周囲から刺さる視線が痛い。
予想通りと言えば予想通りなんだけど、昨日の決闘は観戦者にとっては、兄さんがダイゴウを相手にした時以上の残酷ショーだったからね。
しかも、理解不能な長期戦を演じたシャディクや、あまり評判の良くないダイゴウの寮長と違い、サビーナとエナオは見た目は麗しい美少女。
そんな相手を嬲りものにした僕は、彼女らに避けられて当然。だというのに……
「話がある」
「僕には無い」
何度このやり取りを繰り返しただろうか。朝からエナオに付きまとわれている。
嬲りものにされた少女が、嬲りものにした相手に、泣きそうな表情で声をかけていれば、変な想像もするだろう。
でも、僕から何かを言うことはない。
彼女の不安は分からんでもない。
決闘が終わって戻ったら、学園から出て行けという要求は消えていた。戸惑うだろうが、僕の予想では、シャディクと話せば、何らかの結論が出ると思っていた。
だが、僕の予想外の事が起きていた。
決闘中にシャディクは目を覚まし、状況だけは確認したようだが、彼女らに大人しく待っておくよう伝言だけ残してサリウスの元へ向かったそうだ。予想を大きく上回るタフネスぶりである。
僕や兄さんと違って、特殊な訓練はしていないはずなんだが、肉体の素材の良さは本気で兄さんに匹敵するだろう。
ちなみにサビーナは授業を欠席している。軽率なマネはしないだろうが、心配したグラスレーの寮生が側に付いているそうだ。
そして、コイツは朝から僕に付きまとっている。場所を変えて話したいのだろうが、僕が動かなければどうしようもない。何しろ彼女が聞きたい事は、周囲に聞かせられる類の話では無いからね。
このまま無視しよう。そう思っていたんだけど……
「話がある」
「……俺?」
この女! ターゲットを兄さんに変えやがった!
兄さんが僕を見る。僕に任せての合図を送る。
「放課後に時間を作らせる。良いな?」
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そして放課後。僕は校舎の外にあるベンチに座って、目の前に立つエナオと対峙する。
ここなら、周囲に僕たち以外の人間が近付けば分かるから、よほど大声で話さない限りは大丈夫だ。
「で、話とは?」
「どういうこと?」
「曖昧な質問だな。そんな質問では、何を答えれば良いか分らん」
「色々と。腑に落ちない事が多すぎる。何が狙いか分からない」
「それを自分で考えられるようになることが狙いだ」
睨まれた。でも、そうなんだよ。
僕としては、少しは考えて行動しろ。最終的にはそれに落ち着くんじゃないかな。
でも、それで納得はしないだろうし、少し鍛える方向で行くか。
「お前は、僕から情報を引き出そうとする立場だ。相手が答えたくなるように、上手く質問をしろ」
方法はいくつもある。優越感を揺さぶる。罪悪感を突く。利を匂わせる。どれが効果的か?
だから、まずは考えろ。相手の考え、僕が何を求めているのか。
「答えてくれたら、その度に一枚ずつ脱ぐ」
「ぶん殴るぞ」
そういう事じゃない! いや、それで釣れる奴は釣れるだろうが、その手の奴に見られるのは不愉快だ。
でも、このままではらちが明かない。面倒だが、ヒントを与えながら進めよう。
「いいか、自らの不安は抑え込め。そして、お前が最も気になる事は何だ?」
「……アカデミーの」
なるほど。自らの進退より、巻き込まれた形の連中が気になるか。
うん。性格は善良だな。まあ、そうじゃ無ければ、あんな事は考えないか。
そう言えば、残りの3人は仲間になっているのか? もう、名前とか忘れたし、顔も曖昧になっている。
確か、馬娘を進化させたメスガキっぽい奴に、あざといくらい儚げですな奴に……あと1人って特徴あったか?
まあ、今は関係ない。エナオを鍛え……答えがやってきたか。
エナオの後ろで困った表情で見ているが、それなのに、見学の構えとは良い度胸だ。
「直接聞き出すのが難しいなら、関係している話から入れ。例えば、その関連にジェタークで作った学校がある。それがどうなってるか興味ないか?」
「じゃあ、それ」
「あのな……言った通り閉鎖だ。危険だからな」
これに不自然さを感じなければ話はおしまい。
エナオは単なる口下手と思うが、頭が悪ければどうしようもない。泣かしてから、後ろで見学しているバカに任せる。
「急に閉鎖する方が危険だと思う」
ほう? 分かってるじゃないか。
「何故だ?」
「閉鎖は確実に現地の人のマイナス感情を生む。地球での事業を完全撤退するならともかく、反発する人と仕事を続けるリスクを考えれば、形だけでも存続させる方がマシ。
それに、教育というのは、一種の洗脳なんだから、自分達に忠誠を抱かせるような教育をする手もある」
何だ、思っていた以上に頭の回転は早いな。
「教育に失敗した人間が言ってもな」
「うん。何でだろう?」
「お前等アーシアンが、恩知らずなだけだろ?」
「違う。サリウス代表には感謝している」
「では、その感謝を上回る何かがあった」
「罪悪感はあったよ。自分だけが救われたから。でも、サリウス代表を裏切るまでは」
「だろうな。だが、お前が感じていたソレを増幅させる存在がいた」
「……うん。私たち以上に苦しんでいた。その姿を見て助けてあげたいって思った。
ああ、そうか。私はシャディクを助けるつもりで、自分の罪悪感から逃げ出したかっただけ」
「そう。お前等みたいな境遇だったら、基本的に自分達が恵まれた分、助けてくれた人。今回の場合はサリウスになるが、恩を返したいと思う。その上で、罪悪感があるなら、まだ手が届いていないアーシアンに手を伸ばすか、逆に過去を否定してアーシアンに冷たくするかだ。まあ、多くは前者だろうがな。
少しは自分達の特殊性が分かったか?」
「うん。ラウダから見たら、私たちって…」
「クズだな。ごみカスみたいな集まり。助けられた事は忘れて、被害者ぶって、仮に現実に被害が出ていたら絶対に許さなかったろうな。お前等を殺すためなら、いや、ただ苦しめるために、お前等が救いたいと思ったアーシアンを徹底的に弾圧しているところだ」
エナオの後方に向かって吐き捨てる。
「うん。どう償えば良いんだろう?」
なに言ってるんだ? こいつ、会話の趣旨から脱線しているぞ。いや、僕の言い方も悪かったか。途中からエナオ以外に言ってたからな。
「バカか。今のが相手から情報を引き出す例だ。今回は僕が我慢している怒りの感情を揺さぶったから、僕が考えている事を聞き出せた。
それと、未遂だから償う必要などない。そもそも気になっているのはアーシアンの処遇だろう?
お前が指摘した通り、地球での学校の閉鎖はリスクが大きい。お前が気付く程度の事は僕たちも分かっている。だから、ジェターク側は現状維持だ。
次いで、アカデミーの事だ。あくまでも、お前等が特殊だっただけ。それをサリウスCEOに理解してもらえれば、他に累は及ばない。
それが一つの指針だが、今回は状況が変わった。それで、どうだったんだ? 元凶よ。
エナオの後方で困った表情を浮かべていた元凶、シャディクに向かって声をかける。
エナオも気付いたようで後ろを振り返った。
「正解。良く分かったな。処分される覚悟もしてたけど、思いっきり呆れられたよ。
それと、理由も話し合って、対策も相談してきた」
「シャディク」
「心配かけたね。でも大丈夫だから」
そう言いながら、エナオの肩に手を置くと、そのまま彼女の横を通り過ぎて、僕の隣に座った。
「スッキリした顔をしてるな。ムカつくから曇らせてやろうと色々言ったのに」
「お前の兄貴にスッキリさせてもらったからな。ちなみに対策を話し合ってきたばかりなんでね、曇ってる暇なんか無いの」
「で、実際に対策が取れるのか? というより、出来るのか? 卒業まで2年と少しだぞ」
「……本当に、何でも分かってる奴だな。俺としては、かなりの無茶振りされたと思ってるんだけど?」
「凄いだろ。予想をもっともらしく言えばこうなる。
ちなみに予想と外れて、話が噛み合わなければ、その場で僕はこうするべきだと考えてたと言えば良い。
だから、この場合は効率重視で、相手の負担は考えないのがコツだ。そう言っておけば、マウントを取れる」
この手の言い方をして、恥ずかしいのが、相手が自分の負担を考慮せず、予想以上の対策を取ってきた場合。
そうなったら、相手にマウントを取られかねない。
「勉強になるね。エナオ、メモを取っておいた方が良いかも」
「エナオに交渉は向いていないと思うぞ。だが、頭の回転は早いし、別の事を任せた方が良い」
頭の回転は良いし、ポーカーフェイスだから考えを読まれないようにする分には良いが、交渉というのは相手のガードを緩めて、考えの波長を合わせることが重要だ。
その場合、ポーカーフェイスと無口は逆効果。相手に警戒させるだけだ。
「ねえ、話が見えない」
だが、エナオとしては、僕たち2人は、勝手に盛り上がっているようにしか見えないだろう。
少し不機嫌だ……おお、コイツの考えている事が、表情から少し読めるようになったぞ。
「昨日、目が覚めたら、2人が決闘中だったからね。それで決闘になった状況も聞いた。
グエルの目的から、ラウダが何を考えてるかも見当がついたし、それなら2人の事は任せて、先に義父さんと話をしておこうと、会いに行ったんだ」
兄さんは余計な事を考えすぎだからと、コイツの頭の中の霧を晴らしたけど、晴れた途端にコレかよ。
「全部、話したの?」
「ああ、処分される覚悟もしてたけどね。そうはならない気はしていた。いや、半ば確信していたな。大丈夫だって」
「サリウスCEOなら、先ず話を聞くからな。その上で、何でこうなったかを考える。
羨ましいな。
気が短いからな。話の最中に激高するだろう。
「だが、そろそろ結論を言わないと、噛みつきそうな顔をしてるぞ」
エナオを指差すと、流石にシャディクも慌てて説明を続ける。
うん。無表情のままなんだけど、なんか分かるよね。
「まず、問題として、義父さんは俺たちが、ベネリットグループ内で白眼視されないように、アーシアン出身だと知られないようにしていた。これは、義父さんの優しさだったんだけど、結果的に罪悪感を募らせる効果があった。特に養子にまでなった俺は、それが酷かった。
なら、出自をオープンにすれば良いかと言えば、やはりデメリットは大きい。義父さんだって酔狂で出自を隠させたわけじゃないからね。
そこで、問題。今後どうすれば良い?」
「シャディクまで……」
素直に答えを教えない姿勢は、僕から継続している。
エナオは不満そうだが、少しきつく言っておくか。
「何時までも甘えるなよ。原因の一つにお前等がシャディクに甘えてたことがあるのを忘れるな。
だから、決闘での要求を、従うのを止めて支えろとしたんだ。
今のお前等は足手まといでしかない。お荷物でいたく無かったら、最低でもシャディクの考えに付いて行けるようになれ。支えるにはシャディクに考える材料を与えるくらいで無いと話にならない」
「う、うん……えっと、アカデミーにいる子には、拗らせる危険性を教える?」
「うん。それは、応急対策として採用している。でも、恒久的な対策にはならない。
それだと罪悪感が消える訳では無いからね。実質、罪悪感に耐えろって言ってるようなものだろ?」
「じゃあ、信頼できる人にだけ話す?」
「秘密を守るなら徹底してだ。アカデミー内でさえ言わせなかったのは、それがすぐに漏れる危険を恐れての判断だからね。今まで漏れなかったのは、そこまでしてたからだよ」
悩んではいるが、良い回答は出ないか。
まあ、シャディクに甘えるだけでなく、甘やかしてもいたから、この発想は出ないだろう。
シャディクも気付いたようだ。苦笑を浮かべながら正解を告げる。
「答えはね。俺自身が自分の出自を堂々と宣言すること。
その前提として、俺が人に後ろ指を指されない存在でいること。逆に尊敬される存在になってること。
具体的には……」
直ぐには言葉が出ないか。だが正しい。それの困難さを実感しているからこそ、言葉が重くなる。
「ベネリットグループの、いや、それを上回る規模の集団の王になろうとしている
コイツ、サリウスと話して殻が弾けたのか、兄さんの目的まで読んできたか。
「ね? 無茶振りだろ?」