長くなった。9千オーバーと、何時もの2~3倍の文章量。
前後編で分けたかったけど、良い区切りが見つからなかったので、そのまま行きます。
グエルのディランザが、真っ直ぐに突っ込んでくる。
向こうからは撃ってこない。
シャディクは牽制の射撃を繰り返すが、それを最小限の動きで避けられ、接近戦の間合いに潜り込まれた。
右手に持ったビームライフルを捨て、ビームパルチザンを振り回す。
いや、それをビームパルチザンと言って良いのか?
ビームを展開していない。特徴的な十文字の刃はなく、ただの棒として使い殴打された。
ランタンシールドのランスを展開して対抗するが、全て避けられて、今度は棒で足を引っかけられて倒される。
やはり嬲り者にするらしい。それも仕方が無いだろう。
シャディクの計画は、未遂以前の問題で、誰かに話しても一笑にされる程度の話。
よって、何ら罰を受けることも無いので、シャディクとしては平然を装うことも出来る話だ。
だが、グエルにとっては違う。ジェタークが歩んでいた道、これから歩もうとしていた道を、愚か者によって破壊されるところだったのだ。
罰を受けないからこそ許しがたいだろう。
だから降伏はしない。そんな権利があるとは思っていない。
ただ、全力を尽くして、愚直に攻防を繰り返す。
そんな戦いの最中、ふと気付いた。何処か誘導されている。
逆らった。叩きのめされた。従った。避けられはするが反撃は来ない。
それに気付いた後は、導かれるままに動いた。
手数が足りない。左手でビームサーベルを持った。ランスと併用して攻撃する。
何処か嫌がっている気がした。違う。困っている?
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「ビームサーベルは使ってほしくないんだがな」
「戦いにくいのか?」
「いえ。単にエネルギー切れになるからです」
交代でシフトしているメカニック科の先輩の質問に答える。
先は長い。まだ準備運動も終わっていないのに、それでは先が思いやられる。
「あのシャディクって奴。動きが良くなっていないか?」
「そうですね。大分マシになって来ました。でも、まだまだですよ」
う~ん、暇だ。シャディクめ、兄さんの予想通り、最初から完全に折れていたな。
普通はもっとこう、反抗的な態度で誘導に逆らえよ。そうすれば、反撃でひっくり返されたりするから、見ている方も楽しめるはずなのに、素直に誘導に従っている。
それじゃあ、単に技量が上がるだけだから、見ているコッチは面白くも何ともない。
「サーベルが使えなくなったみたいだな」
「ああ、あれだけ長くビームを展開してたら当然だ」
交代後のメカニックに答える。今度は1年もいるから話しやすい。
つーか、話しかけて。暇なんだよ。
「なあ、この分だと推進剤も無くならないか?」
「兄さんは無駄遣いしてないから大丈夫だけど、シャディクは無くなるな」
兄さんは、早い段階でホバーも使用していない。
あの重い機体を重心の移動を利用した動きで、素早く避けている。
「まあ、上手く行ってるみたいだし、推進剤が無くなる頃には本番に入れるよ」
「本番って何を狙ってるんだ?」
「殻破り」
いかん。声のトーンが低くなった所為でビビらせた。
でもね。腹立つもんは腹立つんだよ。
結構、いや、かなり大変なのにシャディクなんかのためにさ。
「推進剤が切れたな」
「これは降伏するかな」
ハインドリーの推進剤が無くなったのだろう。シャディクの動きが止まる。
『おい、何してる? ここからが本番だぞ』
戦闘中の使用を禁止されている通信を使用したため、ここにも兄さんの声が入って来た。
まあ、シャディクの動きもギリギリだけど及第点だ。頃合いだな。
『お前は、ただ俺を倒す事だけを考えろ』
さて、本番開始だな。
現在の時刻は
御三家の次期CEOと言われている2人の対決を楽しみにしていただろうが、これまで繰り広げられたのは世紀の凡戦。ただの訓練風景でしかなかった。
でも、これからは僕にも分からない。
14歳の時、僕が兄さんの殻を破るためにした時は、本当は兄さんの方が実力は上だった。
ただ、兄さんが僕の方が強いと思い込んでいただけ。
そんなんだから、成長が止まってしまった。
殺す必要があった。
弟を誇りに思いながらも、情けない兄にならないように必死に取り繕っているグエル・ジェタークを、間違った自己評価のグエル・ジェタークを、殺すべきだと僕は判断した。
何度も叩きのめし、止めたがっている兄さんを叩きのめし、何も考えられなくなるまで叩きのめし、倒れて起き上がれなくなっても叩きのめした。
自分の方が弱いと思っている兄さんは、全力を出した僕に手も足も出ずに何度も叩きのめされた。
決闘仕様だけどルールは無かった。ブレードアンテナは折れ、推進剤もビームも切れ、パルチザンも折れ、素手で殴り合って、昼に始まった戦闘が翌日の朝日が昇る頃になって、ようやく兄さんは吹っ切れた。
僕が蹂躙する構図から互角の戦闘に、やがて兄さんが優位に立ち、それがまぐれでも何でもないと気付いた時に戦闘は終わった。
終わった時には、もう、日も落ちていた。
2人して医務室に担ぎ込まれ、点滴の治療を受けた。
兄さんは翌日には目が覚めたけど、僕は3日間眠り続けた。
顔を合わせた時、お互いに謝罪も感謝も無かった。戦っている最中に十分に言葉を使わず会話はしたから。
ごく自然に、その瞬間から今の関係が始まった。
そして、僕が兄さんにやったことを、今度は兄さんがシャディクにしようとしている。
あの時の僕は、兄さんを殺すのに、丸一日以上かかっている。
最初からいない、ラウダより弱いグエルと言う幻想でさえ、それだけかかった。
でも、今回の相手は違う。
シャディク・ゼネリの中に、イエル・オグルは確かに存在している。
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攻撃が当たらない。
ランスでの刺突だけでなく、シールドで殴りかかっても避けられる。
ビームガンを撃とうにも、とっくに弾切れなので、鈍器としてしか使えない。
そんな自分を相手に、グエルはパルチザンも捨てて素手で戦っていた。
殴られ、投げ飛ばされ、倒れたところを踏みつけられる。
何でだ? 動きの理屈は分かる。MSの重量差を活かしている。
ハインドリーに対しディランザは、5割増しの重量だ。そんな重量差のMSが衝突する際の衝撃を、方向を変える事で投げ技に昇華している。
だが、問題はそこではない。何故、こうまで嬲り者にする。
やろうとしたことが許せない?
何もしないで、当たり前に与えられるお前には分からない。
飢える苦しみ。凍える苦しみ。暑さの苦しみ。殺されるかもしれない恐怖。
お前は何でも持っている。家も、才能も、家族も。
少しくらい分けろ。それだけ持っているなら、こちらにも分けないと不公平だ。
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「……本性が、表面に出て来た? これが狙いか」
「本性?」
「いや、何でもない」
いかん。心の声が溢れてしまった。
だが、そう声に出てしまうほど、シャディクの動きに変化が現れた。
その動きから感じるぞ。お前の怒りが。恨みが。妬みが。
彼の経歴を調べたから断言できる。
彼は、奪うことと、与えられることで、生きてきた人間だ。
盗みも物乞いも、両方経験しただろう。
同情すべき点はある。いや、実に可哀想で、実に哀れで、心の底から同情すべき人間だ。
しかし、だからこそ何かを成せる人間では無い。
何かを成した人間は、同情などされない。どのような辛い生い立ちであろうと、そこから這い上がったことを称賛はされても、同情する人間は一人もいない。
奴の本性は、今もイエル・オグルのままだ。
物乞いであり、盗人。裁判で生い立ちを同情される犯罪者と大して違わない。
誰かに与えて貰うのを当然だと思っている。与えてくれないなら奪うしかないと考える性根の持ち主。
奪われた者の怒りを想像できない。目の前の食い物の事しか考えていない餓鬼のままに成長し、多くを得た今でも根底が変わっていない。
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それで、与えられたらどうする?
次の攻撃を受けた瞬間、そんな言葉が聞こえた気がした。
それは……考えるが、答えられなかった。
答えろ!
大きく投げ飛ばされる。
その衝撃に息が詰まるが、呼吸を整える暇もなく、再び投げ飛ばされる。
お前の様な奴には、与える気になれない。
何故だ? 与えられなかったら死ぬしかない。
だったら奪うしかない。
そもそも、貴様らスペーシアンが、アーシアンから富を奪い去るからいけないのだ。
力ある者が、弱き者から奪う。奪いつくす。そんな理不尽な世界が悪いのだ。
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「シャディクの動きが……」
シャディクの動きが速くなってきた。獣染みた動きに周囲は驚きを隠せない。
シャディクの厄介さが、そのパイロットとしての才能。
反射神経や状況に応じた咄嗟の選択、訓練では上がりにくい能力に長けている。
歴史を振り返れば、戦乱の最中には異常な能力を持った怪物が現れる。
明らかに盛っていると思われる内容も少なくないが、火のない所に煙は立たないと言うように、何の根拠も無しに荒唐無稽な武勇伝は生まれない。
そして、それは情報が発達した大戦時にも出現していた。ネタにしかならないような異常者が普通にいる。
航空機のパイロットには、後ろに目があると言われても信じるような怪物が複数存在した。
グエル・ジェターク、兄さんは間違いなく、そんな怪物と同類だ。
僕のオールレンジ対策は予測に過ぎない。射出されたビットの数から、目視出来ないものの数を逆算し、どこを狙うのか効率の面から予測する。
でも、兄さんは、その延長に効率以外の何かを感じ取っているとしか思えない動きだ。
困ったことに、シャディクは兄さんの昔の動きと妙に酷似している。
多分だけど、シャディクも同類。
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当たらない。あの重そうなディランザで、軽々と避けている。
それでいて反撃は的確。機体ではなく、搭乗者にダメージが行くように、投げやショルダータックルなどを使用してシャディクを苦しめる。
アーシアンが奪うなら奪い返そう。全て、何も残さずに奪いつくしてやろう。
させない!
傲慢なスペーシアンめ! 何時も上から目線で、弱者から全てを吸い上げていく。
戦争シェアリングで、どれほどの人々が苦しんでいるか想像したことがあるのか?
許せない。奪わせない。絶対に!
弱者が吠えるな。
冷たく払われる。
その何気ない動作に背筋がゾッとした。
強者が弱者から奪うのは悪で、弱者が強者から奪うのは正義?
おかしいと思わないのか?
今までより強く投げられる。いや、地面に叩きつけられた。
踏みつけ。ディランザの巨大な足で、その重い体重で左腕を踏み潰した。
弱いから奪われていたのだろう? 奪われ続けたのだろう?
与えられないから奪う? 違うな。金や食糧を与えて貰えないから、別の物を与えて貰おうと思っただけだ。
別の物? そんなもの……
強者の慈悲。あるいは憐れみ。
哀れで、無様で、情けない弱者だから、そんな盗人に取られても、怒らずに見逃してやろうという慈悲を期待している。
そうだ。強者が本気で盗人を捕らえようとすれば、逃げられる訳がない。
違う。俺は……スペーシアンに慈悲など期待していない。
お前等は……
本当に与える価値がない男だよ。いや、与えられても気付かないだけの愚か者だ。
ふざけるな! 与えられたら感謝くらいする。
ただ、お前等はそれ以上のものを奪ったから許せないだけだ!
与えられたものを見ていないお前に、何が奪われたかなど分かるはずが無い。
お前が奪われたと吠えているのは、元はお前の物だなど誰が決めた?
そんなのは屁理屈だ!
実際に地球は…
本当に見えていない男だな。
そして、孤独で寂しい奴だ。
――――――――――――――――――――――――
妬みと僻みで心を腐食させ、その破格の才能でサリウスの養子になった怪物だ。それを殺しきれるのか?
ただ、シャディクを可愛そうな奴と同情の目で見ながら、やらかさないよう警戒するだけではダメなのか?
お前がそんな事を企んだのも仕方がない。だって、お前は可愛そうな奴だと言って済ませたい。
今のシャディクなら、兄さんの手下にして、地球再生の事業を手伝わせれば満足するはずだ。
「動きが変わった?……」
シャディクが、いや、イエル・オグルが苦しんでいる。そうか、兄さんが核心に触れだしたんだな。
イエル・オグルを表面に引き出し、叩きのめしながら、シャディクを目覚めさせようとしているのか。
兄さんだけで、イエル・オグルは殺せない。だから、シャディク・ゼネリに手伝わせる。
「凄いな。兄さんは」
「ラウダ?」
サポートメンバーが、カミルに変わっていた。
頼みやすい相手で良かった。
「僕はグラスレー寮に行く。兄さんが戻ってきたら、これを飲ませて。
大丈夫だとは思うけど、自分で飲めないなら、医務室へ」
「戻ったらって」
「もうすぐ終わる」
――――――――――――――――――――――――
誰にも相談せず、独りで抱え込んだ結果、下らない復讐しか考えない。
本当に愚かな奴だよ。お前は。
今度の攻撃は弱かった。
だからこそ許せない。今更。憐れみなど侮辱でしかない。
やはり気に入らない。
お前は良い。弟が、ラウダがいるから相談できる。
だが、俺にはそんな相手がいない。
いない事は無い。見ていないだけ。気付かない振りをしているだけだ。
違う!
サビーナも! エナオも! ほかの奴等も! みんな俺に期待するだけで!
どうすれば良いかなんて相談できるような相手じゃない!
従うと言いながら、ただ指示を待っているだけ!
信用しろ? 出来る相手か!
『お前の名前を言ってみろ!』
ディランザが拳で殴ると共に、グエルの咆哮が、外部スピーカーを使って響いた。
俺の名前? そんなもの、シャディ…
再び殴られた。違うと言われた気がする。いや、間違いない。
だが、俺の名前は……
『自分の名前を言え!』
また殴られた。
自分の名前?
俺は……誰だ?
シャディク・ゼネリ? イエル・オグル?
どう違う?
「そうか……」
いた。相談できる相手はいた。そして、すでに返しきれないほどのものも与えられていた。
あの人は、今の世界をどう見ているのか? 満足している?
そんな訳がない。そうだったら、イエル・オグルは、今もイエル・オグルのままだ。
どうして、あの人は自分を養子にした? 何で多くのアーシアンの孤児を引き取り、学校に通わせている?
あの人だったら、シャディクの考えをどう思うか? 少なくとも戦争シェアリングを続ける限り、この世界に未来はない。
それに気付いていない? それとも妙案がある? それとも自分と同じく進むべき道に迷っている?
何で心の中でまで、あの人なんて言い方をする?
「……ごめん義父さん」
もしかしたら、サリウス・ゼネリも孤独だったのかもしれない。
妻子がいなかった。だから、イエル・オグルを養子にして、シャディク・ゼネリと名乗らせた。
役に立つ子供を演じて、信頼を得るよう努めたし、冷めた親子関係だと思っていたが、考えてみれば不自然だ。
ただ、グラスレー・ディフェンス・システムを継がせたいだけなら、養子を取る必要は無かった。
いや、名目上、看板としてなら、ケナンジ・アベリーという英雄がいる。彼を養子にしていれば、カテドラルとの関係は盤石だ。
何で、パイロットとしてだけではない、多彩な能力を持った自分を養子に迎えたのか?
一緒に未来を相談できる子供が欲しかったからではないのか?
だったら、いや、そんな事は関係無しに相談したい。話を聞いてほしい。聞かせて欲しい。
どうして、今までしなかった? 怖かった? 変なことを言って見捨てられるのが……
「……愚かな息子で」
俺は、イエル・オグルでは無かった。シャディク・ゼネリ。サリウス・ゼネリの息子だ。
そう思った時、勝手にコクピットが開いた。
視界には、ビームトーチを持ったディランザが。
グエルの勝利を示す表示も見えた。
ハインドリーのブレードアンテナを斬られ、勝敗が付いたのだ。
赤いディランザが片膝を付くと、開いていた胸部のコクピットからグエルが上半身を出す。
「やっと、仕留めたぞ」
ヘルメットを脱ぎながら、かすれた声で言った。
何時でも倒せたはず、そう思ったが、すぐに違うと分かった。
グエルが仕留めたのは、シャディクではない。イエル・オグルだ。
シャディクの中に蠢いていた、あの黒い衝動が消えている。
「おい、シャディク!」
笑いながら名前を呼ばれる。何故か、それが嬉しかった。
返事をしようとしたが、口がくっ付いたようになって開かない。先程の呟きは声に出ていなかったのかもしれない。
ただ、グエルが眩しい。その光に向かって手を伸ばした。
「決闘の、報酬だ。言うことを、聞いて、貰う」
声がかすれていて、途切れ途切れだった。ああ、グエルも自分の口と同じような状態なのだろう。それでも無理して喋っている。
凄い男だ。この男の下に付く。それで良い。それを望んでいた。
だが、何処か不満を感じる。まだ、妬みの塊が心の中にいるのか?
違う。ただ……
「俺の、敵になれ」
伸ばしていた手が払われた気がした。
無茶だ。そう思った。現に叩きのめされている。今だって声も出ない。考え方だって、自分の稚拙さを思い知らされた。
「俺が、怯えるような。震えるような。お前が、何をしているか、気になってしかたがない、そんな敵になれ!」
それなのに、心の底が歓喜に震えている。
伸ばした手を握った。拳を握りしめ、この男を生涯の敵と定める。
眩しい光。
だが、
その意志を込め、拳を強く握りしめる。それが返事だ。
そして伝わった。グエルは嬉しそうに微笑むと、コクピットの中に消え、ディランザは去って行った。
冷静な自分が、無謀な挑戦に笑っている。どう戦えば良いのか皆目見当が付かない。
だが、嬉しくて仕方がない。心が躍るというのを初めて経験している。
「随分と嬉しそうだな」
その声に前を向くと、意外な人物が立っていた。
ラウダ・ニール? 何故?
周囲を見ると、グラスレーのハンガーだ。両脇を二機のハインドリーに支えられ、専用のハンガーに固定され、ラウダはコクピットへ乗り込む昇降リフトに立っていた。
何時の間に? そう聞こうと思ったが、相変わらず口は開かない。身体も動かなかった。
ラウダは、不満そうな表情で黙って乗り込むと、シャディクのヘルメットを外した。
「そんな力は残っていないだろうが、一応注意しておく。飲み込むなよ」
そう言って、強引に口を開いて、スポンジのようなものを口の中に入れた。
「点滴の方が手っ取り早いが、こういうものは口から摂取するに限る。身体は動かないだろうから、大人しくしていろ」
そう言って、ストロー付きのドリンクボトルを口に近付け、ストローから中身を絞り出すように口に注ぎ込んだ。
そんな力は残っていないの意味が分かった。喉が嚥下する力を失っている。ただ、口の中が潤い、自然と吸収していく気がした。
何度かそれを繰り返すと、咽喉が動くようになってきた。そうなるとスポンジが邪魔だ。
「無理に喋る必要は無い」
スポンジを外すよう言う前に、そう吐き捨てると、スポンジを取り出し、ゆっくりと口の中にドリンクの中身を入れていく。
口から溢れないように、少しずつ。こちらの状態を把握しているのか、絶妙な量が口の中に入って来る。
「頑丈な奴だな。これなら点滴は不要だな」
ドリンクを何本空けたか分からない。ただ、身体に力が戻っている気がした。
それでも、動かそうとすると全身がきしむ気がする。
「何度も言わせるな。喋る必要も動く必要は無い」
そう言うと、シャディクの身体を担ぎ上げてコクピットを出る。
長身で筋肉質なシャディクは、見た目以上に重いが、それを感じさせない軽い足取りで移動していた。
なるほど、この男は生身での戦闘力も厄介そうだ。
そんな事を考えていたが、昇降リフトには、ストレッチャーがあって、それに横たわった。
そして、リフトが下がって行くのを感じた。
「今日はパイロットスーツは着たまま寝ろ。あの長期戦だから小便は出しただろうが、この後も出る。大便も出るかもな。だが、その程度で目は覚めない。現に今すぐ眠りたくて着替えたいとも思わないだろ?
あとは明日の目覚めを楽しみにしていろ。尻がゴワゴワして、一気に気分が悪くなるし、スーツを脱いだら、いや、ファスナーを開けた瞬間に匂う」
抗議の意思を込めた視線を送るが、ラウダは意にも介さず鼻で笑う。
「貴様がこれから相手にする人間の事を考えろ。この程度で不満を感じるようでは、何時まで経っても足元にも届かん」
それもそうかと思う。
栄養剤を飲んで落ち着いたせいか、眠気が増してきている。
それに逆らえなくなり、瞼を落とした。
そう言えば、ラウダに礼を言っていない事を思い出したが、もう口を開く余力は残っていなかった。
「これからは生まれ変わった自分を楽しめ」
最後に、優しそうな声の響きが聞こえたが、何と言ったかは分からなかった。