「話は理解した。すまなかった。私たちの存在が、余計にお前を追い詰めたのだろうな」
サリウスと相談した事や、ラウダと話した内容を聞き終えて、サビーナは自分がシャディクを追い詰めた一因になったと感じたようだ。
エナオ自身にもその自覚はある。
「いや、これは俺の罪だ。例え行動を起こす前だったとしてもね。
それより今後の事だ」
「ジェタークの後追いで行くのか?」
「ああ、他に良い手を思いつけば別だが、今やれることでこれ以上の方法は思いつかない。
俺たちの場合はアーシアンの境遇改善を目指していたが、それをどんな形にするかイメージが漠然としていた。
でも、今は俺の中でイメージが浮かんでいる」
決闘が決まった際のグエルとの会話で、彼は何度も目的の重要性を口にしていたそうだ。
戦争シェアリングやベネリットグループの解体などは手段であって、目的とは状態であると。
アーシアンの境遇を良くしたいと言っても、その状態がイメージできていないのに、手段に目が行っていた事を呆れられたらしい。
「俺はシャディク・ゼネリという名前と立場を受け止める。その上でアーシアンと共に歩みたい。いや、アーシアンとスペーシアンと共にだな。
そこには、グラスレー社が一緒が良いね。この居場所は俺にとって大切だと思い知ったよ。結局はグエルみたいになりたいに落ち着くんだが、情けないとは思わないよ。追い付くには、やることが多すぎて眩暈はしそうだけど」
「そうだな。やる事と言えば、先ずは寮内の意見を確認か。いや、この状況だと慌てて選択を迫るようなものになるか」
「そうだね。グラスレーもジェタークに乗る方向は決まっているし、幸い近日中に地球行きもある。おまけに寮長は強制だからね。
せっかくの良い流れだ。利用させてもらおう。俺が勉強のために行くと言えば良い」
「ああ、それでも地球行きを拒むなら、何か含むところがあるのだろうし、その者にはそれとなく理由を問い質せばいい。
地球に行ったら、そこで気になる態度を見せた者から聞いて行けばいい」
「ねえ、待って」
先の事を考える。それは良い。少なくとも、今の会話で出た流れに不満は無かった。
だが、エナオは、先に進むよりも、まずは現状の確認を疎かにすべきではないと思う。
「ラウダの事、教えてくれる?」
「ああ、そうだったね。元々、アイツを過小評価していた事が、今回のケチの付き始め……でもないか。結果的には良い方向に転がったんだし。
だが、ラウダのこと、というよりジェターク兄弟のことは知っておくべきだろう」
シャディクは、サリウスとの会話を確かめるように、ゆっくりと息を吐き、少しずつ話し始める。
サリウスが不審に思って、ジェターク社のことを調べ始めた事。そこで奇妙な事実が浮かび上がった。
「ヴィムCEOはワンマン経営者で、会議のような事を嫌がる傾向が強い。
また、エナオには言ったが、彼の気性からは地球再生計画なんて発想は出てこない。
かと言ってブレーンとなる人材を雇った気配は無い。
では、誰がヴィム・ジェタークに入れ知恵したか?」
指を立ててサビーナとエナオを交互に見る。
答えは分かっている。おそらくサビーナも。だが、この勿体付けた喋り方は、彼の異常性を自覚させるためにあると分かってもいた。
「ジェターク社が、今の動きに舵を切ったのは5年ほど前。その頃、ヴィムCEOの近辺に新たな人物が加わっていないか調べたら、1人だけ該当者がいた。
確かに、その人物の話なら、ヴィムCEOも真剣に耳を貸す。でも、その人物が発案者だという仮説には一つの問題があった。何か分かるかい?」
その問いはエナオに向けられたものだった。先入観を抜きにして、無心な気持ちで答える。
「その人物の年齢。私たちと同じ齢。5年前だったら、11歳前後? 流石に信じられないね」
「正解。ただ、その人物、もう十分だ。分かってると思うけどラウダの事だよ。アイツがディランザの開発に深くかかわっていると予想されていた。開発チームと一緒に行動していた事は分かっているからね。
ただ、分からないのはその役割。グエルがテストパイロットを務めたのは周知の事実だが、ラウダが何をやっていたかがハッキリとしない。
テストパイロットを兄弟でやったというのが妥当だろうけど、実はディランザの最初の宣伝映像には欠点があったそうだ。
それは、グエルが天才すぎたこと。最初に気付いたのはデリング総裁だったそうだが、アイツの成長を正確に見せればディランザの訓練用MSとしての価値が霞む。それほどアイツのパイロットとしてのセンスは卓越している。
でもね、そうなると疑問が湧いてくる。だったら、弟もやっているはずだから、ラウダの映像を使えば良い。何故、使わない?」
「まさか、ラウダはテストパイロットをしていない?」
「それは無い。現にエナオたちを倒したパイロットとしての技量を考えれば、それくらいから訓練していないと辻褄が合わない。だから、一緒に訓練はしていたはずだ。
そして、テストに参加していたパイロットが妙な事を言っていたそうだ。その時は一笑に付すような内容だったから無視されていたんだけどね」
「どんな内容だったのだ?」
「テスト当時、ラウダはグエルより強かった。その動きは子供とは思えないから、グエル以上に宣伝に適していないとね」
「まさか? 確かにラウダは強かった。ただ、2人がかりで一方的にやられた私が言うのもなんだが、奴よりグエルの方が上だと思う。
今日、授業をサボったついでに、冷静になってから昨日と一昨日の戦闘映像を見直していたが、ラウダは戦術や技術的なものに関してはグエルに引けを取らない。私達なんかよりは遥かに上だ。
だが、反応やそうした純粋な部分は、シャディクの方が上かもしれないと思った。ちなみにグエルは両方を兼ね備えている」
「確かに才能はグエルが上だったのだろうけど、3年前の時点では、早熟でラウダが上だったとしても不思議ではないよ。
それにテストパイロットの話はそれだけじゃない。地球再生計画もディランザの設計自体もラウダの発案だったと」
「待て、計画は分からないでもない。戦争で衰退させるより、復興事業でMSを使用するというのは、ある意味では子供らしい発想だ。
だが、MSの開発は流石に」
「地球再生計画とディランザはセットだよ。あのMSは開発にも使えるじゃなく、訓練にも使える戦闘兼開発用MSだ。
ここは似て非なるものさ。メインは開発に使用できる低コストMSで、それを何処まで強化出来るかを追求したMSだね。その途中で訓練にも使えることに気付いた」
「だが、それなら、何故ラウダは兄を立てる?
それだけの力量があれば、自分がグエルを差し置いて前へ出ようとしないか?
確かに、グエルは正妻の子らしいが、だからこそラウダからすれば不満に思うだろ?」
「そこが、あの兄弟の怖いところだよ。
普通に考えれば、ヴィム・ジェタークが、愛人の子であるラウダを表に出したくないと考えるだろうけど、認知はしているから隠す必要は無いし、実際に隠してはいない。
また、グエルを立てなくてはいけない理由として、正妻の子だからと言うのも無い。何故なら……言っては悪いが、正妻が正妻の務めを果たしてないからね」
グエルの母は子供を捨てて逃げている。
ジェターク社のCEOともなれば、その妻は社交などで働いてくれなければならない。
逆に言えば、そういったことで力を示すからこそ、例えば愛人に子供が出来ても怯える必要は無い。下手に愛人の子に権力を与えて正妻の機嫌を損ねれば、正妻が得た人脈が敵に回るからだ。
そう言った意味で、グエル・ジェタークには後ろ盾がいない。ラウダと比べて母の権力は無いので、数か月だけ早く生まれたことしか有利な点は無かった。
客観的に見て、愛人の子と何ら価値が変わらない。
「その辺が引っ掛かって、色々と謎だったんだけど、昨日義父さんと情報の交換をしてたら、何となく見当がついた。
ジェターク社の計画の中心にいるのはラウダで間違いない。普通ならラウダこそが正面に立つべきだけど、コイツには問題がある。
エナオは少し違うけど、俺たちはラウダの事をどう思っていた?」
「犬。忠犬で、グエルが可愛がっているワンコ」
「むしろ、ご主人様大好きワンコだ。言い訳に聞こえそうだが、アレがそんな優秀な存在には見えなかった」
「うん。そうだね。ラウダという存在は異常の塊だから、普通は理解できない。ヴィムCEOも苦労しただろうね。
ラウダは表に出せないというより、本人がグエルの影に隠れたがっている。
もしかしたら、ラウダに打診した事もあるんじゃないかな? 次期CEOにならないかって。もしそうなら勇気あるよねぇ。俺は怖くて言えないね」
エナオは脳内でその光景を想像しようとしたが、何故か主人から引き離されようとして怒る犬を想像してしまった。
「だが、そうなると、ジェタークで最も警戒するのはグエルではなく、ラウダの方と言う事か」
「いや、残念ながらそうはいかない。仮にこんな、懐いてきて表に立たせようとする、化け物な弟がいたら、サビーナとエナオならどう思う?」
「絶対にイヤ。シャディクなら弟扱いできるけど、ラウダは無理」
「同感だ。気が休まることなど無いだろ」
「そうだね。俺も無理だと思う。
でも、その無理をやってしまった奴はどうなると思う?」
「それは……え~と? ゴメン、分からない」
「立派になる? いや、やはり想像が付かん」
「それでいい。それが正解。こんなのの兄をやってるんだ。もう、グエル自身が訳が分からない存在になってしまった。
アイツと話して、そして戦っていて思ったが、知識に関してはラウダを随分と頼っている」
シャディクはグエルが会話中に、何度もラウダの名前を出した事を振り返っていた。
基本的に相談相手としてだが、話を聞いてると入れ知恵しているのがラウダだと感じたそうだ。
「だが、グエルの怖さはそれとは別次元だ。知恵とか力とかじゃない。パイロットの技量に目が行くが、何と言うか言葉に出来ない。アイツを表現する単語なんて無いよ。
まったく、何が自分の怖さを自覚しろだ。ソレ、自分の兄貴に言えよ。俺なんて可愛いものじゃないか」
そのグエルにライバル認定されたことを愚痴りだす。
その態度でグエルの凄さは分かるが、この姿を見て何とかしてやりたいと思うのは、グエルには無いシャディクの武器だと思う。
「まあ、グエルにしろラウダにしろ、話を聞くだけで戦うのは厄介な相手だとわかるな」
愚痴を止めたかったのか、サビーナが大き目の声で発言すると、シャディクも咳ばらいをして向き直る。
「そうだね。あの兄弟は車の両輪だ。互いに欠かせない存在として協力し合う関係。
同時に単車のように縦に並ぶこともある。この場合は行き先を決めるのはグエルで、突き進んでいく動力になるのがラウダだ」
「2人を切り離せれば良いのだろうが、無理だな」
「ああ、それに敵対と言っても足の引っ張り合いは面白くない。
大変だとは思うけど、同時に光栄だという気持ちもある」
「だな。このまま眼中になしという態度を取られるより、遥かにマシだ」
「ああ。それにジェタークは、あの2人が突出し過ぎていて、他は付いて行くのが精一杯と言う欠点もある。
その点、俺はグエルに及ばないし、ラウダに代わる人間もいない。でも、俺たちは2人だけではない。
来年からはレネ、イリーシャ、メイジーが入るし、他にもアカデミーには優秀な者が多い。
それに、ナジとは腹を割って話そうと思う。敵に回すと面倒だが、本当にアイツを味方に付ければ、あそこから始められる」
役割分担。人脈はシャディクの方がグエルより上だ。
口には出さないが、裏の人間とも繋がりがある。その件をラウダは梯子を外された場合の危険人物と認識したようだが、彼等を味方に取り込めば、その力は大きい。
それに自分の役割も見つけた。
「シャディクとサビーナは会わなければならない人が多いと思う。
その間、私は調べ物をしようと思う」
ラウダが最後に言った言葉。そういった事を調べて、整理してシャディクに報告するのが自分の仕事だ。
「そうしてくれるか。助かるよ。エナオはラウダに苦手意識も無いようだし、アイツを頼れば良い。
本人が言ったんだ。存分に頼らせてもらおう。ナジ以上に敵にすると厄介だが、味方としてはこれ以上ない頼もしい相手だからね」
「分かった」