「2年前まで使っていたタブレットだ。その頃のデータは重要なものを除いて残っている」
10歳の頃から使っていたものだ。少し懐かしい思いに浸りながら、シャディクに画面の中身をいくつか見せる。
「おい、何だい? このメッサーラって? これが重要では無いとでも?」
「可変MSを作る際の候補だ。この通り総合評価でギャプランを採用した」
興味がありそうなので、そのまま見せてやる。
このタブレットはパスワードを解除している。よって中身は見放題だ。
可変MSを作る際の、いくつかのデザインと、最終的に決めるギャプランとメッサーラの比較データがあったりと如何にも重要そうな中身だが、本当に見られて困るような内容はない。
そうだったのかと思いはしても、今更な情報が入っているだけだ。
「今のお前みたいに興味を持ってみれば、途中で計算が必要な項目が出て来る。
複雑な数式ではなく、ひらめきが必要な計算だ。
ニカという娘が、お前の言う通りの奴なら、計算を解かずにはいられないし、解ければ、これの持ち主、つまり僕の名前が分かるはずだ」
これから行く場所で、僕はこのタブレットを落とす。
その落とし主に届けるのが、彼女に対する試験だ。
「そうすれば理由が出来る。ジェタークが彼女を推薦するのに十分な理由にな。
頑張れば、晴れて自由な身でアスティカシア学園へと入学できる」
フォルドの夜明けとは関係なし、とまでは言わないが、単に彼等が率いている避難民グループ出身の孤児でしかない。
スパイの真似事など不要。父さんが保証人になって推薦してくれる。ジェタークの庇護下で存分に学べばいい。
「待たせたな」
ニカの件は決定しかかったところで、父さんがやって来た。
立ち上がろうとする僕たちを手で制し、正面に座る。
「さて、ここ数日の会合で分かったと思うが、相手の要求を全て真面目に聞いていたら、どんな事になるか想像できるだろ?
基本的には誰もが自分が所属するコミュニティを優先する。
それ自体は否定する事では無いし、スペーシアンと手を組むとメリットがあると思われるのは、当初からの
だが、より交渉しやすい相手が、どんな手合いかは想像できるだろ?」
「はい。ここへ来る際中、グエルに軽く聞かされ、ラウダに詳しく聞くようにしてきましたから」
シャディクには、アフリカの歴史を説明している。
ベルリン会議で決まった分割統治の影響が続き、一部の部族を優遇し、一方を冷遇して格差が広がる不安定な社会が出来上がったこと。
前世で行われていたアフリカへの支援。何故、何十年も続けているのか疑問に思う者も多いだろう。
大きく繫栄した都市もあれば、相変わらず飢餓に苦しんでいる村もある。都市の方は日本の大都市と比べても遜色ない発展度だというのに、貧しい村には相変わらず栄養失調で腹が膨らんでいる子供がいる。
それに関しての答えは簡単だ。今まで募金していた人が分かっていない事。そもそもアフリカという国は無いし、アフリカ民族なんて言葉もない。アフリカとは五十以上の国家があるアフリカ大陸に、国以上の部族が暮らしている。それを全てアフリカ、アフリカ人と一緒のものとして扱っている事に問題がある。
そして、アフリカの地図の不自然さ。
国境線が真っ直ぐすぎる。地図上で定規で引いたような直線。
本来の国境とは、山や川、海が境目になる。あの細長くて地図上では不自然に見える南米のチリも、海とアンデス山脈にはさまれた国と思えば納得できる。
だが、アフリカの国境は違う。何故なら、ベルリン会議で欧州の国々が、アフリカの利権を分けた時の分割線がそのまま国境として生き残っているからだ。
更に最も重要な事。
アフリカの黒人は、欧米の奴隷貿易で、白人に捕らえられ、無理やり労働させられた。
これは事実だが、100点ではない。正確にはこう。
アフリカの黒人は、欧米の奴隷貿易で、白人に依頼された黒人に捕らえられ、無理やり労働させられた。
要するに、この世の地獄と称された奴隷貿易では、黒人は被害者であると同時に、加害者でもあった。
そもそも奴隷の確保の手段は、白人が軍を率いてするのではない。そんな面倒な事はしない。
かつて、日本でも戦国時代には、南蛮貿易として人を売る大名がいた。
最終的に豊臣秀吉が、商品として奴隷を扱っていた南蛮人と呼ばれたスペインを敵視し、同じ路線を継続した徳川家が貿易を独占し、奴隷の売買はしなくなったが、アフリカは秀吉のような強力なリーダーに恵まれなかったので、アフリカの有力な部族が欧州から武器を買い、奴隷を商品として売り続けた。
植民地時代は、支配する欧州人は、従順な部族を優遇し、反抗的な部族を冷遇する政策を取っていたとされる。
普通に考えて、奴隷を狩る側を優遇し、狩られる側を冷遇したのだろう。
後に奴隷貿易が禁止されても、欧州の植民地支配はそのままだったので、部族間の扱いの差は変わらなかった。
そして、独立後も一つの国に、優遇された部族と冷遇された部族が同じ国民になる。
その結果が、終わることの無いアフリカの民族紛争。
資源など、現在進行形の問題もあるが、根っ子の部分は怒り、恐怖、憎しみと言った負の感情が続いているため。
しかも、ハーバード大学のネイサン・ナン教授の研究によると、奴隷貿易で被害が大きかった地域ほど、現在でも貧困に喘ぎ、少なかった地域が海外からの支援で発展しているとデータで証明している。
つまり、アフリカでの繁栄を享受している富裕層は、奴隷貿易時の加害者側にして、植民地時代には優遇されていた部族という可能性が高い。
そのため、貧困に喘いでいる部族には、手を差し伸べたくないのだ。
「聞いているなら、話は早い。
勘違いしそうだが、地球と言う国家も、アーシアンという民族も存在しない。
我々が交渉するのは、そこのコミュニティを形成する集団でしかない。望んでいる事もそれぞれ異なる。
だが、このまま突き進めば、地球での格差が大きく広がる事は明白だ」
交渉しやすい相手、つまり、こちらの要望を聞いてくれる相手と交渉をすれば、交渉が面倒な相手との貧富の差が広がる。
それ自体は自業自得だし、別に良いが、問題は貧に属する側が、富に属する側に対して、何をやらかすか分かったものでは無いということだ。更に、富が己の地位を保つために、貧を攻撃する可能性もある。
こちらとしては新たな戦争シェアリングの形態を望んでいる訳では無いが、手を出した地域が発展しないと困るのでやるからには全力を尽くすしかない。
そうなると新たな戦争シェアリングの舞台が完成するというジレンマ。
「だからこそ興味がある。いや、期待してしまうと言った方が正解か。
その難民を率いるテロリストにな」
アニメで兄さんを縛ったことは許しがたいが、今のところは未遂である。
それに、スペーシアンとアーシアンの格差について話し合いたい等とほざいていたが、それでスペーシアンにテロかませば格差が縮まると思っているのか、このイタチ野郎と言ってやりたい気持ちもある。
だが、アイツ等の母体が難民グループというのは興味がある。
特定の地域に縛られていない。復興を支援すると言った場合に、自分が所属する国や土地でなく、人、そして、その言葉を信じるなら、アーシアン全てという事になる。
だとしたら得難い交渉相手だ。その目的が以前のシャディクと同じく、スペーシアンへの腹いせという可能性もあるが、参考までに言いたい事を言わせても良い。
「ジェタークの行動、それにグラスレーと、お前自身が便乗した事をどう思っているのか? その辺りを確認してほしい。
だが、無理はするなよ。不満を聞き届けるという体裁で逃げてきても良いからな」
シャディクに何かあったら、サリウスに顔向けが出来ないと思っているのだろう。
だが、安全が約束される会合にはならないはずだ。
「それと、今回の件にグエルが関わっていない事、お前なら察せるだろ?」
兄さんは、父さんに命じられて、別の地域の慰問に行っている。
普通に好感度を上げたいだけなら、父さんと僕を抜いて、兄さんが単独で向かった方が良いからね。
同時に、善良なストッパーがこの件には関わっていない事を意味している。
「敵対すれば容赦はしない。そういう事ですね」
「敵対の程度にもよるが、お前の身に何かあれば、容赦しない程度では済まさん。
テロリストらしく民間人を盾に隠れれば、盾も一緒に吹き飛ばす。テロリストの支援団体としてな。
生き残ったところで、どこの難民キャンプも受け入れてくれない、逆に平穏の敵として裁かれるようにする」
「お前、自分が兄さんと一緒の所を、散々マスコミに撮られたの気付いているだろ?」
元の身分を明かせば良い。孤児だった少年が、グラスレーの養子になり、今度はより多くのアーシアンを救おうとしていた。
先行してアーシアンの手助けをしていたグエル・ジェタークと、親しく話しながら歩く容姿端麗な少年の映像は多く流されている。
そんな少年を傷付けたテロリストが、いくらアーシアンのためと叫んだところで、聞く耳を貸す相手は、元から繋がりがあったテロリスト仲間くらいだろう。
いや、その連中も耳を貸してくれるか?
コチラとしては、スペーシアンとアーシアンの世論に後押ししてもらって、容赦なく教育中の子供を含めたテロリストを殲滅させられる。
「何もそこまで」
「死人に口なしだ。難民の事を思うなら無茶はするな」
「話にならんと感じたなら、要求を聞いて伝えると言えば良い。『俺から説得すれば聞いてくれるはず』とでも言って、そこから離れろ。
もし、捕まって人質にでもされたらラウダは容赦しないぞ。そのテログループにラウダが乗ったギャプランを落とせる奴がいるなら別だが」
旧式のMSが数体あるようだが、デスルターにさえ及ばないポンコツだけだ。
高度を取って難民ごと吹き飛ばしてやれば良い。
「僕の考えは言ったはずだ。子供兵には同情するが、より多くの子供のためには、救助より殲滅を優先するべきだと。救うのは殲滅から運良く生き残れた場合のみだ。
僕の中では、その難民キャンプにいる子供は子供兵だ。基本的にテロリストと交渉する気など無い。今回は特別だ」
ガンダムOOでも描かれた、刹那の出自。
日本では少年兵と言われることが多いが、実際は少女もいるし、英語ではチャイルド・ソルジャーで、子供兵と言った方が正しい。
特にアフリカの神の抵抗軍の奴が有名だが、攫った少年に銃を持たせ、少女は兵の妻にし身の回りの世話をさせる。
子供の内に攫われて、教育も受けていないため、救助されても支援が無ければ社会復帰は困難だ。
なお、親を殺害させたり、近所の人を傷つけさせて、被害者ではなく加害者にしてから帰る場所を無くさせる。
この話をした時のシャディクとサビーナたちの表情は酷かったな。自分達が如何に恵まれているか感じ入っただろう。
「その難民に同情しているなら、お前が無事に戻って来るよう最善を尽くせ。
今回は考えさせるだけで良い。前向きな回答になる援護はしてやれる」
「分かった。無理はしないって約束するよ」
シャディクの悲惨らしい境遇とやらも、せっちゃんを超えることは無いだろ。