「ちなみに、僕たちが知っていたのは1年の時に聞かされたからだよ。
翌年からは、周囲には言わないように決めたんだ。聞いた時のシャディク達の反応を見てね」
「なるほど、グエルの奇行の理由は分かった。
同時に黙っていた理由も」
ワンジーが、複雑な表情で兄さんに抱き着いているレネ達や、僕の膝の上を占拠しているニカを見ながら溜息を吐く。
マルタンに説明されたヴァナディース事変の詳細や、その後の魔女の残滓。何よりも孤児が人体実験に使われている件は、孤児だったグラスレー組や、地球で実際に戦災孤児と触れ合ったことで、よりリアルな嫌悪感を抱かせるに至ったようだ。
「それで…」
僕が声を上げようとしたところで、兄さんの方から着信音が鳴る。
兄さんへの連絡だろうが、生憎と今の兄さんはミツバチに攻撃されているスズメバチの状態なので手は動かせない。
今の状況では無理に振りほどけもしないし、着信音だけが鳴る奇妙な沈黙が走る。
やがて着信音が鳴りやむと、今度は僕のデバイスから着信音。
「悪い、少しだけ」
ニカの身体を少しずらして、ポケットからデバイスを取り出すと通話に出る。
『グエルはどうした?』
なるほど。兄さんへの着信は父さんだったらしい。
片手にデバイスを持ち、もう片方の手で不安そうなニカの頭を撫でながら答える。
だが、良いタイミングで連絡が来た。上手く使わせてもらおう。
「物理的に手が離せない状況です」
『どういうことだ?』
「ヴァナディース事変の事や、それに関する事を改革派の者に説明しました。
そのメンバーにグラスレー寮の娘、兄さんに懐いている3人組がいたのですが、話の途中からしがみついている状態です」
『おい! その話は孤児だった子には辛い話だぞ!
まさか、ニカに話していないだろうな?』
「話しましたよ。僕の膝の上です。
ガンダムと思われるMSが出たんです。言わない訳にはいかないでしょ」
『だからと言ってタイミングがあるだろ! よりによってガンダムらしきMSと、それに乗った同世代のパイロットが現れて直ぐになど…』
「そのベストのタイミングが今です。
ニカたちの不安は、自分がその状況だったらという恐怖と、自分が逃れた事に対する罪悪感とが、複雑に混ざったものです」
改めて意識しながらニカの頭を撫でる。
兄さんにしがみついているレネ達も一緒に、複雑そうにこちらを見ている。
「今回の相手がガンダムで、そのパイロットが被験者だったとの仮定で話を進めますが、その相手を兄さん、グエル・ジェタークは倒した。
後は彼女を保護するだけだった。
つまり、ガンダムの被験者が現れても、兄さんなら救い出せる。兄さんと共に居れば、救い出す手伝いが出来る。下らない負の連鎖を断ち切れる」
不安とは、何も出来ない、あるいは何をすれば良いか分からない状況でこそ生まれるものだ。
だから怯える必要は無い。
ニカも、グラスレー組も、グエル・ジェタークを支え続けていれば良い。
「ですが、今回はデリングに横からさらわれました。結果として救出は失敗しました。
そんなことさえ想定していなかったミスは認めます。
だから、手を貸してください。デリングに手が届くように。スレッタ・マーキュリーを救出します」
ぎゃああああああ!!! 自分で言って、鳥肌が出そうな発言だな。何だって水星女を救わなきゃならんのだ。
それでも不本意だが、スレッタを救出する事が、ニカやグラスレー組の精神安定に、何よりも兄さんの名誉を回復するための必須事項だ。
奴の存在は確かに不安要素だが、今の状況では切り捨てるのは拙い。
『……全く、相も変わらず口が回るな』
何処か呆れたように溜息交じりに言うと、何処か意を決したように息を吐く。
『先に伝えておく。グエルとシャディクは明日の審問会に出席するように準備させろ。
ちょうど、プロスペラが地球圏にいたので、呼び出して審問会が開かれる。
そこに、決闘した相手であるグエルと、立会人をしたシャディクの参加も認められた』
プロスペラが近くにいたか。
参ったな。事前に打ち合わせをしておきたかったんだが……出来れば、僕が参加して誘導したいな。
「僕は参加できませんか?」
『却下されたよ。お前、警戒されているのかもしれんな』
「妙ですね」
そうか? デリングの目は、兄さんを一番に見据えていると思うけど?
『それと、これも関係して重要な案件だ。言うか言うまいか迷っていたが、それこそベストなタイミングだろう。
ガンダムの件、俺たちも怪しい連中が接触してきたので、既に動いている最中だ』
「俺たちもとは、サリウス代表も?」
シャディクが、妙に素直だったと言ったのを思い出す。
『ああ、メインで動いているのはナジだ。
奴のとことで孤児の保護に動いているが、奴に孤児を売れと持ちかけてきたのがいた』
「それは随分と勇敢と言うか愚かと言うか……」
ナジとサリウスだぞ。絶対にブチ切れる。明確な宣戦布告に等しいだろ。
サリウスの聞き分けの良さも理解できた。その分、シャディクには八つ当たり交じりの説教が来るだろうが、シャディク頑張れ。
『俺が抑えに回るという、勘弁して欲しい状況だな。
だが、問題は俺たちが全力で探しているのに関わらず、尻尾切りで終わっている。
それらしき研究機関の跡、オックスアース関連までは分かったが、本丸まで届いていない』
冗談だろ? 御三家の能力だけでなく、裏の世界に精通しているナジもいて逃げ切っている。
そんなことが出来るとしたら、ベネリットグループのトップであるデリングか、あるいは……
『今回の件、デリングが容疑者になる。
俺とサリウスは、それを追求する』
「本気で疑っているのですが?」
『いや、奴はシロだろう。それを確認するための追求だ』
警察の殺人捜査で、取り敢えず身内のアリバイを確認しておくやりかたか。
同時に、デリングに本命の敵、つまり奴の天敵とも言える宇宙議会連合に目を向けさせる。
「分かりました。こちらはスレッタ救出をメインに作戦を立てます」
『遅れるなよ』
明日の審問会の時間を伝えて通話を切る。
さて、こちらも動くとしようか。
先ずはミツバチ包囲網に会ってるスズメバチを解放しよう。
「兄さん、明日、デリングの元で、プロスペラへの審問会が開かれる。
そこでスレッタを救出する。その作戦をシャディクと話し合おう」
「分かった。通話の感じだと、お前は不参加みたいだな」
「却下された」
「仕方がないな。よし、グラスレー寮に行くぞ」
兄さんが立ち上がると、レネ達も大人しく離れる。
「マルタン、助かった。追加で悪いが、資料をみんなに配っておいてくれ」
「分かったよ」
「今度は俺たちの番か」
「説明しづれえ」
説明を聞いていた代表が、マルタンから資料を受け取る。
これから、自分の寮に戻って、今回の説明をしなければならないと考えると、確かに気も重くなるだろう。
「君たちはどうする?」
マルタンが問いかけたのはセセリアとロウジだった。
彼女達は改革派では無いので、周囲に説明する義理はない。
「僕に下さい。派閥とか関係なく、ベネリットグループに在籍する者として、知っておくべきことだと思います」
「分かった」
その間に、ニカに必要なことを確認しておく。
「ニカ、長距離ブースターはどうだった?」
「使える。プロペラントタンクの容量も増えたから、推進剤の消費も気にしないで済むし、ここから軌道エレベーターやベネリットグループの本社まで、今までの半分の時間で行ける。それに自動操縦機能があるから、操縦者の負荷はほとんどないと思う」
僕のヒザから降りながら説明する。
従来の装備だと、推進剤を節約するために多くの距離を慣性で移動していたが、ブースターがあれば、あまり気にせずに済む。
「準備しようか?」
「ああ、兄さんの機体に付けておいてくれ」
「分かった」
ニカに仕事をさせることで、変に考えこまないで済むようにすると同時に、兄さんとシャディクの足を確保すると、父さんとの会話を説明しながら、グラスレー寮に移動する。
見た感じだと、レネ達の様子は落ち着いている。
だが、グラスレー寮は違ったようだ。到着すると寮内は沈痛な雰囲気が広がっているが、肝心のシャディクは通話中だった。
「サリウス代表か?」
「うん」
エナオに聞くと案の定だ。
さて、どうするかと考えていると、兄さんがシャディクの所まで行き、デバイスを取り上げて代わりに出る。
「グエルです。申し訳ありません。俺たちの手筈が悪かったせいで、ガンダムの被験者と思われる少女を、救出直前にデリングに奪われました。
取り返すために力を貸してください」
参ったな。僕が悩んでいる間に兄さんは先に進んでいる。
気合を入れ直そう。
「シャディク、地球での状況を聞いたか?」
「いや。何かあったか? 随分と様子がおかしいとは感じたが」
「ナジが保護している戦災孤児を売るように交渉してきたバカがいる。
サリウス代表が、お前の要望を直ぐに聞いてくれたのも、御立腹なのも、それが原因だろう」
シャディクが絶句し、グラスレー寮生に緊張が走る。
だが、そのタイミングで通話を終わらせた兄さんが、シャディクにデバイスを返しながら補足する。
「明日、朝からシン・セー開発公社に対しての審問会が行われる。
出席するのは俺とお前だ。ラウダは出席できないから、ここで作戦を立てる。
ちなみに、地球での件では、容疑者はデリングと宇宙議会連合だ。父さんとサリウス代表は、デリングを追求する」
「……そうか。なるほどね。
だが、デリングが犯人とは思えないけど?」
流石はシャディクだ。僕と兄さんの考え、全員に現状を知らせることで、自分がやることを見つけさせる方向に誘導するのに協力してくれる。
「同感だ。それに父さん達もデリングが犯人だとは思っていない。
だが、それを耳にすれば、デリングの意識は宇宙議会連合に向かう」
奴の性格上、孤児を使った人体実験は認めないし、父さんたちに捕まらない以上は、敵の本命は議会連合になる。
そこを自由にさせないためにも、デリングに睨まれる状況は悪いものではない。
「そこで、兄さんとお前のミッションは、スレッタの保護になる。
話し合いの場所は……」
「ここでいいだろ」
「そうだな」
別室に移動しようと考えていたが、兄さんとシャディクは他の者に救出作戦も聞かせる意向だ。
OK、それで行こうか。
「分かったよ。じゃあ、先ずは僕の考えを言う。
審問会の対象はシン・セーのプロスペラだ。ここでの彼女の行動は2パターン。
自身がヴァナディース、またはオックスアースの関係者でガンダムを作ったと認めるか、エアリアルは独自に開発した技術で、ガンダムでは無いと言い張るか」
「素直に認めるとは思えないが、ガンダムではないと言い張るのも無理はないか?」
「ところが、そうでもないんだ。今回、兄さんが戦った相手、エアリアルというMSを見て僕たちはガンダムと思ったんだけど……」
そこで言葉を切り、周囲を見渡す。
「ガンダムって何? その定義は? 分かる人挙手」
「そんなもん、GUNDフォーマットを利用したMSの事だろ」
兄さんが即答し、周囲も頷く。
予想通りの反応だ。
「では、次の質問。
GUNDフォーマットって何かな? 作り方が分かる人? メカニックの者でも良いよ。ティルとアリヤも言って良い」
グラスレー寮のメカニック科、それにメンタルケアに来ていたアリヤとティルもメカニック科だ。答えられるなら答えてくれ。
「確か、パーメットを利用した技術で……」
そこまで言って、兄さんは口ごもる。
シャディクも困ったように、多少の概念を言うが、これと言った説得力のある発言はない。いや、出来ない。
「そう。GUNDは禁止された。だけど、禁止しただけでなく、技術を抹殺したために、その概念が分からなくなった」
核兵器は分かりやすい。
核分裂を起こす際に発する膨大なエネルギーを兵器として利用したのが原子爆弾だ。
一方で、そのエネルギーを利用したのが原子力発電。
だが、原子が分裂すると膨大なエネルギーを出すという事実を抹消されたら?
いずれ誰かが作り出し、別の名称で発表するだろう。
「例えば、僕が操縦系統の発展として生み出すかもしれない。
その際に偶然にも、パイロットに負担を与えない方法も確立したら?」
「つまり、プロスペラは、その線で言い張る。あれはガンダムでは無いと。そういうことか?」
「そう思うけど、実はどちらでも構わない。最初に言った通り、プロスペラの選択は2つに1つ。ガンダムと言うか否か。
ここで、兄さんとシャディクは、目的がスレッタの保護だという目的を見失わないことを、何よりも優先するよう意識して欲しい」
スレッタの保護……またもや自分で言って鳥肌。おまけに、兄さんが熱烈にスレッタを守る姿勢を見せると思うと頭が痛くなる。
いや、我慢だ。野生動物の保護と考えよう。
「そもそもの問題は外見が酷似している事だから、これに関しても、プロスペラがどう言い訳しようが構わない。
兄さんはガンダムと思った。だから、スレッタを保護しようと考えた。
そして、僕がガンダムでは無い可能性がある事を告げた。理由は先に述べた通りガンダムの定義が分からないから」
「なるほどね。早い内にデリングに対して、GUNDフォーマットの技術を消すもんだから、こんな事になるんだと難癖を付ける。
そして、話の主導権を奪いつつ、悪いのはデリングだから水星ちゃんは当然無罪。可能ならプロスペラがヴァナディースの生き残りだったとしても、ボロを出す前にこちら側に引き込むでOK?」
「OKだ。やれそう?」
「俺たちのアドリブ次第か?」
「良いだろう。それに優先順位は分かっているんだ。アドリブもしやすい」
目的も方向性も決まった。後は少し細部の危険予知を出しておく。
聞いているだけのグラスレー寮の面子にも可能な限り意見を言わせながら、時間ギリギリまで話を進める。
意見を言う事でグラスレー組も心が安定してきたようだ。
「じゃあ、スレッタ・マーキュリーの救出と保護、兄さんとシャディクに頼むよ」
もう、いい加減にメンタル病みそうだよ。