「やあ、良いプレゼンだったよ」
プレゼンが終わって会場に戻って来たグラスレー組が集まっている一角に着くと、シャディクに一言かけてから、直ぐにサリウスに向き合う。
「お久しぶりです。先日はお世話になりました」
「いや、こちらこそだ。それにしても出席することになったのだな。
しかも、エナオまで呼びつけて」
「お恥ずかしい限りです。エナオに頼ること、お許しください」
「謝る必要はない。それで、感想を聞かせてくれるか?」
「良い感触でした。将来性がある。会場が全体的に明るい雰囲気になりました。
サリウス代表も感じられたのではないですか?」
シャディクを中心とするプレゼンでは、兄さんだけでなく、サビーナも参加して若さと将来性を感じさせるものだった。出資希望者は瞬時に上限に達し、悔しそうにする希望者で溢れかえった。
「ああ、物が物だけに、発展性が尋常ではないからな。
それに、最後にエナオを加えて、お前の改良案の海中装備と造船所のことも伝えたのが良かった。
シャディクはどう感じた?」
「アレが無くても上限に達するとは思いましたが、やはり勢いが違ったでしょうね。
最後の最後にここまで出来ると思わせた。感謝するよ」
「多少の手土産を用意しなくてはならない事態になったからな。
エナオを付き合わせる事を思えば、不足かもしれないが」
「いやいや。面白そうな催しをしてくれるんだ。何もなくても俺が頼むさ。
それに、エナオも嫌じゃないだろ?」
そう言って、エナオを見る。
前髪で目を隠した普段の髪型と違い、アップにして両目を出している。
「髪型もドレスも、とても似合うよ」
「……ラ、ラウダとは思えない台詞。何か恥ずかしいな」
本気で照れている。あまり言わない方が良かったか?
「お前でも世辞を言えるのだな」
サビーナが驚いたように言うが、ベネリットグループは避けても、地球での社交の場にはそれなりに出ているんだぞ。
「世辞とは失礼な。本音だよ。
ちなみにサビーナにも言っておくが、お前は卑猥な肉体をしてるんだ。つつましくしないとサリウス代表の醜聞になりかねないから自重しろよ」
「ああ、貴様はそういう奴だよ。安心した。それから覚えてろよ」
「スタイルが良いと褒めたんだぞ」
「アレの何処が……サリウス様?」
サリウスがうつむいて笑いをこらえていた。
「スマンな。いや、楽しそうで何よりだ」
「た、楽しくはありませんが」
「いや、今まで堅苦しいサビーナとエナオしか見ていないものだからな。
シャディクから聞かされてはいたが、うん、良かったよ」
おじいちゃ~ん。そんなこと言うと、サビーナまで照れてるぞ。
シャディクもニヤニヤしてないで、この空気を何とかしろ。
「義父さん、これから、もっと面白い見世物が待ってますよ」
「そうだな。奴の娘がどうなっているか、実に楽しみだ」
「さて、そろそろ行こうか。エナオ、今日は頼むよ」
「うん」
「預かる。と、その前に、サリウス代表、失礼…………」
「……分かった。こちらで対応する」
「ありがとうございます。それでは失礼します」
最後にサリウスにファルネオ社の件を伝えた後、挨拶をしてから、エナオを連れて場所を移動する。
途中で、エナオが恥ずかしそうにしたまま聞いてくる。
「それで、やっぱり来た?」
「ああ、本人を連れてきているのもあれば、写真だけってのもな。
あの子なんて紹介された子だ」
少しエナオが不機嫌な表情を見せる。気に入らない相手なのか?
「でも、本当に私で大丈夫? サビーナの方が綺麗だし、スタイルだって」
「アイツは基本が不機嫌そうな上に、僕と一緒だと眉間のしわの発生率が高まる。とても親しいムードにはならないさ。むしろ隙だと思われる。
それに比べて、お前は僕に慣れているのか不機嫌には見えないしな」
「そうかな? 前から、何時も不機嫌そうだって言われてきた」
「最初に会った頃はそうだったけど、今は随分と表情が変わる様になったぞ」
「え?」
「まさかとは思ってたが、本当に気付いてなかったか。
お前、とっくに無愛想キャラを捨ててるぞ」
驚いた表情で立ち尽くし、自分の顔を触る。
「おい、そんなに触ると化粧が落ちるぞ。塗りたくってる訳じゃ無いだろうが、限度がある」
硬直してしまったので、腰を抱いて移動を補助する。
カップルに見られそうだが、そう見られるのが目的だし良いだろう。
「さて、ここで良い」
「う、うん」
死角になるから、肝心のプレゼンは見れない。向こうからも同様だ。
だが、周囲の様子を一望でき、おまけに休憩する個室の前に陣取る。この休憩部屋では流石に今回のベネリットグループ主催のパーティではいないだろうが、基本的に乳繰り合うカップルがいるので、カップルでいれば声をかけてくる奴は近付いてこない。
「う、腕組んでおくね」
「頼む」
いくらカップルでも、腰を抱いたままは流石に不味いので手を放したが、そうなるとカップル度が低い。
そこへのエナオの提案に助けられたと思ったが、腕の組み方が違いません? こう、軽くかけるだけで良いのに、そんなに抱き着いたら胸の感触が……に、兄さんは、もっと強力な凶器攻撃に耐えているんだ。僕だって大丈夫。
で、でも、あまり大きすぎるより、小さい故の魅力というのもある。
考えてみると、エナオって普通に可愛いんだよな。最初は無口な不思議キャラとしか見てなかったが、段々と表情も豊かになって人間味が出てきた。
それに、これだけ一緒にいて面倒にならない相手って多くは無い。
一緒にいると楽しい刺激的な相手でも、いると安らぐような癒し枠でもなく、ただ一緒にいるのが当然と言うか、居心地が良い……あれ? 僕ってエナオのことを……エナオはどうなんだ?
普段から僕といると嬉しそうだし、今も何か幸せそうで……兄さんも言ってたけど、本当に僕に気があるんじゃ?
そもそも、変な噂って調教されてるだよ? そんな噂をされているのに一緒にいるんだ。
嫌いな相手とそんな噂があれば、否定するために絶対に近付かない。好きな相手とじゃなければ……いや? 流石に否定しないか? 小学生じゃないんだ。噂されて喜んでるだけなんてないだろう。
普通ならリアクションを起こすはず。
こうなったら第三者の視点だ。正解を導き出すには客観的な視点こそが正しい。
周囲を見てみると、先ほど婚姻外交をしかけてきた相手がショックを受けてるようだ。
他の連中も、「ほう、そんな関係かと」驚きや揶揄する視線。
どう見ても、恋人同士としか見ていない…………って、恋人に見られるよう頼んだんだったあぁぁ!
そもそも、エナオは恋愛しない勢だ。だから、今回のミッションも引き受けてくれたんだ。
そして、パーフェクトな恋人役を演じている。敵を騙すには味方から。周囲に恋人と思われるには、恋人役に恋していると思わせる。名女優エナオだ。
無表情キャラだった故か、今になって抑圧されていた表情が過剰に出ているのかもしれない。
あ、危なかった。本気で騙されるところだったよ。
ここで勘違いして、君の気持に応えるよなんて言えば、「キモッ、恋人役を頼まれたから演技してたのに、本気になるなんて引く」と返されるところだ。恥ずかしいにも程がある。
だいたい、僕もエナオ同様に恋愛をしない男だ。そんなことは許されない身。
エナオの気持ちに応えるのは、断じて愛の告白などではない。エナオの様に演技を完璧に遂行すること。
それには、周囲に恋人の様に見られるよう、彼女への愛情を込めて、仕事の話をするのだ。
「エナオ、見てごらん。ダイゴウの連中がグラスレーを見ている」
顔を寄せて、耳元で囁く。
すると、うるんだ目で見上げてくる。み、見事だエナオ。
僕でなければ絶対に勘違いするからな。
「気付いてる。敵意は無さそうだけど迷ってる感じ」
同じように耳元で囁かれる。
震えたり、目を潤ませたりするテクは無いので、優しく微笑んで、エナオに応える。
すると、頬を染めて恥ずかしそうにうつむく。
コイツ、なんて名女優なんだ。その気になるのを押さえるのに一苦労だ。
だが、僕は負けない!
「ハンマーフィールドは、やはりダメだな」
声をかけると同時に、少し息を吹きかける。
ビクッと震えたかと思うと、口元に手を当てての上目遣い。
「でも、ファリサは好感触みたい。今はヴィーランがサリウス様と話してるけど、いなくなれば行きそう」
そう言いながら、耳に柔らかい感触?
せ、接触行為は反則では!? 唇だぞ! それは不味くないか!? 審判はなにやってる!
に、兄さん、僕に力を!
――――――――――――――――――――――――――――――――
「おい、あれで付き合ってないとか本当か?」
「はい。お気持ちは分かりますが、相手はラウダですから。
おまけに、エナオにも問題があって、妙に勘が鋭いのです」
「勘? それの何が問題に?」
「ラウダが変なことを考えてると、無意識にノリを合わせると言いますか、彼女なりに、ラウダにとって居心地の良い空気を作ろうとしてるのでしょうが……」
「養父さんにも分かりやすく、現状を表すなら、凄く低レベルの恋愛バトルをしてます」
「し、しかしだな、あれでは当分の間、社交界のネタにされるぞ」
「う~ん、責任問題ですね」
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ど、どうする? すでに互いの攻撃内容が接触して当然になっている。
エナオも疲労が蓄積したのか、顔が赤いだけでなく汗もかいて、僕に体重を預けるようになっている。
僕は平静を装っているが、女の子の汗の匂いって来るものがあるから、今すぐにでも後ろの個室に駆け込みたいくらいだ。
そんな僕とエナオが精神力を削るバトルを繰り広げる中、今回のインキュベーション・パーティのトリとなる兄さんを代表とするプレゼンが始まる。
兄さんのプレゼンで良いスタートを見せるが、次のマルタンがアーシアンだと言うと、怪訝な表情や、露骨な軽蔑を見せる者がいる。
それでも、内容を聞いていく内に雰囲気が変わる。
更に、アーシアンの孤児であるニカが出ると、好奇の視線を向ける。
父さんとの関係が気になるか? 内容に興味を持って見入る者が増えるが、表情からも玩具として見る者が、そこそこいるようだ。
「嫌な視線」
エナオが嫌悪感丸出しの声を発するが、大いに同感だ。
最後のフェルシーで持ち直すが、この時点でハッキリと別れた。
プレゼンの内容を重視する者。
ただ、出自を重視する者。
内容の意味を正しく理解する者。
プレゼン無視で、未だに僕たちをニヤニヤ見てる者。
「覚えたか?」
「うん。後で擦り合わせを」
「了解した」
互いに耳元で囁き合う。
出資額はあっさりと満額に到達し、プレゼンは無事に終わりを迎える。
これからは社交の場でしかないが、妙な熱気が残っていた。
純粋な、あるいは下種な好奇心を持って、ジェターク組が出てくるはずのドアを見ている。マルタンやニカを迎えようとしている。
社交界ではネタ枠というのは必須だ。面白い話題、それが共有で来るなら更に良い。
ジェタークと結束しているアーシアンとアーシアンの孤児。ネタにならないはずがない。
これは嫌だろうな。マルタンとニカに色々と聞いて、ネタとして扱われるんだ。
代われるものなら代わってやりたいが、残念ながら僕にネタとなる要素は無いから無理なんだ。
本来なら、これを僕と兄さんで対応しなくちゃならなかったんだと思うと、大きな借りを作ったと言えるな。
やがて、ドアが開き、父さんを先頭にした集団が出てくる。
それでも、好奇心に満ちた視線は、父さんたちを素通りして、これから出てくるであろう獲物を待ち構える。
「お、おい」
「あれって総裁の…」
だが、彼らの視界には想像以上の獲物が映ることになる。
グエル・ジェタークと一緒にいるミオリネ・レンブランの登場だ。