加古川周辺を調べて思った。
神戸牛は宇宙へ行ったのか?
会って話したいという政府の人の提案をやんわりと断り、内密という事にしてシャディクはグラスレーの次期CEOとして、輸送機で日本の地に降り立った。
シャディクの供をするのは2人の少女のみ。移動中の護衛として随伴してきた僕は、ギャプランに乗ったまま周囲を警戒という名の観察を始める。
「エナオ、通信機の調子はどうだ?」
『問題ない。ラウダの声は聞こえる。
それとシャディクは建物の中に入った。私たちは難民の人と話すことにした』
「了解だ。何かあれば伝えてくれ。こちらからも伝える」
エナオに持たせた通信機は背中に背負うスピーカー付きの奴だ。
僕が通信で声をかければ、周囲にも聞こえる。
秘密の会話をしていないとアピールするためである。
「さて、事前に調べはしたが……この目で見ないとね」
調査をしたいという理由で、飛行許可は取ってある。
実際にそれが目的だが、最も“俺”にとってインパクトがあるであろう光景を目にしに行った。
富士山。難民がいるのは近畿地方だが、少し東へと向かい、霊峰と呼ばれる山を眼下にする。
「思ったよりは……あれか」
子供でも描けるシンプルかつ特徴的なシルエットはそのままだったが、頂上より少し下の部分が変化している。
噴火の後だ。“俺”が生きていた時代から、噴火の可能性を指摘され、それから長い年月がが経過している。
当然、色々と変化があった。温暖化や寒冷化。富士山の噴火や、多くの地震に水害と言った天災に見舞われている。
また、この国は技術立国と言われ、宇宙への研究も盛んだった。当然ながら、この国の人は多くが宇宙へ進出した側だ。
それを実感したくて見に来たが、富士山を見ても、それほど心に影響はないな。
もっと大きく変わっていれば少しは違ったのだろうか?
分かりやすい噴火の爪痕も無かったので、気を取り直して、難民区域に引き返す。
降りれば何かあるかも知れないが、その可能性も低い。噴火があったのは随分と昔の話だし、噴火の″傷跡を残す”余裕も無いだろう。
前世では、雲仙普賢岳が、平成の噴火の凄まじさが分かるように、屋根の付近まで土石流に埋まった建物が保存されていた。歩く地面と屋根が同じ高さなのが、土石流の凄まじさを嫌でも実感させるが、今はそんなものを保存する余裕も無いだろう。
好きだった城跡や寺社巡りも無理だな。
雑念を消して、主に河川を中心に見ながら、現状を確認する。
力を無くした国が、公共事業に力を割けなくなって長いので、河川の堤防が決壊して川の流れが変化している。
夏になると雨は大量に降るが、その水は田畑を破壊しながら、人の口に入ることも無く海へと還る。
「やはり要は治水だな。ため池を作っているが……」
この地方では降水量が少ない。
赤穂の塩など、古くは塩の産地として名を馳せたのは、雨が少ないからだ。
日本は周囲を海に囲まれているため、原料の海水は容易に手に入るが、その海水から水分を蒸発させて、塩にするには近代化による化石燃料を獲得する前は、天日と薪を使うしかない。当然ながら薪は効率が悪く、どれだけ天日で乾燥を進めるかがポイントになり、この地方は日光の強さと雨の少なさで塩の産地になり得た。
「問題は地下水か」
シャディクの話だと、ここの難民は水が不足しており、1日に2リットルと制限がかけられているそうだ。
いや、何の生産にも従事していない難民が2リットルも貰えるなんて、中東かアフリカ行ってこいと取るか、日本で水が無い? ウソやろ? と取るかは悩むところだが。
地下水はあると思うのだが、水が汚染されてしまったか、あるいは地下水が枯渇してしまったか。
地下の水脈への供給源が無くなれば、井戸も枯れるが、その供給源が分かれば、そこに水を引くことで地下水が蘇るはずだが……
「少なっ」
川の上流の方まで行ってみると、途中の田んぼが少ない。
治水が上手く行ってないから、川から水を引けないせいか?
周囲の山を見渡しても、山頂は白くない。つまり雪は積もっていないので、雪解け水は期待できない。
ダムの跡はあるが、修復可能か?
「……これ、結構メンドイやつ」
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「久しぶりだね。こうして話が出来て嬉しいよ」
彼が言うように、こうして直接会うのは実に久しぶりだ。
だが、年齢とは異なる変化を感じる。前のような暗さが無いとナジは感じた。
「ジェタークの御曹司とはトモダチになったみたいだし、すっかりスペーシアンだな」
ジャリルが気に入らなそうに吐き捨てる。
シャディクがグエル・ジェタークと親しく行動をしている場面は、この地で見られるテレビでも見られた。
彼を裏切り者と言う声もあり、急にここへ訪問すると聞いた際は、暴発する同志の対処に悩んでしまった。
もっと早くに連絡をくれと言いたかったが、それが出来るなら、連絡要員としてニカを学園に潜り込ませる計画など立てはしない。
結局、目の届く範囲に置くことにし、暴発しないよう注意しているが、早速の暴言が飛び出していた。
だが、シャディクは不快な態度を示すでもなく手を叩いて同意を示した。
「そうなんだよ実は。俺はアーシアンのつもりでいたが、実は違っていたらしい。
俺が感じていた憤りや、世界への理不尽に対する怒り。あれって恵まれた人間特有の症状だってさ。
グエルもなったらしい。よりにもよって、デリングに突っかかったって。アイツらしいよね」
ボランティアから帰って来た若者などに見られる特有の症状だそうだ。
上手くメンタルケアをしないと、無力感からうつ病になったり、他者への攻撃性が見られたりする。
「恵まれた人間ね。羨ましいこった。ぜひ、その恵みを分けて欲しいものだ」
「そのつもりで来た。で、何を望む?」
「少し質問がある!」
険悪な空気を察したナジは、あえて大声を出して注目を集めた。
すでに状況は詰んでいる。だが、最悪の予想に反して、友好的な態度で話をしたいと言ってきているのだ。
もしシャディクがナジ達を切り捨てるつもりなら、こうして話すことも無く、軍に包囲されているだろう。それも、この国の軍にだ。
シャディクが来ると聞いたこの国の政府は、彼がジェタークと協調路線を歩くだろうと予想しているし、それ以上に期待しているようだ。
国にとっては難民を受け入れるのは人道上からの理由だが、本音で言えばお荷物でしかない。
生産に寄与することも無く、水や食料をただ消費するだけ。それだけでなく治安の悪化を招く可能性もある。
フォルドの夜明けでは、現地の住民に迷惑をかけないよう、徹底して教育しているが、それを相手に信じさせる保証もない。
一方、すでにジェタークの支援は、的確であり有効だと知れ渡っている。
単なる難民支援ではない。難民だった人々をその国に馴染ませる教育も施し、元からいた住民へのケアを忘れない。
受け入れて良かった。そう思わせる方向に持って行っている。
だからこそ、ただの難民グループの指導者ではないナジの正体を知り、それでも受け入れてくれたこの国の知人でさえ、シャディクとの会合を望んでいるくらいだ。
「お前は俺たちを売ろうと思えば簡単だった。グラスレーを継ぐなら、むしろ、その方が良いくらいだろう。俺たちとの関係は、お前の未来には汚点でしかないからな。
そして、俺たちの正体を周囲に言われたら、俺たちに逃げ場はない。
おまけに、お前を傷つけでもしたら、この国どころかアーシアンからも狙われるだろうな」
殺気だっている者に、今の状況を知らせるための言葉を使う。
暴発したら、自分達だけでなく、他のアーシアンにも危害が及ぶだろう。
「売るなんてとんでもない。元々、ナジには協力を頼もうと思っていたくらいだしね。
俺がグエルより有利な数少ない利点の一つだし、当初の予定ではコッソリと連絡を取るつもりだった。
ただ、バレた。と言うより、地球に協力者がいるはずだから、紹介しろと言われてね。
あ、勘違いするといけないから言っておくけど、ジェタークは知ってるから」
「待て! 待て待て!」
予想外の答えに、次いで、殺気立った周囲を周囲をなだめるために叫ぶ。
「なあ、状況が理解できない。
俺たちの事を知られた状況の説明を……いや、最初から。ジェタークと手を組むに至ったところからか?
とにかく、お前が考えを変えた経緯から説明してくれ」
「そうだな。情けない話になるけど、最初から話そう。
切っ掛けは俺の周囲を探っている奴がいて、それがジェタークの手の者だって分かったことだった」
調べていたのはラウダだったが、当初はラウダと言う男に注目しておらず、兄のグエルを疑い、逆に彼を味方に出来ないかと思って接触した。
ラウダを見落としていた事も失態だったが、兄のグエルは想像の遥か上の人物だった。会話からシャディクの考えを予測し、その見通しの甘さを指摘する。
アーシアンがスペーシアンと肩を並べるという事は、互角の敵として認識される危険をも意味した。
冷戦構造など不可能。全面戦争となれば、圧倒的に優位に立つスペーシアンが圧勝する。
スペーシアンが何が何でもアーシアンを皆殺しにすると思った時点で終わりなのだ。要求を呑むようにしていると言っても、最終的には相手の慈悲に縋っているに過ぎない。
そもそも、何を目的としているのかとの質問には、ここにいる同志たちも深く考えさせられたようだ。
そして、素直に負けを認めるのが嫌で決闘を申し込み、己の内の歪みさえ叩き出された。
終わって見ると、視点が変わって、いや、現状を受け入れることが出来で、素直に養父と話すことが出来たそうだ。
更に、サビーナとエナオもラウダに叩きのめされ、己の未熟さと向き合うに至った。
養父との相談で、ジェタークの狙いも分かった。それはシャディクにとって悪い事では無い。
何よりも、ジェタークの協力、養父との相談、サビーナとエナオの補佐があれば、シャディクの目的は叶う。
今までは何処か嫌悪していたグラスレーの次期CEOの地位も、そのためには必要だとも思える。
「俺の目的は、アーシアンの暮らしを良くしたい。せめて、生計が成り立つようにしたいんだ。そのためにはジェタークに乗っかる以上の手を思いつかないよ。
暴れて慈悲を乞うも、卑屈に縋って慈悲を乞うも、前者の利点はやった本人の満足感だけさ。俺は結果が良い方を選ぶ。それにジェタークは卑屈に縋る事を望んでもいない。
ナジには他に良い手があるっていうなら耳を貸すけど?」
周囲を見ても、悔しそうではあるが反論は無さそうだ。シャディクの話で自覚していた。目的がアーシアンの暮らしの向上より、スペーシアンに一矢報いるという歪なものに変わっていると。
沈黙で答え、続きを促す。
「それから、俺と繋がりがあるアーシアンの活動家、実質テロをやっていると予測した上で、接触を望んで来た。
最初は誤魔化したさ。純粋に仲間を売りたくないし、地球での行動でナジが味方だったら利点でもある。
でも、深く追求する前に、地球で見せたいものがあると言われたよ」
表向きは、グラスレーの次期CEOが、グラスレー寮の仲間と一緒にジェタークの活動に参加した。
これだけでも、地球での活動の勉強になる。だが、シャディクに見せたいのは別の部分だった。
この一週間、新年を挟んでの行動では、アーシアンの有力者と多く接触することになったそうだ。
「そうか、アーシアンの大物と会ったか。幻滅したか?」
「いや。ヴィム代表には事前に言われていたから、ってのもあるけど、子供を含めて地元の人達とも接触が有ってね。
それに、グエルに叩きのめされてから、素直に物事を受け止められるようになった。
だから、自分達の利益を求めるアーシアンを見ても、そうだよなとしか思えない。むしろ正しいよ。
問題はジェタークが立てた予想、実質ラウダの予想らしいけど、それが上手く行き過ぎた。もっと反射的に抵抗するアーシアンが出ると予想してたのに、それが少なくて、協力的な人が多かった。
大きな原因としては、グエルの人たらし能力と思うんだけど、想像より反発が少ないせいで順調に進み過ぎてる。初期に手を出した地域では、ほとんどが難民は喰うに困らないって状況に持って行けてるし、元からいた住民も工場の設立なんかで潤っている」
「それの何処が問題だと?」
「地球内で、アーシアン同士での格差が進み過ぎる。今までは一部の上澄みと言えるような特権階級だけだったのに、このままでは10年もすれば、そこそこ裕福な人が増えてしまう。
いや、ラウダの予測だと裕福な地域と貧しい地域との差が広がってしまう」
言うまでも無く、ジェタークやグラスレーと言った、スペーシアンの企業が力を貸した地域とそうで無い地域になるが、問題となるのはそれが国単位ではなく、地域単位での差になってしまう事。
企業が手を出して影響を及ぼせる範囲は、直接的には国家規模ではなく、市町村レベルの行政範囲にしかならない。
「その結果、僻みから新たなアーシアン同士での対立が生まれる。それも国内の内乱と言う形でね。
つまり、新たな戦争シェアリングの舞台が出来上がってしまう。
いや、戦争シェアリングの構図では、とてもコントロール出来ない地獄絵図が誕生する」