兄さんの後ろを歩くミオリネに注目が集まる。
一斉に始まる品評するかのような、露骨な視線が送られる。
その人形のような美貌に感嘆の声も聞こえるが、やがて違和感に気付いた。
「頑張ってるみたいね」
そう。頑張って人形を演じているんだよ。
後ろ姿で分からないが、僕の指示通り、一切の感情を表に出さず歩いてるのだろう。
目を開けても誰も見るな。それが例えデリングを含めた知り合いであろうとも感情を見せるな。
何故なら、人形になりきることが、デリングの望んだ姿だという皮肉攻撃。
お前を道具にした。言いなりにしようとした。そうなった姿を見せつけろ。
「おい、着いて来い」
全員でシャディク達の方へ向かっている最中、兄さんが高圧的な声を出すとミオリネだけ連れて進路を変える。
向かう先はデリングがいる場所。ただでさえ注目してたのが、この行動には驚いたのか、会話が止み、会場を沈黙が包み込む。
その静かな会場の中、人形のように従順なミオリネを引き連れた兄さんは、デリングの前に立った。
「お久しぶりです、デリング総裁。それともお義父さんと呼んだ方が?」
その声には、婚約者の父を前にした恐縮も緊張もない。
もし、自分の娘がこんな奴を連れてきたら、助走を付けてぶん殴りたくなるような舐め腐った響きしかない。
これぞ、知る人ぞ知る、いや、もはや原作を知る僕しか知らない、いきりグエルくんだ。
「婚約が決定するのは来年のミオリネの誕生日だ。気が早すぎるぞ」
「もう、決定ですよ。誰が俺に勝てるって言うんです? まさか、あそこにいるエランに期待してるんですか?
だったら、見る目が無い。総裁の発案によって、俺を倒すよう後見の企業に発破をかけられ、泣いている学生が大半ですよ」
最初のシナリオでは、見る目が無いの後、俺はなぁベネリットグループ御三家の御曹司で、とか入れてたんだけど没になった悲しい経緯がある。
ちなみに、そのエランは苦笑中である。まあ、本人じゃ無いから舐められたって気にもならないか。
「ああ、ところで、聞きたいことがあったんですよ。
来年のインキュベーション・パーティで、ちょっとオークションを入れるって出来ます?
ちょうど、ベネリットグループの面々が集まっているんだし」
「オークションだと? 何を出品する気だ?」
「これですよ」
そう言って、後ろを指さす。その先は当然ミオリネだ。
一気に会場がざわつきを見せる。
言っていることの意味を理解し始めたのか、その表情が変わっていく。
「ペイルは動揺だけか」
ここからだと、良く見える。
最初から、それを計算して立っているんだが、思わぬイベントに、その人間の本性が見えるぞ。
好機と見たか、詳しい話を聞きたそうにしている者。
事前に兄さんの人柄を聞いていたか、困惑している者。
人を商品にするという言葉に眉を顰める者もいる。
あと……笑いを我慢してる奴。
「どれだけの値が付きますかね? こいつ、貧相な身体だが、顔は良いですし、何と言ってもベネリットグループの総裁の地位がセットで付いてくる。
欲しい奴は、結構な額を出してくれると思っているんですがね?」
「貴様、私の娘を何だと思っている?」
「景品ですよ。決闘に勝っていれば貰える景品。
それに、景品にしたのは総裁でしょ?」
嫌味たっぷりに返すと、ミオリネの肩を抱く。
ミオリネは人形に、道具になりきっている……?
「そして、景品ってのは、欲しくて取りに行くんなら良いが、俺みたいに取りに行った覚えは無いのに、取ってしまう事がある。
その場合は、大抵は売れないか考えるも…」
そのタイミングで、ミオリネが吹き出し肩が震え始める。
ミオリネ、我慢が出来なかったか。
「う、売れないか考えるものじゃないか?」
それでも必死に脚本通りに進めるなんて、流石に無理があるよ、兄さん。
結果的に、ミオリネの我慢が限界を超えて笑い始めた。
「お、おい! なに笑ってんだよ!」
「ご、ごめん。だって、ホラ!」
ミオリネが指さす方を見ると、シャディクが腹を抱えて笑っている。
それどころか、サリウスや父さんまで。
「いや、あっちは、お前が笑い出すまで必死に耐えてただろうが!」
「でも、みんな震えてたんだって! サビーナなんて、車椅子の背に顔を隠してたし」
うん。サリウスの車椅子の背もたれで顔を隠すなんて、かなり大胆な行動だぞ。
まあ、どちらにしても、茶番は終わりだな。
「ああ、もう良いか。正直、俺もきつかったし」
「あれ、何なの? ラウダの真似?」
「いや、アイツの脚本。最初はもっと酷かった」
酷いよ。僕が頑張って、原作初期のグエルを思い出しながら書いたのに。
「でも、これどうなるの? 予定が滅茶苦茶」
「いや、良いさ。どの道、形は違えど予定通りに運ぶなんて思ってない。
ミオリネが我慢できなかったが、予想では兄さんの方が先に根を上げると思ってた」
「え?」
「今までのは、僕の脚本。つまり、ラウダ・ニールの言葉だ」
それでは弱い。僕の言葉では誰も動かせない。
「でも、ここからは、兄さんの、グエル・ジェタークの言葉だ」
兄さんに注目する。
覇気があふれ始め、そのままデリングと対峙する。
今までのは映えを狙ってクマの前でやんちゃする小僧の勇気。だが、これからはクマを前にしたライオンだ。空腹ではないが、気に入らなければ殺す獣だ。
初めて会った時は、虚勢で踏ん張っていただけだ。
でも、今は違う。何ら気後れすることなく、真っ直ぐに見つめる獅子へと成長した。まして、ミオリネの件でデリングには苛立っている獣だ。
「それで、貴様は私を虚仮にしたいのか?」
「いいや、アンタには虚仮にする価値もないからな。俺の用は、この茶番を終わらせるためだ。
いや、それはついでかな。本命はミオリネが重圧に困っている友達を助けたいから協力を頼まれただけさ。
ミオリネ、もう良いぞ。友達のところに行ってこい」
「うん」
「待て、ミオリネ」
「聞く必要は無い。行って良いぞ」
デリングには文句の1つや2つ言いたいだろうが、我慢するように言ってある。
奴への対応は徹底無視。大切な娘に目も合わせてもらえない地獄。
フェルシーたちのところへ行こうとして立ち止まる。まさか、クソ親父とか言うなよ。逆に喜ぶから。
だが、ミオリネはデリングを見ずに兄さんに満面の笑顔を見せる。
「グエル、今日はありがとう」
「良いさ。これからも困ってたら、何だって言えよ」
「うん」
兄さんには笑顔で礼を言い、父親のデリングを無視して離れる。
いいぞ。父親としてはキツイ態度だね。自業自得だ。つーか、あんな笑顔見たこと無いだろ。
そんな娘の態度を気にしていない振りで、奴にとっての元凶である兄さんに向き合う。
「で、お前の言う茶番とは?」
「俺はホルダーの座は渡さない。だが、アンタの言いなりになる女と結婚する気もない」
「ミオリネが17歳の誕生日になった時点で、その時のホルダーがミオリネの婚約者になる。
私がそう決めた。それを覆す気は無い」
「好きに言ってれば良い。だが、ミオリネは自立する。親に頼らず、自分の進みたい道に、自分の力で進む。
俺がそうさせる。周りがどうこうしようが、止めることが出来ない力を、アイツは手に入れる」
「そう言いながら、お前に頼っているようだが?」
「友人に頼ることの何が悪い? アイツが友人を助ける。俺がミオリネを助ける。そして、俺は別の誰かに助けられる。それが支え合うってことさ。現に俺はミオリネが助けようと思った連中に助けられている」
「それがお前の言う自立か?」
「そうだ。ミオリネにしたことは、デリング総裁の場合は拒否権が無い命令だ。
一方の俺たちの関係は拒否権がある。無理なら無理と、嫌なら嫌と言える。
そして、出来るなら出来ると言える。自分の意思で決めている。
アンタは何処まで行っても軍人すぎるんだよ」
「そうだ。私は軍人だった。お前のような平和な場所で守られ、ぬくぬくと育った小僧と同一にするなよ」
「そう言って現実から目を背けて満足か? 残念ながら、命令を聞いてくれるのは軍人としての部下だけだ。
だが、ここにいるのはどうだ? 本当に忠実だと思っているのか?
少なくとも俺は忠実じゃあないし、娘のミオリネだって従わんさ」
「それは、私に逆らうという事で良いんだな?」
「そうとしか思えないなら、そう思えば良い。アンタの器が軍人どまりでしかないと宣言すれば良いさ。
俺は変わらない。無理なら無理と言うし、嫌なら嫌と言う。
ベネリットグループを離れないのは、その方が良いと思っているからだし、離れるしかないと思えば離れる。
少なくとも、アンタが絶対服従を求めるなら離脱する。俺は軍人じゃないんでね。
なんなら、ここにいる者に絶対服従を求めたとして、どれだけ残るか試してみるか?」
デリングが周りを見渡すが、誰も目を合わさない。
いや、デリングを見ている者もいるが、それは、シャディクに、父さんやサリウスといった、絶対服従と言った途端に離れると宣言する者ばかりだ。
「エラン?」
エランも目を逸らしていない。4BBAの咎めるような視線を無視して、愉快そうに挑発的な視線を送っている。
そして、僕と視線が合うと肩をすくめる。
気付いたようだな。兄さんを知っていれば、僕が張り合おうなど思うはずが無いってことを。
学園では、僕が兄さんに従っている姿を見て、誰も不思議には思わない意味が分かったか?
「グエル・ジェターク、貴様は総裁の地位に最も近い位置に居ながら、それを捨て去る気か?
今日の行いだけでは無い。今までの貴様らの行動。ベネリットグループを壊したいのか?」
「重きを置いていないだけだ。ベネリットグループについて問われたら、単なる箱でしかない。
重要なのは、それで何を成すか。
少なくとも、戦争シェアリングなんかを続けていたら、遠くない内に壊れるだろう。
そうだな。あれから、ちょうど20年になる。ヴァナディース事変の頃に描いた未来と、今の世界は合っているか?」
「愚かな話だな。未来のことなど誰にも分らん。そんな先の未来の予想をして何になる」
「やはりな。だからアンタは軍人どまりだって言ってんだよ。
俺もMSで決闘する時は先の予測なんて捨てて、その場の判断を優先する。
だが、組織の指導者がそれじゃ困るんだよ」
未来のことなど分からないと、明確なヴィジョンを描かない。それが軍人のありかただ。
臨機応変。即時対応。それが出来なければ、ちょっと予定が狂うと崩壊する。
だから、戦争は軍人ではなく政治家の仕事となる。
未来のヴィジョンを描いて、それに向かって進む中で、戦争と言う手段があり、実行役として軍人がいる。
戦国武将や明治維新を切り抜けたのは政治家だった。政治信条が先に来て、そこに向かって戦争と言う手段を取る。
一方の大戦時の政治家は軍人だった。軍人の矜持があり、未来から目を逸らしていた。
その結果が、その場しのぎの対応をズルズルと続ける。
そして、デリングの本質もそこだ。平和を求めてはいても未来へのヴィジョンが無い。
ガンダムを拒否して技術者の殲滅を狙った。それで何が残った?
戦争をコントロールしようと、戦争シェアリングをした結果、どうなった?
そして、ミオリネを守りたいと思いながら、守る相手を探すだけで、ミオリネの未来を予想しない。
ホルダーになった相手が、ミオリネを大事にすると、無条件で信じる親バカだ。
「少しは未来を見るんだな。目指すものがあれば、ベネリットグループなんて、所詮は箱だって思うさ。
俺にとってはジェターク社がそうだ。生まれた時からあって思い入れのある大切なものだ。
でも、未来に向かう道中で、その在り方が変わるものでしかない。変わることが出来なく、そして、邪魔なら捨てるしかない」
ジェターク社は兄さんにとって、本当に大切なものだ。
最初は全てジェターク社を優先して考えてきた。
でも、より大きな願いを見つけた。1000年後の未来を描いてしまった。
当然、捨てたくなどない。そのせいか、仮にでも無くなることを想像すれば、感傷的にもなる。
「何故、戦争シェアリングなんて、先細りの末に共倒れが確定の、未来の無い方法を続ける?
誰しも未来を描いていない。前を向いてない。そんなんだから下を見る。自分より貧しい相手、例えばアーシアンを侮蔑して留飲を下げるようなつまらない人間ばかりになる」
そして、未来を描いていないのは、何もデリングだけではない。
この世界の人々の根幹にある病気のようなものだ。
「未来が無いか。だが、前らの描く未来、地球再生計画を潰すことも出来るぞ。
お前らが頑張って発展させたからな。欲しがる相手は多いぞ」
地球再生計画を行っている場所を欲しがる相手に武器を売る。
そんなもの、とっくに想定済みだ。
相手は誰だ? ペイルか? ブリオンか? 残念ながらグラスレーはこちら側だぞ。
「正気か? ディランザに始まり、先ほどの俺の起業の意味、まだ分からないか?」
その地域には、既に作業用のディランザが普及しているんだよ。
おまけに、パーツを生産できる工場だって出来ているから、多少の時間はかかっても、戦闘特化に何時でもカスタマイズ出来る。
そして、マルチロール機であるギャプラン。
学園での決闘結果で目に見えているだろ? 安さが売りのデミシリーズで戦闘特化にカスタマイズしたディランザに勝てると思うなよ。少しでも張り合えるのはグラスレーで他は論外だ。
そして、ペイルの庭だった空も、ギャプランを使う事でジェタークは奪える。
優秀な軍人であるデリングなら、それに気付くよな?
「…………ずっと前から、今の状況を狙っていたのか?」
「さあ、どうかな? 少なくともベネリットグループ全体での方針変更を勧めるよ」
聴衆に動揺が見られる。グラスレーと組んだ今、ジェタークは本気になれば、戦争シェアリングの構図に正面から挑めることに気付いた。
だが、それは今以上の多くの血が流れるからやらないだけだ。
「目の前しか見えないアンタでも、少しは理解できたか?
先ずは、自分と娘の未来でも想像してみるんだな。
どれだけ馬鹿な真似をしてたか分かるはずだ。20年後、アンタが生きてたとしても、ミオリネが幸せなら孫とは会えない。アンタに孫を会わせるような相手と一緒にいたら、ミオリネの心は死んでるぞ。
それが嫌なら、どうすべきか分かるだろ? 頑張って向き合う努力をするんだな」
それだけ言い終わると、用は済んだとデリングに背を向ける。
これでミオリネを縛るものは無くなった。
17歳の誕生日に合わせてホルダーを取れば、総裁になれるなど、もう、誰も思わない。
「凄いね。誰もがグエルに見惚れてる」
「ああ、これで、まだ敵意を持ってる奴が要注意だ」
僕の表向きの仕事も、これで終わり。
エナオと一緒に、ベネリットグループ内の勢力図の調査は完了だ。
でも、あと一つだけ残っている。
兄さんは未来を見せつけ、今しか見ないデリングと対峙した。結果として、多くの者が兄さんに惹かれ始めた。それは未来を感じるからだ。
多分だが、デリングが協力した時点で、クワイエットゼロは未来を良くするものではない。
これは、デリングの習性ともいうべき悪癖で、目の前しかみていない。良くなるように見えても必ず陥穽があるはずだ。
そして、その協力者が見る未来も期待できない。兄さんを見てお前はどう思ったんだ?
「行こうか」
「うん」
僕たちと同じ行き先、兄さん達が集まっている場所に向かう仮面の女を見ながら決意する。
兄さんがデリングと対峙したんだ。お前の相手は僕がする。
プロスペラ・マーキュリー