僕の嫌いな一番星 作:アクア幸せになれbot
今月中には続きを上げたい所存
──は!?
──これマジ?
──ヤバ
──こわ
──B小町って今日ライブやるんじゃなかったっけ?
──アイちゃん無事なの?
──心配〜
アイさんに怪我はありませんでした。
──本人無事なんか
──良かった~!
──つかその男誰やねん
──彼氏か?
──は?殺すぞ
──厄介ファンきっしょ
──はぇー可哀想
──アイを庇ったってこと?
──勇気ある弟くんに献杯……
──つかアイって施設育ちなんだろ?弟いたのか
──その辺は昔なんかの配信で言ってた気がする
──言ってた言ってた。YouTubeじゃなかったことだけは覚えてる
──誰かアーカイブ堀りよろ
──うわ最悪じゃん
──犯人自殺とかやるせないだろうな……
──アイ姉弟のアンチか何か?
──これ弟が犯人引っ張ってきたんじゃねぇの?
──流石にないやろ、殺されてんのに
──そうだったら戦犯がすぎるけどな
──情報提供者?
──真犯人がいるってことか
──逮捕はよ
──終わった……
──まあアイの心境考えたら無理もないけどさ……
──他メンバーもいい迷惑だなこりゃ
──犯人ぜってぇ許さねぇ
──正直チケット当たんなかったから助かるわ
──人の心なさすぎワロタ
──しゃーなし。次切り替えてけ
★
窓の外で景色が流れていく。私は出発してからずっと無感動にそれを眺めていた。少し前から見覚えのあるような、どこか懐かしさのある光景に変わっているけど、それに特別何かを思うこともない。
正直に言えば、こんなことのためにここに戻ってきたくなかった。本当は家族皆で笑い合いながら、思い出を振り返りながら訪れたかった。碌でもない記憶ばかりの土地だけど、それでも一生忘れることのない、あの子とのかけがえのない思い出が眠る場所だから。
でも、もうそれも叶わない。他ならない私のせいで。あれもこれもと手を伸ばした結果、一番欲しかったものを喪うことになったのだから。
全てを壊してしまったのは私なのだから。
「……そろそろ着くぞ。後ろ、起こしとけよ」
運転席に座る佐藤社長がこちらに振り向くことなく話しかけてきた。隣にはミヤコさんが座っていて、安全運転で何よりと思いながら後ろを見やると、後ろの席にはチャイルドシートに座った子供たちがいた。アクアは手元に大きな文庫本を置きながら私と同じように景色を眺めていて、ルビーはいつの間にか眠りこけてしまっていたようだった。
ルビーを起こそうと身を乗り出す前にアクアに静止された。
「ルビーは俺が起こすから。アイは座ってて」
「いいの?流石お兄ちゃんだね」
「……ん、まあね。それ落としたらシャレにならないし」
ああ、気を使われてるなあ。まだまだ幼い我が子に気遣われているなんてなんだか情けなくて仕方がない。そう思うと、この二ヶ月でとっくに枯れた筈の涙がまた出てきてしまいそうになる。結局姉としてだけじゃなくて、私は親としてもダメダメなんだと突きつけられているようで、そんな自分が堪らず嫌になってしまう。
暗い気持ちを誤魔化すように手元の
暫くして車が停まった。社長の言う目的地に着いて、私達は車から降りた。まだ眠たげなルビーをアクアが手を繋いで引っ張っている。微笑ましい光景に少しだけ気持ちが和らぐのを感じる。
着いたのは小さいけれど、それでも立派だと言えるお寺。小学生の頃にこんなところがあったなんて知らなかった。いや、知ろうともしていなかった。だって、あの時の私達にとってあの部屋だけが世界だったから。外を知ることなんて考えすらしなかった。あのアパートとあの子があの時の私の全てだった。
お世話になる住職さんに挨拶をして、これからの案内を受ける。頭の宜しくない私にはなんとなくでしか内容を理解できないけど、あの子の為と思ってなんとか話に着いていった。
時間も時間だったので、皆でお昼を頂いた。お寺の食事というのでちょっと身構えて待っていると、出てきたのは何の変哲もない普通のうどんだった。意外そうにする私に寺に勤めているとはいえ、私も家庭のあるただの一般人ですから、と住職さんは笑った。
皆でうどんを啜るうちに、ふと一枚の写真が飾られているのに気が付いた。どこかで撮られた、住職さんの家族写真だった。パートナーの女性と、女の子と男の子が一緒に写っていて、それは仲睦まじそうに、幸せそうに、これ以上ない程の笑顔で。それがどうしようもなく眩しく私の目に映った。
少し落ち着いてから今日の目的の一つが執り行われた。大きな仏様の前で弟の入った壺たちを置いて住職さんがお経をあげ、私達はそれをじっと聞いている。ふと子供の方をチラリと見るとルビーが慣れない正座で足を痺れさせてしまって凄く辛そうな顔をしていて、それでも我慢して真っ直ぐ前を見ていた。まだ小学生にもなっていないこの子も立派に成長しているのだと思えて、なんだか誇らしくなってしまう。
最後に全員でお経の一節を唱えて供養の時間は終わった。
それからもう一つの目的を果たす為に隣の墓地に移った。沢山のお墓の中にある真新しいそれに壺を納める。こういうのは先祖代々のお墓に、とかあるのだろうけど、親戚はおろか親の所在すら知らないので、新しく建てるしかなかった。偶然ここが空いていなければ、カイトは安心して眠ることも出来なかったのかもしれない。縁もゆかりも無い場所に一人淋しく居ることになったのかもしれない。
「アイさん、さあ」
ミヤコさんに促されてお線香を持つ。社長のライターで火を着けると懐かしいような、心地良い香りが煙と一緒に上がる。今まで誰かにお線香をあげることなんてしたことないのに、懐かしいと思うなんて。なんだか不思議な感じがした。
でも、この感覚もいつかは本当になっていくんだろう。何年も経って、私がしわくちゃのおばあちゃんになってこの香りを嗅ぐ度に、本当に今日のことが懐かしく感じられるようになっていくんだろう。カイトのことを思い出す度に、この香りと一緒に懐かしさを覚えるんだろう。
だって私はもう噓吐きじゃないから。噓吐きは卒業だってあの子が最期にそう言ってくれたから。きっとあの子の望んだままの、ありのままの星野アイになれるから。今はまだ無理かもしれないけど、本当の私を皆に見せられる日がいつか必ず来る筈だから。
「……そうだよね、カイト」
首元のペンダントに触れながらそっと呟く。星型のそれにはカイトのお骨が少しだけ入っている。所謂分骨というもので、最近ではこういうスタイルもあるんだって、社長が教えてくれた。色々な手続きを経て、弟がまた私の側にいてくれることが許された。お葬式の前で何もかもがどうでも良くなっていた頃だったけど、ミヤコさんのフォローもあって全てやりきることが出来た。
あの子にはとんだ傍迷惑かもしれない。死んじゃった後にこんな姉と一緒に暮らさなきゃいけないなんて、なんて罰ゲームなんだろうか。未だに弟離れ出来ずにみっともなく縋り付く私をカイトは天国でなんて思うんだろう。
赦して欲しい、なんてとても言えない。それでもほんの少し、ほんの少しだけ側にいさせて欲しい。愛が何なのか知らなくて、伝えられなかった臆病な私だけど、君を想っている気持ちに嘘なんかこれっぽっちもないことを、どうか信じて欲しい。
手に持ったお線香を灰に挿して、そんな気持ちを込めて手を合わせる。十秒、一分と時間の感覚がないくらいに、天国の弟にこの気持ちが届くように。
納骨も終わった後、私は子供たちをミヤコさんに預けて散歩に出ることにした。不用心だとか連れて行けとか皆に色々言われたけど、全部断って気の向くまま、朧げな記憶を頼りにふらふらと辺りを歩くことにした。カイトと二人っきりで帰郷を楽しみたかったから。
冬用のコートとマフラーの中に一纏めにした後ろ髪をしまい込んで、前髪をアップにしてサングラスをかければ簡単な変装になった。欲を言えばキャップかニット帽があれば良かったけど、生憎と置いてきてしまったのでこの格好のままで出発した。
昼間だからか、街は閑散としていた。余計なことがなくて助かったけど、それでも街はあの頃から様子を多少なりとも変えていて、時間の経過を感じずにはいられない。
嘗ての我が家は跡形もなくなってコインパーキングになっていた。二人で過ごしたボロアパートの面影はもう何処にもなかった。こんな所で儲かるのかなと下世話な想像をしてしまうけど、私たちみたいな家賃滞納者を抱えるよりかはマシなんだろうと思った。
昔の通学路を辿ってみると、所々が新しめな一軒家に変わっていた。眺めるだけだった駄菓子屋さんやクリーニング店、小さな文房具店もなくなっていた。私たちは使うことはなかったけど、あそこ、ここら辺の小学生の御用達だったんだけどな。地元にお金を落とす番組に呼ばれたら二人で行ってみたかったんだけどな。そう思いながらさっさと退散することにした。
それから数時間、錆びついた記憶を掘り起こすように、変わってしまった今を刻み込むようにゆっくりと歩き回った。
ふと公園が目についてベンチで休むことにした。まだ冬とはいえ、これだけ歩けば喉も渇いて仕方がない。自販機を見つけたのは良いものの、なんと現金オンリーのタイプだった。運悪く手持ちはスマホの中の交通系ICだけ。
「まったく、これだから田舎はっ!」
単純な自分の運の悪さを八つ当たりで、半ば巫山戯て発散した。声に出してみると意外とスッキリした。
ベンチに背中を預けて空を見上げる。冬晴れの透き通るような青空。昼間なのに宇宙の向こうに輝く星でさえ見えてしまいそうな気がした。
「……向こうからも見えてるのかな」
向こうからは私のことがどんな風に見えているんだろう。いつも通り?やっぱり暗め?あの子から見て私は今どんな人間に映っているんだろう。
あの子にとって、私って何なんだったんだろう。
「……っ、いけない。そろそろ戻ろうかな」
良くない方に向かっていた思考を打ち切ってベンチから立ち上がった。歩き出す前にぐっと背中を伸ばした。少し固まっていた筋肉が解れるのを感じる。
お寺を出てから連絡してないし、皆も心配してる頃だろう。ルビーなんか不安で泣いちゃってるんじゃないかな、と想像した。
「あ、あのっ!」
公園の出口に向かおうとしたところで正面から声をかけられた。見た感じ高校生くらいの女の子だった。瞬間、嫌な予感がした。
「もしかして、B小町のアイさん……ですか?」
しまったと直感的に思った。まさかこんな所でバレるなんて思ってなかった。だって周りに誰もいないし、ここに来るまでだって殆ど人とすれ違ってないし……いや、そういえば宮崎の時もそうだったと思い至った。あの時は主治医のセンセが良い人だったから大事にならなかったけど、結局油断してたのは同じだ。
学習しないな、なんて内心自嘲する。こんなだから4歳の息子にも心配されるんだ。そう思いながら素早く逃げの体勢に入る。
「そうだよ〜あっもしかして私のファンの子?こんな所で会えるなんて嬉しいなっ!でもゴメンね?私今完全にオフで、知ってるかもしれないけど活動休止中だから、ここで会ったことは誰にも言わないでくれると嬉しいな〜」
相手に口を挟ませないよう矢継ぎ早に捲し立てる。ここで握手とかサインなんか強請られたら如何に片田舎の此処でも騒ぎになってしまうかもしれない。
「じゃあね!今度はライブ会場で会えると良いね!」
そう言って速歩き気味に立ち去ろうとした。すると、
「ま、待ってください!あの、そうじゃなくて!」
大きな声で呼び止められる。ちょっと良心が痛んだけど無視してそのまま行こうとして──
「私!カイ君の……星野カイト君の同級生なんですっ!」
その言葉は、私が立ち止まるには十分すぎた。