「え? インキュベーション・パーティに参加するって、アンタらが?」
昼食の時間、ミオリネはフェルシーの愚痴めいた言葉に聞き返す。
内弁慶なフェルシーは、身内だと強気な少女だが、他所に出ると途端に臆病になってしまう。
そんな彼女が大勢が集まるインキュベーション・パーティに抵抗があるのは理解できるし、その相方がニカでは頼りにも出来ないだろう。
「マジ? つーか、ジェタークの社長が学園に来たのって、それが理由か?」
「そうなの? って、何でレネがジェタークのCEOが来るのを把握してるのよ?」
「この子たち、最近は
「ミオリネとペトラも遊んでもらえば」
「いや、流石にね。その勇気はないわ」
中等部の頃と違い、最近は友人が増えた。
昼食時間は、同志であるフェルシーとペトラにイリーシャ。更にそれぞれが同志候補として狙っているニカ、レネ、メイジーと一緒することが多い。
それは良い事なのだが、話が脱線しやすいのが問題だ。
「で、話を戻して、何で参加するの?」
「グエル先輩に社長を押し付けて起業するってさ。名前は……MS……開発研究所?」
「MRMS開発研究所ね。ギャプランの販売を担うんだけど、研究もするというか。
その出資者を募るって」
話を進めるには、フェルシーよりニカと話した方が良さそうだと思い、ニカに確認をする。
「あれって、この前乗ったけど、結構前に作られていたわよね?
私がグエルを知った頃には、乗ってなかった?」
「それって何時のことかな? 私は何時からミオリネがグエル先輩を知ってるか知らないんだけど」
「グエルがうちのクソ親父にケンカを売った時が切っ掛けだから、少し後」
「だったら完成したのが、その年ね。グエル先輩の愛機として広まったのは翌年からだけど」
もっと詳しいペトラが話を引き継ぐ。何でも、デリングにケンカを売った後、テストパイロットが出来なくなると後悔したエピソードを聞かされた。
あの父との関係より、テストパイロットの地位の方が重要だと考えたと思うと笑ってしまう。その無邪気さが推せる。
そして、開発したのは、あの変態だそうだが、それはどうでも良いし、あの当時の年齢で信じられないという反応も、変態だから考えるだけ無駄で終わりだ。
それにしてもペトラは、流石にジェターク社内部の情報は詳しい。
「それ、かなり経つけど、何で今さら起業するの?」
「地球寮のマルタン先輩が、運用方法として災害救助でも使用できるって報告書を作ったのよ。
あの人、おっとりしてて凄いみたいよ。過去の災害事例を調べて、間に合わなかったケースをリストアップ。
仮にその時、ギャプランを使っていればってデータをまとめて」
ギャプランの宇宙用装備は、従来のMSより圧倒的に早い時間で目的地に到着できる。
戦闘が起きる場所への移動速度は速い方が良いとは分かるが、数字では出しにくい。
それに比べ、災害の報告から、救助に要する時間は数字で出せる。その比較を表とグラフにして一目で分かるようにして発表すれば、ギャプランの有益性が分かりやすい。
これで、コスト面で問題だったギャプランが販売しやすくなるだろう。
この提案をしたマルタンは、優秀な上に性格も温厚で、ジェターク寮でも彼の評判は良いようだ。
「ふ~ん、でも、それを何でグエルを社長に? それにMRMSって何の略?」
「確か…」
「マルチロール・モビルスーツってことじゃないの? 本当にジェターク社って、ベネリットグループにケンカを売るのが好きねだぇ」
答えが来たのは後ろから。振り返ると同級生のセセリアとブリオン寮の面々だ。
「んだよ。盗み聞きか、経営戦略科の2位」
「で、マルチロールとかケンカ売るとかどんな意味だよ。成績2位」
「アンタらがケンカ売ってんのかね、この仲良し姉妹は」
「「仲良し姉妹じゃ無え!」」
後方のセセリアに、前方というか向かい合っているフェルシーとレネ。何か同系統に囲まれるという妙な状況になってしまった。
ちなみに経営戦略科の成績1位はミオリネである。
「それで、どういうこと?」
「マルチロールってのは、多機能。つまり、これが1機あれば、何機もそろえなくて良いから出費を抑えられるってこと。
宇宙では戦争は起きていないから、年々、軍の予算は抑えられているでしょ」
つまり、コストを抑えるために、性能に目をつぶるのではなく、多機能に使える機体を用意することで補えるという事だ。なるほど、兵器を売りたいベネリットグループにケンカを売っているという表現も納得だ。
だが……
「でも、そう上手くは行かないって。宇宙は予算が無いから、直ぐに買い替える訳もない。
市場の主力は地球だからねぇ」
……そう。宇宙で直ぐに買い手が付く状況にはならない。
そうなると、生産数を増やしてコストを下げる試みは上手く行かないだろう。
それくらい、あの変態は気付くと思うが? 変態は変態のくせに優秀だと認めざるを得ない男だ。
まして、グエルを代表に据える会社の立ち上げで、いい加減な真似をするはずがない。
「まあ、それはどうでも良いわ」
本当に、それはどうでもいい。考える必要もない。今の発言にセセリアが文句を言っているが聞き流す。
だが、グエルと変態が関わっているのだ。自分やセシリアが思いつくことくらい手を打っているに決まっている。
それよりも問題は、唐突に責任ある状況に放り込まれた
こうなったら、気は進まないが……
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「私も連れて行って」
ジェターク寮の寮長室にミオリネが突撃してきて、訳の分からないことを言う。
思わず一緒に仕事をしていたエナオと見つめ合う。エナオも呆然としているよ。
こいつは自分が何を言っているのか分かっているのか?
同じことを思ったのだろう。兄さんが呆れながら聞き返す。
「それが、どういうことか分かって言ってるんだろうな?」
「もちろん?」
「おい、何で疑問形なんだよ」
「いや、だって全部を理解している訳じゃ無いし。
私は、フェルシーとニカの重圧を、少しでも解消したいだけよ。
その手段として、私がインキュベーション・パーティに参加する」
うん。重要な部分は理解しているようで何よりです。
確かに、ミオリネが盾になれば、フェルシーとニカへの妙な絡みは防げる。
そして、それを理解したうえで盾になろうとしてるのだろう。
「
だが、パーティ会場は学園とは違う。好奇や品定めといった視線だけじゃなく、妙な事を言われかねないんだぞ」
「ええ。それが目的だし」
絶句する兄さんに変わって、僕から質問をする。
「それで、アイツ等の役割は分かっているのか?」
「そこが良く分からないところ。私が理解している範囲は、同級生の考察なんだけど…」
今日の昼食時の会話を聞かされる。
なるほど、その同級生は中々に優秀らしいし、ミオリネに届いてないのも納得だ。
「アンタらは当然理解しているでしょうから、もう少し情報が足りないの。それが全部を理解してないって理由。
ちょっと自信が無いのよね」
「そうだな。その同級生は50点……いや、最も重要なベネリットグループにケンカを売っているとの認識だから80点をやっても良いか。
だが、マルチロールに関しては正しいが、今回重要なのはプレゼンする者の構成だ。
冒頭は兄さんが務めるが、続いてマルタンが救助に使用した場合の説明。次にニカがメカニックとして性能的な説明。次にフェルシーがパイロットとしての操縦経験と視点。最後に兄さんがまとめる。
そして、この手のプレゼンでは、誰がどのような立場で言っているかも重要だから、事前に自分のことを軽く説明する。全員学生だからな、所属している寮なんかも」
ベネリットグループ主催のインキュベーション・パーティだ。
その中で、アスティカシア学園の生徒がプレゼンを行うなら、アスティカシア学園に入学した経緯も言う事になる。
フェルシーなら父親がジェターク社の重役であること。マルタンは自分を推薦した企業の話と、ジェターク社との関係。そして、一番目立つのはアーシアンの難民孤児だったがジェターク社の代表から推薦を受けたニカになる。
「…………そうか。アーシアン、アーシアンの孤児、ジェターク社重役の娘。
そして、代表がグエル。異なる出自の人材が協力することで出来る新たな会社ってことか」
「ああ、ジェターク社がこれまでの活動で手に入れた宝って訳だ。
おまけに、ベネリットグループはパイロットの地位が高い」
「プライドだけは高いスペーシアンにとっても許容できる人員配置って訳ね。
それに50点のマルチロール機に、残りの地球再生計画で手に入れた人員。
保守派には先は無いという脅しと同時に、地球には宝が眠っているという餌。
完全に政治抗争じゃないの」
「否定はしない。だからこそ、父さんが地球寮まで来て、頭を下げた」
「マルタンに?」
「ああ。兄さんを助けてやってくれってね。兄さんも」
「ちなみにプレゼンは大丈夫なの? 相当な重圧よ」
「そこは大丈夫だ。プレゼンで重要なのは、自信を持って話すことだ。多少緊張してても良い。
悪いのは、人が調べたものを発表だけするパターンだ。堂々と喋ったところで空虚になる。
あの3人は自分でやったことだ。緊張して言葉が詰まっても、発言の重みはある」
「それなら平気なのかな?」
「いや、問題はプレゼンの後だな。パーティ会場で先程のプレゼンで…という感じで質問する奴が出る。
真っ当な質問なら、ジェターク社からMRMSに移動するスタッフが受けて、それをマルタンらがフォローする態勢が取れる。
だが、質問にかこつけて、出自や関係性などの、下賤な質問をしてくる輩の相手が問題だ。
実は、アイツ等も、それを伝えた後に緊張してきたみたいだし」
プレゼンそのものは、アイツ等もそこまで苦にはしていない。自分たちがやってきたことを言うだけだ。
だが、下賤な質問をしてくる奴らへ、どう対処するかなんて知る由もない。
「そこに私がいれば、私に注目が集まるわね。そんな変な質問をする相手には格好の餌だし。
まさか、自分は矢面に立ちたくないなんて言わないわよね?」
大丈夫かという伺うような、あるいは失望させるなという挑発するような。そんな気持ちは微塵もない。
絶対に応えてくれるという、信頼に満ちた視線を兄さんに向ける。
「正直、アイツ等をどうフォローするか悩んでいた」
「じゃあ、改めて聞くけど、私がいたら邪魔?」
今度は僕にも視線を向ける。
厳しい返答でも構わないという身構えも出来ている。
「いや、お前が付き合ってくれるなら助かる」
「僕は利用する」
「だったら、お願い。私を連れて行って。いくらでも利用してくれていい。
なんなら、私がグエルにお熱で、強引に着いてきたって設定でも良いわ」
「検討しておこう」
「おい、あまり変な事はさせるなよ」
「私が良いって言ってるんだから構わないわ。
じゃあ、お邪魔して悪かったわね」
そう言うと、ドレスを準備しなきゃと呟きながら出ていく。
それを見送ると、兄さんは嘆息しながら天井を見上げて呟く。
「なあ、最近まで、周囲の視線が痛くて、へこんでいる女の子がいたんだが?」
「いたね。幻覚だったかな?」
「2人が見て幻覚は無いと思う。おまけに私を入れたら3人」
「3人中3人か。幻覚じゃ無さそうだな」
エナオの突っ込みにも嬉しそうな響きがある。
本当に成長が早い。どうなってるんだ? 確かに責任あるプレゼンターと異なり、見られるだけや、下種な質問を無視すればいいだけだからマシではあるが、決して望んでやりたくなる役目ではない。
同時に怖くもある。ミオリネだけではない。何か世界の流れが加速している気がする。
「もう、課題はクリアしてしまったな。
アイツが雇ってくれと言えば、父さんもサリウスも諸手を上げて歓迎するだろうし、助けてくれる友人だって少なくないだろ」
地球でのミオリネが作った植物栽培モデルは好評だ。まだ1年は経過していないから、多くのアーシアンから大歓迎とまでは言われないだろうが、ミオリネを知った相手からの評価は高い。
それに、人間関係も良好だ。こんなのミオリネじゃないと言いたいが、事実だから仕方がない。
「応えてやりたいな。もう婚約の話なんか潰せるんじゃないか?」
「その決定権はデリングが持っているから、勝手に消すことは出来ないよ。
だから……」
この速まる流れに乗る怖さはある。こういったものは反動があるから。
だけど決めるのは兄さんだ。
「……やれるとしたら、婚約騒動なんて誰も見向きもしない状況を作ることくらいだよ。
いくらデリングがくれてやると言っても、お前の言う事なんて信じないって思わせるくらいだね。
その副作用で、改革派と保守派の対立が浮き彫りになるかもだけど」
「それなら良いじゃないか。始めよう。いや、すでに始まってんだ」
「あと、兄さんがデリングにケンカを売ることになる」
「俺がインキュベーション・パーティに来たらデリングにケンカを売る習性があるって言われそうだな。
だが、その評価も面白いじゃないか」
「了解。ケンカを売るシナリオは後で用意するとして……」
ミオリネの解放。その過程でニカとフェルシーへの下種な質問をシャットアウト。これが目的になる
これに関しては、シナリオを描いて、兄さんに読んでもらうだけ。まあ、実際は途中で兄さんのアドリブが入るだろうけど、その方が良い。
ただ、そうした際の会場に来ている人の反応を確認したい。
それが、現状のベネリットグループ内の勢力図に加え、転向可能な勢力を見極める絶好のチャンスになる。
こんな機会は滅多にないし、僕が直接確認したいけど、僕が参加すると変なのに絡まれる可能性が高い。
やはり、虫除けがいると助かる。それも、ただの女連れなら紹介してくれと、話す切っ掛けにされるので、誰でも良い訳ではない。
「エナオ、頼みがある。実はジュネーズを海中でも使える改造案があるんだが…」
この前の改造案を出した後、気圧便やいくつかの部品を逆にすれば、地上と宇宙ではなく、地上と海中に対応できると気付いた。
その改造案をプレゼンの最後に付け加えれば、注目は高まるし、そのプレゼンターも覚えられるだろう。
「その改造案を付け加えて、プレゼンをしてくれないか? その後に僕と一緒に調査をして欲しい。
結果として、学園内だけでなく、ベネリットグループ内でも僕と噂になるだろうが、僕の恋人役をやってくれないか?」