僕の嫌いな一番星 作:アクア幸せになれbot
■原作の描写に合わせ、一部内容を変更(12/11)
(あっこれ夢だ)
アイは思った。気が付くとそこはかつて暮らしたアパートの一室だった。同じような部屋に迷い込んだ訳ではない。あまり意味を成していなかった食器棚、畳の上の小さなちゃぶ台、壊れかけのブラウン管テレビ……全て自分の記憶の中の風景と一致していた。
「うーん、これがメイセキム?ってやつかあ。初めて見たかな」
声に出して自分の現状を認識できる程度に意識がはっきりとしていた。夢が醒める様子もないので、仕方なくアイは畳の上に腰を落ち着かせて周りをキョロキョロと見渡した。
懐かしさと同時に恐怖心が少しずつ蘇ってくる。確かにここは心から■■■ている弟と一緒に暮らしていた思い出の場所だ。もう離れ離れになって5年近くが経ち、弟が中学生になってからは部活などを理由に、そして自身のアイドル活動もあって疎遠になってしまっていたが、アイにとっては間違いなく■■■■家族との大切な記憶の詰まった場所だった。
だが、それと同時にこのアパートはアイのトラウマの場所でもあった。今思い返しても余りにも苦い記憶。常にアルコールに酔っている母親、繰り返される暴力、時折やって来る男から向けられたイヤな視線がアイの心に深い傷を与えた。弟がいなければ自分はとうに壊れていたかもしれないとアイは何度も本気で思った。ましてや、こうして生きていたかどうかさえも。
『アイ、いつまでボーっとしているの。早くしないと遅れるわよ』
突如、後ろから声がしてアイはビクリと肩を跳ねさせた。恐怖がじわりと滲み出て、心臓がバクバクと鳴りだした。見たくない、何も聞きたくない。そう思いながらも恐る恐る振り返ると、アイの母がキッチンの前に立っていた。
「え、おか、あさ、ん。え、いや、え、なんで……え?」
『なんでじゃないでしょう。昨日アンタ、あの子とデートだーとか言って浮かれてたじゃない。本当に遅れても知らないわよ』
いくら夢だとしてもおかしい。あの母親が最後に見た時の容姿のまま母親らしい言動をして、まるで手のかかる子供だと言わんばかりに少し呆れたように、しかしながら■■■■そうにアイに視線を向けている。アイの頭が混乱と困惑で埋め尽くされていく。なんと言えば良いのか、どうするのが正解なのか、どうしたら目の前の女を怒らせずに済むのか、アイには分からない。だが、アイが今まで培ってきた自身の在り方が半ば自動的に返答をしていた。
「あっもうこんな時間!?もーお母さんってばもっと早く言ってよぉ!」
星野アイは噓吐きである。それが生まれついてのものなのか、成長するにつれて身につけたものなのかはアイ自身でも定かではない。ただ分かっているのは自分はどうしようもない噓吐きであるということだけだった。例えそれが自分の夢の中であっても変わることがない程に。
『さっきも声かけたでしょ。なのにアンタ大丈夫とか言ってずっとダラダラして』
「えー、いいじゃんちょっとくらいさー。ってホントに遅刻しちゃう!」
嘘を吐く。今も感じる恐怖心に蓋をし、「ただの親子」のふりをして、なんてことのない会話をするふりをして。そうして嘘を重ねていく。これが正しいのだと、自分に言い聞かせながら。
(なんで夢の中でも噓吐いてるんだろ。ま、演じるのは嫌いじゃないし、得意な方だけどさ)
そんな自分がたまらず嫌になる。噓吐きの才能をまざまざと見せつけられているようで思わず嘆息しそうになる。だがアイは知らない。こうすることでしか自分の身を守ることができない。それ以外の方法を、アイは知らないのだった。
自己嫌悪のなか、何処に行くかも分からないまま出かける準備をする。最近購入したばかりの私服に着替え、初めての給料で手に入れたお気に入りのリュックを背負う。夢特有のチグハグさを感じてなんだか可笑しくなった。
『アイ』
急いで靴を履いていると、母が名前を呼んだ。
『行ってらっしゃい』
短くそう告げられた。慈■の目でアイを見つめ、微笑んでいる。絶対にあり得ない、現実では一度も見たことのない母の表情。それがとても恐ろしく、気持ちが悪く、頭がどうにかなりそうだった。未だに整理がつかないまま、アイドルを始めて手にした完璧な笑顔が自動的に貼り付けられ、「母と娘」としての最適解の
「行ってきます!」
☆
いつの間にか景色が変わっており、かつて弟と出かけたショッピングモールの中にアイは立っていた。最後に行ったのはもう何年も前のことだというのに、あの日の光景がそっくりそのまま映し出されていた。
行ってきますと答えたは良いものの、夢の中の予定など分かるはずもなく、アイはどうしたものかと思い悩む。考えたところで答えは一向に出ず、特に何もする気もないのでふらふらと少し歩き回り、館内を物色し始めた。だんだんそれにも飽きてくると、広場に設けられた一人用の腰掛けに座った。陳列された服や雑貨、フードコートのメニューのどれもが見たことのある物ばかりでこれも夢ならではかとアイは独りごちた。
『アイ?こんなとこで何してんの?』
今度は誰が出てきたのかと顔を上げる。聞き覚えのある声だったので知り合いであるのは間違いなかった。
「あ、高峯だ。やっほ」
『やっほ、じゃなくて。今日予定あるとか言ってなかった?なんでここにいんの?』
グループメンバーの高峯だった。顔や体付きは先日のレッスンで見たままであるのに、B小町結成当時、つまりはまだ仲の良かった頃にメンバー全員で一緒に買い物に行った時の格好をしている。それから数年が経った現在の成長した姿とのギャップが大きく、夢が見せる滅茶苦茶さがアイの腹筋に僅かながらのダメージを与える。
「さあ?私も分かんない。強いて言うなら分からないことを分かるための……なんていうのかな、自分探しの旅ってやつ?」
『いやいや、もっと意味わかんないってそれ。なんでアンタって昔っからこう、滅茶苦茶っていうか、突拍子もないこと言い出すかな』
「我思う故に我ありってやつだね。ほら私って天才だからさ」
『それ絶対使い方間違ってるから。合ってたとしても昔の哲学者に謝りなってレベルだから今の。……何笑い堪えてんの?』
「……なんでもない」
『なんかムカつくんですけど。取り敢えず謝って、私に』
昔を思い出して思わず笑みが溢れた。高峯をはじめ、B小町メンバーとはもう随分とまともに口を利いていない。マイクパフォーマンスで掛け合いをすることはあっても、それはあくまで台本の台詞を諳んじているにすぎず、プライベートでの会話は皆無になってしまっていた。
『あれ、アイにたかみー?奇遇じゃん!』
『おやおや、もしかして二人してお忍びってやつですかな?』
そこにニノと渡辺まで現れた。ニノは偶然見かけた制服姿で、渡辺に至っては何故か昔のライブ衣装を身に纏っている。アイの表情筋が限界を迎えた。周りを気にすることなく、目に涙を浮かべながら高らかに笑った。
『なんで?なんか笑うとこあった?』
『すっごい笑うじゃん。え、アタシらなんか変?なんか顔に付いてる?』
『別にいつも通りでしょ。寧ろアイの方がおかしいんだって。やっぱ謝れこのヤロー』
「アハッ、アハハハハハハハ!い、いつも通りって!その格好でいつも通りって!可笑しすぎるよっ!アハハハハハハハ!」
『失礼極まりないなあ!?』
只管笑った。腹を抱え、顔と腹筋が痛くなるまで笑った。夢の中とはいえ、これほどまでに笑ったのは一体いつぶりだろうかとアイは思った。心の底から笑えたことなどこの数年間はただの一度もなかった。そんなアイの様子を見て三人が姦しく騒ぐ。かつて見た日常のワンシーンがそこにはあった。
(でも、結局夢なんだよねこれ)
そんな中でも冷めた目で己を客観視してしまう。また三人と仲良くなりたい、笑い合いたい、心の奥底で燻るこの願望がこの夢を見せているのならば、なんて自分は都合の良いことを願っているのだろうとアイはまた自己嫌悪に陥る。メンバーとの間に溝が出来ているのは他ならない自分のせいであるというのに。そしてその関係のままでい続けてしまっているのも自分のせいなのに。
その気持ちにすらアイは
だが、そこには本心があった。騙しきれることのない、ひょっとしたらアイ自身すら気付くことの出来ない程に心の一番深い場所にある、たった一つの本音。それがアイにこの場で笑顔を作らせていたのかもしれない。ただ、今この時だけは笑っていたかったのだった。
☆
その後もこのヘンテコな夢は続いた。懇意にしている
それに伴ってか、学校、事務所、ライブ会場、カフェテリアと風景も移ろっていった。滅茶苦茶すぎてアイ自身もどうしたら良いかまるで見当もつかない。困惑の中に居ながらもその場の最適解な
「で、今度はどこなのかなここは」
そして気付くとアイはあるマンションの一室にいた。そこには誰も居らず、揃えたばかりであろう真新しい家具だけがこの部屋の住人のようだった。
「んー、見たことのない場所だなあ。ホントどこなのここ。夢ってやっぱりなんでもアリなんだ」
探索するも特にめぼしい物はなく、アイはリビングルームに置かれた椅子に腰掛け、ダイニングテーブルに肘を付いた。精神的疲労を感じ溜息を一つついて、この摩訶不思議な夢は一体いつまで続くのかとアイはぼんやり思った。
ふと、テーブルの上に何かがあるのが目に付いた。木製のシンプルな写真立てがうつ伏せになっている。アイはそれが無性に気になって写真立てをひっくり返した。
「っ!これっ」
フレームの中にいたのは幼い自分と弟だった。一度だけ、母親に連れ出してもらった小さな遊園地で係員が撮ってくれた思い出の写真だった。母親の逮捕の際の慌ただしさのなかでいつの間にか紛失してしまっていた、大切な家族との、あの頃の唯一の記録。それがこうして自分の手の中にあることにアイは感動を覚えた。
「懐かしいなぁ……どうしても見つからなくて泣いちゃって、あの子にも迷惑かけちゃったんだっけ……」
指先で弟の顔を撫でると自然と顔が綻んだ。この写真が所詮夢が見せている物であることなど、アイ自身がよく分かっていた。それでも溢れ出る気持ちを抑えられない。胸から湧き上がるポカポカとして、ふわふわと浮き上がるような、■■■しい感情がアイを支配する。しかし、心地良い筈のそれがアイを苦しめる。
「分かんないよ……コレがなんなのか……誰か、教えてよ……助けてよぉ……」
アイにはこの感情の正体が分からない。それを人は「愛」と呼ぶのだろうが、アイはそれを知らない。故に苦しむ。答えの出ない無限回廊となって、知りたい筈の「愛」がアイを苦しませる。
「会いたいよぉ……ねぇ、お姉ちゃんを助けてよぉ……」
写真を胸に抱いて弟に助けを求める。涙が溢れ、嗚咽が漏れ出した、その時。
インターホンが鳴った。ドキリと心臓が跳ねる。予想外の出来事に思わず立ち上がった。
「出た方が良いのかな……ここうちじゃないけど……」
暫く躊躇っていると、二度目のチャイムが鳴る。また鳴り出すかもしれないと思い、アイは涙を拭って玄関へと向かった。
「……お母さんじゃ、ないよね……」
かつてのトラウマが思い出される。先ほどまで優しい顔をしていた母親が今度は鬼の形相で現れるのではないかと心が悲鳴を上げている。なんとかそれを無視してドアの前に立ち、そして深呼吸を一つしてから扉を開いた。
「あっ……」
居たのは母親ではなかった。まだ新しい大きめの学ランを身に着けた、自分の顔とよく似た少年だった。姉さん、と少年が短く言う。
『久しぶり』
「────っ!」
告げられたのはたった一言だけ。だが、アイにとってはそれだけで十分だった。たったそれだけでアイの体は歓喜にうち震え、心が幸福で満たされていく。アイは少年に飛びかかってその体を抱きしめた。二度と離さないと言わんばかりに。そして、二度と失くさないように。そして嘘を纏わない満面の笑みで少年の名を呼んだ。
「カイトっ!!」
☆
「……ゆめ」
見覚えのある天井、そして部屋。良いところで目が覚めてしまったと思いながらアイはゆっくりと体を起き上がらせた。ところが未だ残る睡魔に抗えず、無意識的に布団の上に突っ伏す。
「今日、予定……」
突っ伏した体勢のまま顔だけを壁のカレンダーに向ける。そこには具体的な予定は記入されておらず、ただ小さく黒い星のマークが落書きのように描かれていた。
「あー……今日ってあの日かぁ……集合ってどこだったっけ」
のそのそと起きて気怠げに出かける準備をする。安物の簡素なTシャツとスキニーパンツに着替え、最低限の化粧を施す。適当な手提げバッグに貴重品を放り込んで、最後に長い髪を括ってキャップを被った。
「行ってきまーす」
誰もいない部屋に向かって呟くように告げた。外に出てメモに記された行き先を確認する。目的地を頭に入れると用済みになったメモを破り、それを街角のダストボックスに捨てた。待ち合わせ相手との取り決めだった。
正直気が乗らない。だが、自分の夢を叶えるためには必要なことだった。そのことを思いながらアイは歩を進めた。
「終わったらラーメンでも食べに行こうかな」
今朝見た夢のことはほとんど彼方へと消え、頭の中には既に別のことが浮かんでいた。
ルーキー日間2位を記録することが出来ました。
推しの子パワーありきとはいえ、評価して頂けるとすごく嬉しいものですね。
改めてありがとうございました。
☆星野アイ
夢オチガール(15)
書いているうちに何故か勝手に曇りに行った。お前使いにくすぎ(五反田監督感)
約束の相手のことは別になんとも思ってない。必要だからヤる、それだけ。
コトが済んだ後本当にラーメンを食いに行った。メニューは豚骨にんにくラーメン。なお臭いで社長にバレた。
☆お母さん&B小町ズなど
夢に出てきた。
こうだったら良いのにな、というアイの願望の表れ。
時たま見る夢ってこういう滅茶苦茶なことって結構ないですかね?昔の同級生がいきなり出てきたりとか。
ちなみに最後のマンションはドーム公演直前に引っ越した部屋。将来的に正夢に近くなる。
☆弟くん
本名星野カイト。
もうちょい開示しない予定だったけど、ノリと勢いでオープン。やっちゃえ日産。
学ラン姿での登場だったのは中学の入学式の写真を(義理感で)送っていたから。
★約束の相手
アイちゃんとホテルにレッツゴー
色々と淡白すぎて
寧ろ前より興味津々になったが、あっさり帰られたのでちょっと涙ぐんだらしい。