「あれが新型? 乗ってるのは……レネか」
エナオがグラスレー本社に到着すると、モニターには2機のMSが模擬戦闘をしていた。モニターを見ているのは、サビーナ、メイジー、イリーシャとなれば、残りは1人だ。
1機は異形の右腕を持つが、ハインドリーに似ている白い機体。
ミカエリス。シャディクの専用機となる予定だが、エナオにとってはもう1機が問題だった。
もう1機は、紫と言うこともあり、頭部の形状と言い、ベギルペンデに似ているが、ベースではあっても随分と変更箇所や付属物が多い。
「ベギルペンデにベギルベウ・トルシュの機能を盛り込んだ大気圏内用の装備を更に発展させたものだ」
サビーナが簡単に説明する。
ベギルペンデの先代機であるベキルベウは、基本を宇宙用装備とし、その装備は大気圏内でも使用可能だが、より大気圏内での戦闘に特化させ、脚部を大型スラスターで覆い、腰部にホバーユニットを装備している。
後継機であるベギルペンデにも大気圏内用の装備として準備されていたが、シャディクの指示で1年かけての大掛かりな改修が進められた。
腰部のホバーユニットのベース装甲版を修正し、ホバーユニットそのものやアンチドートシステムであるノンキネティックポッドを廃し、代わりとして大型のスラスター兼ビームランチャーを兼用したパーツに代え、接続も腰から背中へと変更。
脚部の大型スラスターは細身に変更され、熱核ジェット推進になり、最小限の大きさだった腰のフロントアーマーがハインドリーよりも大型かつ鋭利なデザインになっている。
腕部は肩のアーマーが変更されスラスターが廃止され、複合武器のベイオネットの代わりなのか、ガントレットのような装備がある。
レネが乗る新型が、背中のビームランチャーを発射する。太めのアームで接続されたそれは、前方に向けても、後方に飛び出した3基のノズルが独自に動き、姿勢の制御は大丈夫のようだ。
更に接近すると、ガントレットの中央から爪が開き、中にビームガン、更に側面にあるビームバルカンを発射する。
「あれが……」
その機体を見て、複雑な気分になる。ラウダはどう思うだろうか?
レネが距離を置くと、背中のユニットが180度開き、手足も反対側に向くと一気に加速を開始する。
ギャプランの変形システムと酷似しているが、大型のスラスター兼ビームランチャーが一際目立ち、何処か異形の怖さがある。
「メッサーラ」
シャディクが盗み見して得た機体。
シャディクが見たそれは、ディランザをベースにしたため、空力的に非常に悪いものだったそうだが、胸部が薄く細身なベギルペンデをベースにすることで、安定性を増している。
シン・セーの特許を使えないので機首となるライフルが無く、音速越えではかなり不安定になるそうだが、単純に戦闘力で言えば、ギャプランを凌駕すると断言できる。
「き、きつかった」
模擬戦闘を終え、しばらく経つと、そう呟きながらレネが戻って来た。
戦闘を見ながら、レネの実力の上昇には舌を巻いていた。何度かシャディクを追いつめている。
それほどの機体という事かと空恐ろしくもあった。
「どうした? だらしがない私の代わりに、フェルシーを倒すのではなかったか」
「うっせえ、記録結果は?」
「残念でした。サビーナ以下だよ」
「なんの話?」
「Gへの耐性をモニタリングしている。あの機体の操縦中に、何度もグレイアウトを起こしている。
その回数が私より酷い」
急加速を行った際に発生する症状で、脳に血液が伝わらなくなり、色彩が低下し、視野狭窄が発生する。更に朦朧とした状態なので判断力が低下し、ミスを連発する。
これが発展すると、ブラックアウトといい、視界が完全に黒く染まり、更には失神する危険がある。
「やはり、私の出番…………」
そう言いながら、イリーシャが出撃する。
最後に呟くように、聖地巡礼には私が行く、と聞こえたが気のせいだ。
戦闘を見る限り、レネの方が優勢に進めているが、飛行モードでの機動はイリーシャの方が上に見える。
「け、結果は?」
戻って来たイリーシャにサビーナが結果を伝えるとガッツポーズをする。
「何だよ! 全体的にアタシが上だろ?」
「それって、ハインドリーでも大丈夫ってことだな」
「レネ、変形の意味、ない」
「次は私ね」
口論を始めるレネとイリーシャを無視してメイジーが出撃する。
MSでの戦闘力はレネ以下だが、飛行モードでは3人の中でトップだった。
「最後エナオね」
暫定トップのメイジーに言われ搭乗する。
操縦マニュアルは頭に叩き込んでいるが、やはり実機になると従来のグラスレー社のMSとの違いに困惑する。
「横への動きが悪い」
ハインドリーやベギルペンデにあった肩部スラスターが、可変の都合上、撤去された影響で、従来の左右への機動が低下している。足を上手く使う必要がある。
一方で縦の動きは凄まじい。ガントレットの裏に収納しているビームサーベルを抜く前に、相手に接触しかねない。
そこは、ガントレットにある格闘用の爪と、ビームバルカンを上手く使い距離をつめる必要がある。
だが、遠中近と射撃武器がある上に、接近戦でもビームサーベルとクローがあり、抜かりが無い。
こう言ってはなんだが、ラウダが設計したとは思えない隙の無さだ。
そして、変形をして加速をすると、そのGに歯を食いしばる。
「くっ…ぅ!」
息が吐けない。声を出して対抗しようにも胸が押し付けられ、途切れ途切れにしか出せない。
テストだから、自分の限界まで追い込むように指示されているので、加速を続けるが、すでにグレイアウトになりかけている。
砲撃して離脱の戦法を繰り返すが、動きが単調になりシャディクは簡単に避けている。
どう戦うのが正解か? 考えがまとまらない。距離を取り速度を落とす。
「でも、基本はこれで良いはず」
考えがまとまってきた。
一撃離脱。これが正解。下手にMS形態で戦わず、接近しながら砲撃で良い。そして、接触前に方向を変える。
それを続けると、回避した瞬間、シャディクが後方から斬ろうとする。それをガントレットのビームバルカンで迎撃。不意を打たれたのかシャディクが怯む。更にビームガンを撃つ。
変形すると、腕部の武器が一斉に後方を向くのが不満だったが、こうすればコンセプトが分かる。
背部のビームランチャーがメイン武器。これで接近しながら撃ち落とす。もし避けられたら、後方に向いている武器の出番だ。一撃離脱で、仮に避けられて反撃されたら、それを迎撃するシステムが腕部のガントレットにある兵装だ。
肩にあるミサイルは何処で使う? 出来れば、下に向けて撃つ武器が良い。
それに、一撃離脱の際の進路選びが問題。
ブラックアウトは避けたいがレッドアウトは論外だ。上部にメイン武器があるので、敵機の下をくぐる様に進みたくなるが、その場合、離脱時に下方に進むので、頭に血が上るレッドアウトを起こしてしまう危険がある。
「これ、本当にラウダの設計?」
設計思想に底意地の悪さが感じる。ラウダも意地悪だが方向が異なる気がする。
何処か抜けてるので気付きにくいが、戦闘でも何でも油断せずに、全力で心を折るのがラウダの意地の悪さだ。
その点、この機体は相手を翻弄することを重視した相手を見下す意地の悪さだ。
「昔は性格が悪かったって言ってたか」
グエルに会う前は、周囲に合わせるのが面倒だったし、母親のことさえどうでも良いと思うような子供だったそうだ。その辺りから変化している最中のことなのだと考えるしかない。
何処か違和感を抱えながらテストを終えて、サビーナ達の元に戻る。
「どうだった?」
「トップだ」
「ジェタークで、フェルシーがテストパイロットに選ばれた理由が分かったわ」
そう言われて、結果を思い出し、順位付けをする。
良い順に、エナオ、メイジー、イリーシャ、サビーナ、レネ。
そして、ジェタークではフェルシーが優秀。
自分の胸を見下ろし、続いて全員の胸を見る。
「……そう」
笑えばいい。どうか笑って欲しい。そんな憐れむような眼差しは止めて欲しい。
「その、ところでメサラのパイロットの件だが」
メッサーラはグラスレーらしくフランス語発音のメサラと呼び名を変えるようだ。
だが、今はそんな事どうでも良い。
「私がやる。一番の適任みたいだし」
「い、良いのか?」
「何か問題が?」
全員に目を逸らされる。
こうも優しさが辛いなんて初めての経験だ。
そんな中、シャディクが戻ってくる。
「えっと、パイロットの件だが、成績はエナオだが、別の奴がやった方が良くないか?」
「平気だって言ってる。それとも何? 私じゃダメな理由でもある?」
「え? 怒ってる? 何で?」
「デリカシーねえな、お前はよ」
「え? だって、ラウダからしたら、
「言われてみれば」
「気ぃ利くじゃねえか。成長したなぁ」
「何か、酷くない?」
意外なことに、シャディクが一番デリカシーがあった。
「大丈夫。ラウダは気にしない」
普通に考えればシャディクの心配はもっともだ。最初はエナオも複雑に思った。
それでも、ラウダは文句を言わないと、何故か信じられる。
「エナオがそう言うなら信じるよ。
流石に俺としても、学園にコイツを引っ張り出すのは気が引けたんだが、ジェタークと集団戦で戦うには、空を制するだろうフェルシーが最も厄介になるからね……」
シャディクも、当初は可変MSをグラスレーが作ったならどうなるかの実験の意図しかなかった。
結果として、想像以上の性能の機体にはなったが、あくまでテスト機であって、これから本当にグラスレーの技術のみで作る意向だったのだ。
「だが、グエルに追いつくには、もっと自分を追いつめる必要がある。
インキュベーション・パーティで、そう確信した。アイツに並ぶには今のままじゃダメだ」
そう言って、全員を見渡す。
インキュベーション・パーティから影で悩んでいたのを知っている。
あの日、グエルはデリングと対等に渡り合った。周囲からはシャディクは子分だとしか思われていないだろう。
「既に父さんの許可は貰っている。俺は、今度のランブルリングで、見ているはずの全生徒や教師、更には来年入学する生徒に引率の者。そして、立会人として来るはずのデリング。
それらの前で自分の出自を明かす。その上でジェタークに勝つ」
ずっと隠していたアーシアンの孤児だという出自を明かす。
リスクはあるが、それを隠したままでは、引け目を背負ったままでは、グエルに並ぶことなどできない。
「本当は1対1の決闘で勝ちたいんだけど、正直、自信が無い。情けないけど力を貸して欲しい」
同時に、自分たちの出自もバレるだろうが、それでも構わない。
ラウダもグエルも知っている。おそらく、ジェタークの中には気付いてる者もいる。
だから恐れることは無い。それにシャディクが無鉄砲に戦争シェアリングを壊そうとしてた頃と違って、戦力差を見極めている。それは間違ったことではない。
「お前が情けない奴だってことは百も承知だ。いくらでも頼れ」
「しゃあないから面倒見てやんよ」
「恩にきてね」
全員が今のシャディクを肯定する。
遠くなりそうなグエルに追いつくため、シャディクの背を押す、いや、尻を叩く。
「ありがとう、恩に着るよ」