「しばらく見学するといい」
ジェターク寮のハンガーにギャプランを止めて降りる。
ランブルリングに備えて並んでいるディランザを、興奮したように見るニカを視界に止めながら、アリヤに明日のランブルリングが終わった後に時間がとれないかメールを打つ。
「ねえ、あの赤いのがグエルのディランザだよね? 何か他と違う駆動系が使われてるみたいだけど?」
「ああ、特注のパーツを使っているが……」
よく駆動系の違いを見抜いたな。ほとんどが装甲に覆われて大抵は気付かないものなんだが。
それに、兄さんのディランザは色に鬣、巨大なブースターと目立つ特徴があって、普通はそちらに目が行く。
「よく、駆動系の違いに気付いたな?」
「え? だって見たことがないのだし」
「だが、実機を見る機会なんてそうは無いだろ?」
「ジェタークの支店に行った時に、社長さんがカタログを見せてくれたよ。くるくる回せる奴」
支店ではなく支社なんだが、まあ、良いか。で、3Dのパーツカタログを父さんに見せられたと……
「もしかしてカタログのパーツ、全部覚えたのか?」
「うん。あれ凄いよね。パーツごとの特徴があって、どれが良いか迷うよね。
あ、奥にあるやつ、凄くバランス悪そう。あれじゃあ下半身が重すぎて……あ、でも重たい武器を持たせれば良いのか」
あっさりと肯定の返事をした後、大剣を振り回す先輩の機体を見ながら呟く。
マジか? 父さんが惚れこむのも無理はないな。絶対に確保しておきたい人材だ。
「で、青いのがラウダの機体?」
「ああ」
「パワーを持て余さない? それとも何か特殊な装備をするの?」
「正解だ。普段は使わないが、全周囲に砲撃が可能な、凄くデブになる装備がある」
「それでか……それって何処にあるの?」
「それは、また今度だ。今は倉庫にしまわれた状態だから見ても面白くないだろう。
でも、正式に入学したら装備するところも見れる。それより学園を案内する」
「うん」
アリヤから何時でも良いとの返事を受け取ったし、少し名残惜しそうなニカを促して、ハンガーを出る。
何と言うか、興味津々なスタッフの視線が痛いんだよ。寮生だったら紹介すれば良いが、警備のスタッフだとな。父さんの被保護者とか言ったら、新しい愛人の子供かとか変な疑いが持たれそうだ。
「それで、兄さん達も見学者、つまり、ニカと同級生になる子を案内しているはずだが、そこに合流するか?
それとも、顔合わせは夕食の時間にして、このまま見て回っても良いが?」
「う~ん、今から合流って異物感ない?」
「正直あるな。僕もそれが気になって確認したわけだが」
向こうは団体行動中だ。そこに途中から合流というのは、少し気が引ける。僕だったら嫌だな。
「じゃあ、このままがいい」
「わかった」
道中、時々妙な視線を感じた。
ニカは、髪も服装も、直前におめかししただけあって、アーシアンの孤児とは思えないほど洗練されているが、どうにもぎこちなさがある。
まあ、新入生が頑張って余所行きの服を着てます感と、そうは変わらないから悪目立ちはしていないと思うが、見る人が見れば違和感は拭えないだろう。
その手の奴って、何か絡んでくる奴が出てきかねないから注意が必要だ。特にここはアス高。上品ぶりながら、品性の欠片もない人間がてんこ盛りだからな。
憧れの学生生活を夢見ながらの、色々なニカの質問に答えつつ、学園中を回る。
途中で不審そうな視線を受けたりするが、一睨みで退散する。
学食で遅めの昼食を取ったり、講堂や演習場を案内し、ようやくジェターク寮へ到着した。
「ここが寮だ。ここで寝泊まりすることになる」
「お、大きいね」
無駄に豪勢な建物にニカが引いているが、促して中に入る。
時間的に兄さん達が戻っているかと思ったが、まだ帰ってきていないようだ。
父さんから指示を受けていた寮のスタッフから鍵を受け取ると、部屋へと案内する。
「ここがニカが泊まる部屋になるわけだが……」
「ここ、支店の宿泊施設より広いよ」
「まあ、荷物は置いておけ」
言葉に出さずとも、表情で無理だとわかる。下着などの少ない荷物が入った買ったばかりのバッグを部屋に置かせる。
部屋数は余分に作られているので、オープンキャンパスに来た子にも宿泊してもらい、寮生活を体験させているが、問題として、ニカの場合はトラウマから、部屋は荷物置き場としか機能しないってことだろう。
荷物を置いたところで、玄関から声が聞こえてくる。兄さん達が戻ってきたみたいだ。
「さて、兄さん達も戻って来たみたいから、食堂で合流しよう。
そこで紹介した後、ニカと一緒に寝てくれる相手を探す」
部屋を出ながら、今夜のニカの添い寝の相手を考える。
無理を言わなくても、事情を話せば、
お人好しも多いし、下手したら取り合いに発展しかねないくらいだ。
「ラウダが一緒に寝てくれないの?」
「それはダメだろ」
「何で、昨日は一緒に寝たし」
つーか声が大きい。先ほどまでざわついていたホールが静かになっているじゃないか。
ほら、注目されてる。
「今日、いないはずのラウダが女の子を連れていたって話聞いたけど」
「一緒に寝る? そんな関係?」
「見たことがないくらいに優しい対応してたから、天変地異の前触れだって恐怖してるやつがいたが」
「彼女だったんだ。それも進んだ関係」
「――に、あんな思わせぶりな態度しておきながら、他に女がいるなんて」
一斉に、しかも小声で話しているから聞き取り難いが、好意的な声は一切しないな。
それに、今日は妙に注目されてると思ったけど、ニカを不審に思ったんじゃなく、僕の優しい対応が変だったってことか……
「え~と、ラウダ。紹介と説明を頼む」
「分かったよ兄さん。ちゃんと紹介する」
兄さんは苦笑しながら話しかけてくるから良い。だが、後方の連中。人を蔑むような眼で見るな。随分と良い度胸じゃないか。
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ラウダの攻撃、ニカの生い立ちが炸裂。ジェターク寮生は大ダメージをうけた。こうかはばつぐんだ。
「そんな訳だが、病の中、飲まず食わずと孤独に震えていた少女が、やっとの思いで辿り着いた新天地では、破廉恥な噂と好奇の視線にさらされることになったのだが、そこのところをどう思う? なあ、カミルく~ん」
「わ、悪かったよ」
「えっと、大丈夫。ナジのところではご飯も食べれたし、社長さんのところでは、お菓子も食べれたから」
ニカの追加攻撃。ささやかすぎる幸せが発動。ジェターク寮生は大ダメージをうけた。こうかはばつぐんだ。
カミルが頭を抱え、大半の連中は突っ伏している。
僕の、寮生にとっては、ジェタークがやらかした事で、ニカが酷い目にあったと聞いて精神的なダメージを受けている。
何かスッキリ。昨日から気遣いの人という、僕らしくない生活を送っていたせいで心が荒んでいたみたいだ。
ダメージを受けた者を見て、僕の心は洗われていく。何時もの調子が戻ってきてハイになりそうだ。
「だが、そうなると、一緒にいる奴が必要だな。取り敢えず今夜は…」
「はい!」
兄さんが冷静に対応して、今夜の添い寝を誰かに頼もうとしたところで、寮生の何人かが手を上げる中、オープンキャンパスに来ている子が大声で手を上げる。
見たことがある顔。ウマ娘! ウマ娘じゃないか!
「いや、流石に見学に来た子に頼むわけには」
「でも、ニカだったら、オープンキャンパスの後は
「そうなのか?」
手元のデバイスで確認すると、名前はフェルシー・ロロ。おお、確かにそんな名前だった気がする。それに、おっさんと同じ苗字だ。おい、何が同じ年頃だよ。同じ歳じゃねえか。頃はいらねえよ。
その事を説明すると、取り敢えず今夜はウマ娘に任せることになった。
「だが、ずっと一緒ってなるとどうなんだ?」
確かに、ウマ娘は一緒にいた相方がいたはず。同じ歳だったと思うが、顔と名前が思い出せない。
見た目がウマ娘にそっくりと話題になった相方と違い、ネタになるような外見はしていなかったはずだ。
デバイスで新入生の顔写真と名前が載った一覧を見るが思い出せない。こんな奴だった気がするというのが、3人までに絞られたが確証はない。取り敢えず前の相方は、トレーナーさんと仮称しておこう。
「実家なら家族もいるだろうけど、寮で自分だけが二人一部屋になるのもね」
そう。このままだと、ニカがウマ娘の新しいトレーナーさんになってしまう。
本来のトレーナーさんの立場が無いというものだ。
僕の影響でニカに変化が出たと知ったばかりだ。担当のウマ娘を失ったトレーナーさんが暴走して、新しいウマ娘を連れてきでもしたら……別に困りはしないか。
「アタシなら大丈夫です」
良い子だ。これが一年後にはトレーナーさんと組んで卑劣な手段を取るなんて、アス高の空気は本当におかしい。
良いだろう。このまま新たに就任したニカと一緒にトゥインクルシリーズを駆け抜けるが良いさ。
前のトレーナーさんが不自由をしないように、3人の候補者には気をつけておこう。
それはそれとして……
「基本的に問題は無いとして、人と人の関係だ。ケンカをしたり、一人になりたい時や、距離を取った方が上手くいくことも少なくない。
だから、地球寮でもニカの居場所を確保できないか、明日のランブルリングが終わったら行ってみる」
「あそこは元から一部屋複数で寝るから良いにして……だったら、今の内に話しておいた方が良くないか?」
「帰って直ぐにメールをした。アリヤには約束を取り付けているから大丈夫だ」
すでにメールで大体の事情は説明済み。明日、部屋を見せることも、来年から不定期に寝に来る奴が増えても問題ないと返事をもらっている。
「俺は帰ってきた連絡メールを受けていないが」
「兄さんが後輩の案内をしていることは把握してたからね。どうでもいいメールの確認なんて無駄なことをさせたくない」
兄さんのスケジュールは完璧に把握している。その上で、兄さんの偉大で崇高で貴重な時間を僕の帰還連絡なんかに使わせるわけにはいかない。
「そういうとこだぞ」
カミルが呆れた表情で呟き、周囲が頷いているが何だ?
「だが、それなら最初から地球寮に所属でも良いんじゃないか?
「地上では僕も考えたけど、それ言ったら父さんが却下すると確認するまでもなく判断した。ニカの保証人は父さんだよ」
一瞬で空気が硬直する。
アス高の成り立ちと運営状況から、生徒には保証人として推薦する会社と個人が必要になる。まあ、やらかした時に責任を取る者のことだ。例えばウマ娘の場合はジェターク社と彼女の父親になる。
同時に、虎の威を借る狐の集団であるアス高の生徒にとって、双方が己のステータスとなりヒエラルキーを確認する基準となる訳だが、ニカは父さんが保証人になった事で、彼女を上回るのは、僕と兄さん以外ではシャディクとエランくらいのものである。
「随分と惚れ込んだんだな。それほどか?」
「兄さんのディランザを見て駆動系が特注品だと見抜くくらいにはね」
マジかよと呟いたカミルを始め、メカニック科の生徒が一斉にニカを注視する。
うん。ちょっと信じられないセンスだよね。
「それに、政治的な理由もね。ぶっちゃけるとサリウス代表に対する対抗心?」
やがてシャディクは己の出自を公表するだろう。その後で父さんがアーシアンの孤児をどうこうしたところで、サリウスの後追いとしか思われない。
だからこそ、今の内にアーシアンの孤児の扱いに対して良い印象を作ろうとしている。
「養子にしようとは?」
「露骨すぎるから止めたって」
それだと、もろにシャディクと比較される。いくら先に公表しつつ養子にしたところで、養子になったのはシャディクが先だという事実は変えられない。おまけに、養子になったシャディク以外にもサビーナを始めアーシアンの孤児はいるし、すでにグラスレーで勤務している者だっている。
こうして、下手に比較されるとジェタークは明らかにグラスレーに劣ると言われるだろう。
だからこそ、下手に比較はされないよう、大っぴらに騒がず、良い子がいたからジェタークは保証人になってアス高に入学させただけという体裁がベターだ。これなら、シャディクが公表した後も、それならジェタークも始めてますよという態度でやれるからね。
シャディクのことはジェターク寮生も知らされていないが、経営戦略科の中にはシャディクがアーシアンだと見当が付いている者も少なくなく、何人かが頷きながら納得というような表情をしている。
「分かった。じゃあ、晩飯の後は、おそらくは、シャディクの対策がメインになるだろう、明日のランブルリングの会議を始めようか」