『そろそろ到着します。MSを持って来ている学生は準備を…』
艦内放送に耳を傾けると、内容を把握した僕と兄さんは頷き合う。
アスティカシア高等専門学園に向かう船の中、そのMSを持って来ている面子である僕と兄さんは、今年度の入学者が集まっているデッキから移動しなければならない。
「じゃあ、カミル、後でな」
「おう。ぶつけるなよ」
艦内で行動を共にしてきたカミルと兄さんが軽い会話をして、僕は手を振るだけの合図でハンガーへ向かう。
カミルの冗談は僕たちには笑い話だが、これが笑い話にならない者もいる。
まあ、高校入学と同時にMSの操縦を学ぶなんて、″俺”の常識ではありえないが、この世界でも15歳以下で操縦を学ぶのはレアケースである。
前も言った気がするが、MSは子供のオモチャではない。高価であり、一般の家庭で手に入るものでは無いし、グループの社員が全員大富豪なんて当たり前だが無い。
つまり、持ち込むMSは、推薦する会社が型落ち品を安く仕入れたか、会社のバックアップを受けているかだ。
僕たちだって、私物化しているようだが、名目上は親の、正確には会社の持ち物である。
今期の入学生には僕たち以外のパイロット科がいるが、持ち込みは無く、ジェターク社が寮に提供したMSを預けられるだけだ。
まあ、そんな状態だから、MSの操縦に慣れている者なんて一握り。
実際に、アニメ内の地雷原を移動するという実習試験で、モニターに妨害工作された水星女が、上手く行かずに号泣する心躍る内容があったが、あんなもの僕と兄さんには目を閉じていても突破可能な試験だ。
むしろ、危険地帯でモニターが死んだ状態、周囲のサポートのみで離脱するくらいの試験で無いと、意味が無いだろうに。
このレベルの試験をやっている学園といい、あの程度で妨害が成功すると思っている山ザルといい、遺憾ながらそれがアス高の基準なのである。
いや、高校の授業だと考えれば、十分な内容か。
ちなみに不本意ながら、本来のコンディションの水星女も楽勝のはず。アイツは安定した学園の疑似地雷とは比較にならない、状況変化が激しく、一歩間違えれば本当に死ぬ水星の環境で、平然と行動していたのだから。
上手く行かなかったのは、慣れない対人関係にイジメと言うストレスと、素人であるミオリネの下手クソなサポートの所為だ。あれでは指示が遅くて話にならない。おまけに、あんな状態のパイロットを怒鳴りつけたら上手く行かないのは当たり前だ。
どちらかがマトモ、水星女がコンディション良好なら、下手な指揮者を落ち着かせて指示を出させるし、逆の場合は当然、パイロットを落ち着かせる。
話が逸れたが、本来なら入学者が持ち込んだMSを、入学者本人が艦内から寮に移動させるのは、周囲が相当に気を使う作業だ。
案の定、ハンガーにいる作業員は緊張を隠せない様子で行動していた。これが開発チームなら、僕たちの事を知っているので、ここまで緊張しないんだけど、ここにいるのはCEOの息子と言う肩書しか知らないスタッフだから仕方がない。
「お気をつけて」
「ありがとう」
いや、そこは入学おめでとうじゃないの? と言いたいのを堪え、緊張しているメカニックスタッフと軽く言葉を交わし、ハンガーに立っているディランザを見る。
兄さんの機体はマゼンタではなく深紅に塗装されていて、ブレードアンテナは普通の形状で、もちろん羽もついていない。
そして、僕の機体は、青く塗装され、ブレードアンテナも同じ形状をしている。
アニメでは兄さんも僕もブレードアンテナを変えているけど、あの変化をする必要があるのだろうか?
ちなみに、僕が青色にした理由は、その方が兄さんの赤い機体と並んだ時に映えるからだよ。隣に立つに相応しいカラーリングだ。
それと宇宙用装備も完成したので、やはりギャプランに乗らないかと打診されたが、もちろん拒否した。
兄さんと同じが良いし、そもそもアレで戦闘するには、高いG耐性を持つパイロットが向いている。僕は耐性が低い訳では無いが、高くもない。兄さんでさえ、瞬間的な耐Gは凄いが、それが長時間続けてとなると厳しい。
大柄な兄さんと僕は、耐Gにはマイナスだ。優れているのは、小柄の方が良いらしいので、むしろ女性が向いているくらい。ん? 小柄な女性となると……まあ良い。試すとしても来年の話だ。
そんな事を考えながら、僕専用のディランザのコクピットシートに座り、次の指示を待つ。
ちなみに武装はシールドを含めて外してある。装備自体は予備を含め複数を持ち込んでいるが、これは後でスタッフが運ぶらしい。なんなら手伝おうか?
『誘導員に従い、MSを移動させてください』
少し大きめの振動の後、艦の動きが止まったと思ったら、通信が入る。
すでにアスティカシア学園に到着したようだ。
『了解しました。誘導員の位置を確認。グエル・ジェターク発進します』
「同じく、ラウダ・ニール、発進します」
そう言って、専用のディランザを起動させる。
誘導員の指示は……めっさ遅いよ。まあ、初心者マークを付けた車を誘導する気分なんだろうね。
そんな事を考えながら、MSや資材用の通路を抜けると、学園内のハンガーに到着。ここがジェターク寮のハンガーか。
『6番と7番のハンガーに収納してくれ。ゆっくりとだ』
視線を送ると、空いているハンガーに、6と7の数字が見える。
『ここは、床が脆いのですか?』
ハハ、兄さん、流石に焦れて来たね。幸い、危険だと思っているのか、ハンガーまでの道のりに人はいない。
『いや、そんなことは無い。仮に転んでも問題無いぞ』
『そうですか、では…』
『お、おい! そんなに急いで歩く…』
慌てる誘導員が最後まで言い終えることは無かった。普通の歩く速度、だが、MSのサイズでは一歩が大きく、近くで見る者には走っているかのようだろう。そのまま、流れるような動きでハンガーの直前でターンして、小さな音を立てて、背中をハンガーに付ける。
続けて、僕も同様に進んでハンガーに……あっ、兄さんより大きい音を立てた。
僕の腕ではこんなものか。
コクピットを出て、ディランザの胸部の上に立つと、周囲を見下ろす。昇降用のリフトはまだかな?
リフトを操作することも無く、呆然とする周囲の面々。まあ、分かるよ。ここに居るって事は、ジェターク寮の学生で、当然ながら新入生ではない。僕たちの先輩だ。
その立場から見て、将来のCEO、上司が後輩として入学。扱いに困るよね。
優れた奴なら良いが、偉そうなバカなら困る? でも、逆も難しいよね。どんな想像をしていたかは知らないけど、その想像を絶対に上回る技量を一瞬で見せつけた。ここで学生やってるんだ。多少は見る目を養っているだろうからね。
「これからお世話になるグエル・ジェタークです! 御指導、鞭撻、よろしくお願いします!」
「同じく、ラウダ・ニールです! 隣にいるグエルの弟になります!」
どう扱うか悩んでいただろうけど大丈夫。
兄さんの前には先輩も後輩も無い。ただ崇めるだけで良い。そして、同じ時間を過ごせたことを一生の宝とすれば良いだけさ。
で、リフトまだ?