「大気圏内での使用は初めてになります。気を付けて下さいよ」
「分かってる。良いデータを持ち帰ることを祈っていてくれ」
スタッフと軽く挨拶を交わして、新型フレームを使用したギャプランと共に軌道エレベーターに乗る。
大気圏内での最初の飛行の座を僕に譲ったことで、少し兄さんはご機嫌斜めだ。早く戻らねばならない。
僕って愛されてるから。
でも、入学してから半年が経とうとしている今、オープンキャンパスを迎える現在のジェターク寮では、兄さんがいなくなることは望ましくない。
トラブルの対応といった面では、僕と変わらない、もしくは僕の方が上なくらいだが、兄さんの存在は求心力、安心感など、一つの方向に向かう際に必要な存在となっている。
このオープンキャンパスというのが曲者で、僕の知っているオープンキャンパスとは少し趣が異なる。
普通は体験入学ともいうべきイベントなのだが、ここでは文化祭的な側面もある。
基本的にアスティカシア高等専門学園は、ベネリットグループの子女や関係者しか入ってこない。
よって、普通の学園のように、広く生徒を募集する必要がないので、オープンキャンパスの意味が無いように思えるが、一度入学してしまえば、退学すると親の顔を潰すことになる問題が出る。
そのため、学園の雰囲気を知るためオープンキャンパスをする事にしたのだが、何を血迷ったか文化祭モドキやランブルリング、要は集団のバトルロイヤルという狂気のイベントまで行われるようになった。
普通の学園生活を体験するはずが、何でとも思うが、取り繕う余裕もないイベントで本性をさらけ出す生徒を見せるという面では成功かもしれない。
とにかく、来年から入学する後輩を歓迎する準備と案内。ランブルリングで勝利する作戦を立てたりで、寮生が一丸となって進んでいる上に、オープンキャンパスに来た未来の後輩たちに寮長は留守とは言い難い。
歓迎されていない思われかねないからね。まして有名人。よって、兄さんが抜けるのは問題があった。
で、そんな時期に僕が抜けて単独で地球に向かっている理由なんだけど、その来年から入学する生徒を迎えに行くため。つまり、ニカ・ナナウラが宿題をクリアして、父さんのところに来たらしい。
ついでに、一緒に来た民間軍事会社を設立したナジとも話す予定である。
裏の顔を伏せて、表の顔である難民の支援団体が、グラスレーとジェタークの支援で民間軍事会社を設立したことになっているが、逆に言えば裏の顔を知っている人間からすれば、何が起きたかと思うだろう。
ちなみに、フォルドの夜明けを僕は信用していない。正確に言えば信用しないようにしている。
逆に全面的に信じるよう、態度や言葉で示すのは父さんと兄さんの役目だ。シャディクも同様になるか。
そして、僕は彼らが裏切っても、直ぐに対応できるようにするのが役目。
型落ち品しか渡していないのも、そのためで、全員が背くパターンや、一部だけが背くパターンなどを想定して何時でも潰せる準備はしている。
ただ、幸いと言うか、現状は僕の空回りの状況が続いている。
宗教が絡んでいないので、本来の理想であるアーシアンの貧困からの脱出には、ジェタークと組む方が得策だという理屈に従ってくれている気配だ。こちらとしては、大義を失ったテロ組織に対し、一般のアーシアンの反応に興味があったが、良くも悪くもナジは優秀なので、こちらの狙いに気付いている節がある。そのため、上手く不満を押さえているのか、ナジのグループが純粋に今の状態を良しとしているのか、判断が難しい所である。
そんな訳で、地上に到着すると早速ギャプランに乗り込み出発する。
ちなみに、新型フレームは最初から股間がコクピットで統一だ。
「少し重いか?」
跳躍から変形。そのまま上昇していて感じたことを呟く。
新型フレームの影響で、重量は少しだけ増加しているが、宇宙ではパワーが上がっている分、そうは感じさせなかった。
だが、大気圏内だと重量の影響を受けやすいのかもしれない。
安定高度で飛行しながら、機動の確認。異常が無ければ父さんの所まで夜には到着出来そうだ。あまり無理をせず進むとしようか。
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幸いにも異常が見られないまま目的地に到着した。
そして、僕を迎えた父さんは、ナジと一緒に酒を飲んでいる最中だった。
飲んでいるのは、この地で栽培したサトウキビで作ったラム酒である。
宇宙ではサトウキビは栽培されていない。砂糖を作るには、サトウキビより、糖分の抽出に優れたテンサイ、サトウダイコンとも呼ばれるものを使っている。
サトウキビは硬い幹を切って、それを絞り出す工程など面倒が多いが、テンサイなら丸い大根のような身をザックリと切って、水で煮込めば糖分が抽出される。後は糖分が抽出されたお湯を乾燥させれば完成だ。
ちなみに、サトウキビの場合は抽出だけでなく、収穫が重労働なので、綿と並んで機械化が難しく、奴隷貿易の主役になった歴史的背景があった。
それを今と思うかもしれないが、テンサイは寒冷地で育つ植物で熱帯での栽培は不向きなので、温度調整の効かない地域では未だに育てられているし、上手くやればブランド化が見込める品目の筆頭だった。
ラム酒はサトウキビから砂糖を精製までする際に出来る廃糖蜜から出来るので、ヒットすれば良い輸出品目になる。
父さんは、これを贈り物として使用し、実際に人気が出だしているようだ。
「お前も飲むか?」
父さんとナジは、ラム酒を氷と炭酸水で割り、レモンを搾って飲んでいるようだったので、僕はラム酒抜きを貰う。
酔っぱらいを相手に、何時もの礼儀は不要。挨拶もなしでソファーに座り、つまみにしている干し肉を口に入れながら、氷の浮かんだグラスをチビチビのんでいる少女を見る。
「まさか、彼女にも飲ませていないでしょうね?」
「大丈夫だ。ほれ」
父さんが指さした容器には、酒の代わりに、サトウキビから取った醗酵させていない糖蜜のシロップだった。
それを炭酸水で割っているようだ。僕も糖蜜を自分のグラスに少しだけ入れながら、口に入れた干し肉を噛む。
「硬い」
「スイギュウの干し肉だ。噛まずに口に含んでろ」
スイギュウ硬いよ。ジャーキーとは別次元だ。
前に言ってた記憶があるな。ハンマーで叩いて食べるって。
でも、口に含んでいると唾液がしょっぱくなる。うん。干し肉から出る塩分と旨味。それを甘めの飲み物を飲んで中和する……やばいな無限ループになりかねない。あれだ。ポテチと一緒に甘味を食べると止まらなくなるアレより強烈だ。どうりで酔っぱらうはずだよ。
「では、改めて紹介だ」
前回は直視しないようにしていたが、改めて見ると何か違う。それが、僕のニカ・ナナウラに対する感想だった。
曖昧な記憶になるが、もっと闊達な印象だった気がする。
それなのに、目の前の彼女は怯えているとういか、ソワソワしている。庇護欲をそそるタイプだ。
だが、考えてみればスパイで入学する予定だったのがバレた上に、ジェタークの紐付きで入学という、罰ゲームなのか一種のシンデレラストーリーなのか判断に悩む境遇となれば、緊張もするし、媚だってするだろう。
「知識に関しては問題ない。センスも良い。ナジに続いて実に掘り出し物だ」
父さんが嬉しそうにニカを紹介する。
碌な教育を受けていないにも関わらず、アス高で十分に通用する。それどころか、会社に連れて行きたいくらいだと大喜びだった。
うん。憶えていないが、流石ニカ姉みたいな扱いだったと思う。
「ただ、少し問題があってな。厄介なトラウマを抱えている。そのせいで部屋で一人では眠れんそうだ」
「どういうことです?」
「それを説明するためにも、ナジの会社の現状を話す」
ナジの会社と言っても、まだ人員が少ないこともあるが、基本的にジェターク社とグラスレー社の警備が主な仕事になる。
ジェターク社でも私設の部隊を持っているが、現状でも人手不足なので、ナジの会社に移行する予定。
元テロリストがスペーシアンの会社の警備というのは不安だったが、僕たちの会社があるところは、難民だった人たちが暮らす住居と隣接している上に、現地で雇った人間が半数以上いるので、むしろ好感度を上げているようだ。
このままでは直ぐに人手不足になりそうだが、ナジの人脈もあり人は増える予定。というより、現在進行形で増えている。
ナジの同志たち、テロ組織だけでなく、純粋な避難民を率いている指導者たちも、行き詰っているところが多くあり、ジェターク社を様子見している最中だったのが、ナジが手下ではなく取引先となったことで興味を持っているそうだ。つまり、ジェタークとグラスレーが変なことをしなければ、自然にナジの会社に就職するだろう。
なるほど、豊富な情報源に、人脈からくる人員の増加も出来る。父さんが御機嫌なのも頷ける。
そして、ナジとしても滑り出しは順調そのもの。そうなると、欲が出てくるというものである。
「難民から取り残される子供ですか」
「ああ、難民と言っても大人が主体だ。子供は、その大人が連れている自分の子供になる」
「つまり、親が死んだ子供は難民からも見捨てられると」
「そうだ。キャンプがあった場所にポツンと取り残されている子供が見られる」
「長くは持たないですよね」
子供がそんな状態で放置されれば、間違いなく餓死が待っている。あるいは栄養不足からくる病による病死。
見捨てた大人たちを責めたくもなるが、彼らだって自分と自分の子供が生きるために必死なのだ。
「で、ギャプランの新型フレームはどうだ?」
「大気圏内を飛行している限りで言えば、旧フレームの方が優れているかもしれません。
戦えば、圧倒的に新型フレームですが、駆動系が無い分、軽さと頑強さが上回ります。偵察任務が主でしたら、旧型フレームに軍配が上がるでしょう」
それを聞きたかったんだろ?
ナジは取り残された子供を救いたがっている。そして、父さんもニカを見たことで、
「よし、ナジ、旧フレームのギャプランを回す」
「助かります。仕事も増えてきているし、自分たちで購入すると言いたいが、そこまで行くには時間が。
ですが、五月蠅いのが多くて」
ナジの配下は、ギャプランの性能を見て、捜索に役立つと考えたようだ。
基本的に難民を引き連れて文句を言わないような連中の集まりだ。中には夫婦になる者もいるらしい。
もっと欲しいと駄々をこねているそうだ。
「名目は視察になる。それも仕事として依頼を出すから、周囲の事も調べるようにしてくれ」
「いや、そこまでは甘えられません」
「違う。そもそも、子供を探すからと国の上空をMSが飛んで問題にならんわけがない。だから、視察名目で対象地域には事前に連絡をしてから動け」
「……それもそうか。ジェターク社の名前を使っても?」
「構わん。サリウスにも話は通しておく。向こうは手を付ける場所を探している最中だし、普通に依頼があるはずだから、それに便乗して保護活動をすればいい」
今までは身軽?だったが、今のナジは裏組織ではなく、堂々と社名を掲げる会社の社長だ。
避難民が多い場所。子供が取り残されていそうな場所は、事前の情報と経験則で予想が付くだろうが、そこに行くには正式な手続きが必要になる。面倒だろうがサラリーマンの義務だ。頑張れ。
そして、僕たちには彼が持ち帰る情報が非常に価値がある。表向きの名目となる開発に適しているかどうか。今までは土地と数で見ていたが、ナジの配下なら中身を見れる。優先順位を付けやすい。
それと、ニカの状態の理由も分かった。
「では、彼女は取り残されていたと?」
「そうだ。学園でやっていけると思うか?」
「大丈夫でしょう。フォローもしますし問題があっても対処して見せます」
問題ない。ニカの生い立ちには驚いたが、考えてみればスパイになるくらいだから親はいなかっただろう。
親がテロリストの一員だったら話は別だが、それにしては扱いが杜撰だったから、それもないはず。
となると、今は挙動不審気味だが、アニメでの描写を見る限り、直ぐに回復するさ。
「お前がそう言うなら安心だ」
そう言って破顔すると、一気に緊張が飛んで酒盛りが始まる。
ナジもニカの事が片付いたせいか酒量が一気に増える。つーか二人とも濃いぞ。ラム酒だぞ。もっと薄めて飲め。
「いや、話を聞いたときは驚いたな。考えてみればこういうこともあるな」
「ジェターク社の所為ではないでしょう。どうにか出来るものでもないし、気にしすぎないことです」
「そうは言うがな、やはり気分が良いものではない」
ん? 何の事だ?
「何の話です?」
「ん、ああ、ニカの事なんだがな」
ニカが前に所属していた難民グループは、元々ナジの下を目指していたらしい。
だが、向かっている途中でジェターク社の開発が始まった。完全な道中ではないが、少し道を変えればそこに辿り着く。
彼らはナジでなくジェタークを選んだ。
到着が遅れている事を不審に思ったナジが向かったら、一人で倒れているニカを発見したらしい。
何でも、風邪をひいて倒れたらしく、そのタイミングでニカを置いて進路変更。
ニカは体調不良と飢えと渇きと孤独に震えながら、ナジが来るまで数日を過ごしていたそうだ。
なるほど、酷い話だ。ニカの今の状態も納得だ……ん?
あれ? ってことは、ジェタークがいなければ、真っ直ぐにナジのところへ進んでいたと?
ジェタークに向かった理由って、当然ながら地球再生計画のお零れ目当てだろうし……
ジェタークの地球再生計画は、僕の発案なわけで……
……僕がいなければ、ニカはこうなっていなかったと?