「今日あたりが限界だと思う」
研修8日目。とっくに学園は再開しているので、3年生は強制的に帰した。
パイロット科とメカニック科の1,2年生は、自由選択だったが、全員が残る事を選択。
経営戦略科の仲間を置いて、帰れないと熱弁されたよ。強制的に帰した3年生も同じだったけど、こちらは無理やり学園へと。
帰り際まで、アイツ等のことを頼むぞ! とか、熱い熱い。こういうジェターク寮生のノリって好きだよ。
「何も食べずに三日だろ? 大丈夫か?」
アリヤが心配そうにしているが、何も食べなくても三日くらいは大丈夫だよ。
だから、そうならないようにしている。
「兄さんが飴や携帯食料も渡してるから」
「悪辣」
ティルの冷たい視線が痛い。鋭いねコイツ。
勘の良い子供は……好きだよ。誤解してくれるからね。
「良く気付いたね。うん。渡したのは、もちろん温情じゃない」
「どういう事だ?」
「空腹で自分が食べ尽くした状態で、他の子が食べていたら?」
その時の状況を想像したのだろうね。アリヤだけでなく、他にも数名が睨んでくる。
仲の良かった学生同士で食糧の奪い合いとか洒落にならないよね。
「いや、そこまではならないって」
「そうだね。ならないと思う。でも、今″疑った”だろ?」
カミルが、しまったという表情を浮かべる。
ティルも、さっき睨んでいた数名も、他にもいるだろう。経営戦略科の仲間が食糧をめぐって争うんじゃないかってね。
カミルは、仲間を信じようという空気を作りたかったんだろうね。良い奴だよ。
でも、そうはさせない。今は授業中だ。
「今頃は、空腹で苦しんでいるアイツ等も、仲間だった者を疑いの目で見ている。たった数日の苦難でね。
これが、何か月も、あるいは年単位で続けば、一緒に行動しているからってだけで、硬い絆で結ばれた仲間だと思うのは早計だよ」
「難民だった人達の事か?」
「そう。ずっと、一括りにしてただろ? 同じ苦難を味わって、ここまで逃げ出した悲劇の同志とか。
僕が、あの人たちだって色々いるからって言っても、おそらく分かっても、実感はしなかったと思う。
でもね、本当に色んな人たちがいる。恨みをぶつける相手も異なる。
そして、内部での争いもある」
「あんなに酷い状況でもか?」
「酷い状況だからこそさ。団結すれば、なんて言うけど、事は簡単じゃない。
抜け駆けしたり、怠けたり、色々いる。
でも、それが人間だからね。そして、それは悪い事ばかりじゃない」
抜け駆けと言うと悪く聞こえるけど、それは競争心があるからだ。
今の生活を良くしたいと、そう思ってくれないと、
「そもそも僕たちはボランティアじゃない。今回、タダ働きをしているけど、それは将来の投資だからね。
利益にならない事をやるのは、お互いにとって良くないことだ」
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(やばいな)
何時迎えにくるか分からない不安に、空腹と言う絶望が重なり、周囲の空気が重い。
食糧を食べ尽くした者が、残していた食糧を食べている者を見る目。何かの切っ掛けがあれば、暴れ出しかねない雰囲気だった。
すすり泣く声に反応する。現地の子に食料をあげると言っていた娘だ。
あげるどころか、すでに食べてしまっている。それでも足りない。そんな状態に耐えられないのだろう。座って、自分のヒザに顔をうずめていた。
(もう、無理じゃないかな)
もしかしたら、このまま迎えに来ないのでは? そう思っていそうな者もいるように感じた。
だが、マルタンは不思議と不安は無かった。
いや、不思議ではない。グエルが見捨てるはずが無いと信じ切っている。
そして、グエルが何を考えているのか、薄々だけど察していた。
同時に、限界である。自分は耐えられるが、そうでない者が出そうだ。何より、空腹は思考を奪う。カロリーを最も消費する器官が脳だ。栄養不足は考える力を奪う。そうなってはグエルの思惑は叶わない。
それならと立ち上がる。
「グエル! もう良いだろ!? ただ、与えられるだけの人間の無力さ! もう分かったよ!」
きっと、それを分からせるために、こうやって無力さを噛み締めさせている。
グエルは見ているはずだ。きっと何処かにカメラがある。
周囲を見渡しながら、何処かで見ているはずのグエルに声をかけ続けた。
「みんな限界だ! これ以上は考える事も出来なくなる!」
大声を上げた事で鳥が飛び立つ音が聞こえた。だが、返事は無い。
いるはずだ。多分、いたら良いな。きっと、カメラはあるがマイクは無い。
だから今頃は、ここへ向かっていると信じたい。来てるよね?
そんな弱気がマルタンを支配し始めた。
周囲から視線を感じる。これで来なかったら道化だ。恥ずかしいなんてものでは無い。
だが、ここで弱気になったら、余計に恥ずかしい。
空腹でフラつくが、毅然と立って、見っとも無い姿を見せないように、グエルが来るのを信じる。
「そうだな。満点とはいかないが合格にしとくか」
声、後ろから聞こえた。振り向くと茂みが動いた。いや、茂みが、枝を生やした人間が向かって来る。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁ――――!」
情けない姿を見せないという思惑はあっさりと崩れた。
悲鳴を上げて尻もちをつく。
「作戦終了。監視体制を終了する」
「「「「了解です! 御曹司!」」」」
一斉に茂みが動き、それが人の形を取って動き出した。
周囲からも悲鳴が聞こえる。自分だけじゃない事に安堵していると、グエルの声を出す物体が頭にかぶったもの。おそらく、帽子ではなく頭巾と呼ばれる顔以外を覆う布を取ると、見慣れた前部だけをピンクに染めた髪の毛が出て来た。
「グ、グエル?」
「おう。意外と元気そうだな。マルタンは」
後編も本日中に