意外なことに、人が好きなのかもしれない。ミオリネは自分をそう分析した。
15年生きてきて、話すことは出来ても、多少は親しくなっても、本当に友達と呼べるほどの存在が出来なかった。
幼いころは自分が悪かったと思う。同年代の子供の鈍さに苛立ちを覚え、怒鳴ることがあった。自分の頭脳が人より出来が良いと自覚してからは自重したが、手遅れだったかもしれない。
中等部になって、自重していたが、過去の行いか、父親の存在が委縮させるのか、対応に反発か媚が見える。どうしても周囲が壁を作ってしまう。
そんな中で、最も距離を縮めたのはシャディクだった。自分の全力を受け止めてくれる明晰な人物。
気になる相手であった。だが、彼への想いが初恋か否かも分からないまま、シャディクが作っている厚い壁に気付いた。
そんな生き方の中で、唯一同じ目線で周囲と語り合えたのがグエル・ジェタークの事だった。彼女らとのやり取りが、最も友人付き合いに近かっただろう。
推し活というには、何の金銭の消費もない。彼はグッズを売っていないのだから仕方がない。一応はディランザの販売を宣伝しているが、さすがにディランザは購入できない。
でも、彼の行動を話すだけで盛り上がった。
そもそも、ミオリネがグエルに興味を持った切っ掛けが、あの
調べてみると、周囲の冷ややかな視線にも負けず、地球で復興活動を手伝っているという。
そんなことを聞いて、応援しないはずがない。周囲の無理解に、彼の凄さを宣伝した。
やがて、ミオリネの周りに人が増えてきた。同じように応援する人が増えてきた。逆に他の人が得た情報を聞かせてもらうようにもなった。イリーシャからランブルリングでの活躍を聞いて、他の子と一緒にはしゃいだ。
楽しい時間だった。思えばグエル・ジェタークは周囲との壁を破壊してくれたのだ。
だが、今は彼の存在が周囲との壁を構築している。もちろん彼の所為では無い。自分の父親の所為だ。
現時点でのホルダーがグエルで、まだ1年以上先の事と言っても、その覇権は安泰と言ってよく、事実上彼が婚約者と言っても良いだろう。
話を聞いて、嬉しくないと言ったらウソになる。
だが、応援していると言っても、恋愛感情とは別の話だし、最初の感想は困惑と勝手に進路を変えられた怒りだ。
いや、もう1つある。恐怖だ。同じようにグエルを応援していた仲間に、父親に働きかけて婚約者になったと誤解されるのが怖かった。
彼を婚約者として見ると理想の相手すぎる。同時にそれだけ都合が良すぎる相手だからこそ、誤解される恐怖が増す。
電話で必死に言い訳をした気がする。監禁から逃げ出す算段も相談した。だが、逃げ出すことは出来ずに、途中からは通話も禁止されて、アスティカシア学園まで連行された。
行きたくない学園だった。授業内容も最も学びたかった内容は無い。
だったら授業に出席しないと言う選択も有りえた。
それなのに、授業には出ている。休憩時間はデバイスでゲームをやりながら、周囲の話に耳を傾ける。
誰もいない部屋に1人でいる間の息抜きで、授業に出席しているのかもしれない。孤独ではあっても1人ではない。
その日も好奇に満ちた視線を受けないように、授業が無い間はうつむいてゲームをする。いや、ゲームをしながら周囲の会話に耳を傾ける。
何時もと違う。今日は随分と会話の中にグエルと言う単語が多い。内容は全体的のポジティブだ。彼に何か良いことでもあったのか?
教室の移動でうつむきながら歩いていると、立ち止まっている足が見えた。
視線を上げて、それがイリーシャだと認識し、名前を呼ぼうとして声が詰まる。
思えば、どれくらい喋っていないのだろう?
入学して、会話らしきものは行っていない。
「おまたせ」
イリーシャは以前と変わらない、いや、これまで見た中で、一番の笑顔を向けてくる。
何が? と言う前に、両方の肩に手を置かれた。
「グエル先輩の下へご案内しま~す」
「ああ、シャディクがオマケで付いてくるけど我慢な」
メイジーとレネだ。
何を言っているのかと困惑するが、今は授業前だ。
「い、今から?」
身勝手な要求に反発する気持ちが沸き上がる。
勝手なことを言うなと身構えるが、レネは笑いながら手を横に振る。
「それはない。今日か明日の放課後だ。場所はジェターク寮、グラスレー寮、地球寮の三択で」
「今日と明日があるから6択じゃない?」
「細けえことは良いんだよ」
「倍は細かくないよ」
「それで、どれが良い?」
口論を始めたレネとメイジーを無視してイリーシャが質問する。
考える。何故、急に呼ばれたのだろう? 疑問はあるが、考えて結論や身構えが出来る事なら先延ばしをした方が良いが、答えは出ないだろう。だったら、早い方が良い。何より話しかけてくれたのが嬉しいのか、何処か浮足立つ気持ちがある。
場所は……ジェターク寮? 却下。一応は暫定婚約者の本拠地だ。行くのは怖い。だったら、グラスレー寮? 顔見知りが多い。今は顔を合わせ辛い。だったら、地球寮の方がマシだろう。正直、興味もある。
「今日の放課後、地球寮で」
「う、うん」
何か不味かったのか、3人が微妙な顔をするが、問題がないということで、3人が放課後に迎えに来るそうだ。
その時間まで、何処か浮足立った気分で過ごす。思えば友人との待ち合わせなど経験が無い。おまけにグエルに会いに行くのだ。言葉を交わすことになるかもしれない。
それに、地球寮の事を考える。グラスレー寮は入寮を勧められ、設備の内容などを知ってはいるが、地球寮は大きく異なると聞いている。
それに、どのような伝手で今回の面会の会場に使う事になったのか、関係の事も興味があった。
「じゃあ、行くよ~」
そして、放課後を迎え、3人に連れられ歩く。
相変わらずの好奇に満ちた視線を受けるが、今日は1人では無いので何時もよりマシに感じる。
「何で地球寮に?」
「関係か?」
「うん」
「元々、あそこはジェタークと仲が良いんだよ。去年まではディランザのパーツの貸し借りをやって、今年からはニカとフェルシーのギャプランを地球寮でテストするってよ」
ギャプランは分かるとして、ニカとフェルシーって誰の事だろう?
「両方ともジェターク寮生。ニカは目立たないから分からないだろうけど、フェルシーはレネの妹って言ったら信じそうな子」
「いや、何でそれで分かんだよ?」
「分かるよ」
分かってしまった。あの子だと断言できる。
それにしても、先ほどから口を開いていないのに、何故、レネもメイジーも普通に会話が出来ているのだろう?
と、思ったところで、2人そろってイリーシャを指さす。なるほど、無口な相手に慣れているらしい。誇らしげなイリーシャだが、本当に良いのだろうか?
だが、ジェターク寮生の手伝いを地球寮生がする理由は何故だ? 良いように扱き使われている?
「トモダチ」
「まあね。私たちって、ちょっと説明できないほど深い仲。
それと、地球寮だけど今年はパイロット科がいないって。で、グラスレーはモビルクラフトなら貸せるよって話したそうだけど、開発もテスト環境も地球の現地が上で、ここでやる魅力が無い。本当に何かしましたって実績しか出せない。けど、ジェタークの最新鋭MSのメンテや運用テストに関わりましたって言えば、推薦した企業も大喜びって話。おまけに、今やっているMSって地球じゃ欲しがっている相手が多い人気商品だからね。高額すぎて手が出ないそうだけど」
「それの担当メカニックがニカ。アーシアンの孤児だったのが、ジェタークの社長の目に留まって、学園に推薦されたんよ。そんで、学園に入る前からラウダ先輩の下でテストを手伝ってたし、あいつ以外じゃ無理だからジェタークだろうと地球だろうと変わんね」
「す、すごい子ね」
「結構、有名だけどね。やっかみ受けるんじゃって心配してるみたいだけど、基本的にジェターク寮生でカバーしてる。私たちも手伝っても良いけど、それより強力なバックが目を見張らせてるから、怖くて誰もちょっかいかけられない」
「バックはラウダ先輩の事な。話せば分かるグエル先輩と違って、会話が通じない狂犬って噂もある。
まあ、実物は別の方向でやべーけど」
「ああ、ゴメン。あの人の説明は難しい。私たちには無理」
道中、言葉を発することなく、思った疑問に的確に答えてくれると言う、楽なのかダメなのか分からない状況の中、目的地が見えてきた。
「あれ、レネの妹。お姉ちゃんが来たよ~」
「誰が妹だ!」
「誰がお姉ちゃんだ!」
やはり似ている。
表に出しているテーブルを中心に男女二人ずつ、何故かヤギとヒツジがいる。
「おお、これが噂のヤギかぁ」
「うちのティコに馴れ馴れしく触るな」
「うちって、お前はジェターク寮だろが」
「それを忘れそうになるほど
「アリヤ先輩に餌付けされたな」
「しょうがないよ。アリヤ先輩の作るごはん美味しいから」
「いや、ニカも本当はジェターク寮生だかんな」
「ごめんね。レネの妹がお世話になって」
「もう、それはいい!」
話の内容から、男子の2人は地球寮らしい。それなのに壁を感じることなく普通に会話をしていることに驚きがあった。
「で、先輩方はまだ?」
ヤギを撫でながらメイジーが聞くと、一斉に首を横に振る。
「もう、中にいる。グエル先輩とラウダ先輩、それにシャディク先輩は、最後の授業をサボって、マルタン先輩を拉致して情報の整理をやってる」
「今日のグエル先輩、妙に迫力あったんだけど、何かあった?」
「あれが普通らしいよ。今までが弱体化してた」
「アタシら、目の前で変化したからな。怖えよ。ちびるかと思った」
「うん。帰ったら、下着、濡れてた」
「それ、別じゃね?」
「何言ってんだお前は。それで、他は来る?」
「サビーナとエナオは?」
「それはまだ……って噂をすれば、アリヤ先輩も一緒だ」
言われた方向を見ると、3人の女性が歩いてくる。サビーナとエナオは知っていた。もう1人がアリヤだろう。
クーラーボックスを乗せた台車を押している。
「久しぶりだな、ミオリネ」
「う、うん」
「それ、何?」
「食材だ。今日はここで食事をする。グラスレーは人数が多いからな」
「気にするなと言ったんだが」
「そうはいかない。地球寮は後見が小さいから、支援金も少ないのだろ?」
「どうよ。これが気遣いってやつだ。毎日、
「うっ…」
「いや、フェルシーとニカの分はラウダが手配してるぞ。
それだけじゃなく、私もバイトを紹介してもらった畜産プラントや野菜の育成プラントから、需要より生産が上回ってしまったものを、安く供給してもらっている。お陰で去年までより豪勢な食事にありつけてる」
「どうだ!」
「お前じゃなく、ラウダ先輩の功績じゃねえか」
「レネ、貴様もだぞ。気を使ったのはエナオだ。まったく、私たちも中に入るぞ」
「へ~い。ミオリネ、行くぞ~」
「う、うん」
うながされて寮とは思えない倉庫に入ると、グエルがいた。シャディクもいる。他に2人、ラウダはグエルの写真を見る中でたまに混じっているから分かる。すると、もう1人がマルタンという地球寮の人か。
何かが書かれた紙が大量に並んだテーブルを囲んで、真剣な表情で話をしている。
「ミオリネを連れてきた。まだ、かかりそうか?」
「いや、重要な話は終わってる。いま話していたのは、目的の決まっていない先の予測だからね。ある意味、雑談に近いよ。
久しぶりだね。ミオリネ」
「う、うん」
シャディクを見て、こんな奴だったかと違和感を覚える。
成長した影響か、何か違う人を見てる気になる。
促されるまま、資料らしき紙が並んだままのテーブルをはさんで、グエルを対面に背もたれの無い長椅子に座る。
「さて、先ずは自己紹介といこうか」
「ああ、グエル・ジェタークだ。よろしく頼む」
緊張する。グエルだ。写真や映像、画面越しに何度も見ていた推しが目の前にいる。
生の肉声に姿。匂いもしそうな距離だ。
「ミ、ミオリネ・レンブランです。不束者ですが……」
違う。もっと、ちゃんとした挨拶をと考えるが、緊張して言葉が出てこない。
「何か見合いっぽくね?」
「落ち着こうね。それとゴメン。ミオリネ参っているから声が出にくいみたい」
両隣にレネとメイジーが座る。背もたれにされてる気がしないでもないが、人肌が落ち着く。
でも、参っている訳ではないが、本当に声が出にくい。
「え……っと」
シャディクが困ってる? 引きつっているというか、見たくないものを見た感じだ。
「お前も落ち着け、これは見合いじゃない。分かったか」
サビーナがシャディクに声をかけるが、シャディクは助けを求めるような視線をさまよわせ、ある一点で止める。
「分かった。ここからは僕が仕切ろう」
そう言いながら、ラウダが一歩前に出る。
「まずはミオリネ・レンブラン……」
苛立ちを込めた視線を向けられる。
普通の人なら委縮するような視線を受け、ミオリネの中で何かが沸き起こる。
「……死ね」
こいつは敵だ。そう確信した。