「へえ、あれがギャプランの新色か……」
カミルがハンガーに向かって歩いているギャプランを見ながら、感心したように呟く。実は新色でなく元色なんだけどね。
明日の入学式に向けて、新入生が入寮するが、1人だけMSの搬入があるので、こうして迎える準備をしていた。ちなみに2年生以上の新学期は3日前から始まっている。
「良い動きだな。1年とは思えん」
スムーズにハンガーに固定する動作を見ながら称賛する。
「無重力での発着を何度もやってるんだ。重力下ならやりやすいくらいだよ」
「そうかもしれないが……リフト準備!」
リフトには兄さんが乗り、パイロットを出迎える準備をしている。なにしろ僕たちが入学したときは、しばらく放置されたからね。スムーズに行くよスムーズに。
「グエル先輩!」
兄さんに直々に出迎えられて、フェルシーの興奮気味の声が下まで届く。
移動から固定までの動作を褒められているのか、頭を撫でられ嬉しそうだ。ウマから犬に変化しそうな勢いだな。
「ラウダ先輩、カミル先輩、お久しぶりです」
「ああ、元気そうだな」
「はい。ところで、固定はここで良かったんすか? 地球寮じゃなく?」
「今日は入寮日だぞ。お前は地球寮生じゃなく、ジェターク寮生だってこと忘れるな」
僕が返事をするまでもなく、兄さんが頭を撫でながら言うと、フェルシーが嬉しそうにする。
うん。僕だったら、入学式が終わってから移動だ。と素っ気ない返事をするところだ。
結局、ギャプランのテストは、ニカを中心にして地球寮生に手伝ってもらう事になり、基本は向こうに留めることになる。
入学生たちが集まっている部屋に行くと、そのニカが見覚えのある人物と話をしていた。
ト、トレーナーさん? あれはトレーナーさんじゃないか? 前回は私服だったから判別できなかったが、今は制服を着ているので分かる。あれだ。あれが旧トレーナーさんだろう。そっと、確認するとペトラ・イッタという名前らしい。そんな名前だったんだな。
担当を降ろされて嘆いていることを心配していたが、ニカとの様子を見る限り仲は良さそうだ。引継ぎは上手くいったらしい。
そんな新入生たちも入室してきた兄さんの姿に気付くと、お喋りを止めて注目する。
なるほど、言われてみると目の輝きが違う。僕たちが入学した際の兄さんを見る目は、扱いに苦慮するジェターク寮の先輩に、懲らしめてやろうという他寮の生徒の視線だった。
だが、学年が違うとこうも違うのか。
入寮式が始まり、各種の注意事項や訓示が終わり、兄さんが寮長としての挨拶を始める。
兄さんらしくもない面白みもなく、お決まりの内容だったが、最後の最後に爆弾を落とす。
「それと、全員が聞いているかもしれないが、お前たちと同じ今年の入学生にベネリットグループの総裁であり、この学園の理事長の娘がいる。
来年の彼女の誕生日に、その時点のホルダーが彼女の婚約者となり、ベネリットグループの総裁になるそうだ。
そして、現時点でのホルダーは俺で、来年の卒業までホルダーの座を渡す予定はない」
僕の依頼通りに、そこで区切ってくれた。その間に新入生を見渡す。
少ないな。もう少し期待を込めた目で見るかと思ったが、総裁と言われてもピンとしないのだろうか。
逆に不満そうな表情の主は無し。推しの恋愛や結婚を聞いて発狂するタイプもいない。
兄さんと目が合うと頷き合った。兄さんも同じように思ったのだろう。何処か安堵した表情になる。
「安心した。変な期待や反発をしている奴が多いんじゃねえかとヒヤヒヤしてたからな。
変な奴はいなそうだし、正直に言うな。
いきなり訳の分からんルールを付け加えられて、こっちは混乱している。結婚だの総裁だの俺の予定とは大きく異なる。よって、困惑中でどうするかも決めかねている。
だが、知りうる限り、総裁の娘、ミオリネというそうだが、俺と同じか、もっと困惑しているだろう。何でも、本人は違う学園に進学する予定だったそうだし、中等部を卒業後は監禁状態だったそうだ」
今まで行儀が良かった連中がざわつきだした。
そりゃあね。同級生が親に勝手に進路を変えられただけでなく、監禁までされていたなんて、普通の精神の持ち主なら義憤も湧くよな。
「落ち着け。気持ちは分かるが、ここで騒いでも何も変わらない。
だから、この件は俺を信じて預けてほしい。
ただ、今は情報を集めている最中で、これから何が起きるか予想が付かない。今、デリングの娘と接触して妙な事になるのは困る。
そこで、お前らにはミオリネとは距離を置いてほしい。現状で親しくなっても困るし、ケンカなど以ての外だ。
だから、婚約の話など聞いていないという体裁で行動してくれ」
これで良い。嫌がらせはしない。かと言って友達にもならない。
そう言われたら何が出来る? いないものとして扱うしかないよな。
向こうから話しかけてくるかもしれないが、まあ、話しかけられたら困るだろう。それを見越して、物理的に距離を取ることもある。
それは態度や表情に現れる。避けられていると気付くだろう。おまけに、この行動を取るのはジェタークだけでなく、当面は顔見知りも多いグラスレー寮生もすることになっている。本人だけでなく周囲も気付く。
ある意味、いじめだな。でも気にしない。ずっと、このままで良いくらいだ。まあ、グラスレーは途中で路線変更するだろうが、それまでに精神的なダメージを負って癇癪を起してくれれば、個人的には面白いのだが……
こうなると、誰が脱落するかのレースになってしまうな。
ミオリネが癇癪を起して我がまま女のレッテルを貼られるか。
兄さんのミオリネへの同情心が無くなるか薄れて、普段の自分に戻るか。
僕が兄さんの覇気のなさに耐えきれなくなるか。
さて、精神力勝負と行こうかな。
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「ダメ、やり直し」
「無茶言うんじゃねえ」
「エナオ、厳しすぎ」
レネが内容をまとめた書類を突き返す。メイジーが文句を言うが無視をした。
1年生が入学してから1週間が経った。そろそろ他寮の情報が出そろってきている。
その整理を進めるついでに、今年入学した3人の中に裏方を手伝える者がいないか試しているが、残念ながら使えるのはいないようだ。
「使えない」
「酷くね?」
口から洩れてしまったが訂正する気は無かった。
ジェタークと張り合うには、ラウダに渡り合える人材が必要だが、エナオは能力不足を痛感している。
ラウダの相手を譲る気は無いが、それでも手伝いは欲しいと思っていたのに、この有様だ。
そう思っているとメールの着信があった。音でラウダからだと分かる。一部の相手はメールも電話も着信音を変えていてラウダからのは最も分かりやすいものにしてある。
急いで内容を確認すると、準備が終わったようだ。そして、最後の一文を見て、彼が動くつもりだと分かった。
「な~に、にやけてんだよ」
「なになに、もしかして弟さんからのメール?」
何故バレた? 表情には出していないつもりだ。
まさか、自分は分かりやすいのかと不安になる。多分バレていないはずだ。自分がラウダを好きだという事を。
あの鋭い上にラウダを嫌っているサビーナが何も言ってこない。彼女なら止めておけというだろうし、気付かれていないはずだ。
アリヤは気付いたが、彼女は友人でありライバルだ。通じるものがあるのだから仕方が無いと思う。
こんな事ならアリヤにどうして気付いたか聞けば良かった。
だが、その話を聞いたのは、ラウダが彼女の実家に泊まった件の話をこっそりと教えるという名目だったから喰いついても仕方がないし、気付かれた理由を問う余裕も無かった。
なにしろ、その日に合流する予定が一泊だ。そう思うだろう。結ばれた話を聞かされると思った。
そもそも、ラウダとアリヤの関係は、どちらかと言えば、ラウダがアリヤに思わせぶりな態度をしていた。
アリヤもラウダが自分に気があるのでは? と思ったのが意識する切っ掛けだったらしい。
そして、満天の星空の下、将来の目的というか夢、内容は秘密だから教えられないと断られたが、壮大な夢だったらしい。それを語り合った。
胸が痛んだ。そこまで聞いたら、後は結ばれるしかない。失恋の衝動に身構えた。
だが、アリヤは涙ぐんでいた。
何故、ジークグエル?
分からない。ラウダを理解しきれるなんて思っていなかったが、予想が付かな過ぎる。
気付けばアリヤを慰めていた。熱い友情が生まれた瞬間だ。
それにしても、アリヤが凄いのは、それでもラウダに好意を寄せ続けている事だ。
「好かれてるみたいだから、付き合ってやろうと考えた訳では無い。気付いたら好きになっていた。困ったことに、それは今も変わらない。してやられた気分だがな」
ジェタークの一員としてはラウダと張り合い、そのラウダを巡ってアリヤと張り合っている……と言うのと自惚れも過ぎるか。
そもそも、エナオもアリヤも最後までラウダと結ばれるなどと思っていない。
相手はジェタークの御曹司だ。後継者争いを避けるためか、ジェタークを名乗ってはいないが、誰もがヴィムの息子でグエルの弟だと認識している。つまり、身分が違うのだ。いずれは、相応の相手との縁談が組まれるだろう。
エナオとアリヤの差も大きいが、ラウダから見れば、どちらも底辺身分と言える。
そんな相手との恋は、アリヤにとって学生時代の淡い思い出と言ったところのようだ。付き合い始めても、何時かは別れ、分にあった相手と結ばれるだろう。
それに比べると自分の感情は重い。多くの人には引かれるほどに重い。正直に相談できるはずも無い。
だが、仕方がない。ラウダは生き方を変えてくれた大きすぎる存在だ。学生時代の淡い思い出などで済む相手ではない。絶対に代わりの相手など現れない無二の存在。
バレてはいない。そう思いつつもラウダとの関係を聞くたびに嬉しくなる。好きな相手と噂されて否定しつつも喜ぶ小学生レベル。だが、噂の中身は卑猥極まりないものもあり、それを想像して身もだえる。
今も冷やかしを受けて、嬉しさを押さえるのに苦労する。
決して表情を変えないよう注意しながら席を立って、こちらを揶揄するように見るレネとメイジー、それに大人しくしているイリーシャを見る。
冷静に振舞え。にやけるな。クールに行け。
「それで、ミオリネの観察は続けてる?」
「あ、ああ、でも、かなり参ってる」
「せめて、イリーシャだけでも話しかけさせようよ」
「ダメ、ある意味、今のミオリネに一番ダメージを与えるのがイリーシャ」
推しの婚約者になった。それも大嫌いな父親の力で。
プライドの高い少女に耐えられない状況だろう。そこに推し仲間から声をかけられたら、どんな反応をすれば良いか分からないはず。
そう言った後、ふと気になったことを質問した。
「そう言えば、グエルには会った?」
「うん……すれ違っただけ、でも、威風堂々と、歩いていた。かっこいい」
「威風堂々? ランブルリングでも見たはずだけど? レネとメイジーは?」
「アタシはエナオをからかうのに夢中で」
「私はエナオと弟さんの様子見を……あの時は推し活してなかったよね?」
メイジーの返事に、イリーシャが横に首を振る。
「あの時から、推し……だから、緊張して、しっかり……見れなかった」
なるほど、だから、あの程度で威風堂々などと思うのだ。
それに、ランブルリングの時は戦った後の熱気もあり、分かりにくかったかもしれない。
「今から、ラウダのところに行くから3人とも着いてきて。そこにグエルもいるはずだから……」
嬉しそうに、でも、緊張もしている。そんな彼女に注意を促す。
今のグエルが威風堂々など、程遠い存在に見えるのは、エナオが本当のグエルを知っているからだ。
眠れる獅子と言っても良い。だが、ラウダとの会話で目を覚ますだろう。
「そこで、本当のグエルと出会うはず。気をしっかり持つように。特にイリーシャは」
ラウダからメールは最後にこうあった。
『困惑顔の兄さん見飽きた。もう起こす』