合いそうあれが似合いそうと服を見繕ってみたり、ちょっとした雑貨店でお小遣いの範囲で買える物をプレゼントし合ったり、フードコートでファストフードを食べながら楽しくお喋りしたり、あの頃では考えられないくらいの時間を過ごした。
僕が近況報告も兼ねて離れ離れになってから起きた出来事を話すと姉はそれをニコニコしながら自分のことのように嬉しそうにしながら聞いていた。そんな嬉しそうな姉をもっと喜ばせようと些細なことでも何でも話した。どんなことでも真剣に、正直に。
たった数ヶ月の間に起きた内容だったから流石にそのうちネタも尽きてしまい、今度は僕の番だと姉に話をせがんだ。待ってましたと言わんばかりに姉もいろんなことを話してくれた。普段の施設の様子や街の環境、学校での出来事、友達との思い出エトセトラエトセトラ……
──嘘だ
その瞬間、直感的に、本能的に、感じとった。感じてしまった。大好きな姉が、大嫌いな嘘を吐いている。
分かってしまった。あの電話の時からずっと、嘘を吐いていたんだと。
僕に心配をかけさせたくないとか、楽しんでほしいとかそういった思惑があったのかもしれない。それでも、僕は正直に話して欲しかった。楽しくない、つまらない、不安だ、変に気遣われるくらいなら素直な気持ちを聞かせて欲しかった。
その後は当たり障りのない会話をして別れて職員さんと一緒に施設に帰った。多分、こうして出かけることもなくなるだろうな、なんて思いながら。
嘘は人を傷付けるもの。これが僕があの親から学んだこと。
姉は僕を傷付けたかったのか、それとも違うのか。
今となってはどうでも良いことなのだけども。
★僕を嫌いになったの?
母親が出所したと聞いた。まあ、ただそれだけ。あの人のことだから引き取りになんか来るはずもないとは思っていたけど、予想通りも良いところで流石に失笑してしまった。
それでも姉の方はそれなりにショックを受けたのか電話越しに弱っている様子が伺えた。それ以外は変わらずの嘘吐き具合だったけど。
中学に上がってからは姉とは疎遠になっていったものの、一方的に情報は入ってきていた。アイドル好きな、所謂ドルオタの部活の先輩が興奮した様子で、あるアイドルグループについて語っていたからだ。
姉は「B小町」というグループでアイドルデビューを果たしていた。元々ライブハウスやら何やらでパフォーマンスをする地下アイドルだったのが、ここ最近で人気をつけ始め、この間の週間のCDランキングに初めてランクインしたのだと先輩が教えてくれた。そこでは姉は絶対的エースとして特に人気で、先輩の最推し?でもあるらしい。
密かに持ち込んだという雑誌のページにデカデカと映る姉は確かにきらきらとしていて、誰しもが思いつく理想のアイドルのようだった。理想的すぎて気持ち悪いくらいに、一番星のように輝く瞳と嘘に塗れた笑みを顔に貼り付けながら。
芸名か、記事には「アイ」という記載しかなかった。他のメンバーには高峯や渡辺もいたから星野姓を使っているのかと思いきやどうやらそうではないらしい。(よく見ると、他にニノという明らかに名字ではないメンバーもいた)
別に言い触らすようなことでもないとはいえ、おかげで先輩には姉弟だとバレずに話をやり過ごすことが出来ていた。ほとんど毎日同じような話ばかりする先輩に少し辟易としていて、その原因が姉にあると知ってから発散のしようのない苛立ちを抱えていたけど、唯一そのことだけは感謝した。
ファンに
ドルオタ先輩が卒業した年のある日にその人に出くわした。サトーだかサイトーだかと名乗った男性はB小町が所属する芸能プロダクションの社長なんだとか。差し出された名刺に記された肩書とどう見てもヤの人か、良くてチンピラといった見た目のギャップに困惑しているうちに、何故か宮崎県にまで飛ぶことになってしまっていた。本当に謎である。
向こうの空港に到着して近くのレンタカー店で車を借りると、社長さんは運転しながら今回の強行の訳を話しだした。
曰く、姉が妊娠しているというのである。しかも、相手は秘密と言い張って一切分からないのだそう。そしてそのまま産むのだと言っているとか。母親の連絡先なんて当然知る訳もないし、他の親族もいるのかどうかさえ分からないことから、唯一所在の明らかな血縁関係者である僕に声がかかったということらしい。
本当に意味が分からなかった。僕がこうして誘拐同然で宮崎にいる意味も、コワモテのおじさんと昼間から二人きりでドライブしている意味も、姉の目的も何もかも。
中身のないような会話を挟みながら退屈を紛らわせつつ、入院しているという宮崎総合病院に着いたのはそれから数時間後のこと。随分と田舎の病院にいるものだと呟くと、サイトーさんは療養目的とスキャンダル対策なのだと草臥れたように言った。人気アイドルの活動休止の理由が──実はその時初めてそれを知った──まさかの妊娠出産、確かにメディアからすれば格好のネタだろう。一週間くらいならお茶の間に絶えず話題を提供し続けられるくらいの火力だろうか。事務所社長が気を遣うのも道理だった。
病室に辿り着くとそこには姉の姿はなかった。どうやら検診か何かで出ているらしい。するとすぐに社長さんも仕事の電話が入ってしまいどこかへと消えていった。手持ち無沙汰になってしまい暇を持て余していたので、なんとなしに開放されていた屋上に行ってみることにした。天気も良く、夕日に照らされる自然の景色がすごく綺麗だった。いつも見ているものとは違う光景を前に手摺に肘をついてぼんやりと黄昏れてみる。
気付くと一羽のカラスが留まっていた。じぃ、とこちらを見つめていると思うと何処かへと飛び去っていった。カラスは知能が高くて人の顔すら認識できると聞いたことがあったので、ひょっとしたら覚えられたのかなと頭の片隅で思った。
★僕は何のためにこうしてここで生きているんだろうね
何時までそうしていたのか気付けばすっかり日も暮れてしまっていた。夜にもなればいっそう肌寒く、流石に戻ろうとしたとき、誰かが屋上に上がってくる気配がした。気にすることなくすれ違えばそれで済んだことなのに、どうしてか咄嗟に身を隠した。
やって来たのは眼鏡をかけた白衣の男性。スマホを見ながら何かを呟くこの人は恐らくここの医師なんだろうと思いながら息を潜めていると、また誰かがやって来た。今度は姉だった。明らかに肥満とは異なる腹を抱えていた。
男性と姉が会話をする。内容からしてこの先生は姉のことを知っているらしく、アイドルを辞めるのかという至極真っ当な問いを投げかけた。だけど、姉は辞めないとあっけらかんと言い放った。そして、
──
地雷を踏まれた。その言葉だけはどうしても受け入れることができなかった。嘘が愛?そんなことがあるわけがない。なら、あの人がしていたことは愛になって、あの頃の僕たちの関係は全て嘘になって──
喉奥から込み上げるモノを必死に抑えながら只管時が過ぎるのを待った。長い長い、とても長い時間が過ぎたように感じられ、ようやく落ち着きを取り戻した僕は急いで戻ろうと立ち上がった。面会時間もとっくに終わっている時刻になっていたから若干の立ち眩みも無視して出入り口に向かうと後ろから声をかけられた。振り向くと姉と話をしていたあの医者が立っていた。隠れていたのに気付いていたらしく、施錠を理由にお小言を貰った。素直に謝って立ち去ろうとすると、姉のことで呼び止められた。僕が蹲っている間に色々とお喋りしてくれたようだ。我ながら素っ気ない態度で一言二言答えて、ついでに世話になるのだからと姉のことを先生に頼んで今度こそ屋上を後にした。
ロビーに辿り着くと社長さんが待っていた。いつまで経っても戻らない僕に憤っていたけど一度自分の都合で離れた手前、あまり強く言えなかったようだった。
近く──といっても車で30分程の距離──の宿で一泊することになった。どこか古くて、良く言えばノスタルジー溢れる感じ。このまま時代の流れに取り残されていきそうなそんなところだった。ついていけるのは多分部屋に設置された地デジ対応テレビくらいだろうか。
明日どうしたいのかという部屋に入ってきたサイトーさんの問いに対してシンプルに帰りたいと答えた。そうか、とただ一言が返された。何をするでもなく無言でいると、サイトーさんはポツリポツリと姉のことを語りだした。スカウトしたときのこと、アイドル活動中のこと、未だに名前を間違えること、今回の騒ぎのこと。
何も言わず、ただじっと話を聞いていた。口を挟むのも何か違うと思ったし、何より眼の前にいるこの人がどこか後悔しているように感じられたから。
言いたいことを全て言い切ったサイトーさんは自分の部屋に戻っていった。最後に姉と仲良くしておけと言い残して。
一人きりの部屋で大の字になって寝転んだ。こうして誰もいない空間で夜を迎えるのは初めてのことだった。
布団を敷いて寝る準備をする。洗面所に備えられたアメニティの袋を開けて歯を磨き、用が済むとそのまま電気を消して布団の中に潜った。
今までのことが頭に浮かび上がってきてしまってなかなか寝付けなかった。備え付けの時計を見ると既に日を跨いでいて、これ以上は明日に響くと思ったもののやっぱり寝られそうになかった。
眠れないことに若干の苛立ちを覚えて気晴らしに部屋の窓を開け放った。冬の厳しい寒さに身が竦んたけど、逆にそれが心地良かった。
見上げると澄んだ冬の空気が満天の星空を映し出していた。深夜の宮崎に星々の海が何かを祝福するかのように強く輝く。今度こそ、ちゃんと眠れる気がした。
帰ってから暫くして、サイトーさんから無事に双子を出産したと連絡があった。形式的なお祝いの言葉を姉に伝えるようお願いし、そのまま電話を切った。思うことは特になかった。せいぜいこの歳で叔父さんか、としか。
そうして姉は子供を、家族を手にした。
★なら、僕はもう居なくても良いのかな?
それから4年が経った。僕は高校3年生、つまりは受験生というやつになった。施設の入居は18歳まで。一応条件さえ揃えば20歳までいることは出来るそうだけど、高校卒業と同時に出るつもりでいた。就職も考えたけど、今の御時世ではあまり良い所には就けそうにもなかったので取り敢えず奨学金を貰いながら大学に行くことにした。脳みそに進学のための内容を叩き込んでいると、一本の電話が入った。姉だった。
内容は端的に言えば会わないかというものだった。子供たちがどうとか、どこから情報を仕入れたのか進学先がどうとか色々と理由付けをしていた。受験するのを知っているのなら尚更放っておいて欲しかったけど、なんとなく了承した。理由は自分でもよく分からない。いつもの嘘が感じられなかったからなのか、東京の大学もいくつか受けるつもりだったからその下見に丁度良かったのか、或いは高校卒業を前に一度今までのことを精算しておきたかったのかもしれない。ただなんとなく、会っておいた方が良い気がした。
指定された約束の日、東京に出てきた。広大な駅に迷いながらもなんとか外に出てきた僕を待っていたのはサイトーさんの奥さんだというそれにしては年若い女性とどこか面影のある男の子と女の子、つまりは姉の双子の子供たちだった。
迎えの車内で自己紹介がてら奥さんと世間話を交えた。どうやら社長夫人でありながら双子のベビーシッター紛いのことをしているらしく、流石に同情を禁じ得なかった。ふと街に目をやると大きな看板にB小町の写真があった。ドームでのライブ開催の告知だった。へぇ、と思わず声に出すと奥さんが明日やるのだと教えてくれた。何故そんな重大な日の前日を指定したのかと思うと同時にサイトーさんではなく初対面の奥さんが来た理由がなんとなく分かった。
後部座席でチャイルドシートに座る子供たちの様子を伺ってみる。女の子の方は初めて見る叔父に警戒しているのを隠そうともせず、男の子の方は複雑そうな顔をしていた。名前を聞いていなかったことに気付いて尋ねると、男の子はアクアマリン、女の子はルビーということが分かった。漢字にして愛久愛海と留美衣。とんでもないキラキラネームである。姉のセンスを疑った。
マンションに着いた。部屋の前に行きインターホンを鳴らすと姉が出てきた。ルビーちゃんが真っ先に姉に抱きつく。相当のママっ子のようだ。その様子を見ながら短く久しぶりと告げた。
引っ越しをしたばかりというまだ生活感の薄い部屋の一間に荷物を預け、適当に買った土産物を渡した。旅行先で取り敢えず社交辞令のために買っておくような、そんなありふれた和菓子の箱詰め。それが今の僕たちの距離感を表していた。
姉と会話をする機会はほとんどなかった。ルビーちゃんがあれこれとずっと構ってもらおうとしていたからだ。母親を取られたくないからなのか、それとも単純に僕が嫌われているのか。多分後者だろうなとなんとなく分かった。
そんな僕の話し相手をしてくれたのはアクア君だった。アクアマリンは長すぎて皆呼んでないし
アクア君は僕のことについて聞きたがった。何か面白いようなことはしていないし、つまらないと思うけど、何故か真剣な表情を見せるアクア君を無碍には出来ずに、最終的には奥さんも加わった相手に何もない半生語りをした。
夕方、インターホンが来客を報せた。未だにルビーちゃんの全力妨害に遭っている姉に代わって玄関を開けると、サイトーさんが両手にビニール袋を引っ提げていた。中身は大量のお酒で、これから明日の前祝いをするつもりらしい。再会の挨拶もそこそこに中に入ってもらう。
サイトーさんはえらい上機嫌で酒を空けていった。長年の夢だったというドーム公演がすぐそこにあるのだから仕方ないとはいえ、あまり呑みすぎると明日に支障が出てしまうのではないだろうかと心配になる。大事なライブ当日に二日酔いの社長とか関係者絶対に嫌でしょ。
少し離れてリビングを眺める。ものすごく楽しそうなサイトーさんに遠慮ない物言いで絡む姉と、引っ付いているルビーちゃん、少し呆れ気味だけど幸せそうなアクアくん、それを見守る奥さん。なんだか一家団欒のワンシーンを見ているようで、姉は本当に家族を手に入れたのだと改めて思った。その中に混ざる血の繋がりがあるだけの僕がどうしようもなく異物であると認識してしまい、どうしようもない疎外感があった。
そんな折、社長が姉に対して大事な時期なのだから子供たちの父親には会わないよう釘を刺した。その大事な時期に酔っ払いまくっているこの人が何を言っているのかと奥さんが冷たい目で見るなか、姉は双子を抱きながらもちろんだと返した。僕も順当だと思ったし、姉もアイドルでありながら子持ちであることに真剣に向き合っているのか
もはや泥酔しているサイトーさんを抱えて奥さんが帰っていき、子供たちも眠りについた。元々適当にホテルを取る気でいたけど、姉弟だから問題はないと姉の強い要望により泊まることになっていて、まだ起きていた姉におやすみと一声かけて臨時の客間に入ろうとした。すると、緊張を孕んだ声で名前を呼ばれた。振り返ると姉は一枚の紙切れを差し出していた。見てみるとそれはライブの関係者席のチケットだった。
──明日のライブ、見に来て欲しいんだ。
──終わったら二人でちゃんと話がしたいの。
──お願い。
嘘偽りのない真っ直ぐな視線が僕を貫く。僕にはない、その星の煌めきがこちらを見つめている。
僕は何も言わずに、そしてしっかりとチケットを受け取った。
翌朝、昨日と同じくインターホンが鳴った。おねむのルビーちゃんの着替えに構っていた姉が多分社長の迎えだから代わりに出て欲しいと言った。
僕もまた同じく玄関の扉を開く。そこにはどこか見覚えのある全身黒ずくめの男が立っていた。
☆今なら、きっと。
……ああ、寝てた。
夢、いや多分走馬灯ってやつかな。色々と思い出してたよ。
二人の教育、ちゃんとしなよ?幼い頃の躾ってこういうところに出るんだって、身をもって思い知ったよ……
いやあ、それにしてもまさか中学の時の先輩に刺されるとは思いもしなかったや。
それも、姉さんの男だと思われたなんて……そんなに似てないかな?それなりに似てるパーツあると思うんだけど……前から気付かれてなかったしやっぱ似てないんだろうね。
……ん?あれ、先輩のこと知ってたんだ……?
へぇ、握手会に、ね……アイアイ煩かったけど、そんなにのめり込んでたんだあの人……
玄関のそれ、プレゼントだったんだ……めちゃくちゃセンスいいじゃん……
……アクアくん、ごめん……傷、押さえてくれて、ありがとうね……
うん、もういいから……これじゃ、もう、無理でしょ……
ルビーちゃんもごめんね……あんまり、こっち見ない方が良いよ……
……もう、泣かないでよ……化粧、ドロドロじゃんか……
ていうかさ、こんなことしてて良い訳?こんな、血で汚れちゃってさ……遅刻するんじゃないの……?
……いや、どうでも良くはないでしょ……サイトーさんの夢なんでしょ、ドーム公演……夢、叶えてあげなよ……立派な親代わりなんだから……
……あ、そういえば、忘れてた。今日、誕生日、じゃん、ね。
ははっ、誕生日プレゼントが、ドームライブって……あの人、色々と、すごいな……
……ん?プレゼント?ないよ、今、思い出したんだから……ごめんだけど、そこは、諦めてよ。
……ま、取り敢えず、安心、かな。
今の姉さんには、家族がいる。あんな暴力母親じゃない、顔も知らない父親なんかじゃない、二人とも、立派な……
……弟は、別にいいでしょ……子供たちがいるんだから……
…………
あー、なんか、ちょっと、楽に、なったか、も……
これは、多分、大丈夫、だろー、なー……
……バレバレ、か……そりゃ、そうだ……
……僕は、嘘が、嫌いだ……
……だから、さ……二人に、だけは、ちゃんと本当の、気持ち、伝え……
じゃなきゃ……一生、許さない、からね……
…………
……ああ、良かった……
これで、噓吐き、は、卒業、だ……
……じゃあ、これは、僕の、気持ち……
……じゃあ、ね……
……僕の
うそつき
小説自体書くの久々な上、ほぼ地の文だけで一万文字オーバーとか単なるバカ
誰か続き書いておくれ
以下、備忘録
☆オリ主弟くん
色々と拗らせているシスコン野郎。
拗らせ感出したかったが故によく分からんやつになった。
嘘嫌いのために嘘を見抜ける。推しの子版清姫かもしれない。
体の9割はお姉ちゃん成分で出来ている(無自覚)
本人視点の回想という体のため名前が出てこなかった。一応名前はある。別にキラキラネームではなく、ありふれた感じのやつ。
また、その名前のおかげで一度おっ死んだら生まれ変わることは一切ない。原作アイもそうっぽいし、多少はね?
瞳には一番星はなく、代わりに無数の星が輝いている。
★星野アイ
生き残った。その後盛大に曇る。
アイドル頑張ったのも、内緒で子供作ったのも全部弟のためという超弩級ブラコン。拗らせているという意味ではファミコンでもある。
頼れる姉でいるために弱い本心を隠そうと嘘を重ねてしまった。その結果がこれである。全部アイちゃんのせいです、あーあ。
双子には愛してるを言えたものの、結局一番伝えたかった相手には言えず終いだった。
なお、某氏にはガチで連絡していない模様。
★星野アクア
推しは死ななかったが推しの推しを救うことが出来なかった。
雨宮吾郎時代に色々と聞かされていたため、アイの目の前で死なせてしまったことにめちゃくちゃ後悔の念を抱く。
原作通り、真犯人を探すために芸能界に身を置き続けるが、アイが死ななかったことから復讐ではなく真っ当に罪を償わせるのが目的となる。完全にサスペンス物と化す。
そのため用いる手段が多少緩くなり、特定により時間がかかる。いのちだいじに。
☆星野ルビー
目の前で人が刺殺されたことに相応のショックを受けるも、オリ主が死んだことよりもそれに曇る母の姿を見て曇る。
オリ主のことはアイから度々話を聞かされていたものの、今まで禄に接してこなかった癖に有名アイドルになった途端に近づいてきた糞男としか思っていなかった。
弟の死から立ち直れない母を元気付けるため、ルビーちゃんは今日もアイドル活動に力を注ぐ。
★斉藤壱護
それなりに曇った。
トータルで直接オリ主と会ったのは2回しかないが、なんやかんや気にかけていた。
特にアイをスカウトする際に言い放った例の言葉が姉弟仲を裂いてしまっていたのではないかと一生後悔する。
アイが死ななかったので多分失踪はしない。
☆斉藤ミヤコ
単なる他人に過ぎないけど、何故だか放っておけなかった。推しの子随一の聖人だからね仕方ないね。
別にオリ主の顔が好みだったからとかそんなのではない。いやマジで。ホントホント。
今後は塞ぎ込むアイのサポートに回っていく。
★ドルオタ先輩
リョースケくん。いつの間にかオリ主の先輩という位置付けになっていた。
ブッ殺すと心の中で思ったものの、行動は完了しなかった。
その後病んで自殺。救いはない。
★某氏
ここではアイからの住所情報がなかったため手出しが出来なかったらしい。
アイには手を出している。姫川愛梨にも手を出している。多分他にも手を出しているんじゃないかな。
★母親
釈放後もなんとか生き永らえた。
裏でとある人物から情報提供、及び資金提供を受け引っ越ししたてのアイの自宅を特定していた。
今会いに行くからねぇ!と意気込んだところで何者かに殺されてしまった。犯人は一体誰なんだ……
多分探偵アクアマンの調査上の重要参考人になる。