後期作業の最終日、父さんが参加者に対し、残りの一週間は頑張って羽を伸ばせという、聞いただけでは意味不明の激励を残し、つつがなく終了した。
まあ、ここが最後の踏ん張りどころではある。実際に、この休日を楽しく過ごせるか否かで、今後の人生が大きく左右されると言える。
そして僕は、生憎と休日の過ごし方など考慮されない面子、兄さんとシャディクと一緒に集まっていた。
「情報が少ないので完全では無いが、前回の調査範囲で気付いたデータをまとめた」
日本の避難区域は、グラスレー主導で行うことになっているが、僕が事前に分かる範囲に、上空から見て気付いた事、それらの情報をまとめて、どう進めていくべきか、モデルケースとなるものをシャディクに渡す。
「助かるよ。ん? 田は作らないんじゃなかったのか?」
「食糧の確保と言うより、土地の改善だな。水が不足しているようだったが、上流域の田んぼを復旧させる事で、地下水が望めるようになると思う。
本格的にやる前に、地面の下を探る必要があるが、理由を伝えん事には地下の調査も出来ないだろ?」
「そういうものか?」
ソナーなどで、地面の下の構造を調べて、地下水の供給源となる場所を田んぼにすれば、川の水を田んぼに供給して、田んぼから地下へと水をろ過しながら送り込むことによって、地下水が望めるようになる。
その辺りを説明すると、シャディクも分かってくれた。
「でも、それは復旧の目玉にはならない。書いてる通り色々と手を出す必要があるな。
それも、どれがヒットするか分からないし、気の長くなる場所だ。正直、初手としては良い場所では無いな」
「良いさ。こうもやることが多いなら、ジュネーズのテストをするのにも好都合だ」
「本当に御大層な名前を付けたな」
「新しい世界を作るための機体だからな。むしろ、Vタイプという仮称の方が意味不明だ」
反論できねーよ。戦闘用で無いのに、ヴィクトリーは無いよね。
でも、
「砂漠は無いが、山岳地帯だし、川に海。色んなタイプのトップとボトムがテストできる。
好都合だと割り切るとするよ」
「そこまで開き直っているなら何も言わない。
まあ、それも向こうから良い返事をもらえたらの話だからな」
「ああ、そこも気長にやる気だが、機体の開発は進んでいるからな」
「開発は順調か?」
ここまで黙ってデータを見ていた兄さんが、進捗具合を聞いてきた。
今更モビルクラフトに興味を持つとは思っていなかったけど、意外な事に新型フレームを使ったギャプラン(改)とダリルバルデ(仮)より関心度が高いみたいだ。
「順調すぎるほど順調だ。ハインドリーもベギルペンデも、この先の売れ行きに、あまり期待できないし、新型も技術実証機の枠を出ない予定だったからな。
何としてでも、物にしたいと思っているのか、気合の入りようが違う」
新型とはミカエリスの事だろう。
ダリルバルデのように、量産を前提にしたMSではなく、新しい技術の実証のためのMS。GUNDを使用しているファラクトもこれに当たる。
「上手くいけば、次の連休にはテスト機を出せるかもしれない」
早っ! 凄いな。システム的にグラスレーの方が向いているとは思っていたが、想像以上だ。
「詳しく聞きたいが、あまり話し込むと明日からに響くからな」
兄さんが残念そうに言うが、本気で自重してくれないと困る。
明日からは生身での戦闘訓練だ。何だかシャディクも参加するらしいが、まあ、ご愁傷様としか言いようがない。
取りあえず、心の中で応援しておこう。
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かつては栄えていたであろう30階建ての大型ビル。
壁や通路は、塗装や壁紙が剥がれ、下地がむき出しになっている方が多い。それどころか窓も数か所が割れている。
その中の、何のオフィスが入っていたかも分からない場所に身を潜め、リュックから出した水筒の水を少しだけ口に含む。
飲み干したい衝動に耐え、口を湿らすと水筒を元に戻し、ゆっくりと呼吸を整える。
現在地は18階。階段は三か所。武器は拳銃だけ。
何処から進む?
目標はビルからの脱出。あと10階以上階段で降りないと、飛び降りるのも無理。
通気口に目をやる。映画なんかでは定番の脱出ルートだが、メンテナンス用に入れるようにはなっているが、人が通れる範囲は決まっている。おまけに中にいるのを見つかった時点で詰む。
ここは正攻法だろう。進み、敵がいたら倒す。そして、また進む。
拳銃の弾倉を確認する。実弾ではなく、訓練用のゴム弾だ。実弾に比べて射程も命中率も落ちる。
脱出阻止の特殊部隊の隊員もゴム弾だが、あちらは拳銃以外にも小銃やPDWを所持しているので、射程も命中率も上。
そんなマイナス条件だが、訓練ならこれで良いだろうと兄さんが言った以上、それは真理となる。
廊下に出て進むべき階段を決める。真ん中。両端だと逃げ場が無くなる可能性が増える。
いや、焦るな。そう考えて踏み止まる。
目標はビルからの脱出だが、それ以上に優先すべきは生き延びることだ。
僕が兄さんに希望した内容は、敵に襲われた場合の対処。
それで言われた訓練内容が、屋上からスタートして一週間以内に、このビルから脱出する事。
僕は護身術を頼んだつもりだったが、兄さんの基準では、これが護身術になるようだ。
だが、考えようによっては、これぞ正しい護身術だ。どんな危険からでも身を守る術を身に付ける。
今の状況では、少しでも早く下の階に進みたい気持ちになるが、その心理自体が護身の観点からは邪魔になる。
偉い人が言った。護身の完成形とは危険に近づかない事だと。表現的にはアレだったが、危険を察する事で近付かない、回避する、先に攻撃するなど、色々な対処が出来る。
では、どうやって危険を察するのか?
ニュータイプになれば良い。と言うのは冗談だが、あれに近い反応をする人間はいる。
勘のいい奴。戦場で危機回避に優れた人間は、そうじゃない人間とどこが違うのか?
他にも職人の勘とも言う。ベテランの職人技は明らかに優れている。
それは経験値。同じ仕事を続けた職人は、その身に膨大な経験を重ねている。その経験は普通では見えない色の違いを判別し、人が聞こえるという20Hzから20kHzを外れた周波数を聞き取り、僅かな匂いの違いを感じる。
異常が有れば、何時もとは違う何かを察する。
ベテラン兵士の勘も、それに近い。死に直面する経験を繰り返す事で、その時の記憶が経験として身に宿り、似た記憶である危険を感じ取れる。
僕が求めるのはそれ。
この身に経験を刻む。
ゆっくりと進む。わずかな音も聞き逃さないように、自分の足音を忍ばせて集中して歩く。
来る!
真ん中の階段を、更に2階降りたところで僅かな足音。
右? 左? どちらだ? 分かれば先に攻撃を……
両方!
先の攻撃しようと考えたが、両方から来てるなら無しだ。
挟み撃ちになる前に、続けて階段を降りる。
ヤバい! 足音が大きくなった。こちらに気付かれた?
不用意に動いたらしい。足音を立てないようにしていたのに、明らかに向こうは隠れる気が無くなっている足音だ。
階段を駆け下り、踊り場を経由せずに手摺を飛び越えてショートカット。
着地点が階段になるため踏ん張りがきかない。そのまま飛び降りて、前回り受け身で廊下に出る。
壁に隠れて銃を構える。階段を降りてきたところを撃つ。
来る! そう思ったところで動きが止まり、警戒しながら銃を構えている。その態勢だと狙えない。
だが、向こうも同じような状態だろう。こうなったら我慢比べ。もう少しだけ前へ出てこい。
そう思ったところで、後ろで窓ガラスが割れる音。
ロープを使って外壁を降りてきた。
慌てて銃を向けるが、向こうが速い。2発を続けて撃ち、僕の肩と腹に命中。
強化スーツを着ているとは言え痛い。怯んだ瞬間に後方に回られ、裸締めを極められる。
「決めつけるな。全周囲に意識を回せ」
締めている相手の顔はヘルメットで見えなかったけど、その声で兄さんだと分かった。
「戦闘では、博打が必要な場合もあるが、護身に博打は無い」
薄れ行く意識の中で、兄さんの教えを刻み込んだ。
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目が覚めると屋上だった。リスタートか。
あっさりと兄さんにやられた訳だが、変にボコられなかっただけマシだろう。
さて、再起動の前に反省だ。
兄さんの言葉を思い返す。
ダメなところは、あの時の僕は階段から降りてくる敵に集中していた。
その結果、外壁ショートカットした兄さんにしてやられた訳だが、ショートカット無しでも、別のチームが普通に左右の廊下から来る可能性や、逆に昇って来る相手がいたかもしれない。
何処かを選ぶのは博打だ。どこから来ても良いように構えなくてはならなかった。
そして、一番の敵は焦りだ。早く脱出すれば、それだけ早く危機は無くなるのも事実。
だが、急がば回れの言葉があるように、危険を避けて確実に進む事こそが肝要。携帯食料はある。一週間かけて、ゆっくりと降りるくらいの気持ちに切り替えよう。
「よし、僕は行くぞ」
隣で転がっているシャディクに声をかけると、むくりと起き上がって溜息を吐いた。
「なあ、お前等の護身術って何だ?」
「身を守る術だ。まあ、僕の場合はそれだろうけど、お前には少し違う攻め方をしてると思うぞ」
続きを聞きたそうにしているシャディクを無視して、中に入るドアを開けた。
僕とシャディクでは、同じような訓練でも内容が異なる。
それは自分で気付くしかない事だ。
下手な事を言っても混乱させるだけだから。